第6回1000字小説バトル
Entry13
右も左も分からない鬱葱と茂った森の中を、男はひたすらに走っ ていた。 後ろを振り向いている余裕は、ない。呼吸を整えて、走る。より 早く。 男が、何かに追われているのは明らかだった。問題は、何に追わ れているかである。 一心不乱に走りつづける男の耳に、大げさ過ぎるほどの悲鳴が、 飛び込んできた。木が、震えるのではないか?とまで感じさせるよ うな、絶望の声。断末魔。 悲鳴が、届いたと同じに男は、走るのをやめた。 「かわいそうに……あいつの餌になったのか」 そっと、胸の前で十字を切る。しかし、瞳には安堵の色は、伺え ない。 「長居は、出来ないな」 男は、また走り出した。よくみれば、身体中が、傷だらけだ。切 り傷や擦り傷、打ち身などなど。軽傷のオンパレードである。その 傷が、人間によってつけられたものではない、と言う事は、安易に 想像できた。なにせ、男は、惚れ惚れするほどの強靭な肉体を持っ ていたからだ。 身長は、2メートルを数え、丸太を思わせる腕。足にいたっては、 筋肉の塊とも言える。 霊長類ヒト科では、強者であろうが、この世の中には、思っても みないモノも存在している。男は、死の淵に追いやられて、その事 実を実感しているに違いない。 走っていた。風前の灯ともいえる自分のか細き命の灯を消さない 為に必死に抗っていた。 しかし……何処に行こうと言うのだろう。ニンゲンというのは、 目的もなく、ただ目の前に差し迫った恐怖から逃れようとする傾向 がある。 この男にしてもそうだ。 前は、己の肉体で、幾人かのひ弱な相手をいたぶっていた事だろ う。 それが、どうだ。 今にも、泣き出さんとする顔で、必死に何かから逃げている。笑 いを通り越して、侮蔑の感情しか、もはや感じなかった。 退屈だ。お遊びは、止めよう。 ワタシは、逃げ惑う男の前に立ちふさがった。 「あっ……」 これが、最後の言葉になった。全く、最後まで、つまらない。ニ ンゲンっていうのは。
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