第6回1000字小説バトル
Entry68
まるで佐川急便みたいだった。 いや別に、そんなこと、どうでもいいじゃないかと頭の半分では 思う。実際、どうでもいいのだ。道行くインド人のひとりが、例の 横縞のポロシャツに紺色のスラックスを穿いていたというだけなの だ。だから何だ、佐川急便の制服みたいだから何だっていうんだ。 しかし、追い払おうとするほどに佐川急便が頭にこびりつく。ふ ん、馬鹿馬鹿しい。私はチャイをすする。煙草を吸う、足を組む、 目がとろんとしてくる。 そうだ、本物の制服なら、胸に飛脚のマークが付いているはずだ。 さっきのポロシャツには、何も付いていなかったじゃないか。なん だ、ただ似てるだけなんだよ。なんだ。 私はくすんだテーブルに小銭を置き、通りに出る。ごくゆっくり 歩いても、バザールは程なく行き止りになる。仕方なく同じ道をだ らだら引き返す。2週間も居れば、たいがい飽きてくる。牛の臭い にも馴れてくる。 しかし、チャイ屋の手前まで来て、思わず私は足を止める。雑貨 屋から男が出てくる。佐川急便の男だ。私はすかさず、ポロシャツ の胸を確かめる。飛脚のマークはない。だがしかし、うっすらと、 何かを剥がした跡がある。私はじっくりその跡をなぞる。飛脚。確 かにそれは、飛脚だった。 男が私の顔を見ている。もしその時、私が「クロネコヤマト」の 制服を着ていたならば、話の種にはなったかもしれないが、そうは 問屋が卸さない。別に卸さなくても構わない。私は話の種を探しに インドへ来たのではない。だいたい「問屋」ってのはどこの問屋だ。 「現金問屋二木の菓子」か。ふん、馬鹿馬鹿しい。「二木の菓子」 にそんな気の利いた話が転がっていれば、林屋こぶ平だって父親並 みに出世できたはずだ。私は男の視線を避け、チャイ屋に入った。 私はチャイをすすりながら通りを眺める。追い払おうとすると暑 苦しいので、積極的且つぼんやりと佐川急便の男について考える。 佐川急便はニューデリーでも配達しているのか? じゃあ、あいつ はセールスドライバーなのか? じゃあ、なぜ飛脚をはがしたりす る? それに歩いてたじゃないか。セールスドライバーはたいがい 走っているもんだ。じゃあ、盗んだのか? どこから? 営業所か ら? 佐川急便はニューデリーでも配達しているのか? じゃあ… …。 私はチャイをすする。煙草を吸う、足を組む、目がとろんとして くる。太陽はなかなか沈まない。
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