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第5回1000字小説バトル全作品・結果一覧


#題名作者文字数
1正義のジェイソン多田野英俊-
2再生の序章おあしす-
3蛍光燈dipsy-
4ナイフゲーム多田野英俊-
5まだ来ない否山-
6天使の原稿用紙大西圭祐-
7(作者希望により削除)--
8虹の国〜遠足(第二回の続き)3104-
9相棒よしよし-
10しりとりsakutaro-
111999カエデヤオ-
12月の明かりに照らされてTAKUTO-
13現代おとぎ話〜ボス太郎〜3吉-
14酔っ払いがやって来たTAKUTO-
15分別収集ノススメヒロト-
16伝説の男のるふ-
17命の炎sakutaro-
18叔父の菊三月-
19東京ゾンビヒョン-
20申し訳なかったー申し訳ないタケヤ-
21空にいる彼。ラヴフリーク-
22水曜の朝岡嶋一人-
23或る阿呆の一夜おあしす-
24稲葉山城の花嫁野原たんぽぽ-
25さよならの理由(わけ)K.TAMURA-
26ばくだんK.TAMURA-
27茶色の小瓶よしよし-
28超音波な夜塔 重五-
29恐怖の大王3104-
30卒論の後で小沢 純-
31(作者希望により削除)--
32窓の中竹原 秀-
33硬いクリトリスのような竹原 秀-
34ハムスター飼育日誌斜場伸樹-
35隕石川島 圭-
36人生行路伊藤 修-
37独裁者岩本 光生-
38ワーキング・ランチ鮭二-
3950メートル以内、立入禁止しょーじ-
4010円の人間雲竜-
41チョコの味君島恒星-
42ハルの話あきみつ-
43ネコジタの死越冬こあら-
44禁じられた結婚モーゲン王-
45蛸の目北村曉-
46あぶらとり紙おーぎや-
47不浄清浄一之江-
48天井の小さなしみじろう-
491時間前タツヤ-
50眺めの良い部屋キラキラ-
51女の勝ちろくなもん-
52父親pavane-
53Assist片山 芳宏-
54サビが利かないヒモロギ-
55希望の瓦礫HCE-
56ペンギンHCE-
57あれこれ探すHCE-
58救済の技法蛮人S-
59青い街瓜生瑠璃-
60ひとし君のふしぎ発見!蛮人S-
61村山茂雄-
62六本木坂道発進小沢 純-
63紘子野原たんぽぽ-
64蛇の目の咲く街 紺詠志-

第5回1000字小説バトル
Entry1

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正義のジェイソン

作者 : 多田野英俊
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   ジェイソンが斧を振りかざし僕の胸を切り裂いた。そんな夢を見
た。胸をザクッとやられた瞬間僕は跳ね起きた。額に汗が吹き出て
いた。下から父親の「さっさと起きろ」と言う怒鳴り声が急に聞こ
え、僕はビクッとして「うん」と小さく返事をした。
 母親は二年前から居ない。継母だったから自分の娘を連れて出て
いった。出ていってくれて嬉しかった。その母親は自分の娘と僕を
いつも差別されていたから僕はいつも嫌な思いをしていた。その娘
もわがままな奴でいつも僕は腹が立っていた。だが母親が居なくな
ってから美味しい物を食べた覚えが無い。父親の料理はくそまずい。
今日の朝食もきゅうりの味噌汁という見ただけでもまずそうな物を
作ってくれた。父は厳しい男なので、ご飯を残す事を許さない。僕
はそのまずい味噌汁を口に運ぶ。あまりのまずさに吐きそうになっ
たが吐きそうになるという行為も父は許さないので、頑張って平静
を装う。父はそのまずい味噌汁をおいしそうに口に運んでいるので、
父の味覚が理解できない。一度でいいから大きな声でまずいと言っ
てみたい。だがそんな事を言ったら父は僕をぶん殴るだろう。僕は
それが恐い。
 僕は小学4年生、苛められっこだ。いつから苛められ出したのか
分からない。いつのまにか僕は苛められっこになっていた。幼稚園
の頃も苛められっこだった。だがどうして僕なのだろう。僕は生ま
れついての苛められっこ体質なのだろうか。そんな事は有り得るの
だろうか。

 学校に着き毎日の宿題の日記を出そうとした。だがランドセルの
中に日記帳が入っていなかった。また忘れてしまった。いつも僕は
忘れ物をする。ちゃんと点検しているつもりなのにどうして僕は忘
れ物をしてしまうのだろうか。また先生に怒られてしまう。その事
を考えると僕はとても不安になり大きなため息を吐いてしまう。い
つも忘れ物をする僕に先生は「忘れ物王」という名前を付けてくれ
た。そんな事をしてしまえばまた僕がみんなに苛められるという事
が分からないのだろうか。まあ僕は先生に苛められているという事
を言っていないから分かるはずが無いだろう。僕が先生に苛められ
るという事を言っていない理由は僕が僕自信を苛められる人間だと
認めたくないし父にもそんな人間だと思われたくない。そしてその
事が父に知られてしまったら父はきっと僕を苛めた人間を一人ひと
り殴り、そして僕を鍛えるために僕に対しての教育がもっと厳しい
物になるだろう。だから僕は先生に苛められた事を言わない。
 案の定僕は先生に執拗に怒られた。「なんでいつも忘れ物をする
んだ、なんでちゃんと点検しないんだ」と 。点検はしたつもりだと
先生に言いたかったが、どうせ「だったら忘れ物をするはずが無い
だろう」と言われるので言わない。 
 給食の後の休み時間に僕は体育館で苛められた。うちのクラス男
子全員にだ。全員で力を合わせて僕を苛めた。僕は小さな悪者だっ
た。みんな正義感から僕を苛めるのだ。十人以上で僕をしっかり動
けないぐらいに捕まえる。みんなの顔を見ると歯を食いしばって一
生懸命だった。サッカーのスポーツ少年団に入っている足の速い一
人が20メートルぐらいの所から走ってきて僕の胸に思いっきり飛
び蹴りをくらわせた。蹴りが当たった瞬間みんないっせいに僕を放
して、僕は地面に頭を強く打って頭を押さえ悶絶する。休み時間終
わりの鐘が鳴りみんな教室へ帰っていく。
 僕は悶絶しながら明日死のうと思った。

第5回1000字小説バトル
Entry2

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再生の序章

作者 : おあしす
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 今以上に現実を知らなかった子供の頃、俺の足を噛んだ蛇が踊っ
ているような字で”FUCKFUCKFUCK”と殴り書きしてあ
る黄色い鉄の扉。ペンキが所々剥げているその重い扉をゆっくりと
開け、足下に神経を集中させて角度が急な暗い階段を十三段下りる。
下に到着した俺の全身を包み込む煙草の煙。安酒とマリファナが混
じり合ったその匂いはピアスを掠めて鼻の穴を通り、そして一瞬に
して全身に倦怠感を与える。扉の向こうで抑えるのに苦労した破壊
衝動を一瞬にして眠らせるその匂いに慣れていないオヤジとガキは
一匹もいないこの場所で、俺は今日も夜を明かす。
 
 血の色をしたカクテル。赤い液体が注がれたグラスの柄の部分を
人差し指と中指で、女の体をもてあそぶように柔らかく弄くり乱暴
に口に運ぶ。奥のトイレで嬌声を上げるアリス。目の前で幻覚と戯
れるジグリー。割ったグラスの破片で自分の腕に文字を刻むケン。
それを眺めて笑う俺。わざと大きな音を立てバタフライナイフの刃
を出し入れする俺。ささくれ立ち始めた神経を鎮める、聖なるブル
ースが狭い部屋の澱んだ空気と同化する。体を売って体を壊した骸
骨のような女が俺の股間に手を伸ばす。俺はその女の髪を引っ張り
ペニスをしゃぶらせ、痺れが快感となり白い欲望を放出する。その
代償に渡した二枚のくしゃくしゃ10ドル紙幣。
 
 カウンターに掛けられた髑髏のタペストリー。煙草の焦げ跡と、
零れた酒のシミだらけになった死神。コカインを銀紙の上に載せて
下から火で炙る。餌に群がるハイエナのように集まってくる仲間。
全身の感覚が鋭さを増し力が溢れた瞬間に鳴り始めたジミ・ヘンド
リックス。現実から逃亡する自分を笑い、叫び、そして泣く俺達。
 
 床に落ちたジッポ。炎が木の床をゆっくりと赤く染めていく。白
い粉で火照った体を炎が優しく包み込む。
 
 熱さが快感から苦痛へと変わる瞬間、骸骨女と髑髏の死神が俺に
向かって微笑んだ。そしてその笑顔が一瞬にして、チープな現実の
海に溺れた俺の人生を価値ある芸術のように抽象化してくれた。

 
 そんな気がした。

第5回1000字小説バトル
Entry3

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蛍光燈

作者 : dipsy
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Website : http://member.nifty.ne.jp/Colours/
文字数 :
深夜。私は暗い4畳半で寝ている。風が立付の悪い窓を揺らしてい
る。窓が揺れる度に、絵具の香いが私の嗅覚を刺激する。しかしそ
れとももうお別れだ。私は死ぬのを待っている。
今日で10日も食事を採っていない。意識もだいぶ鈍くなってきた。
今日眠れば目覚める事はないだろう。私は定年を迎えてから油絵を
書き始めた。もともと絵は好きだったが絵心はない。しかし身寄り
のない私にはこれが有一の生甲斐だ。金にはならないが生活に潤い
が出る。しかし私は絵を描くのを止めてしまった。もういい、やり
残した事はない。後は長く生きるか短いかそれだけだ。今日も眠た
くなってきた。これでもう目覚める事もないだろう。
私は考える事を止め、深い眠りに落ちていった。しかしその時窓が
揺れ、私の嗅覚が再び感覚を取り戻した。「そうだ!」私にはまだ
やり残した事がある。私は最後の絵を描き終えていない。これだけ
は完成させなくては!私は再び目覚めた。起上がる事は出来るだろ
うか?体を起こそうとすると体の節々に痛みが走る。どうにか体は
動きそうだが、起上がると頭が朦朧として倒れそうになった。腕は
まだ動く。私の腕は暗闇の中をさ迷い、天井から伸びる蛍光燈のス
イッチに手を掛けた。蛍光燈は一定の周期で明暗点滅した。
私は切れかけの蛍光燈の光を浴び、絵の前に座った。蛍光燈は明暗
を繰り返していた。私には明かりが点くときに鳴る「コン」という
音が心地よかった。時間はそんなに掛らないだろう。2時間もあれ
ば描き終る。それまで蛍光燈が持ってくれればいいのだが。私はそ
う考えながら、最後の色をキャンパスに置いていった。そして3時
間が経過していた時、私は絵の前で深い眠りに就いていた。私の体
はバランスを崩し布団の上に転がった。それと同時に蛍光燈は明暗
を繰り返すのを止め、部屋に暗闇を落としていった。そして部屋に
はカタカタと鳴る窓と、油絵のにおいだけが残った。

第5回1000字小説バトル
Entry4

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ナイフゲーム

作者 : 多田野英俊
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文字数 :

   タケちゃんはヨシ君にいつもばかにされてた。
それは足が遅い事だったり、すぐ泣く事だったり。
 ある日タケちゃんはヨシ君にナイフをわたした。
「それで僕を殺すか自分を殺すかどっちかして、5分以内に」
そう言ってタケちゃんはヨシ君から5メートルばかり離れたところ
に立った。
ヨシ君はわたされたナイフを手に、何だか恐くなってオロオロする
ばかりだった。

 あと何秒かで5分が経つという時にタケちゃんはカウントダウン
を始めた。
それとともにタケちゃんはヨシ君に少しずつ近づいていった。
ヨシ君はタケちゃんが近づいてくると、ナイフを持っている手がぶ
るぶるふるえ目には涙が浮かんでいた。
「2,1,0」
カウントダウンが終わりタケちゃんがヨシ君の目の前まで来たとき、
ヨシ君はあまりの怖さにナイフを落としてしまった。
タケちゃんは静かにそれを拾い、ヨシ君の胸に、一突き・・・・・。
だけどナイフの刃はスルッと奥に引っ込んでいってしまった。
オモチャだったのだ。
ヨシ君はタケちゃんをぶん殴った。

第5回1000字小説バトル
Entry5

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まだ来ない

作者 : 否山
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文字数 :
「スペードのキング」
「んなッ、もう勝負かよ。
そうくるなら……どうだ!クラブのエース!」
「ほほぉ、それは俺を挑発してるのかな?
これでフィニッシュね」  
俺がゆっくり差し出したカード。
ジョーカー。

それを見て、相棒はがっくり肩を落とした。
「はっはっは、まいど〜」
俺は素早くケースに入れられた掛け金を懐に納めた。
「むうッ、もう一勝負!」
「おいおい、もう止めとけ。
お前も資金がなくなっちゃ困るだろ」
「ああ、そうだな……」
資金、というのは彼女たちにオゴる金のこと。
「あっすいません。
カリビアンひとつ下さい」
俺は通りかかったウェイトレスにコーヒーを頼む。
「でもさ、暇つぶしにトランプをはじめてどのくらいたったんだ?」
「さぁな……」
壁にかかる時計の長針は、約束の時間の一回り半ほど先を指していた。

「もう来ないんじゃねぇの?  これだけ待たせるってことは」
「そんなわけないぜ。 お前も聞いただろ?
彼女がオッケーを言うのを」
「例えば、他のいい男と別のデートの約束したとか……」
「まさか」
「有りうるぞ。
知り合いに聞いた話によるとだな、
朝、占いの方角が悪いってだけで約束を平気で破るとか。
しかも連絡なし」
「俺達に会うためにそれだけ気を使うってことはいいことだろ?
きっとあのさりげないナチュラルメイクに手間取ってるんだよ」
「いやいや。
彼女たちみたいなブランドレディを誘うこと自体、ムリなのさ。
俺達みたいな下賎な一般人は約束のことなんか忘れて、
こうしてトランプに興じるのが一番!」
「お前最初はやたら乗り気だったのによ……ははぁ
そんな事言って、さては俺から負け分を取り戻したいだけだなぁ?」
「やっぱバレる?」
言って相棒は笑う。
まったく……負けず嫌いな相棒。
「おまたせしました。
それではごゆっくり」
ウェイトレスは追加のコーヒーとレシートを運んできた。
「さぁて、飲み物もそろったことだし」
「わかった、わかった。
次は何で勝負すりゃいいんだ?」

第5回1000字小説バトル
Entry6

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天使の原稿用紙

作者 : 大西圭祐
Mail :
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文字数 :
彼は、素晴らしく人気のある作詞家であった、、、、、。
過去形にするにはわけがある。

この小さな事件はある日、彼がいつもどうり、机に向かい仕事に取
り掛かっていた時に起こったものである。

『、、、、、、、て。』
「ん?」
彼はどこからか喋り声のようなものを耳にした。どうやら原稿用紙
が置いてある場所から聞こえてくるようである。もう一度よーく耳
をすましてみた。
『、、、、て。書くのをやめて。もうそれ以上詞を書かないで。』
「なんだあ?」
原稿用紙が喋っているのである。彼は自分の目を何度もこすり、疑
った。
『お願い、もう詞を書くのをやめて。あなたの詞には以前のような
ぬくもりがないのよ。表面では愛を語っているけど、中身はとても
冷たいわ。このままでは私がダメになっちゃうわ。お願い、早いう
ちに、違うわ、今のうちに、詞を書くのをやめて!!そうしないと、
あなたが、あなたが、、、、、!!!』
原稿用紙が力説している。一番の相棒が『やめろ』と言っている。
彼は誰かのいたずらか何かだろうと思って、机の上の原稿用紙に向
かってきつく言ってやった。
「俺の詞の何処が不満だというんだ!!俺の詞は書くたび、書くた
び大ヒットするんだ!!一般人ばかりか、科学者までもが俺の詞を
『疲れをいやす効果がある』と絶賛するんだぞ!!お前になんと言
われようが俺は書く。わかったか!!」
『お願いだから私のいうことを聞いて!!!お願いだから、、、、
、!!』
もはや原稿用紙は涙声であった。
「うるさい奴だなあ、これ以上俺の詞にケチをつけたらお前がどう
なるかわからないぞ!!」
『ケチなんてつけてないじゃない!!ただ私はあなたに、これ以上
詞を書くのをやめてほしいだけよ!!』
「くそおおお!!その口利けなくしてやる!!!」
『あ、だめ!!!そしたら、あなたが!!あ、、、、、!』

びりびりびりびり、、、、、。

数時間後、彼がなかなか部屋から出てこないので、彼の妻が心配し
て彼の書斎まで見に行ってみることにした。
ドアをノックし、妻が入った。
「あ、あなた、、、なの??あ、あなた、、、。」
その部屋で妻が見たものは前進が黒でおおわれ、耳がとんがり、大
きな翼のはえた、何かを失った夫の姿、、、、、。

『ぬくもり、、、、ぬくもり、、、、ぬくもり、、、、』
そして天使は、己の翼をはばたかせたのであった。

第5回1000字小説バトル
Entry7

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(作者希望により削除)


第5回1000字小説バトル
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虹の国〜遠足(第二回の続き)

作者 : 3104
Mail :
Website : http://www1.nisiq.net/~o-satosh/
文字数 :
 とても遠いところにふしぎな森があるんだ。一年中みどりで、一
年中花が咲いている。そしていつもきれいな七色の虹が、森にかか
っていた。それはとても大きく森のどこからでも見ることができる。
夜中でも見ることができるんだ。

 タヌ吉は、学校のトラ山先生とクラスのみんなで虹へ遠足に来て
いた。みんなで虹を見ながらお昼を食べていたんだ。その時トラ山
先生がこんなことを言っていた。
「先生も子供のころ、ちょうど今のみんなと同じぐらいのころは虹
に登るのが大好きだった。学校が終わると家へはまっすぐ帰らない
で、そのまま虹へ登って遠くを眺めていたんだ。友達にメダカのヨ
シオってのがいてな、そいつと日が暮れるまでしゃべっていたり、
虹をすべり台にして遊んでいた。あっ、あの頃、この森には虹が三
つもあったんだぞ」
「えっ、三つもあったの」
 キツネのゴン太がすぐに口をはさんだ。
「そう。今、みんなの目の前にある虹と、この川の上流と下流に一
つずつで三つあったんだ。それも微妙に色の濃さが違っていて、遠
くから見るとあまり違いは分からなかったけれど、近くから見ると
はっきりと違うのが分かった」
 そう言うと、トラ山先生はお弁当の黄色い卵焼きを口に入れた。
そしてタヌ吉も気になったことをウサギのウサ太郎がすぐに聞いた。
「どうして三つあったのが、今は一つなの」
 トラ山先生は卵焼きを飲み込むと箸を置いてゆっくりと言った。
「いつもヤギ川先生とも話をしているのだけれど、それがどうして
なのか今でも分からないんだ。ただ、昔あった三つの虹のうち、一
番色が濃かったのがこの虹で、他の二つが薄かったんだ。そして消
えてしまった。その友達のヨシオもこの間言っていたけれど、この
虹も昔に比べて色が薄くなってきているって。ちょっと気になって
いるんだよね」
 また、ゴン太があわてて聞いた。
「この虹もなくなっちゃうの」
「いずれは無くなってしまうんだろうね」
 タヌ吉はトラ山先生がそう言うと予想はできたけれど、それでも
言ってみた。
「先生、なんとかならないの」
「どうして消えてしまうのかが分からないからね」

第5回1000字小説バトル
Entry9

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相棒

作者 : よしよし
Mail :
Website : http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoshi_s/yoshi.htm
文字数 :
 終電の終ったホーム。常夜灯の明かりも届かない片隅で僕は身を
潜めていた。埃に埋もれ、ネズミに齧られながらも僕は心安らいで
いた。何しろ、ここには棒を持った人間も、石を投げるものもいな
い。優しい言葉はないが、罵声もない。
(野良犬ニハオ似合イサ)
 頭の上でクモの巣が揺れている。外は雨、こんな日は愛されたい
欲求でいっぱいになる。今はこんなだが、これでも昔は人に飼われ
ていたこともある。

 あれは梅雨入りの少し前、当時はまだ希少価値が高かったから一
匹25万なんて値段が付いたけど、それでも買手はいくらでもいた。
 珍しさから「研究所でバラされた」なんて話しもあたけど、僕を
買ってくれたのは普通の家で、僕はその家の小さなお嬢さんの誕生
日プレゼントだった。ラッキー!  なんて思ったのも束の間。お嬢さ
んは僕のこと直ぐに飽きて、もっと優秀で可愛い犬を欲しがった。
僕を売り出したメーカーも、安くて高機能な新型を次々と発売して
いたからね。

 ガシャガシャガシャ。

 僕の回想を破って駅の構内に異音が響く。仲間だ!  駅やビルには
コンセントが必ずあるから仲間も集まり易い。隠れなきゃ! 何し
ろ僕は一番の旧式だから頭が悪いし動きも鈍い。歩くのだってスゴ
ク遅いから、追いかけられたら逃げられない。

 ガシャガシャガシャ。

 しかし、目の前に現れたのは僕とおんなじ型だった。一安心。

 ガシャガシャ。バウバウ。

 僕たちは直ぐに仲良くなって、始発前の駅をあとにした。

 外へ出ると、野性化したファー○ーが屯っていた。
「Yからは空を飛べるんだよ」と相棒。
 そのファー○ーに紛れて、朱鷺が群れている。
「あん時はみんな騙されたからね」と相棒。
「今でもあれが僕たちと同じだなんて思えないよ」
 僕のような「いかにも」って感じじゃなくて、動きも優雅だし、
見た目も本物の朱鷺と区別がつかない。(と言っても本物はもうい
ないけど)
「朱鷺ブーム」に乗って、海賊版だかレプリカだかが沢山でまわっ
ていた。それが逃げたり、捨てられたりしたとしても凄い数だ。
「あいつらは繁殖が目的だったから、自己増殖機能が有るんだ」と
相棒。
(なるほどね)

 その鳥たちに餌を投げてたヒューマノイドタイプが僕らに気づき、
手招きをする。最近流行りの「バーチャル子育て」の産物だ。

 ガシャガシャガシャ。

 相棒が走り出す。僕も負けじと後を追う。
 驚いた鳥たちは夜明けの空へと一斉に飛び立った。

第5回1000字小説バトル
Entry10

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しりとり

作者 : sakutaro
Mail :
Website : http://www.dandan.gr.jp/~sakutaro/
文字数 :
 その男は村に一軒しかないラーメン屋に飛び込んできた。男は肩
を大きく上下させ、ラーメン屋の中を見回し、微かに笑った。
 お昼時であったためラーメン屋は満席だった。男はそんなことに
かまわず、どんどん奥に入っていく。
 そして一番奥の客に声をかけた。
「俺としりとりをしてくれないか」
 声をかけられた客はびっくりしている。それを見た店主は男を睨
みつけた。
「聞いてくれ。俺は…呪われてしまったんだ」
 場の雰囲気を察した男はいきなり土下座をした。店内が騒がしく
なる。
「俺は呪いで世界中のすべての人としりとりをしなければならない
呪いにかかってしまったんだ」
 男の表情は真剣そのものだった。男の気迫で騒いでいた客は静か
になった。箸を持ったまま、こしょうをかけたまま止まっている者
もいる。
「俺は一人の人間と一回ずつしりとりをしなければならない。そし
てどたらかが負ければこの世界は終ってしまう呪いなんだ」
 男はそれだけ言うと客に詰め寄った。
「お前は『う』から始めるんだ」
 客は『う』で始まる言葉を冷静に一字一字確かめるように言った。
『ういろう』
「俺は…『うし』だ…」
 そしてラーメン屋の客は男としりとりを続けた。そして残ってい
る客は老人だけになった。
「おい、ルールは分かってるだろうな。硬派だから『は』からだ」
 老人はこっくりと頷くとラーメンをすすった。老人はラーメンの
味に首を傾げた。そしてこしょうを取り出し、ラーメンにかけた。
 運悪くこしょうの蓋がはずれてしまい老人が顔をしかめる。
『はっくしょん』

第5回1000字小説バトル
Entry11

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1999

作者 : カエデヤオ
Mail :
Website : http://www.dance.ne.jp/~natsumi/smile.html
文字数 :
 明日は地球最後の日。

 街はやけに静かだった。気が遠くなるような昔から変わらない夜
空の下で、いつもよりずっと静かだった。
 私の両親は、家族で一緒に最後を迎えよう、迎えたい、と言った。
姉と妹はそれに賛成し、私は家を出た。私の最後に必要なのは、家
族ではなかった。家族よりももっと、大切な人がいる。
 
「電気消すぞ」
「ちょっと待って」
狭い部屋。1組の布団。私はパジャマ姿の彼に近づいて、彼の右手
と自分の左手をタオルでつなぐ。
「何、コレ」 
「最後まで一緒って。約束した」
「血止まるってコレ。アホ。……寝るし」
薄っぺらい布団に、二人手をつないでもぐり込む。やっぱり高鳴る
胸を抑えつけ、きつく手を握りながら、ぎゅっと目を閉じた。

 初めは私も家族と最後を迎えようって思ってた。でも、フと彼と
付き合い出した時のことを思い出したから。
 彼には家族がいない。でも彼はずっと元気で、1人が楽でいいっ
て言ってて、私もそれを信じてた。だけど、二人でお酒を飲んだ時、
彼は私に言ったのだ。帰るな、って。1人にすんな、って。酔っ払
ってたけど、それが本当だと思った。この人は、本当は寂しいんだ
って。それがわかったその時から、彼が大切で仕方ない。そばにい
よう、そばにいたい、と深く思うようになった。
 誰にも渡したくない。ずっとつなぎとめておきたい。私は逃げな
いし、彼も逃がさない。

 明けてみれば、いつもと同じ朝だった。何も違わない。ただ、静
かに時間が過ぎるだけ。私と彼は、いつもと同じ食事をして、いつ
もと変わらないくだらない会話をした。
 この人がいれば、それでいいのに。他の皆が死んでも、耐えられ
るのに。何もいらないのに。

 そして、その時はやってくる。プレステをしていた彼が、突然口
を開いた。
「なんか…眠…」
「私も。昨日けっこう早く寝たのに…」
 ……。
 二人顔を見合わせた。気付いていた。
 心臓はウソのように落ち着いて、意識が遠のいて行く。これが、
最後か。

「…あの世行っても、またえっちしよな」
情けない声が聞こえて。
「ちゃんと私探してよ」
と、答えた。

 ありがとう。さようなら。

第5回1000字小説バトル
Entry12

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月の明かりに照らされて

作者 : TAKUTO
Mail :
Website :
文字数 :
 あの日俺は酔っていた。酒のせいにするつもりはないが、普段な
らあんな事はしなかった。俺は、名も知らぬ女と遊んだ。
 女は激しく、爪をたて噛み付いた。俺は怒ってすぐ別れたが、首
筋には傷が残った。翌日は身体がだるく、会社を休んだ。
 原因はそれ位しか思い当たらない。だが、今となっては……。


「大神さん。ちょっといいかしら」
 数日後、美人で評判の秘書課の美香が声をかけてきた。
「ん? なーに?」
「今夜貴方を食べたいの」
「えっ?」
 俺は6時になると仕事も放り出し、待ち合わせのホテルへ直行し
た。誰にもなびかないので有名な美香だ。俺は張りきった。

「もう離さないわ」
 とろんとした目の彼女は、汗で濡れた小振りの乳房と一緒に、俺
の胸に抱きついてきた。彼女も満足したようだ。髪の間から覗く首
には白い傷跡が見えた。

 それから俺達は、彼女のマンションで秘密裏に同棲を始めた。


 明日は満月という時、彼女は一緒にいたがったが、俺はあいにく
出張となり、地方へと出かけていった。


 美香に悪いとは思ったが、抑えきれない性欲は出張先で女を買っ
ていた。俺は少し性格が変わったようだ。

 連込みで欲求を満たしていると、窓から射し込んだ淡い月の光が、
俺の身体にかかった。
 俺は急に息苦しくなり、体中が痙攣した。こんな所で死ぬのかと
さえ思えた。
 そのうちに身体中に毛が生え、口は尖り歯は鋭くなり耳も立って
きて、身長(いや体長というべきか)さえ変わり、四つ足で歩きま
わった。変身したのだ。

 俺は中型の犬になっていた。開放感からか、暫くは人間に戻りた
いとも思わなかったが、理性が勝った。だが、いざ戻ろうとしても
10分はかかった。

 俺は部屋の隅で気絶していた女をそのままに、会社のホテルに戻
った。
(やっぱりあれが原因だ。伝染病の一種だろうか。病院なんかへ行
ったら研究材料だ…。くそっ。こうなったら美香も仲間にしてしま
おう)


「私もなのよ。だから付き合いだしたんじゃない」
 翌日、出張帰りの俺に噛み付かれそうになった美香は、ベッドで
首の古傷を見せた。
「次の満月は、動物として愛し合いましょうよ」
 思いがけない言葉に喜び、俺達は満月までいつものように暮らし
た。


 月は満ちて、俺達二人は月明かりを浴びた。

 変身した彼女の舌が、俺の喉に触れた。俺は美香の始めの言葉を、
恐怖の中でゆっくり思い出していた。

『貴方を食べたいの』

 グガルルゥ。彼女は虎に変わっていた。

第5回1000字小説バトル
Entry13

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現代おとぎ話〜ボス太郎〜

作者 : 3吉
Mail :
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 昔々ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは
家でプレステをお婆さんは山に山菜取りにいきました。お婆さんが
山菜を取っていると、大きなボストンバッグを見つけました。これ
は節税のために捨てた1億円に違いないとお婆さんは人に見つから
ないように家に持って帰りました。お爺さんはこの大きさからいっ
て3億はあるとおおはしゃぎしました。二人はゆっくりとバッグを
開けてみると、中には小さな赤ん坊が入っていました。二人はかな
り落ち込みましたが、子供がいなかったので育てることにしました。
  ボストン太郎では語呂が悪いのでボス太郎と名づけられた赤ん坊
はすくすくと大きくなりました。月日は流れ、ボス太郎が青年とな
ったある日、お婆さんはふと愚痴をこぼしました。
「春次郎さんのところはまた火曜日に燃えないゴミを出しおった」
「またか。今月で3回目じゃのう」
「いくら地元の名士でもルールは守ってもらわんと」
「本当じゃ。春次郎は金持ちのくせにケチでワガママで、そのくせ
孫のような歳の綾さんを妻にしおった。奴は鬼じゃ」

  鬼?鬼と聞いてはボス太郎。燃え上がる正義の心。さあ行くぞ鬼
退治。刀担いで準備にかかる。びっくりしたは爺さん婆さん。こら
待たんかと肩をつかみ。刀はイカンとお説教。納得いかんはボス太
郎。何がイカンと猛反論。そこは年寄り年の功。暴力はイカン話し
合え。鬼には鬼の言い分が、あるではないかと30分。結局おれたは
ボス太郎。担いだ刀は床の間へ。さあ行くぞ鬼説得。
  翌日、ボス太郎はペットショップで犬、猿、キジを買い、鬼説得
に出かけました。目的の家でインターホンを鳴らすと綾さんが出て
きました。綾さんを一目見た途端、ボス太郎の正義の炎は消え、
恋の炎が燃え上がりました。
  あら、かわいいワンちゃんとお猿さんねぇと綾さんは動物達をす
っかり気に入りました。ボス太郎はそれをネタに綾さんとしばしば
会うようになりました。やがて、綾さんもボス太郎を愛するように
なりました。
  数ヵ月後、春次郎さんは変死、いや天寿を全うされました。その
後、ボス太郎は綾さんと結婚し、莫大な財産を手に入れ、お爺さん
お婆さんと幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。

第5回1000字小説バトル
Entry14

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酔っ払いがやって来た

作者 : TAKUTO
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 下りの最終に間にあって、ホームで電車を待っていた。

「♪…んーふふふ・ふーん」
 楽しそうに酔っ払いが、近づいてくる。近づいてくる。近づいて
くる。
(♪近づかなーぁあーいでーっと)
 仕事の区切りがついた俺は、躁状態になっているようだ。口には
出さねども、ちょっと楽しい。
 酔っ払いは独唱をしながら、静かに(大声で)電車を待っていた、
ぴょーん。
(あれ?どうも調子がおかしい(可笑しい)ぎゃははのはー)

 そーこへ因幡の白兎ー? いんや、あれはどう見ても、ヤクザの
おじさんだっちゅうーの。こういう人には関わっちゃだめよ〜ん。
みんな見て見ぬ振りふりふりっプリッ。
 ところがどっこい酔い待ち草のおじさんが、何思ったか近づいた
ー。ドキドキドッキンドッキンコ。
「たばこ」
 手を動かして吸う動き。お手々をひらひら、ヤーさん様に突き出
した。嫌な顔したヤーおじさんは、びっくりしてはいたけれど、苦
笑いしながらたばこを出して、酔い待ちおじさんに渡したげな。う
ーん。アンタはエライ。禁煙区域も何のその。おじさん美味そにた
ばこを吸った。ひえ〜。すんげーぞぃ。周りの人はどう思ったか、
やくざのおじさん偉いのか。酔っ払いが馬鹿なのか。どっちもどっ
ち? ひえっがび〜ん。

 そうこうしてる間にアナウンス。電車が来て乗り込んだ。素敵な
やくざのおじさんは隅の方で立っている。そこへ酔ったおじさんは、
しばらくするとにこにこ顔で、酔ったよたヨタ近づいた。
「あんたの髪の毛、おもしろいねぇー。ハァー。今どきパンチなん
て、やくざみたいだ。ハァー」
 酒臭い息を吹きかけながら、おじさんミョウにからんだよ。
「いい加減にしろよ」
 さすがに怒ったヤーさん様は、酔ったおじさんに言い返すーっ。
それでもみんなの迷惑に、ならない様にと小さな声で。
「何だとこのヤロ。生意気な」
 言ったが早いか酔っ払い、ヤーさん様の後ろから、羽交い締めし
て口に手を入れ引っ張った。哀れな口は変形し、ちょっと切ったか
血が出て来たよ。たらたらたらたら、たらりんこ。
 その時電車の、扉が開いて、外には駅の係員。電車の中から「喧
嘩だ」の声で、思わずヤーさん様を引っ立てた。
「俺ゃ。何もしてねぇよ」言っても聞いてもらえない。
 当の酔ったおじさんは、しらんぷりして電車の中で、開いた席へ
と移動した。
 電車の中の乗客共は、あちきを含めてだんまりさ。そのうち扉は
しまったよ。あ〜。鬱になりそうだ。

第5回1000字小説バトル
Entry15

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分別収集ノススメ

作者 : ヒロト
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 マリンブルーのゴミ収集車が、奈落町三丁目の閑静な住宅街を慌
ただしく通り抜けてゆく。運転手の若い男は自慢のロン毛を初夏の
風になびかせながら、ふと腕時計に目をやり、舌打ちをした。
「まいったなー。もう一時回っちゃってるよー」
「さっきのポイントで時間食っちまったもんな。腹減ったか?」
 中年の男が助手席でねぎらうように微笑みかける。ポイントとは
行政が指定したゴミ集積所のことだ。いわゆるゴミ置き場である。
「腹は減ってないスけどねー。でもさっきのポイント、今日は可燃
ゴミの日だっつってんのに、何で資源ゴミなんか出してんスかねー?
マジ頭きますよ」
「そうだな。あれじゃあ役場の立会いなしには動かせないし、警察
だって呼ばなくちゃならん。面倒事はごめんだよ……さ、着いたぞ。
仕事仕事」
 本日最後のポイントに到着し、マリンブルーの収集車は前のめり
に停車した。ふたりは勢いよく車から飛び降り、路上の隅に積み上
げられたゴミ袋の山を手際よく切り崩しては後部ハッチへ投げ込ん
でゆく。普段より蝿が多くてうっとうしいが、作業は順調そのもの
だ。このぶんなら三時には清掃工場へ帰って熱いコーヒーが飲める
だろう。

 ところが。最後に残ったひときわ大きな麻袋がやけに重くてびく
ともしない。若い男と中年の男は互いに顔を見合わせた。どうやら
同じことを考えていたらしい。
「とにかく中身をあらためましょうよ」
「そうだな……」
 中年の男が袋を縛るヒモに手をかけた。嫌な予感がますます募る。
そして中のゴミが姿を現した時、若い男は深い溜息をもらした。
「……やっぱり。ああもう、またかよ。資源ゴミは第一、第三金曜
日だっつってんだろー?」
「こうなっちまったら仕方ないな。役場と警察に連絡しよう」
「無駄っスよ。どうせ分別収集に非協力的な住民の仕業に決まって
ますって」
「多分な。ま、規則は規則さ」
 ふたりは麻袋から現れた顔面蒼白な老人の首を見つめて、公務員
の因果を噛みしめる。干乾びた口に詰められた白い綿が、老人から
言葉をむしり取っていた。

 斎場がダイオキシンの排出基準オーバーで取り潰されてからとい
うもの、奈落町では、遺体は資源ゴミに分類され、指定された日以
外にそのゴミを捨てると、捨てたものは死体遺棄罪に問われてしま
う可能性があるのだ。
 犯罪者になりたくなければ、故人をゴミと言い張るしかない。

第5回1000字小説バトル
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伝説の男

作者 : のるふ
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 暑い夜だった。
「6名様ですか?三階へどうぞ一」
 いつものように、同じ居酒屋へ行き、見知った誘導のお姉さんに
従い小さなエレベータに乗りこむ。三階へ向かう。
 今まで何度も繰り返した事。
 でもその日、エレベータは二階でとまった。
 そして、伝説が生まれる。

 開いた扉の前に若い女性が二人立っていた。
 僕らは皆で奥に諸め、女性達のスペースを作った。
 しかし、ただでさえ小さなエレベータに野郎が6人も乗っている
のだ、そう簡単に女性二人分のスペースが生まれるわけがない。
 出来上がったスペースはギリギリその二人が入れるかなという程
度だった。
 女性達は躊躇していた。
 それもそうだ、エレベータには積載重量の問題がある。
 積載量のデータは7人550kgまでだった。
「ムリかな?」
 その場の全員が心の中でそう思った。
 なぜなら、その日の僕らのメンバーに170cm120kgの巨漢H氏
が居たからだ。
 ほぼ定員状態のエレベータに乗り込む事、女性にとってこれ程自
分を試される状況もないだろう。
 自分が乗る事で重量オーバーになるかも知れない。
女性達は相当躊躇していたが、僕らが一向に扉を閉めないのを見て
意を決した。
 まず一人目が乗り込む。

 奇妙な静けさ。

 全員が、特に今乗り込んだ女性が、胸をなでおろした。
 しかし、残った方の女性は逆に心中穏やかではなくなる。
 最初の女性が無事だということは、自分の危険性が増したという
事。

 皆が見守る中残りの女性も乗り込んだ。
 ブブ−ッ!
 とたんに鳴り響く警報音。

「どひゃ一」全員の照れ笑いがその場を支配した。
 女性達は恥かしそうにエレベータを降り、僕らに上がるように示
した。
 その時、伝説の男H氏が動いた。
 H氏が素早くエレベータを降り、女性達をのせ先にいけと身振り
で示したのだ。
「ひょ一、かっこい一」
 からかう僕らの声に見送られながらH氏は2階に残った。
 当然、三階で僕らはH氏を待つことになる。
 しかし、H氏はなかなか現れない。
 エレベータは何度も上がってくるし、そこには人がたくさん乗っ
ている。なのにその中にH氏の姿は無い。
 ただ、時折階下から聞こえる警報音がH氏の存在を示していた。
 エレベータが人を載せて上がってくる、二階で止まる、H氏が乗
り込む、警報、というサイクルが繰り返されている。
 気が付けぱ僕らはH氏抜きで飲んでいた。
 彼の存在などなかったかのように。
 ここに、H氏の「三階以上へ上がる事を重力に許されない男伝説」
が完成したのである。

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命の炎

作者 : sakutaro
Mail :
Website : http://www.dandan.gr.jp/~sakutaro/
文字数 :
 いつの時代にも神というのはいるものだ。ある時代のある地方で
は神は「火」だった。
 獣の多い地域であり、その獣から身を守るために火を絶やさなか
った。いつしかそれは「神」と崇められるようになった。
 火を絶やさないように薪をくべ、雨風で火が消えないように社を
建てた。
 火は神であり、守るべきものだった。
 ある火のことだ、その火が社に燃え移り、社は火に包まれてしま
った。村人達は社に集まる。その中には長老の姿もあった。
 社を包んだ火は隣家に引火し始めた。
 それを見た一人の男が飛び出した。近くの川で濡らした衣服を振
り回し、火を消そうと家に走った。
「止めろ。火を消してはならん」
 長老の声に村人達が男を羽交い締めにした。男は暴れながら燃え
続ける家に向かおうとしている。
「家には病気の息子がいるんだ」
 男は泣き出し、長老を見た。しかし、長老は首を振った。
「火は神様じゃ、消してはならん」
 神なる火は一つの家を燃やし尽くすと、その隣の家にも襲いかか
ってきた。
「このままでは村は終りだ」
 叫ぶ男に長老は、
「村が滅ぶかは神が決めることなのだ」
 と呟いた。
 村人達はただ呆然と村が燃えるのを見守りつづけた。
 炎は勢いを失うことなく村を包んでいった。村のすべての家を燃
やし終えると神は消えていった。

 はたして守るべきものとはいったい何なのだろうか…。

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叔父の菊

作者 : 三月
Mail :
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文字数 :
 皮膚を日差しがこすりつける。背中を汗が滴った。玄関を出て右
に折れると、裏の畑へとつながった。納屋とビニールハウスの合間
に細い道が続く。オニヤンマの通り道だ。黒い影が流線形を描いて
背後へ回った。

 田舎の朝は早い。けれども太陽はすっかり顔を見せていた。試し
に僕も叔父と同じ時間に起きた。長時間泳いだ後のように体が重か
った。戸外の湿った風で、そこだけ秋になったようだった。
 叔父は表の川に出る。縄のついたバケツを放る。じょうろに水を
入れる。菊に水をやる。それから大八車にのせた貯水槽に水を入れ
た。ひしゃくが水槽の口にプカプカ浮いた。一つ気を入れて裏の庭
へと引っ張っていく。ひしゃくはそれに合わせて左右にゆれる。
 叔父が家の中にいることはまれだった。大抵畑か庭にいて、時折
自転車で農協へ行った。ペダルを踏み込むとギィと鳴る自転車だっ
た。ギィギィ鳴きながら自転車は走った。姿が見えなくなっても音
だけは耳に残った。蝉が騒いでいた。
 菊を、教えてくれた。叔父は、菊のことを話していると楽しそう
だった。叔父の菊はいくつもの賞をとった。賞状と一緒に額に写真
があった。綺麗だと思った。けれども僕は本物を見たことはなかっ
た。
 ――お前が帰るころでもな、叔父が言った。――まだ菊は咲かね
えんだが。叔父は残念そうに笑った。周りに頓着しない、子供のよ
うなこの叔父の笑い方が好きだった。
 支柱のさし方に土の手入れ、種の選別に肥料の作り方を、叔父は
語った。納屋の一つは菊専用になっていた。そこには何から何まで
そろっていた。興味も手伝って僕の飲み込みも早かった。しまいに
叔父は、お前一人でもう菊が作れらあなと言った。
 ――菊が咲きそうになったらお前の家まで運んでやる。しかし僕
は叔父が何ら免許証の類を持っていないことを知っていた。――な
に電車があるさ。叔父は小指をさしだした。なんだか照れくさかっ
たが、指切りをした。悪い気持ちはしなかった。

 しかし菊は届かなかった。台風が叔父の家にぶつかったのだ。
――幸い怪我はなかったけどなぁ、と婆ちゃんが電話を寄こした。
――けど、なに?  僕は聞いた。――裏の畑も庭も納屋も、滅茶苦
茶になっちまってさ。婆ちゃんは息をついた。台風が過ぎてからも、
叔父は、一日中納屋の前でぼんやりしているという。
 僕は窓の外を見た。台風の名残か、雨が降っている。窓に浮かん
だしずくが、結んでは流れ、結んでは消えていた。

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東京ゾンビ

作者 : ヒョン
Mail :
Website : http://www.cc.utsunomiya-u.ac.jp/~k950141
文字数 :
 朝出社すると、山本くんが
「おはよう」
 と声をかけ
「おはよう」
 とわたしがあいさつを返す。
 元気を装っている山本くんではあるが、連日の睡眠不足のせいで、
たしかにその声はいくらか音程が低くなっているのだし、ワイシャ
ツはくしゃくしゃ、あんなに格好良かった細い髪の毛でさえも、も
うすっかりやる気がない。
 人のことは言えない。わたしも昨晩床についた頃には、時計はと
うに夜中の四時をまわっていて、空はすでに明るかった。であるか
らして今日の服の着こなしには、それほど自信がもてないでいる、
そんなわたしである。
 最近の東京の人々は、みな休む間もなく仕事をしているのが一つ
の事実のようで、ひとたび一日の役目を終えると、彼らは心から安
らぐことのできる愛しの我が家へと直行し、そして眠る。
 彼らのことを東京ゾンビと命名したのは、実は山本くんなのであ
って、彼に言わせれば命名の理由は、彼らがぐったりとなって夜に
死に、朝になるとまた何事もなかったかのように、ひょこんと生き
返ってしまうから、なのだそうだ。なんのことだか意味不明だが、
要約してみると、結局忙しいということなのだろう、と思う。
「コーヒーいれたけど、飲む?」
 と山本くんは一応たずねてはくるのだけど、その一方で彼の手に
は、すでにしっかりと二人分の紙コップがにぎられているのであっ
て、さりげないヤツだ。作戦なのかどうかはよく知らないが、どう
もここら辺が彼のにくみきれない部分ではある。
 机をはさみ、顔を向かわせあって、わたしたちは出来たてのイン
スタント・コーヒーを飲む。幸せである。なにせ、課長が来るまで
は、ここはわたしたちの天下なのだ。そして、少なくともあと十分
は、課長は来ない。まあどのみち、一度課長が出社してくれば、そ
の後には、蜂の巣を手にもち振り回しているような、そんな慌ただ
しい一日が、わたしたちを待ち受けているのだが。
「今日、仕事早く終わるかなあ」
 わかっているくせに、わたしがきく。
「終わんないでしょう」
 のんびりした口調で山本くんがこたえる。
「きのう、阪神勝った?」
 どうでもいいことを、わたしがきく。
「負けたんじゃないかなあ」
 どうでもいいのに山本くんがこたえる。
「疲れたねえ」
 わたしが言う。
「疲れたなあ」
 山本くんも言う。
 そしていっしょに笑いだす。
 なんだかんだ言ってみても、けっこうそれなりに毎日を楽しんで
しまっている、わたしたちなのだ。

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Entry20

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申し訳なかったー申し訳ない

作者 : タケヤ
Mail :
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文字数 :
「申し訳なかったー申し訳ない」と明るい声で謝るのは僕の彼女。
ある日噂を耳にした。僕の彼女が僕以外の男と楽しそうにデートし
ていたというのである。気になるけどそんなこと聞けない...。もし
聞いたとしても、「申し訳なかったー申し訳ない」と明るい声で言
われるだろう。そんな彼女をどうせ許しちゃうし、このまま放って
おくことにしよう...。きけるほど自信もないし...。
 最近2人でデートしても、何かいつもと違うことに気がついた。
彼女の笑顔は少なくなったし、口グセである「申し訳なかったー申
し訳ない」を言わなくなった。変だ。でも謝ることがなくなってき
たのはいいことだし、深く考えないことにしよう...。
 それにしても最近笑わない。それにつれ、僕も笑わなくなった。
ふたりとももう終わりかな。よし、こうなったら死ぬしかない。僕
は自殺した。死んだらどうなるか知りたかったけど、けっこう予想
通りの展開で、死んでも僕の“意志”は存在した。自分で自分が見
えないし、自由に動けるわけではないけれど、ある空間の中に僕の
意志だけがぽっかり浮いている。非常に興味深く、はじめての体験
に少しドキドキしている(どこがドキドキしているのやら)。
 今日が僕の葬式。今となってはしょうがないけど、やっぱり悲し
い。僕の両親や友達が泣いているのを見て、「やめときゃよかった
かな...」と思ってしまった。
 葬式には彼女も来ていた。棺桶にねている青白い僕に、彼女は涙
をためながら小さな声でこう言った。
「申し訳なかったー申し訳ない」
 そこで途切れた。次に”眼(みえた)”っていうか、景色を感じ
た時、彼女は僕以外の男にむかって、「ごめんなさい」と謝ってい
た。明るい声ではなかった。
 僕は最低だ。死をもって愛を確認しようとした自分がくずに思え
てしかたがなかった。そして僕は消えた。

第5回1000字小説バトル
Entry21

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空にいる彼。

作者 : ラヴフリーク
Mail :
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文字数 :
 アタシはなんとなく、ただなんとなく空を見上げていたんだ。

「おまえってアレだな、いつも空に何かを求めてるみたいだぞ。」
 そう言ってきたのは学校をサボリがちな、名前さえも覚えてない
クラスメート。笑顔を絶やさない陽気な人って事は覚えていたけど。
「今日は学校来たんだ?」
 そう答えたアタシ彼はフフンと鼻で笑った。
「病院の食事ってマズイんだよ。」

 彼が学校に来てないのは入退院を繰り返していたからって事を知
ったのはもうちょっと後になってからだった。あたしにはいつもの
笑顔でただの結核だヨ、って言ってたけど。ただの結核で彼みたい
な人が泣くはずがない。いつも、一人で泣いていたのは昔から知っ
てた。

「初めておまえに会った時もおまえは空を見てたっけ。そんなに好
きなんか?空が。」
 そう彼が聞いてきたのは肌寒い風が吹く秋のある日の事。
「嫌いじゃないよ。」
「……俺も。」
 数少ない言葉でも、ちゃんと通じてた。あたし達は、そんな関係
だった。
「毎日がね、ただくだらないの。生きてるんだけど、生きた心地は
しないの。あんたといる時が一番楽しいよ、アタシ。」
 そうぽつりと言ったアタシを彼は抱き締めた。
「もし…俺が死んだらおまえ、どうする?」
「アタシも死ぬよ。」
 そう答えたアタシの唇に彼の唇がふれた。
        
「生きろよ。ちゃんと。お前の両手は何のためにある?お前は何の
ためにここに存在する? おまえの耳、目、鼻、口、手は…何を感
じるためにあるんだ?」
 そうつぶやいたアタシから彼は離れた。そしてそれが彼の最後の
日だった。アタシは最後の最後まで彼の名前はわからなかった。
 そして、何の病気なのかもわからなかった。

 今日も、アタシは空を見上げる。彼が、アタシにいつもの笑顔で
空から手をふってるような気がする。

 アタシの両手は何のためにある? 最近、考えるようになりまし
た。

第5回1000字小説バトル
Entry22

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水曜の朝

作者 : 岡嶋一人
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/Hollywood/8616/
文字数 :
「一体、何を考えてるんだ。君は」
黒崎課長の叱責が部屋中に響いた。
“またやってる”
そりゃあ、確かに薗部君も悪いよ。
これで、3日目だものね。月曜日が15分、火曜日と水曜日が20
分。段々ひどくなるもの。
でも、課長も薗部君の様子を見れば、判りそうなものだよ。
かなり、顔色悪いし、ああやって立ってるのも辛そうだもの。
だから、昨日言ったんだ。
「電話すれば良いのに」
彼、黙ってた。
黙って、なんか考えてた。きっと、今日は大丈夫だろうと思ってた
ら、やっぱりだめだった。
何で電話しないんだろう。
後で、もう一度話してみようかな。

「何だこれは。」
また、課長の大声。
ちらっと見ると、薗部君白封筒を課長に差し出してる。
「退職願です」
とても落ち着いた、普段の薗部君とはまったく違う態度で堂々と、
封筒を差し出している。
「だから、これは何のつもりかと聞いているんだ」
課長の声に、皆仕事してる振りをしながら耳をそばだてているのが
良くわかる。
次に、薗部君が発する言葉を皆が課長以上に好奇心を持って待って
いるんだ。
「ですから、やめさせて頂こうと思いまして」
多分、課長より皆のほうが驚いているに違いない。だって、あんな
薗部君、今まで誰も見たことがないもの。
そりゃあ、突然やめるって言い出せば、誰だってびっくりするよ。
でも、今の薗部君なんだかとっても、かっこいい。
ただ、立っている姿がちょっとふらついてる様に見えるのが心配だ。
だって、絶対どこか具合が悪いよ。あの様子は。

「ちゃんと、説明してくれなきゃ、判らんよ。こんなものだけじゃ」
そりゃ、そうだね。
「それが全てです。他には何も言うことはありません」
おお、言ってくれるじゃない。
「よし、判った。君がそう言う態度なら、私にも考えがある」
へえ、課長でも考えることがあるんだ。
「結構です。どちらにしても、やめさせていただきますので」
それだけ言うと、園部君、ペコッと頭を下げて、出ていってしまった。
課長は、呆気に取られている。
「なんなんだ、あいつは」
誰にともなしに大きな声でつぶやく。もちろん誰も答えない。
多分、言ってやったらすっきりするんだろうな。きっと。
でも、薗部君みたいに大人にはなれないだろうな。
感情的になっちゃうんだろうな。
言ってやりたいね。
「あんたのせいだよ」って。
ああ、今日も始まったばかりだし、今週もまだ後3日もあるのか。
何でこう、一日が長いんだろう。
頭の中で声が響く。
「今度は誰かな」

第5回1000字小説バトル
Entry23

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或る阿呆の一夜

作者 : おあしす
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 携帯電話でメモリーの000番に入っている彼女の番号に電話を
掛けた僕の左耳に飛び込んできた無機質な声。「電源が入っており
ません・・・。」星一つ見えない曇った空に向けて延ばした改良ア
ンテナを乱暴に折り畳み、人身事故停止中電車のおかけで立ち往生
したときの気分で街を彷徨いつつマルボロの煙をくゆらせる。何処
からか流れるジャパニーズロックバンドのチープな音楽と、運転手
のIQの低さに反比例するように高い車のエンジン音。その二つが
混じり合いアンニュイな空気を作り出し、僕の体を通り抜けて何処
へともなく消えていく。
 
 街行くサウスアメリカン系ヘアスタイルをした色黒日本人のパワ
ー漲る若者達。鼻と唇にピアスをした男と肩がぶつかってギリシャ
神話に出てくるメドゥーサの様な目つきで睨まれ、五年ぶりぐらい
に全速で走って逃げた僕。禁断症状を起こしたアル中の唇のように
震える両脚の太股を癒すために立ち寄った暗い公園。人目を憚らず
恋愛モードに入った援交カップルと人目を憚って恋愛モードに入っ
た中年ホモカップル。白いペンキで塗られたベンチに座り、段ボー
ルの家を持つ方々と言葉を交わさず意気投合して援交カップルの若
い女の声のみに耳の全神経を集中させる。しかしどうしてもホモの
声を削れない。
 
 そんな僕に正面から注がれる梅雨どきの空気のような生暖かい視
線。グッチとプラダとヴィトンとエトセトラのブランドの、服と鞄
と靴とエトセトラのアイテムで外見を際立たせて、あわよくば内面
までも煌びやかにしてしまおうと勘違いしている女。まるで蛙を見
つけた蛇のような舐め回すような目つきで僕を見つめる。僕もお返
しに舐め回すような目つきで彼女を見つめ、二人の視線が絹糸のよ
うに絡み合う。それが口プレイという現実的意志を誕生させて壁が
崩れ落ちそうなホテルの入口を潜る。
 
 さぁ舐めよう。いざ舐めよう。と意気込み彼女の股間に手を添え
た瞬間に背中を流れる冷んやりした汗。堂々とした塔を見つめ再び
太股を痙攣させて走る僕。外に出て震える指先で携帯電話のメモリ
ー番号〇〇〇番を押し、ルルルという呼び出し音が脳の動揺を沈静
化させた瞬間の野太い声のモシモシ。聞いたこともない男の声の後
ろで聞こえる「あっやば!」という彼女の声が僕にマグニチュード
9レベルの震えをもたらし、今日も平和な夜が更ける。

第5回1000字小説バトル
Entry24

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稲葉山城の花嫁

作者 : 野原たんぽぽ
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 鵜飼の壁画の前で恵理子は不安げな様子で立っていた。
 山吹色の無地の着物に浅葱の帯が周囲の空気まで華やいで見える。
 約束の時間より30分も遅れてしまった私は、横からゆっくりと近
づくと
「恵理子!ごめん」
 と声をかけた。恵理子の顔からさっと笑みがこぼれた。次の瞬間
私を流し目できっとにらむとそっぽを向いた。
「わたしもう帰るとこなの、今おねえちゃんに電話して、いっしょ
にご飯たべるって約束したとこなの」
「お詫びにその飯代俺がおごらせてもらうよ」といって内ポケット
に手を入れると恵理子は私の腕を両手で押さえて
「嘘、嘘だって、本気にした?」
 私は、割烹料理屋に電話を入れて中庭に面した小部屋をキープす
ると恵理子とタクシーで早速料理屋に向かった。
 車に乗ると私は無言のまま恵理子の手を握るった。恵理子は私の
指に指を絡ませて遊んでいる。
 私が小さな声で「ちょっと」というと恵理子は悪戯っぽいひとみ
を輝かせて「なに?」と私の口元に耳を近づけてきた、肩に触れる
恵理子の温もりがくすぐったい。私は耳にキスをした。恵理子はボ
クの手を握ると自分の膝の上に持っていき手の甲を優しくつねった。
私はその恵理子の温かく少し汗ばんだ手の感触をたまらなく愛しく
思った。
 
 料理屋に着くと人の良さそうな40年配の仲居さんに案内され小さ
なお座敷に案内された。
「お飲物は何になさいます?」
 と仲居が訪ねるので
「私はビール」と答えて恵理子を見ると恵理子はメニューを見なが
ら考えているようだ。仲居に
「奥様は何になさいますか」と促されると恵理子は顔をほころばせ
て、
「じゃあ奥様は日本酒。冷やで。あなた。今日はちょっと酔っても
よくって?」
 といって自分で照れてる恵理子の笑顔が眩しい。
「じゃあ恵理子は日本酒、冷でな」
私は確認するように仲居と恵理子の顔を交互に見ていった。仲居が
出ていくと恵理子が笑いながら
「奥さんだって。参っちゃった。そんな風に見えるかな」
「ばか。親子に見えたらあんまり俺がかわいそうだよ」
「じゃあ今日は夫婦ごっこしよか?私ねえ、なんて呼べばいい? 
さっきあなたって言ったとき自分でも恥ずかしくって、笑っちゃっ
た」
 私が返事に少し困ってると
「私とじゃ不満。誰とだったらいいの」と絡んできた。その時、仲
居が飲み物を運んできた。
 私は少し助かったと思った。
「とりあえず乾杯だな」というと
「ご主人様。いつもご苦労様」
 恵理子の夫婦ごっこが始まっていた。

第5回1000字小説バトル
Entry25

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さよならの理由(わけ)

作者 : K.TAMURA
Mail :
Website :
文字数 :
 私のことを好きだったY君が地方へ転勤することになった。お別
れの色紙が回ってきたので私は足をひろげた大根の絵を一筆入魂し
てあげ、隣のU子は「意志の強いあなたなら大丈夫」と書いていた。

第5回1000字小説バトル
Entry26

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ばくだん

作者 : K.TAMURA
Mail :
Website :
文字数 :
 よく飛んでくる爆弾は軽量で殺傷能力も低いからうまくよければ
かすり傷程度で済みます。とはいえ手をのばそうものなら小指ぐら
いは軽く吹っ飛ぶので処理はせず冷めるのを待つのがよいでしょう。
 さて、大きな爆弾はどうでしょう? 重すぎて迂闊に落としたら
自分さえ形がなくなってしまいます。だから歩きづらくても目をあ
けて、誰かに仕掛けられた地雷を踏まないようにしてください。

第5回1000字小説バトル
Entry27

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茶色の小瓶

作者 : よしよし
Mail :
Website : http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoshi_s/yoshi.htm
文字数 :
 ドイツ南部の森深く、行商の男が夜道を急いでいた。近道のはず
が、すっかり迷ってしまったようだ。暗闇には獣とも鳥ともつかぬ
鳴き声。男は怖じ気づく足を必死になって前へと進めるが、迷い人
の常で彼もまた森の奥へ奥へと歩を進めていた。

 しかし幸いにも男は一軒の家に辿り着く。
「行商の方がいらしゃるなんて珍しいのよ」
 と、長女のキャロル。
「お姉様、この色も素敵よ!」
 スカーフを広げて喜ぶのは、次女のエリー。妹の笑顔にキャロル
も微笑む。
「父母が健在だった頃は、妹もあと一人あって、それは賑やかでし
たのよ」
 と、キャロルは語り始めた。


「つかまえてごらんなさーい」
 お転婆な次女が夏の光を跳ね返して水辺を駆ける。そのあとを従
兄弟のロイが追う。
 湖畔ではキャロルが眩しそうに二人を見守っている。
「あら、それは何?」
 ロイの手にキラキラ光る青い石。どうやらマリアのお土産にする
らしい。体の弱い
 三女のマリアは、今日も熱を出して屋敷で休んでいる。

 ざざぁーん。
 その晩のこと、水面に男女の影が揺れていた。
「三人の中で誰が好きなの?」
 キャロルがロイを問い詰める。
「いつもエリーとばかり遊んでるし、マリアには優しいわね」

 ざざっざぁーん。
「誰が好き?」
 次の晩、波が男女の足元を洗っていた。
「大人しいマリア? それとも美人のキャロルお姉様?」
 エリーがロイにせまる。

 ざざっどっぱぁーん。
「・・誰が好き・・!」
 荒波が男女をさらう。
「そう言えば・・・(ごぼごぼ)」
 マリアがしがみつく。
「・・(ごぼごぼごぼ)・・・」

 激しい嵐が夏の終わりを告げる頃、地下室に長女の姿があった。彼女の手には
『獣に変じる秘薬』と、書かれた茶色の小瓶があった。やがて棚に戻された瓶は
量が少し減っていたようだ。

 暗くかび臭い地下室で次女が見つけた茶色の小瓶には、難しい文字で
『ケモノ・・変ジル』と、書かれていた。

 三女は字が読めなかったので、とにかく一番危険そうな瓶を手に取った。


「そ、それで三人とも獣になってしまったのですか?」
 青ざめた行商の男が恐る恐る尋ねる。
「そんなわけないじゃない、こうして私達がいるんだから」
 と、次女のエリーが肩を竦める。
「私達は薬を使わなかったのよ。でもマリアだけはね」
 と、キャロルがドアを塞ぐように立つ。
「だから、こんな満月の日には・・・」
 少女たちの目が光り、体が倍ほどに膨らむ。

 美しい姉妹の住む森には、今日も悲鳴だけが満ちていた。

第5回1000字小説バトル
Entry28

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超音波な夜

作者 : 塔 重五
Mail :
Website :
文字数 :
「あっ! オクターブ下げた」
「ぎゃはは! 日吉、歌変わっちゃってるぞ」
 渦巻く笑いが『HOWEVER』を熱唱する日吉君に集中した。
マイクを置き、息を殺しながらステージを降りる。席に戻っても止
まないブーイングの嵐に、日吉君の顔面は歪んでいく。

 恒例になった営業課の親睦会。今日は珍しく皆が時間通りに集ま
り、近くのカラオケボックスへ繰り出した。日頃の憂さ晴らしに、
留め金が外れた連中が雄叫びをあげている。
 その中に、親会社から出向してきたばかりの網島課長が暗い面持
ちでいた。今日は彼の配属祝いも兼ねている。ウーロン茶を口に運
ぶ網島課長は、小さな体を折り畳むように潜んでいた。

 討ち死にした日吉君に替わる曲が、BOSS201から流れてき
た。
 ――マイウェイ。
「誰よ、誰?」
「何でこんなのが流れてくるの?」
「うへぇ、聞きたくない」
 口々に罵声が挙がった。と同時に、リクエストの主を消去法で探
り当てた。
 一斉にすべての口が閉じられる。ライトはすでにマイクを握る網
島課長を照らし出していた。
「ほ、本日は、私のために……誠にありが」
 言い切らないうちに、メロディパートが流れる。黒目がちの眼球
がマイクを見つめた。
 ――あっ、高い!
 スピーカから流れる歌声は、誰の耳にもそう聞こえた。
 低い歌い出しが要求される導入部から、網島課長の声はすでに高
域だった。普段の声より五音階は上だ。
 最後まで続かない、と皆が確信した。
 七三に分けられた網島課長の額に粒状の汗が浮かぶ。歌詞を流す
モニターへの視線が震え、マイクを持つ細い指が引き締まる。
 ステージを見上げる反町君と菊名さんの間で、日吉君だけが嬉し
そうだ。
 サビまであと四小節。もうすでに網島課長の喉は限界を超え、赤
みを増した首筋に血管が浮かぶ。
 やがて演奏は盛り上がるだけ盛り上がり、サビへ突入した。
 ――えぇ!
 全員が目と耳を疑った。真っ赤な顔をした網島課長は口を動かす
だけで、その声は全く聞こえてこない。
 ――どうしたんだ?
 周囲の心配をよそに、網島課長は細くて長い腕を広げ、無音のま
ま唄いあげていた。もう日吉君はにやついていない。
 網島課長の声なき声は、天窓を小刻みに震わせた。聞く者の耳に
不快感が充満する。ワイングラスが割れた。
「あれ何?」
 菊名さんが指さす窓には、コウモリの影が無数に映る。それも元
気一杯に、はしゃぎまわっている。
 網島課長がはじめて笑った。

第5回1000字小説バトル
Entry29

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恐怖の大王

作者 : 3104
Mail :
Website : http://www1.nisiq.net/~o-satosh/
文字数 :
あのさあ、ちょっと小耳に挟んだんだけれどさ。七月になると、恐
怖の大王が降ってくるんだってね。

降ってくるってどういうことなんだ。

やっぱりあれかね。傘は頑丈な物を用意しておいた方がいいのか。

鋼鉄の傘とか。

それよりさあ、前の日の天気予報はどうなるんだろうね。雨のマー
クの代わりに怒った恐怖の大王のマークで一杯になるのだろうか。
森田さんも真顔で言っちゃうんだろうね。

「明日は全国的に、朝から恐怖の大王が降るでしょう。」
「恐怖の大王警報発令」

ところで恐怖の大王って、何なんだ。
恐怖って言うぐらいだから、よっぽど恐い顔をしているんだろうね。

和田勉と、どっちが恐い顔だろう。

でもさあ意外に恐怖の大王って、いっても実はぬいぐるみのように
可愛かったりしたらどうする。小さくて、アニメのキャラクタのよ
うに甲高い声でさあ。

もしそうだったら、ちょっとは楽しそうだね。

普通の雨だと「ザー、ザー」とかいうけれど、この恐怖の大王は違
うよ。空から降ってきて口々に言う。

「イテッ!」「イテッ!」「イテッ!」と。

そりゃあ、空から落ちて来るんだもん、痛いよね。それもやっぱり、
甲高い声ね。あっちで「イテッ」、こっちで「イテッ」と叫んでい
るんだよ。

そんな日は朝から街中が恐怖の大王で一杯になってさ、朝の通勤ラ
ッシュと重なったら大変だよ。地下鉄に乗ると恐怖の大王ですし詰
め状態。

恐怖の大王がみんなで揃って、どこに行くのかは知らないけれどね。

と、いってもやっぱり恐怖の大王は一人なのかもね。だったら何も
心配することないね。今時、一人では何もできないなんてことは恐
怖の大王だって分かっているでしょ。ちゃんと心と心を通わせて話
し合いの席を設ければ大丈夫。

待てよ。大王っていうぐらいだから、何人かお付きの人がいるのか
も。一人で来て「俺が大王だ」なんて言われても「あっ、そう」で、
終わっちゃうしね。

んっ、日本語が通じるとも限らないか。それに、日本へ目指してや
って来るとも限らないのか。一体、恐怖の大王って何のことなんだ。

ひょっとしたらすごく身近な人のことだったりして。

例えば、買い物袋下げた“おかん”。


それが降ってきたら、それはそれで本当に恐怖だね。

第5回1000字小説バトル
Entry30

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卒論の後で

作者 : 小沢 純
Mail :
Website :
文字数 :
 電話のベルが鳴った。
1、2、3、4、5回鳴って、切れた。あの人からだ。
すぐにもう一度かかってくるわ、原始的だけど私たちの合図。
ほら、掛かってきた。受話器を取る。「みゃ〜あ」とあいさつする。
猫の鳴きまねが私たちの こんにちは と さようならのご挨拶。
「 寄っていい ? 」 あの人が言う。
「 うん、待ってる 」 私は、答える。
15分位して、扉にノック。あの人だ。
チェーンを外して、扉を開ける。 
私の目の前に 真紅の薔薇が差し出された。
「 卒論、終った 」 私がうなずくと あのひとは、続ける。
「 きょう 抱きたい」 私は、自分の頬が赤くなるのを感じた。
ちいさく、うなずく。
「 車、取ってくるから、今晩泊まれるようにしておいて 」
あの人は、花束を私に手渡し、空いた両の腕で私の腰を強く抱い
た。痛いほどに。

 2時間位して、私たちはホテルにいた。あの人は、高揚した気持
ちを鎮めようと、お酒を開けた。グラスにつがれた冷酒を、私は口
に含んだ。男にこびる娼婦の気分が私を支配した。酒を含んだまま、
あの人に口づけする。あの人は、私の口から少しぬるくなった冷酒
と私の唾液を吸った。私は吸われながら、あの人の大きな手が私の
うなじを引き寄せさらに、強く胸に抱きしめられるのを自分の感覚
としていた。頭の中が空っぽになってゆく時間。私が いきもの 
に戻る時間。

 行為は、激しかった。後ろも貫かれた。私の神経はしびれていた。
それでも、二人とも少しずつ眠った。朝陽がすき間からこぼれてい
る。先にシャワーから戻った私をあの人は、再び求めてくれた。何
度目だろう ?擦り切れちゃわないかな? 心の何処かで思いなが
ら、ほてる体をあの人に開く。

「 素敵だったよ。 ありがと 」あの人が言う。
「 みゃあ〜 。 お花、ありがとう 」照れてる、私が答える。

「 卒論、通るといいね 」
 あの人は、最高の笑顔で私の心を 突き刺した。
おどけたあの人は、「 みゃ〜! 」 と、ひと鳴き。

 卒論の後は、卒業、そして就職、私たちの関係も 節目を迎える
ことになる。
来年、「 みゃ〜 」とあいさつする関係でいられるのだろうか

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(作者希望により削除)


第5回1000字小説バトル
Entry32

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窓の中

作者 : 竹原 秀
Mail :
Website :
文字数 :
 ふと、おとこは手を止めた。
 立ち上がり、窓辺へ近づいて、分厚い老眼鏡の奥の眼を細める。
遠くを見つめているようだった。
 木枯らしが吹く中、色白の少年が三人のおとこたちに犯されてい
るのを眺めた。
 おとこはブラインドを下ろし、反対側の窓へと歩いた。
 窓の外に極彩色の花畑を眺めた。眼を凝らして、人数を確認する。
 無造作に設置された絞首台へ並ぶひとびとの顔は、この上なく晴
れやかだった。
 ブラインドを下ろし、おとこは作業の仕上げに取りかかった。
 おとこは、とてもいい仕事をした。

 暖炉に燃える焔に照らされたおとこの瞳は、八〇を超えた老人の
ようにも見てとれたし、精通を迎える前の悪戯好きな少年のようで
もあった。
 ゆらめく焔に、すべてを委ねているかのように。

 おとこは、ゆっくりと立ち上がって、自身の手で完成させた代物
を見下ろした。素材から工法まで、一切の手抜きなく組まれたそれ
は、芸術作品と呼ばれるものと通じる何かがあるように感じられた。
作業台の上へ置かれた煙草に手をつけることもせずに、おとこはそ
の中へ腰を沈めた。躯を横たえて、内側からぴったりと蓋をした。
 突然、暖炉にゆれる焔が大きく燃え上がり、床に積もる木屑に燃
え移った。
 おとこは眼を瞑り、胸いっぱいに吸い込んで、大きく吐き出した。
 

 
 そして永遠に、そのままだった。

第5回1000字小説バトル
Entry33

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硬いクリトリスのような

作者 : 竹原 秀
Mail :
Website :
文字数 :
 少し湿った壁に四方を囲まれ、生温くなった缶ビールをちびちび
とやる。シケモクも吸い尽くしてしまい、柔らかくなってしまった
ピーナツだけが、頼りだった。
 
 しかし、だ

 おれが喰いたいのは、このピーナツのてっぺんにある
 硬いクリトリスのような、にきびの芯のような 
 
 わかるだろ?

 こいつは、いつまでも硬いままで、歯ごたえがあった。
 こいつがなんの役割を果たしているのかなんて、もちろん知りは
しなかった。
 生命の芽なのか、死の源なのか
 まぁ、知ったことじゃないが。

 それにしても

 おれはこのまま、自殺への誘惑にのせられてしまうのだろうか。
 そのことをあいつは知ってはいない。
 
 あいつって誰だ?
 
 女たちは、皆、いなかった。 
 一七人の女たちは、おれ以外の男たちを救うために出払っていた。
 一人だけ、間違えて男に電話してしまった。 
 まるで女のような名だったから。

 ガスはだめだ。
 部屋にはとぐろを巻いた電熱器しかなかったから。 
 バファリンで本当に死ねるのだろうか?
 前回とは違う方法を試さなくては。
 カミソリは二枚歯で、その上、肌を守るためのワイヤーが巻かれ
ていた。

 チャイムが鳴った。
 ドアを開けると、女が立っていた。
 
 にも関わらず、だ
 
 おれは女を部屋には入れずに、追い返すことにした。 



 おれよりも不幸な人間と同室したくはなかったから。

第5回1000字小説バトル
Entry34

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ハムスター飼育日誌

作者 : 斜場伸樹
Mail :
Website :
文字数 :
八月十七日

学校を終え、アパートに帰ってくれば、十五、六の全裸の見知らぬ
少女がヒマワリの種を食い散らしていた。自分はそれがあのハムス
ターだとすぐに気付いた。確かに、昨日から様子がおかしいとは思
っていたが…。
自分が何よりも恐れたのは世間である。こんな少女を家の中に匿っ
ていたら、いつ誰に目撃され、拉致の罪で捕まってしまうかわから
ない。この少女の身元など、いくら調べたって絶対に分かりやしな
いだろうが、だからといって勝手に自宅に連れ込んで良いという法
があるものか。狼少年を匿っただと?おかしな言い訳だ。今時そん
な事があるはずない。この少年がハムスターだったって?確か言葉
も分からない、字も読めない。人間の少女にしては、少しおかしい
所も有る。しかし、それこそ本当に馬鹿な話だ。
ハムスターに噛み付かれた。彼女は食事を終えると、突然自分に食
ってかかってきて、腕を力一杯噛み付いてきたのだ。自分は何度も
彼女を蹴りつけたが、しぶとく腕を離さない。ふと、近くに置いて
あった包丁を手にするが、彼女はますます強く噛む。自分は痛みに
耐えられなくなり、いよいよ彼女の右肩を斬りつけた。すると彼女
はギャアと悲鳴を上げて、どくどくと血が疼く肩を、指が食い込む
ぐらいに押さえ、魚のように床をのた打ち回る。いよいよ、僕は正
気を失いつつあったが、膨らむ心拍を抑えて、救急箱から包帯を取
り出した。彼女は体に触れられると、こちらをぎっと睨みつけ、暴
れて抵抗するが、自分は力ずくで腕を押さえて、彼女の右肩に包帯
を目一杯きつく巻いておいた。しばらくすると、彼女は痛みにも慣
れてきたのか、大分大人しくなり、ヒックヒックと泣きじゃくって
床に伏せこんでいるのだった。
冗談じゃない…。この先どうするんだ。彼女の肩からは血が止まる
事無く溢れ出している。心なしか、彼女も様子も滅入ってきている
に見えた。このままではいけない…。

第5回1000字小説バトル
Entry35

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隕石

作者 : 川島 圭
Mail :
Website : http://www03.u-page.so-net.ne.jp/yb3/k-k/
文字数 :
「まるで君はシマウマみたいだな」
 しましまのシャツを着て、たてがみのような頭をした彼を見て僕
は言った。
「そうだよ、オレはシマウマなんだ」
 彼はそう言って、小さく鳴いた。
 次の日彼は、体を赤銅色に染めてやってきた。
「どうしたんだい、その色は。それじゃあまるで十円玉じゃないか」
 彼は片頬だけを吊り上げて笑った。
「うん、もしかしたらオレは十円玉かもしれない」
 彼は自分が人間でないことを知っていた。小学校を卒業する頃に
はそれを確信していた。けれど彼には、本当は自分が何であるのか、
それが分からなかった。そして彼はそれを探るように、様々なもの
になった。あるときには彼は時計であったし、あるときにはエリュ
アールの「自由」だった。ラブラドルのツンドラだったこともある
し、流れている、という「状態」だったことすらある。
 しかしそのどれも彼にはしっくり来ないようだった。自分の肉体
と精神との乖離に、彼は悩みつづけた。人間ではないのに、人間と
して喋り、人間として歩き、人間として食べざるを得ないというこ
とは、苦痛以外の何物でもなかった。自分が人間ではない、という
ことだけが、彼にとっての真実だった。それ以外のことは、彼はな
にも分からなかった。
 やがて僕は就職し、彼とは離れた。彼はその後定職にも付かず、
たった1人の肉親である祖母の年金を頼りに、呑んだくれた。彼が
30歳になったときに祖母は死に、彼は一念発起して職を探した。
けれどやっと見つけた仕事も長続きはしなかった。彼はホームレス
となり、なんとか生きつづけた。自分の正体を見極めるためだけに、
彼は生きていたのかもしれない。
 40歳になったとき、彼は僕の家を訪ねてきた。僕は大学を卒業
してからもずっと実家に住んでいた。彼は僕の家をなんとか覚えて
いたのだろう。
 どこで手に入れたのか、彼はやたらときらきらした服を着ていた。
家族が不審な目で彼を見るので、僕は彼を近くの喫茶店に誘った。
 にがそうにコーヒーを飲みながらそれまでのいきさつを丁寧に話
したあとで、彼は言った。
「やっと自分が何であるか分かったんだ」
 彼は目をきらきら輝かせて言った。
「オレは流れ星だったんだ。やっぱり人間じゃあなかった。オレは
流れ星だ」
 その日の夜、彼は13階建てのビルの屋上から飛び降りて、踏み
潰された虫のようにぺちゃんこになって死んだ。
 翌日の地方紙に、身元不明者の死が小さく報じられた。

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Entry36

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人生行路

作者 : 伊藤 修
Mail :
Website :
文字数 :
 春まだ浅い頃、三歳になったばかりの大介は、北大付属病院で精
密検査の結果、母親からの遺伝による重症の先天性血液疾患と診断
された。大介は若い竜門夫婦にとって初めての子共だった。この時
から、親子の長い苦悩の歩みが始まる。

 不安と焦燥を胸に、親子は一路札幌をあとにした。白く静息をた
てている狩勝峠を、吠えるように響く汽笛が通り過ぎ、やっと汽車
は帯広駅に着いた。
 駅から家までの帰り道、すれ違う人たちが怪訝な目つきで、幸子
がおんぶしている奇怪なまでに青白い大介の横顔に見入る。その度
に、両親は早足になる。
 丁度、大通り公園の側を歩いていると、四方を針葉樹に囲まれた
園内では、子供たちが愉快に汚れた根雪で遊んでいる。枯れた木立
に夕焼けが映え、誰ものらないブランコが十台程並んでいる。人が
往来しているところは、すでに雪が解けているが、竜門親子が歩い
ているあまり陽があたらぬ北側の林道には、まだ高く積み上げられ
た雪の山がでこぼこしている。
 大介は母の背で、疲れて眠っている。
「父さん! すいません」
 幸子はうつ向きながらポツリと口を開く。
「なしてだ?」
 昭は振り向き、立ち止まろうとしたがやめた。
「したって、わたしのせいだワ。この子の病気」
 恐ろしく不安げな幸子の眼差しが、昭の背を追う。
「なんもだ」
「したけど、ばあちゃんが」
 立ち止まった彼女の顔を夕陽がやさしく照らしている。
「わたしひとりで、この子、育てる」
「なにしゃべってんだ!」
 昭は幸子に近づき、おんぶされている大介の顔をひょいと覗き、
「大介は、俺の子だべ」
 と言うと、真綿帽子を深く大介にかぶせ直し、また歩き始めた。
 昭は、靴底でしっかり泥雪を踏みつけるように前進しながら、妻
の言葉の余韻が心に響く。後ろからついていく幸子は、心の中で、
「父さん、ありがとう」と呟いた。
 やがて旅疲れの親子は、林道沿いの闇路にとけてゆく。

第5回1000字小説バトル
Entry37

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独裁者

作者 : 岩本 光生
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kaede/4244/
文字数 :
 ボクん家のドアは、特別なんだ。
 ドアを開ける時に、自分がなりたいものを思い浮かべると、ほら
不思議、何にだってなれちゃうんだから。
 ボクん家のパパが長い間研究して、ようやく発明したのさ。
 それで昨日さっそく試してみたんだ。『どくさいしゃ』ってね。
「まわりのみんなが、ボクの言うことを何でも聞いてくれたらいい
のに」ってボクが言うと、それを聞いていた友達が「それじゃ、ま
るで独裁者じゃないか」って教えてくれたから。

 そしたらボクは、チョビひげをはやした、ちっこいおじさんにな
ってたんだ。
 でも、あんまり面白くなかったなぁ。だって、何もさせてもらえ
なかったから。
 目をギラギラさせて、嬉しそうにしているのは、ナントカ将軍っ
て人とか、ナントカ研究所の所長さんとか、周りの人たちばっかり
でさ。かんじんのボクは、へんてこな朝礼で壇の上でふんぞり返っ
たり、怖そうな顔した軍人さんの難しい報告を聞いてたりするだけ
だったから。
『どくさいしゃ』って、もっと楽しいもんだと思ってたのに……。
 ボクの通っている学校の校長先生も、毎日きっと退屈してるんだ
ろうな。

 だから今日はもう一度試してみたのさ、『本物のどくさいしゃ』
ってね。
 そしたら、ボクは大きな台の上に立って、目の前にズラッと列ん
だ人たちの質問責めにあってたんだ。でもね、これが結構面白いん
だよ。だって、みんなボクの言うことをありがたそうに聞いては、
その通りにするんだもの。まるで学校の先生になった気分だ。
 あっ、そうか。『どくさいしゃ』って学校の先生の事だったんだ。
 でも、すぐに気がついたんだ。『どくさいしゃ』ってのも大変な
仕事なんだなって。目の前の人の列は、どれだけたっても一向に減
る気配はなくて、かえって増え続けているように見えるんだ。いっ
たい、いつになったら終わるんだろう。もう疲れちゃったよ。
(ボクは『どくさいしゃ』って仕事には向いてないや)
 ぼんやり、そう思っていると、次の順番の人がこう聞いたんだ。

「右のほっぺたを叩かれたんです。どうしましょうか?」ってね。
 もういい加減面倒だったから、適当に答えたのさ。
「じゃあ『左のほっぺたもどうぞ』って言えば」
 そしたらさあ……。
 おいおい、ホントにやらないでよ。冗談なんだからさぁ。

第5回1000字小説バトル
Entry38

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ワーキング・ランチ

作者 : 鮭二
Mail :
Website : http://members.aol.com/Shakeji/papyrus.htm
文字数 :
「サバランチ会長、魯鈍物産の牧山社長がお見えです」こんこん。
「はい、どうぞ」まあ、お掛けなさい。そう、そこのソファーだ。
これ、お土産なんかいいから、ソファーに掛けたまえ。年代物だが
座り心地はいいよ。だから、よしたまえ、過剰接待は固くお断りな
んだよ。金?  金はありますよ。でもね、牧山君、こっちだって上
場企業だ、そんな誰彼となく貸すわけにはいかんのよ。ね、お帰り
なさいよ、金は貸せません。これ、袖をつかむな。「会長、次のお
客様がお待ちです」あらら残念。牧山君、そういうわけだから、ね、
だから駄目だって。経営改善計画?  読んだよ。読ませてもらった
よ。でもね、駄目なものは駄目なんだ。慈善事業だったら救世軍に
でも頼んどくれ。「会長、困ります。次のお客様が、ずいぶんお待
ちです」ほら、きみ……。
 こんこん。
「はい、どじょう」え?  どじょう?  どうぞ、でしょ?  しっかり
しろよ、株主総会間近なんだから。こんこん。「うむ、どじょう」
おおっ、声帯が……。こんこん。「はあい、どじょう」むぅ……。
こんこんこん。「ああ、どじょう」牧山君、ちょっと高谷君に……。
こんこんこん。「はいよ、もう大丈夫です。どじょう」こんこん、
こん。「うんとね……どじょうっ、いや、もとい……うなぎ?」
 そして、静かにドアが開く。
 どじょう。一匹のどじょう。
 おや、どじょうさんでしたか。まあ、ソファーにお掛けなさい。
ほらっ、牧山君、早く退きたまえ。ええ、ええ、伺っております、
どじょうさん。100億でよろしいの?  どじょうさんだったら、
150億、いえ、200億はお貸しできますよ。なんたって、どじ
ょうさんですもの。さあさあ、ソファーへどうぞ。年代物ですが、
座り心地は好いですよ。今、すぐに卵をご用意致します。ごぼうも
千切りにしているところです。はい、秘書の高谷君は、ごぼうの千
切りが得意なのです。鍋もこの通り、新しいやつを用意しました。
ぐつぐつ熱いのでやりましょうね。さあ、準備ができました。だし
汁と醤油と砂糖とお酒を入れましょうね。ねぎをぱらっと入れまし
ょうね。ぐつぐつぐつぐつ煮えてきましたね。さあ、どじょうさん、
そろそろ鍋に入りましょう。一気に入ってしまいましょう。はい、
どうぞ。はい、どじょう。これ、牧山君、箸なんか握ってるんじゃ
ないっ。「高谷さん、そろそろお昼にしようか」

第5回1000字小説バトル
Entry39

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50メートル以内、立入禁止

作者 : しょーじ
Mail :
Website :
文字数 :
 立原涼子に対するストーカーの罪で逮捕され、”彼女の50メート
ル以内、立入禁止”という判決を受けた。もしそれを破ったら、
今度は懲役か禁固はまぬがれない。気を付けなくては。

 でも納得いかない。なんで俺がストーカーなのだ?ちょっと彼女
の後つけたり、マンションに張り付いてただけなのに。
 その昔、深草少将は小野小町を口説くために99日間も家に通った
という。俺のした事とどれだけ違うと言うのだ。
 などと思っていると、遠くに涼子が見えた。こちらに向かって歩
いてきてるじゃないか。やばい。もうすぐ50メートル切ってしまう。
 俺はあわてて涼子から逃げるように駆け出した。ブタ箱入りはご
めんだ。
 そりゃ、俺は周りから「融通がきかない」とか、「思い込みが激
しい」とか、「もっと頭を柔らかくしろ」とか言われる。だからっ
て・・・。
 ありゃりゃ、冗談じゃない。涼子がこっちに向かって走って来る。
 俺は再びダッシュした。しかしどうも様子がおかしい。涼子は明
らかに、俺の後を追うようにスピードを上げて走ってくる。”涼子
の周り50メートルの位置にある見えない壁”に押し出されるように、
俺は走り続けなければならなかった。その内側に入ること、すなわ
ち牢屋入りなのだ。

 待てよ。涼子の狙いはそれなのか?俺をブタ箱に入れる事が目的
で、わざと近付いて来てるのか?
 俺は彼女を引き離そうと必死で走った。しかし彼女はピッタリと
50メートルの距離を保ち、俺の後を追って来る。
 このままずっと走り続けたらどうなるだろうか。いずれどこか日
本の端っこまで行き着き、海にボチャンである。俺は青くなった。
そんなのいやだ。その前になにか手を打たねば。
 頭を使った俺は立体的に逃げることにした。距離を保って上に行
き、涼子のやつをやり過ごすのだ。ナイスアイデア。

 名案だと思ったが、失敗だった。墓穴を掘ってしまった。俺は今、
東京タワーのてっぺんにしがみ付いている。50メートル下では同じ
く涼子がタワーにしがみつき、こちらを見上げている。ニヤリと笑
って、(少なくても俺にはそう見てとれた。)彼女はゆっくりと俺
との距離を詰めてきた。
 これではっきりした。やはりわざとなのだ。
 地上から333メートルのここはとにかく風が強い。手もしびれて
きた。
 ついに力尽きて俺は手を離してしまった。

 ああ、俺はとうとう涼子の50メートル以内に入ってしまった〜! 

第5回1000字小説バトル
Entry40

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10円の人間

作者 : 雲竜
Mail :
Website :
文字数 :
 私は、出勤前に不愉快な気持ちになって、今出たばかりのコンビ
ニエンスストアに戻っていた。
 私は、出勤途中に、駅のコンビニで朝食を買うのが日課だった。
 その日も、私はいつものようにそのコンビニで朝食のパンと、つ
おでに昼食用のカップラーメンを買ったのだが、箸が入っていなか
ったのである。
 箸が無ければラーメンは食べられない、無駄な時間と知りつつ店
に戻るしかなかった。
 店に戻って、うんざりした気持ちでレジ前の列に並んだのだった。
 その時、お店に一人の汚い格好をした、ホームレスと思しき中年
の男が入ってきた。
 その手には、お湯が入っているらしい、私が買ったものと同じカ
ップラーメンが握られていた。
 男は、レジのお姉さんに声をかけた。
「すまんなぁ、箸、もらえへんか?」
 汚れた顔をくしゃくしゃにした笑顔だった。
 私は呆れていた。
 箸だけもらう気か、何て図々しい。
 レジのお姉さんは、その男に一瞥もくれなかった。
 ただ彼を無視して、目の前のレジカウンターでの作業を続けてい
た。
「箸、もらいたいんやけど……」
 男は再び声を出していた。
 レジのお姉さんは、その端整な顔立ちの表情を一切変えることな
く、ただ男を無視していた。
 すると男は、すうっと片手を伸ばすと、レジの前にある箸立てか
ら一本、箸を掴んだ。
 こいつ、このまま持っていく気だ。
 私は、嘲るように彼を見ていた。
 レジのお姉さんは、男を咎める風もなく、ただ男を無視していた。
 男は箸を一本、抜き取ると、カップラーメンのフタの上に置いた。
「おおきに。ありがとう」
 そう言うと、男は、箸を抜き取ったその手に今度は十円玉を握る
と、レジのお姉さんに差し出した。
 それでも、レジのお姉さんは彼の方を向かなかった。
 すると男は、その十円を、箸立ての横にあった、募金箱に入れた
のだった。
 チャリーン………
 硬貨特有の金属音が響いた。
「おおきに……」
 男は、箸の乗ったカップラーメンを大事そうに抱えると、店を出
ていった。

 私は結局、箸をもらわずにお店を出た。
 お店前の雨宿りをしているホームレスたちの中には、さっきの男
はいなかった。
 自分と、レジのお姉さんと、男を思い描きながら、私は苦笑した。
 このカップラーメンは、明日にでも家から箸を持ってきて食べる
ことにしよう。
 しとしとと降る雨の中、私の頭には、さっきの男が箱に入れた、
あの十円玉の音が響いていた。

第5回1000字小説バトル
Entry41

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チョコの味

作者 : 君島恒星
Mail :
Website :
文字数 :
 その彼女を一目見て、甘い予感が僕を包んだ。
 新大阪までの新幹線。
 退屈な出張の隣の席は、ナイスバディーの二十代の女性だった。
大きな荷物を重そうに網棚に持ち上げようとしていた。
「手伝いますよ」
 僕はバックに手を伸ばした。
「すいません」
 上目使いの大きな瞳、ハスキーな声、好みの女だった。
 彼女は座席に座るとハンドバックからチョコレートを取り出して
食べ始めた。カリカリとチョコレートが砕ける音が聞こえ、薫りが
漂う。
「好きなんですか?」
 彼女は視線を向けずにうなずいた。チョコレートを口に運ぶ動作
は止めなかった。
 よほど好きなのだろう。新幹線が東京駅を出発するときには2枚
目のチョコを食べていた。
 太らない体質なのか? 
 現在、いいプロポーションを保っているから、きっとそうなのだ
ろう。
 チョコの香りを漂わせながら彼女が言った。
「血液型は何型ですか?」
「O型です」
 と速答した。彼女の目がキラリと光った感じがした。
「飲みますか?」
 彼女はポットからココアを注いでくれた。
「遠慮なく」
 僕は口をつけた。
「おいしいです」
「ありがとう」
 沈黙。
 彼女はチョコを頬張っている。僕は不安を感じて、雑誌に目を落
とした。変わった女なのかもしれない。相手にしないほうがいいか
もしれない。
「大阪までですか?」
 こんどは彼女の方から言葉をかけた。
「仕事で・・・」
「そうなの。大変ですね。わたしチョコレートを食べるの高校卒業
以来なんです」
 彼女が勝手に話し始めた。
「好きだったけどやめてたの。太るからね。男に嫌われたくなかっ
たから。あいつのために汚い仕事をして子供も産んだ。でも、あい
つはどっかに消えちゃった。O型だったんだ、あいつ。両親に心配
かけたくないのよ。男に捨てられて死ぬなんて惨めじゃない? あ
なたは、わたしの不倫相手よ。遺書は用意してある。愛するために
死ぬのよ、わたしたち。マスコミが騒げば本当の話になるわ」
 彼女が僕にキスをした。チョコの味。
「子供? 網棚のバックの中で眠っているわ。ふたりの旅立ちより
一足先にあの世へ行ったのよ・・・わたしもココアを飲むわ。付き
合ってくれてありがとう」
 僕の瞳孔が開ききるまで彼女は喋っていた。

第5回1000字小説バトル
Entry42

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ハルの話

作者 : あきみつ
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/Milano/6187/
文字数 :
上昇気流にのって、飛んでいってしまったハルは今頃どうしている
だろう。そんなことを考えながら、フユは洗濯物を干していた。
元々はフユのために用意された上昇気流だったのだ。ただ、嗅覚が
発達していたのはハルのほう。いち早く風のにおいを感じると、そ
のまま上昇気流にのって、とびたっていった。
弟よ、空からみえる景色はどうだい? 今年ははじめてハルのいな
い春を過ごしている。ただ、おまえがいなくても、桜は咲き、洗濯
物は白く光る、いつもどうりの春だよ。
おまえがいないことと、季節の流れ、たがいに何の影響も及ぼさな
い、そんな関係をうらやましく思う。わたしとわたしのまわりの流
れもそんなスマートな関係であることができるだろうか。 

第5回1000字小説バトル
Entry43

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ネコジタの死

作者 : 越冬こあら
Mail :
Website :
文字数 :
 人間の五感の中では視覚が際立っていることは、テレビで肉体の
一部を切断するシーンを等を見るとき、その痛みが直に伝わってく
るように感じることによって、経験的に理解できる。そう多くの機
会があるわけではないが、映像ではなく生身の人間相手でも同じよ
うに痛みを感じるのではないだろうかと、漠然と考えていた。

 しかし、ネコジタの額が割れて血が噴き出し始めた今、私は何の
痛みも感じていない。ただ、鈍い音を発してネコジタの額を砕いた
ばかりのクリスタルの灰皿が右手に重く感じられた。

 「心臓の鼓動が早くなる」はマルだが、「気が動転して何が何だ
かわからなくなる」はバツだ。相手の痛みの影響を受けない私の頭
脳は、正常で冷静な思考を司ることができた。原因は私とネコジタ
の卒業以来の確執。きっかけは私の借金とそれに絡んだネコジタの
罵声。「犯人は被害者と口論になり、カッとして犯行に及んだもの
と思われます」頭の中で架空の報道原稿が読み上げられている。
「これもあんたの運命さ」どこかで聞いたような台詞をもう焦点も
結べなくなった両目のあたりに注いでみる。不覚にも涙。

完全犯罪とまではいかないにしろ、せめてうやむやのうちに時効が
成立するくらいにはならないだろうか。幾つかの小説やドラマのス
トーリーが浮かぶ。

 午前10時、ネコジタが独身で金を貯めていることを聞きつけた
空き巣狙いが、今朝彼が出社しなかったことを知らずに侵入。いき
なり現れた主を見て発作的に殺害。何も盗らずに逃亡。あとは私の
アリバイが証明されればよい。

 まず証人だ。私は白い受話器を手にとった。事務所に電話を入れ、
融通のききそうな得意先の名前を告げて……やはり、多少の気の動
転は否めないようだ。事務所の番号が出てこない。
 ポ、ポ、パ、一日に何回となくかける番号なので、指が憶えてい
たのだろう。プー、プー、「ハイ110番」え? 「あのー俺、人
を殺したみたいなんだけど」ええ?? 私も驚いたが、警視庁のオ
ペレーターも沈黙……。その隙に、私は同じ科白を繰り返す「俺、
人を……」そうだった。沈着冷静でいられるはずだ。私はこっち側
じゃなく、ネコジタだったのだ。

 魂の存在さえ怪しい程の興奮状態に陥っている犯人の体から離れ、
被害者の自分に追いついたときには、もう暖かな光に包まれた花畑
を半分以上も横切っていた。「これも私の運命さ」涙もなくなった
今、無い声帯でつぶやいてみた。

第5回1000字小説バトル
Entry44

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禁じられた結婚

作者 : モーゲン王
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/Hollywood/9457
文字数 :
 父とのドライブ。
 弟が「あの男と結婚したいなら親父に言えよ」と車を貸してくれ
た。薫は頷いてキーを受け取った。
 意を決して、運転している父に打ち明ける。
「浩と結婚したいの」
 既にプロポーズを受けていることも告げると、父の横顔がみるみ
る強張っていった。
 唸るような返答だった。
「…だめだ」
「え? どうして?」
 父は助手席の薫を見ようともせずに告げた。
「実の兄とは結婚できない」
 父があまりに衝撃的なことを言ってのけたので、薫はすぐには事
態を呑み込めなかった。しかし、やがてその意味を理解したとき、
絶望の淵に突き落とされた。
 浩とは幼馴染みだったが、そんなにも近すぎる関係だったとは…。

 信じない。

 薫は父に内緒で、父と別居中の母に会った。
 そして父に告げられた一部始終を、震えた声で打ち明けた。
 母は煙草を燻らせながら言った。
「薫、バカバカしいと思わない? 同性愛者でも結婚できる法律が
できてから結構経つのに、近親婚は未だに認められないなんてさ」
 いつでも、まるで友達同士のように話しかける母を、薫は今まで
自然と受け容れてきた。でも、こんなときぐらいは重々しく話して
欲しかった。そんな思いが、薫に怒声を発させた。
「話を逸らさないで! 浩はパパの子なの?」
 我が子の必死な形相に母は薄く笑い、あっさりと答えた。
「ちがうわよ」
 薫は思わず、「よかった…」と漏らした。と同時に疑問も浮かん
できた。
 父はどうしてあんな嘘をついたのか。
 薫が男なら、法律上は問題なくても心情的に反対してやまないの
だとも想像できる。しかし浩はれっきとした男で、薫は女。どちら
かが性同一性障害者ということもない。
 どこまでもフレンドシップな母は、笑顔を浮かべて告げた。
「でも、浩は私が産んだよ」
 新たな不意打ちを咀嚼するように頭を必死に回転させ、やっと事
を理解したとき、薫は全身の血が脳に逆流するのを覚えた。
「ど…どうして! どうして平気な顔してそんなこと言えるの?」
 薫の激昂にも、母の笑顔は曇らなかった。
「いいこと教えてあげるから怒らないの。…浩とはだめだけど、弟
となら大丈夫よ」
「えっ…?」
「あの子、向こうの連れ子だしさ。あんたたちって妙に仲いいじゃ
ない。お似合いだよ」
 薫は呆然となった。
 弟はこの事実を知っているのだろうか。
 知らないのだとしたら驚かせ甲斐がある。
 そう思ってしまった自分に、薫は母との確かな血縁を感じた。

第5回1000字小説バトル
Entry45

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蛸の目

作者 : 北村曉
Mail :
Website : http://www.kinet.or.jp/kits/
文字数 :
 鏡を見ると、左目に変な物が入っていました。
「蛸の目を代わりに入れました」彼はそう言いました。

 私はピロポロの選手なのですが、先日事故で左目にひどい傷を負
ってしまいました。左目を失う事は免れ得ず、選手生命もこれで終
わりかと嘆いていた折、知人のつてで、眼球細胞を培養して修復す
る事ができるという学者を紹介してもらったのです。
 この日は左目を、そのワタヌキ某という学者に預ける為に摘出し
てもらうところでした。

 私は彼を問い詰めました。
「左目の視神経を使わないままだと、目を戻した後また慣れるのに
大変ですから」と答える彼。
「だからってなぜ蛸の目などを」
「網膜や角膜の構造が人の目によく似ているんですよ、蛸の目は。
あいにく今人の目のスペアが無いもので」
(じゃ、いつならあるんだ)などと思いましたが、結局彼に左目を
治してもらうにはこうするしかないのかと観念しました。とにかく
蛸の左目でも物を見る事はできたので、彼の腕は確かかと思われま
した。
「一箇月後には左目は元通りになるでしょう。ちなみにこれがその
目の蛸です」
 彼は傍らの水槽を指し示しました。虚ろな片目の蛸がいました。
それを見る私の左目も虚ろだった事でしょう。

 蛸の目は見る物に焦点を合わせる方法が人の目と違うそうで、左
目の使い方に慣れるのには少々時間がかかりましたが、そのうち試
合するのにも支障が無くなりました。異様な瞳を隠す為にサングラ
スは欠かせませんでしたが。
 夜寝ると海の夢をよく見たような気がします。それは海底で暮し
ていた時の、蛸の棲家の風景だったのかもしれません。

 一箇月後、ワタヌキ氏から左目が治ったとの連絡がありました。
しかし試合で忙しかった為、彼の許を訪ねたのは更に一週間後でし
た。
 いよいよ左目を元に戻してもらおうという時、ワタヌキ氏は蛸の
水槽を手術室に運んできました。
「なぜまた蛸を?」私の問いに、彼は黙って蛸を指し示しました。
 私は蛸を見ました。片目だった筈の蛸の左目には、人の目が、い
や私の目が入っていたのです。その目がじろりとこちらを向きます。
 私の蛸の目と蛸の私の目が合いました。
「蛸もいつまでも片目では可哀相なので」ワタヌキ氏がそんな事を
言いました。

 何はともあれ私は左目を取り戻しました。
 しかし夢で見たあの海の景色がどうにも忘れられず、件の蛸と共
に今こうして海底を訪れているのです。





 ……久し振りの海水浴でした。■

第5回1000字小説バトル
Entry46

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あぶらとり紙

作者 : おーぎや
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/2883/main.html
文字数 :
 左眉を撫でながら健一は申し訳なさそうに言った。
「京都に、転勤になっちゃったよ」
 菜美はわざと「ええっ」と驚いてみせる。「どれくらいの期間な
の?」
「うん。今度は思ったよりも長くて、36時間くらいなんだ」
 菜美はほっとした表情をつくって、それから微笑んでみせる。
「なあんだ。ただの出張なのね。いつからなの?」
「今日からなんだ。ワイシャツと下着を出しておいてくれないか」
健一は襟を立てて、ネクタイを締め始めた。
「おみやげとか、買ってきて欲しいものあるか?」鏡の中の健一と
目が合う。
「ううん。一緒に行きたい」
 手を止めて振り返る健一を楽しんでから「手鏡屋のあぶらとり紙」
をリクエストする。
「てっ手鏡屋って、なに? そこらへんのあぶらとり紙じゃだめな
の? なんか違うのか?」
「うん。お店は先斗町にあるの。吸収力が違うのよね」
「八ッ橋とかじゃだめか? ほら、苺の奴とかさあ」

 ひとりの夜に、菜美は健一のことを思う。
 健一が泊まるのは京都駅前のホテルだから、地下鉄に乗って四条
までは行くだろう。それから地上にでて、四条通りを祇園に向かっ
て歩くに違いない。アーケードがあるから傘をさす必要もない。夏
物スーツの下はじっとりとした空気に満たされ、ときどきぺたりと
貼り付くスラックスに唇をゆがめる。重い湿気と汗で濡れた半袖ワ
イシャツにまで「なんでこんなところ歩いてるんだ。早く帰ってひ
とっぷろ浴びようぜ」とそそのかされる。それでも健一は先斗町に
向かって歩き続け、鴨川を渡って川端通りにぶっつかってから、先
斗町が過ぎてしまったことに気付くんだろう。小雨だったのに少し
強く降ってきて、アーケードも途切れてるし、仕方なく傘をさして、
狭い先斗町通りをきょろきょろしながら歩くに違いない。高級そう
な小料理屋やら、ときどき姿をあらわす鴨川に目を奪われながらも、
やがては手鏡屋を発見するだろう。店員は女の子だけだし、お客さ
んだって女の子だらけだから、きっと店に入れない。大きい傘をさ
したまま店の前に立ちすくんで、通る人の傘がぶつかる。

 おみやげはピンクの包み、苺の奴だ。ふたりとも甘い物好きだか
ら、あっという間に平らげちゃうだろう。
 左眉を撫でながら健一は申し訳なさそうに言った。
「手鏡屋なんだけど、仕事で忙しくてさ、探しにいけなかったんだ。
ごめんな」
 菜美はわざと残念そうな顔をしてから、くすりと笑う。
「いいのよ」

第5回1000字小説バトル
Entry47

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不浄清浄

作者 : 一之江
Mail :
Website :
文字数 :
 少し妙な気もしたが、それほど不自然とも感じなかったのが、後
で考えるとなお変だ。親戚付き合いを疎んじた母の影響で、この年
になるまで会うことのなかった年下の従姉妹は、法事の会食の席で、
一同を前に膝を立てて皿を突ついていた。咎める者はなかった。遅
れて登場しながらも母親の紹介に身を委ねるだけで無言のまま向か
いの席に着いた彼女に、微笑みかけてきっかけをと構えていたのも
拍子抜けになっていた。
「図書館に勤めてるの?」
 招かれていた住職が声を掛けた。
「はい」
「どう、忙しい?」
「いいえ」
「どんな事してるの?」
「書類の整理とか…」
「あとは?」
「…」
「そうか。そんなようなことなんだ」
「はい」
 無表情の上に薄い微笑の膜を載せたまま答える、化粧気の全くな
い色白の顔から目が離せなくなったのはなぜか。彼女は母親に勧め
られるまま、卓上の料理に箸を伸ばし続けた。
「もう奥さんなんだって?」
 彼女の父親である、私にとっての叔父が赤ら顔で、話し掛けてき
た。
「はい」
 私は愛想笑いで答えた。
「前にお会いしたのは、叔父さんの結婚式のときです」
「やあ、そんなかあ」
「そんなです。御無沙汰してました」
 隣の母は、私の口調に合わせて意味もなく笑った。兄弟の目論見
を内心恐れながらその場に臨んでいる彼女に、肩身の狭い思いをさ
せたくない一心で、世慣れた会話をこなそうとする私の目の端に、
従姉妹が無心の表情で箸を口元に運ぶのが映った。

「ちょっとおかしかったでしょう。あの子」
 駅の構内で特急を待つ私に母は言った。
「ああ、そうねえ」
 土産にと母が買ってくれた昆布の箱を、用意してきた着替えを隠
しながら、ボストンバッグに入れていた私は、少しうわの空で返事
をした。
「分裂病なんだって」
 私は母の顔を見た。
「だからなの」
「そう。でも、何かきれいだって感じだった」
「純粋すぎるのね。感じはいいのよ、だから」
 出発時刻が近づいてきた。
「じゃあ、お母さん、あまり荒立てないでね。仲良く」
「ああ、はい。でも権利は権利なんだから。言うべきことは言わな
くちゃ」
 私は苦笑混じりに母に別れの挨拶をして改札を抜ける。跨線橋の
手前に電話を見つけた。腕時計で時間の余裕を確認すると、男の職
場に電話をする。出た相手に出鱈目の肩書きを付けて名乗り、取り
次ぎを頼む。受話器から流れてくるオルゴールの音色に、彼女の抑
揚のない声音が紛れているような気がして、思わず首を横に振った。

第5回1000字小説バトル
Entry48

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天井の小さなしみ

作者 : じろう
Mail :
Website :
文字数 :
「おじいちゃん、死ぬのは怖い?」
「そんなことないよ。人はね、死ぬとその人の一番望む世界、つま
り理想郷に行けるんだ。だから、孝志も怖がらなくていいんだよ」
「ふーん」

「ピーピーピー」心電図の計器の音で目を覚ます。
 夢を見ていたようだ。
 あの時祖父は私を諭すためにあんなことを言ってくれたのだろう。
 あの時の祖父の顔が忘れられない。

 私は今、病院の小さな部屋の冷たいベッドの上にいる。部屋には
車の排気ガスと騒がしい騒音だけを取り込む窓があるだけだった。
 今では、天井の細かなしみの数まで分かっている。
  
 妻が来た。花の水を替え、りんごの皮をむき、たわいもない話と
心のない励ましを残して事務仕事を終えたOLのように家路に着く。
 妻の私への愛はなくなってしまったようだ。一人息子の孝男なん
て仕事を理由に一度もこない。みんな私の死期が近いことは、わか
っているはずなのに…
 
 私は逝くことにした。誰にも最後の言葉を告げず、ゆっくり目を
閉じた。
 
 私は、死んだのだ。

 ………どのくらい時間が経ったのだろう?
 私は、死後の世界の扉を開けるべくゆっくり目を開けた。

 あれっ? あのしみは……と思った瞬間大きな歓声があがった。
妻が私の手を握り顔を涙でぐちゃぐちゃにして喜んでいる。涙を見
せることをとても嫌がる妻を知ってる私は言葉も出なかった。右に
目をやると、息子が孫を抱えて流れる涙をおさえもせず、何かを孫
に必死に伝えている。孫の手には自分の体よりも大きいと思われる
千羽鶴がある。

 私はもう自分の涙で何も見えなかった。

 おじいちゃん。おじいちゃんの言ってたこと本当だったね。

第5回1000字小説バトル
Entry49

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1時間前

作者 : タツヤ
Mail :
Website :
文字数 :
 もし時計の針を戻すことが出来るなら、1時間だけ戻すだろう。
高校や大学といった青春時代に戻りたいとは思わない。30歳と6
ヶ月たった今の1時間前がいい。
 8年間もつき合い、結婚も約束しあった彼女がいた。そう1時間
前までいた。そして1時間前に別れを告げられていた……
 
 ミヨコは飲み会に参加している。だから彼女は今日部屋には来な
い。同棲はしていない。でも金曜の夜だけは、泊まるにしろ帰るに
しろ僕の部屋に必ず顔を見せに来ていた。飲み会や残業などの用事
のある日を除いて。
 2人の間にドキドキワクワクといった新鮮みは、もう感じられな
かった。でもそんな山も谷もない2人の関係が、31歳を迎えよう
とする僕には心地よかった。週に1,2回だけ会う2人のペースも、
「結婚しても部屋は別々がいい」と言っていた彼女にとっては自然
であり、また彼女がそういってくれることで、僕の中での結婚意識
は逆に高まった。あまりにもドラマチックなことがないことが、今
では僕の自信となっていた。

 インターホンが鳴り玄関に行くと、ずぶ濡れになった彼女がいた。
不思議に思ったが、とりあえずタオルと温かいコーヒーを用意して
彼女を部屋に上げた。そして、
「実はね、浮気してたの。もう3年。あなたと会ってない日はいつ
もその人と会ってたわ。あなたと居るよりドラマチックだった。私、
彼と結婚します」
─でもミヨコ、僕と結婚するって─
「それは嘘。私は平凡な毎日に不満だったわ」
 結局、もう会わないし電話もしてこないで、と言い残し彼女は出
て行った。僕の自信はそのまま彼女の不安の裏返しだったのか。8
年間僕は何を見てきたのだろう。彼女が来てからほぼ1時間が経っ
ていた。12時45分、僕はベランダへ出て彼女の姿を探そうとし
たが、もう見えなかった。
 
 ≪午後11時45分頃、県道で交通事故発生。ハシダミチコさん
(30歳)死亡、他4名重軽傷。飲酒運転の模様≫
 
 僕の後ろでニュースが静かに流れていた。
 僕はぼんやり満天の星空を眺めていた。

第5回1000字小説バトル
Entry50

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眺めの良い部屋

作者 : キラキラ
Mail :
Website :
文字数 :
 同じクラスで、お向かいに住んでいる佐和ちゃんは、それはそれ
は綺麗で明るくて性格の良い子で、「いつかは芸能人になるんじゃ
ないか」って皆言ってたけど、この前交通事故に遭っちゃって、足
がもう二度と動かないんだって。
 でも、皆、その事知らないんだ。ただの骨折だと思ってる。
 知ってるのは、あたしと隣のクラスの三上くんだけ。
 だって、佐和ちゃんをはねたのって、三上くんのお兄さんなんだ
もん。
  
 三上くんのお兄さんって、いわゆる「ゾク」って言うヤツで、夜
になると毎日大勢で国道を一生懸命バイクで走ってるような人。
 そして、信号を渡っていた塾帰りの佐和ちゃんにドン!…
 佐和ちゃんの足、その時死んじゃった…らしい。
  
 それから毎日、三上くんの家の人が佐和ちゃんの家に来てたよう
だった。
「あたしの足を返して!」
「歩きたいよ!走りたいよ…」
 そんな叫び声が、向かいに住んでいるあたしまで聞こえるから、
すぐ判っちゃう。

 あたしはまるで日課のように、部屋の窓から佐和ちゃん家を覗く
ようになった。しばらくは三上くんの家の人が総出で通いつめてい
たけど、三上くんのお兄さんが、別の事件で警察に捕まったことと、
この「佐和ちゃん事件」が「お金」で解決したことで、「オトナ」
の足は途絶えちゃったみたい。
  
 今日もあたしは窓からお向かいを見る。
 そろそろ来る頃だ。佐和ちゃんが玄関に出て、待っている。
  
 キッ・・・微かに自転車を止めるブレーキ音がした。
「聖陽!」
 佐和ちゃんが嬉しそうな声で三上くんの名前を呼ぶ。三上くんは
サッカーの練習着が良く似合うんだ。そして無言で車椅子をゆっく
り押して、玄関の段差から佐和ちゃんの乗っている車椅子を降ろし
たら、そっと佐和ちゃんにひざ掛けを掛ける。佐和ちゃんは二言三
言話し、三上くんが黙って頷く。何を話しているのかなんて判らな
い。覗いているだけのあたしにはとても聞こえないよ。遠くて。
 あの方向だと、今日は公園の方かな。二人の表情は逆光に遮られ
て、あたしからは良く見えない。

「開放してあげなよ、佐和ちゃん…」

 あたしの胸は、窓を見る度にいつもちくちくと痛くなり、目から
は大粒の涙がぽたぽたと窓枠に零れ落ちる。

第5回1000字小説バトル
Entry51

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女の勝ち

作者 : ろくなもん
Mail :
Website :
文字数 :
 ある映画館の前でしきりに時計を気にしているOL風の女がいた。
 周りをキョロキョロと見渡しては、ふぅ、とため息をついている。
 どうやら人待ちのようだ。
 そこにスーツ姿の若い男がツカツカとやって来た。
「すみません」
「…はい?」
「アンケートにご協力していただけないでしょうか? いえ、お時
間は取らせませんから」
 女は少し考えて、いいですよ、と返事をした。
 男は素早くメモ帳を開くと、
「今、お体の調子はいかがですか?」
 と、尋ねた。
「大丈夫ですよ。元気です」
「そうですか…では、海外旅行には興味はありますか?」
「うーん、無いです」
「…そうですか、英会話とかには興味ありますか?」
「無いです」
「エステには行ったことが…」
「興味無いです」
「……。ダイエットとかには興味が…」
「無いです」
「……ファッション関係には興…」
「無いです」
「ジュエリーなんかは…」
「いらないです」
「スポーツは何かなさって…」
「ません」
「インターネッ…」
「関心ないです」
「無料で…」
「いりません」
「今なら…」
「結構です」
「すぐそこで…」
「行きません」
「お暇…」
「ありません」
「……」

 女の勝ち。

第5回1000字小説バトル
Entry52

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父親

作者 : pavane
Mail :
Website : http://www.ne.jp/asahi/my/pavane/
文字数 :
 フィンランド航空の白い機体が離陸に成功したとき、私の緊張は
ピークに達した。どうにも落ち着かない。しかも、左側に話し声の
うるさい日本人の男、右側にやや体格のいい外国人の男、その間に
挟まれて窮屈極まりない。一〇時間余りのフライトを想像して、私
はうんざりしていた。どうも今回ばかりは一睡もできそうにない。
 高度が安定すると、まず飲み物のサービスがあり、それに継いで
昼食が前のほうの席から配られていった。十数分待って、ようやく
私たちの席までスチュワーデスがたどり着いた。チキンかサーモン
か選ばされ、私は適当にチキンを頼んだ。
 チキンの照り焼き。パスタサラダ。なぜか茶そば。怪しげなタル
ト。それに丸いフランスパンを渡される。なんとも、変なとり合わ
せだ。
 今一つ食欲の進まぬまま、チキンとパスタを平らげ、茶そばにか
かった。別容器でつゆが付いている。面倒なので予めつゆをかけて
しまってから、固まったそばをほぐしていたとき、私はふと、右側
の外国人の男に目がいった。彼はつゆに気づかないまま、そばをフ
ォークに絡めようとしている。私はめずらしく彼に声をかけ、身振
り手振りを交えてそばの食べ方を教えた。すぐに彼は理解してくれ、
一口食べた後、うまそうに笑みを見せた。
 食後、片づけが進む間、外国人の男との間に会話をもった。フィ
ンランド人らしい。どうして日本へ?  そう聞くと、彼は饒舌に話
し始めた。彼の一人娘が鹿児島の日本人の元に嫁いでいて、今回は
その娘の出産に立ち会いに来たらしい。写真を見せてくれた。典型
的な日本の大家族の中に、彼ら親子が笑って並んでいる。その姿が
あまりに自然で、私をほんの少し励ましてくれた。あとは、彼の義
理の息子への不平不満の嵐が始まった。私はその半分も理解できな
かったが、黙って聞いていた。そのうち、機内の明かりが落とされ、
映画の上映が始まった。
 薄闇の中から、彼がこう言ったのは理解できた。
「娘は幸せだ」
 表情は見てとれない。
 数秒間の沈黙があって、彼はこうつけ加えた。
「日本人はやさしいからね」
 彼の優しげな笑顔が、私には気配で伝わってきた。それきり、彼
との会話は途切れた。    
 静かな闇の中で、私はゆっくりと眠りに落ちていく自分に気がつ
いた。もう緊張はない。  
 なんとかなるさ。みんな、父親だ。
 私はこれから、フィンランド人の彼女と結婚するため、彼女の両
親に挨拶へ行く。

第5回1000字小説バトル
Entry53

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Assist

作者 : 片山 芳宏
Mail :
Website :
文字数 :
エースの集団は行ってしまった。
ゴール30km手前から、各々のチームのエース達はアタックをかけ
始め、彼らは真っ先にゴールに飛び込む為に集団から飛び出して行
った。
俺の方は、レースを続けているたった一人のエースを後方の集団か
ら先頭まで引っ張って来た為、既に余力を使い果たし、かつては先
頭集団だった第二集団からも置いて行かれ、一人集団を追いかける。
コースは勾配と水平を交互に繰り返しながら、  5%ずつ高度を上げ
てゆく。喘ぎながらペダルを漕ぎ、既に見えない集団の背を想像し
ながら登る。
頭の中にリタイヤの理由が数瞬よぎる。このレースが調整レースだ
と言う事、エースの一人はステージ早々に降りてしまった事(単純に
考えればレースの勝ち味が減ったと言う事だ)、俺の本来の役割がエ
ースがパンクした時に素早くウィールを俺のと交換する事であり、
エースの自転車にトラブルが起これば素早く俺のを差し出す事だと
言う事、先程まで左膝に僅かなトウ痛を感じていた事、それから…

だが、無線でチームカーを呼び出し監督にリタイヤを告げる代わり、
エースの事を考える。エースはうまくやっているだろうか?

右の視界の端に自転車が入り、俺と並走した。後方から一人で追い
かけて来たのだろう。
「水を分けてもらえないか?」
声を掛けたレーサーは、テレコムチームのジャージを着ていた。ウ
ォーターボトルを手渡しながら考えた、確か、テレコムは先頭集団
にエースを二人送り込んでいたはずだ。
この男の名前は記憶に無いが、顔は覚えている。今日のステージの
半ばのダウンヒルで、ロッシのエースのアタックを潰した男だ。結
局そのエースはこの男が引っ張って来た集団に吸収された。
水を一口だけ含んで奴はボトルを返し、俺はそれを受け取り、疲れ
のためにバランスを崩さない様にホルダーに戻す。
男はこわばった顔の筋肉でようやく笑顔らしい物を作った。
「リタイヤするのか?」
「いや。」俺は明日も走るだろうか。「明日エース一人に頑張らせ
る訳にはいかないしな。」
微かに頷いたように見えた。
「急ごう。後ろに集団が来ているぜ。連中リタイヤ組だ。」俺は同
意し、ペダルの回転力を増す。
エースはゴールしただろうか?

第5回1000字小説バトル
Entry54

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サビが利かない

作者 : ヒモロギ
Mail :
Website : http://home4.highway.ne.jp/deadsoul/
文字数 :
「ねえ、昨日の『アダ珍』観たー?」
「あ、『勇気を出して初めてのアダ討ち』のコーナーでしょ。感動
したよねー」
 僕はクラスの女子の会話に聞き耳をたて、思わずため息をついた。
「自己及び尊属の仇討ちに関する法律」、通称「アダ討ち法」が制
定されてからというものアダ討ちはちょっとしたブームとなり、僕
はとても肩身がせまい。アダを討つべき相手が見つからず、今やク
ラスの男子でアダ討ちを経験していないのは僕だけとなってしまっ
たからだ。度胸がないわけではないのだ、相手がいなければアダの
討ちようもないではないか、という僕の悩みをよそに、先程の女子
は聞こえよがしに
「今時、アダのひとつも討たない男なんてアダ花よねぇ」
なんてことを言うのだからイヤになる。
アダのいない人生、僕はなんて不幸でない星の下に生まれてしまっ
たのだろう。

 その日の夜、寿司屋の勝手口に高く積み上げられた発砲スチロー
ルの陰に隠れて機会を伺っていると、板前の兄ちゃんが僕を見つけ
て声をかけてきた。
「入り口はあっちだよ」
「あ、はい、わかりました」
 闇討ちはやめることにした。やっぱり正々堂々が一番だ。僕は正
々堂々と寿司屋ののれんをくぐり、なおかつ正々堂々と叫んだ。
「こんばんは。えーと、アダ討ちに参った! 大将のお命頂戴!」
 突然の事に、大将も居合わせた客も困惑顔だ。大将にしてみれば、
アダにされる理由すらわからないだろう。わからないまま討ち取っ
てしまうのもかわいそうなので、カッターの刃をチキチキと押し出
しつつ、アダ討ちに至ったあらましを説明する事にした。
「こないだ、僕がサビ抜きと言ったのにワサビを入れた寿司を出し、
僕の舌をヒリヒリさせた恨みを晴らしに参った次第。いざ!」
 それを聞いた大将は握りかけのシャリをまな板に置くと、ゆっく
りとした動作でカウンターから出てきた。手には出刃包丁。
「いつぞやの小僧だな。あン時ぁお前ェ、よくもトロ残しやがった
な。ここで会ったが百年目、トロのカタキだコン畜生!」
 僕は、一目散に逃げ出した。

 どれくらい走っただろう。息を切らしながら振り返って見れば、
月の光を浴びてテラテラ輝く出刃包丁はもう見えない。空を望めば
満月。見上げた拍子に立ちくらみ、その場に座り込む。こんなに月
明かりがガンガンじゃあ、アダ討ちも失敗して当然だとも、チキチ
キチキ。満月を見あげながら、握りしめたカッターの刃をひっこめ
てみた。

第5回1000字小説バトル
Entry55

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希望の瓦礫

作者 : HCE
Mail :
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~nv5y-mngs
文字数 :
 一昨日までは四百数十名と見られていたが昨日いっぱいで各地域
の病院で数千人の死亡者数が確認された。明日以降になれば増え続
けるこの地震の被害者はきっとその倍以上になるだろうと言われて
いる。軽傷で済んだ者も夜になればゆっくり休めるかといえばそう
では無い。何処からともなくやってくる盗掘団から自分達の財産を
また強姦魔の手から女子供達を守らねばならないのだ。比較的暖か
な土地であるのが不幸中の幸いか灯とする以上の暖は必要無い。
 妻に先立たれ思い出のペンダントを見つけられぬ男がいる。女中
先の主人から養育費をせがもうとしていたのにその主人が倒壊した
家屋の下敷きとなった為お腹の子供をどうやって育てようか悩んで
いる少女も。ここに何かを失った者だけが生き残った。悲哀疲労恐
怖疑問忸怩絶望無力空腹。全てがピークに差し掛かろうとしている
のを誰もが実存的に感じていた時、その男はゆらゆらと灯に近付い
て来た。皆あからさまに怪訝な顔になる。何しに来たんだい。赤い
目。しかしやせ細い陽気そうな男の風体に気を許す。皆の前で軽く
挨拶をする。炎の前に立つシルエットが突然のくしゃみ。現実感が
遠のく。
 大きなバンが瓦礫とは無関係にこちらへ近付いて来た。主人の顔
を忘れる筈が無く少女は立ち上がるしかし動く事はない。一同から
少し離れて車が停まるとゆらゆらと運転席から降りて来た恰幅の好
い中年はトランクから巨大な日本製の冷蔵庫を取り出した。ゆっく
り一人で降ろしている。誰もが唖然としているのを余所に二人で銀
のペンダントを共に握り肩を抱き合う男女。その周りでも不可思議
の再会が次々と広がり誰も何も疑わずただ涙を流している。突然の
銃声。男の一人が銜えた短銃で自殺をした。四つめの冷蔵庫を降ろ
し終わるとかつての女中へ近付く。宝石で鏤められた腕時計を外す
と両手で彼女の手を取りそれを握らせる。未だ見た事の無い微笑み
であったのにこの上なく懐かしいのは何故だろう。
 夜が明けて昨晩の事を憶えている者は居ない。そして当然男を憶
えているものも居ない。早く街を再建しようその思いが地震の哀し
みとは別に心地よい。無傷のまま死体で発見された男がいる。心臓
発作との事で処理された。

第5回1000字小説バトル
Entry56

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ペンギン

作者 : HCE
Mail :
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~nv5y-mngs
文字数 :
 電話してきたって出ないからね。
 いつもそう思うけど上手く行かないんだけれども今回はその電話
が架かって来なかった。彼はちょっと心配になってしまうから、自
分から電話しようかと考える。どうしようかなあ。駄目だめそんな
んじゃ、大きな氷だって小さなヒビから砕けちゃう事もあるんだよ、
知ってる? だけど決めたんだよ、だから出ないよ。
 架かってこないから自分で決めたのは守れているけど、何かちょ
っと寂しい。
 お手紙しようかな。抽き出しの中に銀色のペン。インキの色もき
らきらだよ。エレキを使っているんでないよ。そのまんまでもきら
きらなんだよ。とっておきのインキの蓋もぴかぴか。部屋に便箋が
見付からないからヘーゼル色した本の表紙を取り上げる。何て認め
よう。お元気ですか。

 最近は空を飛ぶ夢ばかり見ています。

 そんな言葉だけで恥ずかしくなって彼はそれを丸めてゴミ箱に捨
てた。でもずっと空を飛ぶ自分の姿を描きながら架からない電話を
待つヒビを送っている。絶対に出ないんだからね。

第5回1000字小説バトル
Entry57

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あれこれ探す

作者 : HCE
Mail :
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~nv5y-mngs
文字数 :
 何でも知っていそうな老人は実際に何でも知っているので、欲し
いものを手に入れるのには彼に相談しなければならないというスト
ーリー上の設定に沿って話を進める為に俺は、この白ヒゲを生やし
た如何にも老人という様な老人に話し掛けねばならない。
「すいません。生きている石を探しているんですが」仙人を絵に書
いた風体に合わせてか岩ばかりの山奥に住んでいる。世捨て人、か。
「ほう生きている石とな?」
 わざわざこんな処に庵を構える理由が俺にはどうも解らない。
「きっと『形を変えるもの』の事かの。あれじゃよ」と言って指さ
した方向には、確かに一つだけ色の濃い、幅30cm程度の石が転
がっていた。俺は礼の言葉もそこそこずっしり重いその石を持って
帰った。
 数日経っても数週間経っても石には何の変化も見られない。騙し
やがったな。あの爺に文句を付けてやらねばと石を持って再び山奥
に向かう。
「あれの何処が『形を変えるもの』だ。ふざけるなよ」 噛み付く。
「何を言っておる。儂はふざけてなんぞ」いないと言う前に
「変わらないもの変わらないんだ。見てみろ、これを」
 ため息を一つ。老人は少し困った顔をしながら哀れそうに呟く。
「儂はあれと言ったんじゃ。これはあれじゃ無かろう」

 幾ら何でもこの程度の詭弁ではありがちな話になってしまうので、
別の結末を探す事にした。
 爺を睨む。近付きながら俺は石を投げ捨てる。後ろで堅い物同士
がぶつかる音がした。
「あれの何処が『形を変えるもの』だ。ふざけるなよ」親指で背な
向こうの石を挿すと肘が力強く口を閉じた。
「儂はあれと言ったろう。ほれ見てなさい」指差す。
 何を抜かしやがる。と言い掛けつつ振り向く。置いて来た石はい
つの間にか小さな亀になっていた。
 こんなのもありがちな結末なのかも知れない。だが、満足だ。

第5回1000字小説バトル
Entry58

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救済の技法

作者 : 蛮人S
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3057/
文字数 :
 女性が一人、駅ビルの片隅にある小部屋を訪れていた。
 中にはマイク付きの頑丈そうな機械と、据付の椅子が一つだけで
ある。厚い扉が炎暑と一切の喧噪をうち消す。
 ここへ入るのは初めてだった。女性は一瞬躊躇した後、機械のレ
バーを引いた。青いランプが点り、やがて落ち着いた声が彼女に語
りかけた。
「ようこそ、おいで下さいました。どのような事でもお話し下さい」

 女性は就職活動に疲れた学生だった。今日の面接官は彼女の言葉
尻を一つ一つあげつらった末、帰し際に彼女の容姿に関する侮蔑的
な言葉を投げつけた。採用する意思は第一印象から失っていたらし
い。帰り道の路上、どこかの子供の持っていたアイスクリームがす
れ違いざま彼女の服に触れた。気が付くと彼女は子供の頬を打って
いた。抗議する母親には汚い言葉を浴びせていた。それは先刻、面
接官に投げられた言葉と同じだった。

 女性が話す間、機械は時々相槌を打ったりするものの、それ以上
の反応はなかった。それでも彼女は、胸のつかえが少し下りた気が
した。
「またいつでもおいで下さい」
 扉を閉じかけた女性は、つい機械にお辞儀して苦笑した。


 そんな部屋が、世界の随所にある。
 誰が、いつから設けたのか分からない。部屋は、人種、宗教、環
境、国の貧富を問わず至る所にあった。内戦に荒れ果てた街の瓦礫
の陰でさえ、それは何気なくそこにあり、誰かしらの声に耳を傾け
ていた。
 部屋の裏からは回線が延びている。
 回線は山を潜り、砂漠を越え、南へ南へと延びていく。赤道を過
ぎ、海溝を渡り、周囲が氷に閉ざされる辺りから、集まった無数の
回線は一点へと収束する。
 悲嘆、怒声、憧憬、怨嗟、
 逃避、愛欲、遺恨、悔恨、慕情……
 全ての言葉が、氷原の底へ、ゆっくりと流れ落ちていった。

 南極点、地下百八十メートル。
 凍てついた地盤の底で一基のコンピュータ施設が低く穏やかな唸
りを響かせている。
 冷たい半透明のパイプの中を、様々な色の言葉が、光のかけらと
なって降ってくる。光は次第にゆっくりと、雪のようにパイプの底
に降り積もり、深い藍色の結晶となって層を成していった。幾日か
経つ毎に、結晶は再び輝きに変わり始める。輝く結晶は昇華してパ
イプを遡り、やがて一条の青い閃きとなって極光揺らめく空へと放
たれていった。
 今しもまた一つ青い矢が、地球の公転面を静かに離れ、系外宇宙
へと消えていく。
「ようこそ、おいで下さいました……」

第5回1000字小説バトル
Entry59

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青い街

作者 : 瓜生瑠璃
Mail :
Website : http://www.ky.xaxon.ne.jp/~k365412/
文字数 :
 いつからか降り出した雨が今もやまずに降りつづいている。
 僕は傘をさした。そして青いとばりの中を泳ぐように進みつづけ
た。傘はまるで誰も表現することを許されないひとを守る武器のよ
うだった。
 いったい僕は何をしているのだろう?いつも思う。僕は今日もま
た青い街の中で薄曇りの空に向かって手を伸ばしつづけている。し
かしその手に掴むべきものは何もない。それはまるで胞子を放ちな
がら根付を待つタンポポのようだった。
 たぶん僕は大切なものを隠している。でもそれが零れ落ちたとき
拾う術を知らない、だから惑うのだ。
青い街はいくつもの共同体の中にある一つで、僕の存在は架空の世
界のなかで虚構を演じる役者のようだった。
役者である僕はストーリに沿って演目をリアルに演じなければなら
なかった。時に女になったり。或いは男になったり。またあるとき
は動物になったり。それは決して強制ではなく、僕が街の住人であ
りつづける限り何物にもなれる特権が与えられていると言えた。
 青い街は僕にとって非常に居心地がいい隠れ家だった。僕が部屋
を掃除する度に古い埃が取りのぞかれて新芽のような青い畳の色が
現れた。その度に僕は歓喜して窓から極彩色の旗を振った。それを
見た街の住人は僕に呼応して手を振りかえしてくれた。僕は窓を閉
めてまた部屋を掃除した。そして旗を振った。僕はたとえ住人達の
顔が見えなくても笑っている姿を想像するのが好きだった。

 一度は青い街の物語は完結するはずだった。それは僕が僕であり
つづける行為の結果から必然的に生まれるものだと思っていた。で
もそれは間違っていた。僕の傲慢だった。青い街では呼吸できても
一旦街を出ると呼吸困難を起こしてしまっていたのだ。自分では死
にかけていることさえ気づかなかった。
 このままでは何かを弄んで、誰かを踏み台にしないと何かを手に
入れれないような気がする。
 僕は青い街を出ることに決めた。明日の朝には僕の家の表札は空
白になっている。たぶん今は物語を完結しない。そしてこれからも
物語は完結しないだろう。でも今はそれでもいいと思う。僕はリュ
ックサックに数冊の本を詰めた。

 誰かが遠くで囁くような声で目を覚ました。僕は、雨音の中に誰
かが扉を開ける音を聞いた。それは自分の音なのかもうわからなく
なっている。でももうそんなことはどうでもいい。今僕は前に進む
しかないのだから。

第5回1000字小説バトル
Entry60

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ひとし君のふしぎ発見!

作者 : 蛮人S
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3057/
文字数 :
 草野仁は拉致された。番組収録の帰り、二人組の男に襲われたの
だ。白マスクで顔の半ばを覆い、一人は黒眼鏡、もう一人は野球帽
を深目に被っていた。
「草野さん」
 野球帽が関西訛りで話しかける。手にはヌンチャクが握られてい
た。
「スーパーひとし君人形は、一つで二個分の値打ちが御座いますな。
あれは何ですか、特別な素材でも使うとるんですかね」
「いかがでしょう。例えば紙幣というものは、あれは本当はただの
紙ですね。しかし国のルールに基づきまして福沢さんでしたら一万
円という事にしましょうと、つまり紙幣に価値を与えているのは政
府の信用というわけです」
「流石です、草野さん」
 黒眼鏡が拍手した。
「分かりやすい解説でした。では同様にスーパーひとし君に価値を
与えているのは草野さん、あなたなのですね」
「さてさて」
 草野仁は肩をすくめた。二人が詰め寄る。
「草野さん、あんたは今や日立グループの、お茶の間における顔と
もいえますわ。そこまでの地位に登り詰めはったカリスマ性、その
秘密は何ですやろ」
「何ですやろと言われましても、私は一司会者にすぎません」
 黒眼鏡がナイフの鞘を抜く。
「僕の情報が正しければ、次世代ゲーム機にも使われている日立の
『SH』というプロセッサ、あれもスーパーひとし君の略なんです
って?」
 草野仁は、ほっほと笑った。
「いや、それは初耳ですねえ、マコト君」
 黒眼鏡は思わずマスクを押さえた。
「さて、もう帰らせて戴きますよ。私も下調べが必要でしてね。黒
柳さんだって今頃は図書館でマヤ文化の勉強中でしょう。漫才して
る暇なんて無い筈ですよ」
「う、うるさい! 帰さへんで草野さん」
「仕方のない人達ですね」
 草野仁はスーツとワイシャツを脱ぎ捨てた。するとそこに立って
いたのは赤い帽子に探検隊ジャケットを着た男。
「す、スーパーひとし君だ!」
 黒眼鏡がハッと振りかえると、背後にもう一人スーパーひとし君
が立っている。
「一人のひとし君が、二人のひとし君に!」
 スーパーひとし君は、倍々に増えていく。
「四人に、八人に」
「五百十二人、千二十四人! ああ、もうあかん……」
 悪漢どもは並んで失神してしまう。草野仁たちは笑みを浮かべた
まま言い放った。
「没収です」
 残念音楽と共に床に沈んでいく二人を満足げに見送り、草野仁は
にこやかに振り返る。
「というわけで視聴者プレゼントはヌンチャクとナイフです。では
また来週、お目にかかりましょう」

第5回1000字小説バトル
Entry61

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作者 : 村山茂雄
Mail :
Website :
文字数 :
 この家では、善蔵は生きているのみ。家族の誰からも必要とされ
ていない。善蔵はこたつに入りテレビを見ている。今年で85歳に
なるがこれといった趣味は無い。
 二十年前に妻を亡くし、五年前に入院がきっかけで息子夫婦に引
き取られるまでの十五年間、善蔵は一人で暮らしていた。このころ
は、寂しさもあったが一人暮らしという事で生活に張りがあった。
午後の一時には、ハンチングを被りアイロンをかけたスラックスを
履き、決まって駅前の喫茶店「ボエ」で珈琲を啜りながら、乱歩全
集を読んだ。妻の写真を栞に使っていた。
 「お義父さん! お義父さん!」善蔵の部屋の襖を開けて嫁が叫
ぶが、善蔵の耳には届かない。善蔵はこたつに入り、テレビを凝視
している。嫁は呆れた溜息を一つ吐き、中に入りテレビを消した。
一瞬の静寂。この時初めて善蔵は嫁に気付いた。
 「これから行って来ますからね」
 「いってらしゃい」善蔵はきょとんとした顔で答えた。嫁はまた
溜息を吐いて言った。 「私達が鬼怒川温泉行くの今日ですからね」
 そう言われて善蔵は思い出した。今日は息子夫婦が温泉に行く日
だ。それで孫の友彦は残るのだと。
 「それで友彦は……」嫁が言い終える前に善蔵が口を開いた。
「分かってます、分かってます、友彦は行かないんだよね。それと
戸締まりだよね、友彦は帰りが遅いから鍵だけ掛けてチェーンは掛
けない。分かってますよ、大丈夫。いってらっしゃい。」
 その夜、善蔵は緊張していた。この家は自分が守るという、変な
使命感に駆られていた。全ての部屋の戸締まりを見て回り、ガスの
元栓、水回りを確認した。全てが完璧だった。善蔵はほっとした。
そして最後に玄関の鍵を閉め、そしてチェーンを掛けた。
 深夜十一時三十分。善蔵は眠りの中にいた。ドンドン!ドンドン!
という激しい音で善蔵は目を覚ました。窓を誰かが叩いている。善
蔵は飛び起きた。叩く音が頭の中で音量を上げて木霊していく。善
蔵は後ずさりする。布団の横に置いてあったゴルフクラブに足が当
たる。その瞬間、善蔵の右手の中指はビクンビクンと震え、左手は
必死にそれを押さえる。窓は悲鳴を上げる。 
 意を決した。善蔵はクラブを手に握り、依然として叩かれ続けて
いる窓の前に立った。そして窓を開けるや否や、クラブを振りかざ
した。
 「儂だって役に立つんじゃぁ!」
 鈍い音とともに善蔵が泥棒と思った者は、前のめりに膝をつき、
そのまま横に倒れた。 月明かりに照らされたその顔は、友彦に間
違いなかった。
 次の日の朝、善蔵の部屋の窓は開かれたままだった。友彦も冷た
くなって倒れたまま。善蔵はこたつに入りテレビを凝視している。
 その手には栞がしっかりと握られていた。 

第5回1000字小説バトル
Entry62

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六本木坂道発進

作者 : 小沢 純
Mail :
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文字数 :
 舞台の最終練習が終った。今日は、疲れた。けれど仕上がりは、
上々かな。大道具を運んだロングボディーのライトエースに乗る。
運転は、ペーパードライバの舞台監督。渋滞なの。六本木を抜けら
れない。さすがに、金曜の夜は、厳しいのかな〜。地理不案内につ
き膝の上に地図を広げて、ペーパードライバ運転手のナビをしてる
の。六本木って、上りと下りの繰返しね。上り坂での渋滞、きつい
な〜。運転の腕も心配だし・・ 疲れてるし。少し眠たい。

 「ええっつ? 車下がってない?、後ろに下がってない?」思わ
ず声が出た。気づいた彼があわてて、ブレーキを深く踏みこむのが
分かった。その時、助手席の私だけ、気づいた。ミラーに写った後
続の黒いベンツから人が降りて来るのが。その男、私達のライトエ
ースの後輪蹴って、こっちに来る。私達の車、後ろに下がったから
怒ってるんだ。彼、気づいていない。その男、助手席の窓から、私
達をのぞき込んだ。そして、凄んだ。

「ちょいっと、車 ぶつかったみたいなんだけどな〜あ。」ドスの
効いた声だ。突然のことに動転して、運転手の彼、謝る。このライ
トエース彼の親戚の工務店から借りてきたから、荷台の横にで〜ん
とお名前と電話番号が入ってる。からまれたら、逃げるのは、大変
だ。だから、平謝り。けれどその男、割と紳士、野蛮っぽくない。

坂の上の信号が青になって、前の車が進んだ。彼、観念して言った。
「他の迷惑になるから、車、端に寄せますから・・」
でも、男は言った。
「まあ、ええや。気をつけて行けや。 俺、六本木で、やくざやっ
てるんやけど」
男は、衝撃のセリフを残して、そのまま自分の車に戻った。私達、
ドキドキしっぱなしだった。彼、結局、坂道発進3度も失敗した。
下がらないように張りつめてるからエンストしてる。3度目、思い
っきり吹かしてサイドブレーキを戻して、車をやっと前に出せた。
動揺してる上に、馴れないフロアから伸びてるサイドブレーキだか
らなおさら下手くそな運転。どうにか帰れそう。良かった。

 ちょっと怖すぎたな〜。 私、思ったけど声に出せなかった。

 その男、私達をのぞき込んだ時、フッと表情が和らいだのに私、
気づいていた。
がりがりに痩せてる色白の彼と、地図覗き込んでる色気ない娘が相
手じゃ男のプライドが許さなかったのかもしれないなと思った。
きっと「やくざ」としての。

 良かった。これなら初日の幕、開けられるね

第5回1000字小説バトル
Entry63

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紘子

作者 : 野原たんぽぽ
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文字数 :
 紘子の透けるように白い背中は、一瞬凍っているように見えた。
背中からくびれた腰、はりのある尻にかけて美しい曲線を描いてい
る紘子の体は、紘子が男に抱かれるためだけに生まれてきた女であ
ることの証のように思われた。
 後ろから紘子を抱え込むように首筋に唇を押し当てながら、石鹸
に濡れたかたちの良い二つの胸の膨らみを手のひらいっぱいで味わ
うように円を描いて撫でると、たちまち手のひらの中で乳首が堅く
なった。紘子は少し甘い吐息をもらすと両手でゆっくり石鹸をあわ
だて、後ろ手にぼくのものを優しく洗い始めた。
 ふっと笑うと「あらら、もうこんなになっちゃって」というとき
ゅっと強く握った。ぼくは、左手で乳房を遊びながらもう片方の手
をうっすらとした茂みの丘の方に滑らせた。秘部の合わせ目に指を
なぞるようにはわせると。そこはもう熱く潤っていた。
 蕾が堅くなり始めると、紘子の吐息が激しくなり右手でぼくを握
ったまま左腕をボクの首にまきつけてキスをおねだりしてきた。舌
をからめながら指を足の付け根の合わせ目から紘子の体の奥に滑り
込ませるとぬるぬると紘子のジュースが指にまとわりつき、やさし
く指を締め付けた。紘子のジュースが白くミルク色に泡立つと、と
ろんとした目つきで、「ねえ、これほしい」とせつなそうに囁いた。
ぼくは紘子に四つん這いのポーズで足を開かせ、唇をひらいた紘子
のあそこにキスをすると音を立ててジュースを吸った。紘子の吐息
があえぎ声に変わった。
 紘子のジュースを飲み干したあと後ろからゆっくりと紘子を貫い
た。暫くじっとして紘子の体の収縮のリズムを味わったあとゆっく
りと腰を使った。
 紘子が
「なんか・・・頭が・・・変に・・・なりそう・・」というと紘子
もボクのリズムに合わせて、ボクの体に尻をぶつけてきた。
 快感の中で二人の魂が火の玉になって空高く駆け昇った。
 紘子の体が激しく波うってしなった瞬間、ボクも紘子の体の中で
どくんどくんと脈打った。
 余韻の中で体を流し合った二人は、ベッドに移っても体を寄せ合
って何度も求め合った。
「よそで使わんといてね」とすっかりつかれたボクをもて遊びなが
ら囁いた。
「紘子がおれだけのものになったらよそで使わない」といって紘子
の体の奥に手をやると、また潤ってきた。

第5回1000字小説バトル
Entry64

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蛇の目の咲く街

作者 : 紺詠志
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 雨のそぼふる街を、蛇の目の傘さしゆくのは、オシャマざかりの
ルンルン十七歳、チョメコその人でした。外交官の父と、裏千家流
暗黒呪術家元の母をもち、裕福な家庭であったけれど、父は水兵さ
んなので家にいないし、母は家にいても部屋にこもりきりで、たま
に異臭がする程度。ちょっぴりさみしい境遇です。それでもチョメ
コは、今日も精一杯に傘をさして、街を歩いているのです。
「お嬢さん、ちょっといいですか?」
 そう背後からチョメコに声をかける者がありました。振り返ると、
ひとりの紳士がおり、かむっていた山高帽を胸にあて、ていねいに
おじぎしました。チョメコもスカアトの両はじをつまみ、足を4の
字固めのかっこうにして、おじぎしました。
「ご用件はなにかしら?」
「なかなか見事な雨降街中傘差歩行[うこうがいちゅうさんさほこ
う]でした。あなた、タダ者でないと見ますが」
「いいえ、わたしはタダ者ですわよ。父は国際線のパイロット。母
は気のふれた邪教徒です。ごく平凡な十七歳ですわ。ところでその
なんとか歩行とはなんですの?」
「申し遅れました。私はこの道四十年のベテラン歩行者です。あな
たの歩行ぶりがあまりに端麗でしたので、思わずとっさに作った専
門用語で称えてしまったのです。雨降街中傘差歩行とは、雨の降る
街の中を傘を差して歩き行くことを意味します」
「それはそれは、いたみいりますわ」
 そう体よく返答しておいて、先を急ごうとしますと、紳士は行く
手に回りこんで、土下座するではありませんか。
「お願いです。私をその傘に入れてください。これつまり相合傘の
かっこうになりますが」
 チョメコは迷いました。男性と、それもまだ知り合ったばかりの
大人の男性と、近接しながら歩くことは、探検家の父ですら許さな
い冒険でした。それでも雨の中に平伏し、水たまりに顔をつけたま
ま数十秒もがまんしている紳士を見て、チョメコは決意したのです。
「いいですわ。ただ、ほんの十五歩だけです。わたしの肌にふれた
ら、その時点で傘から出ていってもらいます」

 紳士は踊りあがって、チョメコの傘に入りました。
 その十五歩は歩行者である紳士にとって夢のような時間でした。
すでに雨はあがっていたのですけど、二人にとっては些細なことで
す。
「ありがとう。本当に」
 約束を守って傘から出た紳士に、チョメコはやさしく微笑みます
と、蛇の目をくるりと半回転させ、ふたたびひとり、街を歩きはじ
めました。

バトル結果

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作品受け付け───6月15日〜6月30日
人気投票受け付け─7月1日〜22日



第5回1000字チャンピオン決定!!
紺詠志さん作『蛇の目の咲く街』です。
紺詠志さん、おめでとう。
心より感動の拍手を贈ります。



作品
蛇の目の咲く街(紺詠志)4
蛸の目(北村曉)3
天井の小さなしみ(じろう)3
サビが利かない(ヒモロギ)2
超音波な夜(塔 重五)2
空にいる彼(ラヴフリーク)1
青い街(瓜生瑠璃)1
1時間前(タツヤ)1
10円の人間(雲竜)1
眺めのいい部屋(キラキラ)1
隕石(川島 圭)1
さよならの理由(わけ)(K.TAMURA)1
あぶらとり紙(おーぎや)1
叔父の菊(三月)1
伝説の男(のるふ)1
あれこれ探す(HCE)1
ひとし君のふしぎ発見!(蛮人S)1


蛇の目の咲く街(紺詠志)

蛸の目(北村曉)

天井の小さなしみ(じろう)

サビが利かない(ヒモロギ)

超音波な夜(塔 重五)

空にいる彼。(ラヴフリーク)

青い街(瓜生瑠璃)

1時間前(タツヤ)

10円の人間(雲竜)

眺めのいい部屋(キラキラ)

隕石(川島 圭)

さよならの理由(わけ)(K.TAMURA)

あぶらとり紙(おーぎや)

叔父の菊(三月)

伝説の男(のるふ)

あれこれ探す(HCE)

ひとし君のふしぎ発見!(蛮人S)



残念! 締切過ぎの投票(折角ですから掲載) 切なくも無効です(悔しい)。

チョコの味(君島恒星)

空にいる彼。(ラヴフリーク)







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