第6回1000字小説バトル
Entry49
母趾を絡めながら駆け上がる。数秒で近付いた枝に手を掛け、勢 いをそのまま腕力に加えると軽い身ごなしでその太い枝にしゃがみ、 葉の間から遠くを眺める。 銅鑼。ゆるやかな提琴は長い。 向こう、歩く、人、食料、馬、食料、丘、人、人、食料。 そこから彼は食べ物を連想する。正確には「食べる」という動詞 の概念しか想像はしていない。そのイメージに最も近い翻訳は「食 べたい」の一言になるだろうか。それらは彼にとって、その価値し か無い。 尻尾を使いぶら下がると、洋琴が乱れる。彼等が近付いてきたか らか。篳篥。太鼓。 一瞬の無重力。圧倒的に側頭部を掴まれ手綱を持っていられず落 馬。頭を岩に潰されながらもただ独り奇跡的に生き残った男の脳障 害による症状は治る事がなかった。 倒れた男に振り返らず馬車へまろび込む。左の男、装飾の派手な 槍で咄嗟に突き刺す。その一撃を避けての擦れ違いの刹那、尻尾が 男の目を叩き付ける。右手は槍へ左手は髪へ、そして顎は頸動脈へ 正確に伸びる。襟の上からの血を味わうがこれでは空腹が満たされ る事はありえず、彼にとっては自明だ。 奪い取った槍は振り向きざまの狙いで刀をまさに打ち下ろさんと する男の胸に螻蛄首まで吸い込まれる。 「クヌセクイノナレヤ」表情。 帰り血が左頬に。別にどうという事はないのだが、少しむず痒い ので片手でもって拭うと顔に一筋の赤が、一文字に走る。化粧は何 かを忘れる為や隠す為にするのではない。視野を変える為にするの だ。 銅鑼が大きく響く。
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