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第5回1000字小説バトル
Entry54

サビが利かない

作者 : ヒモロギ
Mail :
Website : http://home4.highway.ne.jp/deadsoul/
文字数 :
「ねえ、昨日の『アダ珍』観たー?」
「あ、『勇気を出して初めてのアダ討ち』のコーナーでしょ。感動
したよねー」
 僕はクラスの女子の会話に聞き耳をたて、思わずため息をついた。
「自己及び尊属の仇討ちに関する法律」、通称「アダ討ち法」が制
定されてからというものアダ討ちはちょっとしたブームとなり、僕
はとても肩身がせまい。アダを討つべき相手が見つからず、今やク
ラスの男子でアダ討ちを経験していないのは僕だけとなってしまっ
たからだ。度胸がないわけではないのだ、相手がいなければアダの
討ちようもないではないか、という僕の悩みをよそに、先程の女子
は聞こえよがしに
「今時、アダのひとつも討たない男なんてアダ花よねぇ」
なんてことを言うのだからイヤになる。
アダのいない人生、僕はなんて不幸でない星の下に生まれてしまっ
たのだろう。

 その日の夜、寿司屋の勝手口に高く積み上げられた発砲スチロー
ルの陰に隠れて機会を伺っていると、板前の兄ちゃんが僕を見つけ
て声をかけてきた。
「入り口はあっちだよ」
「あ、はい、わかりました」
 闇討ちはやめることにした。やっぱり正々堂々が一番だ。僕は正
々堂々と寿司屋ののれんをくぐり、なおかつ正々堂々と叫んだ。
「こんばんは。えーと、アダ討ちに参った! 大将のお命頂戴!」
 突然の事に、大将も居合わせた客も困惑顔だ。大将にしてみれば、
アダにされる理由すらわからないだろう。わからないまま討ち取っ
てしまうのもかわいそうなので、カッターの刃をチキチキと押し出
しつつ、アダ討ちに至ったあらましを説明する事にした。
「こないだ、僕がサビ抜きと言ったのにワサビを入れた寿司を出し、
僕の舌をヒリヒリさせた恨みを晴らしに参った次第。いざ!」
 それを聞いた大将は握りかけのシャリをまな板に置くと、ゆっく
りとした動作でカウンターから出てきた。手には出刃包丁。
「いつぞやの小僧だな。あン時ぁお前ェ、よくもトロ残しやがった
な。ここで会ったが百年目、トロのカタキだコン畜生!」
 僕は、一目散に逃げ出した。

 どれくらい走っただろう。息を切らしながら振り返って見れば、
月の光を浴びてテラテラ輝く出刃包丁はもう見えない。空を望めば
満月。見上げた拍子に立ちくらみ、その場に座り込む。こんなに月
明かりがガンガンじゃあ、アダ討ちも失敗して当然だとも、チキチ
キチキ。満月を見あげながら、握りしめたカッターの刃をひっこめ
てみた。






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