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第5回1000字小説バトル
Entry61

作者 : 村山茂雄
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 この家では、善蔵は生きているのみ。家族の誰からも必要とされ
ていない。善蔵はこたつに入りテレビを見ている。今年で85歳に
なるがこれといった趣味は無い。
 二十年前に妻を亡くし、五年前に入院がきっかけで息子夫婦に引
き取られるまでの十五年間、善蔵は一人で暮らしていた。このころ
は、寂しさもあったが一人暮らしという事で生活に張りがあった。
午後の一時には、ハンチングを被りアイロンをかけたスラックスを
履き、決まって駅前の喫茶店「ボエ」で珈琲を啜りながら、乱歩全
集を読んだ。妻の写真を栞に使っていた。
 「お義父さん! お義父さん!」善蔵の部屋の襖を開けて嫁が叫
ぶが、善蔵の耳には届かない。善蔵はこたつに入り、テレビを凝視
している。嫁は呆れた溜息を一つ吐き、中に入りテレビを消した。
一瞬の静寂。この時初めて善蔵は嫁に気付いた。
 「これから行って来ますからね」
 「いってらしゃい」善蔵はきょとんとした顔で答えた。嫁はまた
溜息を吐いて言った。 「私達が鬼怒川温泉行くの今日ですからね」
 そう言われて善蔵は思い出した。今日は息子夫婦が温泉に行く日
だ。それで孫の友彦は残るのだと。
 「それで友彦は……」嫁が言い終える前に善蔵が口を開いた。
「分かってます、分かってます、友彦は行かないんだよね。それと
戸締まりだよね、友彦は帰りが遅いから鍵だけ掛けてチェーンは掛
けない。分かってますよ、大丈夫。いってらっしゃい。」
 その夜、善蔵は緊張していた。この家は自分が守るという、変な
使命感に駆られていた。全ての部屋の戸締まりを見て回り、ガスの
元栓、水回りを確認した。全てが完璧だった。善蔵はほっとした。
そして最後に玄関の鍵を閉め、そしてチェーンを掛けた。
 深夜十一時三十分。善蔵は眠りの中にいた。ドンドン!ドンドン!
という激しい音で善蔵は目を覚ました。窓を誰かが叩いている。善
蔵は飛び起きた。叩く音が頭の中で音量を上げて木霊していく。善
蔵は後ずさりする。布団の横に置いてあったゴルフクラブに足が当
たる。その瞬間、善蔵の右手の中指はビクンビクンと震え、左手は
必死にそれを押さえる。窓は悲鳴を上げる。 
 意を決した。善蔵はクラブを手に握り、依然として叩かれ続けて
いる窓の前に立った。そして窓を開けるや否や、クラブを振りかざ
した。
 「儂だって役に立つんじゃぁ!」
 鈍い音とともに善蔵が泥棒と思った者は、前のめりに膝をつき、
そのまま横に倒れた。 月明かりに照らされたその顔は、友彦に間
違いなかった。
 次の日の朝、善蔵の部屋の窓は開かれたままだった。友彦も冷た
くなって倒れたまま。善蔵はこたつに入りテレビを凝視している。
 その手には栞がしっかりと握られていた。 






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