第6回1000字小説バトル
Entry25
幸せの〜赤い風船は〜あなたと二人で膨らます〜♪ 昔覚えた歌 を口ずさみながら私は家族の帰りを待っている。時計は夜の11時 少し前。夫は今日も帰りが遅いだろう。長女はバイトバイトの毎日 だし、長男も塾通いに余念がない。只一人、私だけが家族の帰りを 待ちわびている。 勉強嫌いの長男が塾に通いたいと言ったのはいつの事だったかし ら。入会金に月謝参考書。今月もあの子にいくら渡したかしら? 10万?20万?子供って本当にお金がかかるわね。でも、やる気 になってくれてよかった。学校の成績は全く上らないがこの際その ことは気にせずにいよう。 テーブルに並んだ夕食を手際よくゴミ箱に放り込む。長男から勉 強友達の家に泊ると連絡があったから。その時、電話の向こうで女 の子の声がしたのは気のせいね。 幸せの〜赤い風船を〜手放さないで〜♪ 12時を少し回ったこ ろ、家の前に車が止まる。なかなか家に入ってこない長女を家の中 でじっと待つ。気になって外に出ると見てはいけないものを見る事 になる。表では若い男女の囁きあう声が続いている。 「おかえりなさい。食事は?お風呂は?」 「・・・」 待っていた私に長女は一瞥も与えず、足早に自分の部屋に向かう。 この子はこんなに冷たい目をしたかしら?最近、痩せてきたから面 差しも少しきつい見えるのだろう。口をきかないのも、ひどく疲れ ているからに違いない。だってあの子は本当に優しい子なんだもの。 幸せの〜赤い風船を〜銀の針で突つかぬように〜♪ 時計の針が 2時を指す。夫は帰らないかもしれない。会社が遠いので、遅くな るとそのまま泊る事も多いのだ。 手の中で小さなビニール袋を弄ぶ。「ポケットに入っていた」と 洗濯屋さんが渡してくれたガラクタだ。 売上明細○○ストアー:缶ビール、まむしDX、パンティストッ キング。 お得意様カード★小猫の館★ バーやスナックの名刺に領収書。 幸せの〜赤い風船は〜私達の宝物〜♪ ダンナさまと〜私と〜可 愛い子供たち〜♪ ガラクタをスーツのポケットに放り込む。 壊さぬように〜手放さぬように〜大切に〜大切に〜フンフフフン フンフンフ〜ン♪ カリカリと爪を噛む。 だけどどんなに大事にしたっても〜♪ 朝が来て〜空気も抜けて〜 しぼむのさ〜♪ 爪が噛み切れて、歯が指先に食い込む。 幸せの〜赤い風船は〜自分が不幸だと気づかない〜♪ パラパラとテーブルに赤い粒が散る。 気づかない〜♪ 気づかない〜♪
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