第5回1000字小説バトル
Entry64
雨のそぼふる街を、蛇の目の傘さしゆくのは、オシャマざかりの ルンルン十七歳、チョメコその人でした。外交官の父と、裏千家流 暗黒呪術家元の母をもち、裕福な家庭であったけれど、父は水兵さ んなので家にいないし、母は家にいても部屋にこもりきりで、たま に異臭がする程度。ちょっぴりさみしい境遇です。それでもチョメ コは、今日も精一杯に傘をさして、街を歩いているのです。 「お嬢さん、ちょっといいですか?」 そう背後からチョメコに声をかける者がありました。振り返ると、 ひとりの紳士がおり、かむっていた山高帽を胸にあて、ていねいに おじぎしました。チョメコもスカアトの両はじをつまみ、足を4の 字固めのかっこうにして、おじぎしました。 「ご用件はなにかしら?」 「なかなか見事な雨降街中傘差歩行[うこうがいちゅうさんさほこ う]でした。あなた、タダ者でないと見ますが」 「いいえ、わたしはタダ者ですわよ。父は国際線のパイロット。母 は気のふれた邪教徒です。ごく平凡な十七歳ですわ。ところでその なんとか歩行とはなんですの?」 「申し遅れました。私はこの道四十年のベテラン歩行者です。あな たの歩行ぶりがあまりに端麗でしたので、思わずとっさに作った専 門用語で称えてしまったのです。雨降街中傘差歩行とは、雨の降る 街の中を傘を差して歩き行くことを意味します」 「それはそれは、いたみいりますわ」 そう体よく返答しておいて、先を急ごうとしますと、紳士は行く 手に回りこんで、土下座するではありませんか。 「お願いです。私をその傘に入れてください。これつまり相合傘の かっこうになりますが」 チョメコは迷いました。男性と、それもまだ知り合ったばかりの 大人の男性と、近接しながら歩くことは、探検家の父ですら許さな い冒険でした。それでも雨の中に平伏し、水たまりに顔をつけたま ま数十秒もがまんしている紳士を見て、チョメコは決意したのです。 「いいですわ。ただ、ほんの十五歩だけです。わたしの肌にふれた ら、その時点で傘から出ていってもらいます」 紳士は踊りあがって、チョメコの傘に入りました。 その十五歩は歩行者である紳士にとって夢のような時間でした。 すでに雨はあがっていたのですけど、二人にとっては些細なことで す。 「ありがとう。本当に」 約束を守って傘から出た紳士に、チョメコはやさしく微笑みます と、蛇の目をくるりと半回転させ、ふたたびひとり、街を歩きはじ めました。
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