第6回1000字小説バトル
Entry62
『その時僕は海辺にいた。 この世に存在するあらゆるモノを溶かし尽くしてしまおうとする 太陽がホンの少しだけその力を隠しはじめた季節の、そして砂浜が その温もりを少しずつ失っていく時間に、僕は確かに海辺にいた。 その時女も海辺にいた。 遙か彼方の地平線から吹いてくる風を細身の体で重たそうに受け 止めながら、空からの光を浴びて輝く波のように白いワンピースを 着た女もその時確かに海辺にいた。 もちろん僕はその女と今までに出会ったことはないし、遠目から 見て一目惚れを僕に引き起こすような姿形を女がしているわけでも なかった。ただその時、女は僕の中に存在していて、けれどもたぶ ん、僕は女の中には存在していない感じがした。 僕はそれが悔しかった。 単に僕の位置から彼女が見えて、彼女の位置からは僕が見えなか ったからそう思ったのかもしれない。 だけど僕は悔しかった。 僕は何とかしてその女の中に存在したかった。僕は彼女の中に存 在することができる方法、それも後々この場面を振り返って思わず 赤面してしまうような強引なる方法では決してなくて、人間が生ま れて大人になって恋人を見つけてセックスして子供を作って死んで いくのと同じくらい自然で矛盾のない方法を捜した。 結局正解は見つからなかった。 僕は彼女に抱いたある種の親近感を心にそっとしまい込み、静か に海辺に背を向けようとした。 その時突然、女は僕の知っている常識の法則からはみ出す行為に 出た。女は海へ向かってゆっくりと歩き始めた。そして少しずつ体 を沈めていった。 僕は頭の中を真っ白にして女の下に走った。僕の進行を妨げる波 をモノともせず女に近づきそして後ろから抱きしめた。振り向いた 女も虚ろな目をしながら僕に抱きついた。 僕と女は唇を重ねた。 僕は女の顔を見た。「醜い顔だね。」と僕は言った。女も僕の顔 を見た。「汚い顔ね。」と女は言った。 そして僕と女はもう一度唇を重ねた。 とここまで書いて僕はこの小説には落ちが存在しないということ に気づいた。 僕は己の計画性の無さに嘆き途方に暮れた・・・。』 という落ちを何とか考えた私は文字数を確認して送信ボタンにカ ーソルを合わせマウスのボタンを押し床についた。 今夜の布団は妙に平べったいような感じがして少し寝心地が悪か った。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。