第5回1000字小説バトル
Entry59
いつからか降り出した雨が今もやまずに降りつづいている。 僕は傘をさした。そして青いとばりの中を泳ぐように進みつづけ た。傘はまるで誰も表現することを許されないひとを守る武器のよ うだった。 いったい僕は何をしているのだろう?いつも思う。僕は今日もま た青い街の中で薄曇りの空に向かって手を伸ばしつづけている。し かしその手に掴むべきものは何もない。それはまるで胞子を放ちな がら根付を待つタンポポのようだった。 たぶん僕は大切なものを隠している。でもそれが零れ落ちたとき 拾う術を知らない、だから惑うのだ。 青い街はいくつもの共同体の中にある一つで、僕の存在は架空の世 界のなかで虚構を演じる役者のようだった。 役者である僕はストーリに沿って演目をリアルに演じなければなら なかった。時に女になったり。或いは男になったり。またあるとき は動物になったり。それは決して強制ではなく、僕が街の住人であ りつづける限り何物にもなれる特権が与えられていると言えた。 青い街は僕にとって非常に居心地がいい隠れ家だった。僕が部屋 を掃除する度に古い埃が取りのぞかれて新芽のような青い畳の色が 現れた。その度に僕は歓喜して窓から極彩色の旗を振った。それを 見た街の住人は僕に呼応して手を振りかえしてくれた。僕は窓を閉 めてまた部屋を掃除した。そして旗を振った。僕はたとえ住人達の 顔が見えなくても笑っている姿を想像するのが好きだった。 一度は青い街の物語は完結するはずだった。それは僕が僕であり つづける行為の結果から必然的に生まれるものだと思っていた。で もそれは間違っていた。僕の傲慢だった。青い街では呼吸できても 一旦街を出ると呼吸困難を起こしてしまっていたのだ。自分では死 にかけていることさえ気づかなかった。 このままでは何かを弄んで、誰かを踏み台にしないと何かを手に 入れれないような気がする。 僕は青い街を出ることに決めた。明日の朝には僕の家の表札は空 白になっている。たぶん今は物語を完結しない。そしてこれからも 物語は完結しないだろう。でも今はそれでもいいと思う。僕はリュ ックサックに数冊の本を詰めた。 誰かが遠くで囁くような声で目を覚ました。僕は、雨音の中に誰 かが扉を開ける音を聞いた。それは自分の音なのかもうわからなく なっている。でももうそんなことはどうでもいい。今僕は前に進む しかないのだから。
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