第6回1000字小説バトル
Entry45
学校から帰ると、母から、晩のおかずにえんどうを摘んでくるよ うにいわれた。ざるをもって畑まで出かける途中、かずちゃんが神 社の石段でおかっぱをセーラー服のスカートにうずめて泣いていた。 かずちゃんは僕より三つ年上で中学に通っている。僕は近寄って 声をかけた。 「かずちゃん、どうしたの?おなかが痛いの?」 かずちゃんは涙でまだらになった顔を上げると「ううん」とかぶり をふった。 僕は「学校でいじめられたの」 と聞くと今度は遠くを見たまま返事がない。 僕はかずちゃんのとなりにだまって腰をおろすとかずちゃんの視線 を追った。 石の狛犬が宝珠を踏んで向こうを睨んでいる、その宝珠の下の方 に小さな穴が開いている。そこから蟻が這い出してくる、這い出し た蟻はちりじりに広い世界に散って行く、またその穴に吸い込まれ ていく行列がある。その行列は台座から石段の脇の大蛇のようにう ねった榎の根っこの方から続いている。その行列の中程に揚羽蝶の 羽根が引かれている。 僕は立ち上がると半ズボンのおしりをぱんぱんたたいて「かずち ゃん一緒にえんどうとりに行こう」というとかずちゃんは、 「しんちゃんのあまえんぼう」といって立ち上がり、スカートにつ いた土を払った。 畑は神社の裏の桑畑の南にある。えんどうは、二人でつむとすぐ にざるいっぱいになった。 かずちゃんが 「ちゃんとすじをとらんといかんよ」といって右手だけで器用にえ んどうのすじを取りはじめた。 ぼくはしばらくその指の動きを見ていた。 「右手だけで上手やね」というと かずちゃんの表情が急に曇った。 「わたし・・・こんな体やで、結婚できんのやよ。一生」 僕はどうしていいか分からなかった。 かずちゃんは赤ちゃんのとき病気になって左手が全然動かなくな ってしまった。力を失った左手は只白く細く肩からぶらさがってい る。 僕はたまらなくなって 「そんなことない」というと 「だって料理ができんのやよ、包丁が上手に使えんの、お魚がおろ せんの・・・」 ぼくは「だいじょうぶや、治るって、治る治る」といってかずちゃ んの左うでを掌ををさすった。 かずちゃんは目から涙をぽろぽろ流して「そんな、女ったらしみ たいなこといって、汚い手でさわらんといて」というので僕も悲し くなって涙がぽろぽろ出た。かずちゃんは「しんちゃんの泣き虫」 というと右手で僕を抱き寄せた。 僕は一生懸命にかずちゃんの手が早くよくなるように祈った。
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