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第6回1000字小説バトル
Entry37

足音

作者 : イサム
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文字数 : 926
  暗い部屋の中で、1本のロウソクが母の遺影の横に置かれた靴を

照らしている。ゆらゆらと揺れる部屋の中で、その靴は確かな存在
感を持って、僕に何かを語りかけていた。その声を聞きもらさずに
済んだのは、以前にもロウソクの灯りの中で、靴を眺めるという経
験をしていたからだろう。
 どこの家庭にも子供の成長の足跡が残っている。それは写真であ
ったり、ビデオであったり、柱の傷であったりする。けれど家の場
合は、少し違っていた。靴が僕の成長の足跡だったのだ。母は毎年
僕の誕生日になると靴を買ってきて、1年毎の変化を眺めては喜び
を確かめていた。
「もう大きさは去年と変わらないわね」
 17歳になった僕は、身長も去年とほとんど変わらないと言った。
その言葉を聞くと、母はどういう訳かいつも以上にうれしそうな笑
顔を見せた。
「大きくなるはずだった部分は、どこへいったのかしら」
 僕には母が何を言っているのか分からなかった。僕はすでに17
0センチを越えていたし、体重だって70キロ近くあり、死んだ父
よりも大きくなっているのは確かだった。
「どんなふうにかたちを変えたのかしら」
 聞き返そうとする僕を制するかのように、母は靴に向けたのと同
じ笑みをこちらに向け、火を消しなさいとつぶやいた。
 あれから、もう3年が過ぎようとしている。病気がちだった母は
僕が高校を出た夏に、風邪をこじらせ肺炎を起こし、あっという間
に逝ってしまった。もうこんな儀式めいたことを続ける必要はなか
ったのだけれど、19年もの間続けてくれた、母なりの祝い方を途
切れさせるのはなんだか悪い気がして、僕は自分で20個目の靴を
買ってきた。いや、悪いという言い方は少し違うかもしれない。今
僕はこの靴に、全く違う意味を見ている。母の足跡を見ている。こ
の靴は僕の成長の証ではない、母が生きていた証なのだ。たとえ、
こうして靴を眺める意味を僕が塗り替えたとしても、母は怒りはし
ないだろう。むしろ喜んでいてくれるように思う。
 僕の成長を、靴の大きさで眺め続けた母は、その変化に何を見て
いたのだろう。僕に何を見せようとしていたのだろう。全ての答え
は、あの日見せた母の笑顔の中に隠されているような気がするけれ
ど、今の僕には何も分からない。
 僕はロウソクの火を消してみた。そして、もう1度点けてみた。
僕の微かな期待を裏切り、靴は歩き去ることもなく、静かにそこに
止まっていた。ゆらゆらと揺れるロウソクの炎は、照らし出された
靴を揺らし、額縁の中の母の笑顔をも揺らしてみせた。そしてその
揺らぎは次第に僕の中で、いつか耳にした穏やかな響きに近いもの
に変わっていった。






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