第6回1000字小説バトル
Entry23
「あなた、おさるさんじゃないんですから」 そう言って母は僕をたしなめた。 ギブスで固定した腕を首から包帯で吊して、もう片方の手を頭の上 に乗せ、客室の狭い通路を歩き回っていたから。 緑色の室内は、ザボン売りのおばさんや休日で真っ白なワイシャ ツを着た漁師達でごったがえしていた。デッキに出ると重油と永い 間に機械室に溜まった埃の匂いがした。船が作り出した波を見てい ると、泡の間にビニール袋みたいなクラゲが見え隠れしていた。 港に着くとすぐにタクシーに乗って繁華街を走りすぎ、石畳の坂 を登り、小さな植物園みたいな病院に着いた。待合室の茶色い革の ソファーに腰かけて「世界の園芸」という本を読んでいると、あの 女の子が僕と同じように母親に連れられてやってきた。初めてこの 病院に来た時、彼女を見た。真新しいランドセルをしょって苦しそ うに咳をしていた様子を覚えていた。今日彼女はフェルメールの絵 の中の女性が着ていたようなレモン色のワンピースと花の飾りのつ いたソックスをつけていた。僕がちらっと彼女の方を見ると、母親 が会釈してなにか言ったけど、僕にはよく聞き取れなかった。 彼女は僕を見ると少し頬を染めて目つきを鋭くした。きっと同情 されるのが嫌いなのだ。しかたなく僕はまた本の中で咲き誇ってい るバラやチューリップを眺めていた。 しばらくして僕の名前が呼ばれた。診察室の窓辺に置かれた2鉢 のサボテンが目の覚めるように鮮やかな青空とよくマッチして見え た。もうすぐ夏が来るんだ。先生に包帯を解いてもらいながらそう 思った。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。