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第6回1000字小説バトル
Entry69

涙の止め方

作者 : pavane
Website : http://www.ne.jp/asahi/my/pavane/
文字数 : 954
「お父さん」
  娘の顔が、扉の隙間からのぞいた。ちびりちびりとやっていたウ
イスキーのグラスをおいて、私は娘を部屋に入れた。娘は恥ずかし
そうに、頬を赤らめている。
「明日は大変だぞ。早く寝といたほうがいい」
「うん」
  娘はうなずいたものの、立ち上がろうとはしなかった。私のほう
に顔を向けないまま、娘は囁くように私に問いかけた。
「お父さん、一人にしちゃうね。だいじょうぶ?  寂しくない? 
わたしがいなくなってもだいじょうぶ?  ごはんも、洗濯も、掃除
も、ちゃんとできる?」
  言葉は少しずつ激しさを増し、娘は顔を上げて私のほうを向いた。
瞳から涙があふれ、頬をつたい落ちていくのを見ながら、私は初め
て、妻を責めている自分に気づいた。
「ばかだな。だいじょうぶだよ。ほら、先週の日曜につくったパス
タはおまえもおいしいって言ってたじゃないか。それに、お父さん
が奇麗好きだってことは知ってるはずだぞ。母さんといっしょにな
る前はちゃんと洗濯もやってたんだ。掃除だって、うん、まあ、今
日は埃がたまってるかもしれないが、いつもは奇麗にしてるんだぞ。
だいたい、おまえがすぐになんでもやっちゃうから、お父さんは…」
  娘は、泣きながら笑って、私を見ている。娘は、穏やかな愛情と、
そして幸せの感じ方を知っている。泣き笑いでくしゃくしゃの顔を
見ながら、私は実感した。
「母さんが死んで、もう五年も経つよ。五年。お父さんはおまえの
おかげで、母さんをなくしてからも、うん、とっても楽しかったよ。
それはな、おまえがいつも、お父さんに心を向けていてくれたから
だ。そう。おまえを通して、お父さんは母さんの心もまだここに向
いているんだって感じることができたんだ。だからな、寂しくはな
いよ。うん。そうだ、日曜日には公園のベンチでおまえに手紙でも
書こう。ああ、母さんにも書いてみるかな」
  娘が泣いている。私はもう、何をしゃべっているのかさえ、分か
らなかった。
「ああ、そうだ。明日の打ち合わせでもやるか?  教会で、おまえ
の手を引いていかなくちゃいけないんだろう?  あれは緊張するな
あ」
  小さな部屋に、娘の泣き声はいつまでも響いていた。
  娘の流す涙を止める方法を知っている父親なんて、いはしない。
私は後悔した。亡き妻に、娘の涙の止め方だけは、聞いておくべき
だったと。






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