第6回1000字小説バトル
Entry70
教室に入って席に座り、ふと隣を見ると女の子が魚顔だったので 驚いた。魚に似ているというのではなく、正に魚そのものの顔なの だ。被り物かと思ったほどだ。それで思わず「すごい魚顔だなあ」 と呟いてしまった。そしたら彼女は魚の目を潤ませ、周りにいた女 子達からは「何てひどい事を」と非難の嵐。僕は平謝りに謝った。 新学期早々えらい事をしでかしたものだ。 以来、彼女の魚顔には頭が上がらない。 なぜか他の男子達から羨ましがられた。皆が「お前いいな、あん な子の隣で」などと言う。その度に「でも魚顔だぜ」と言い返して みたが、十九人に「意味が分からん」という顔をされ、それ以上主 張するのをやめた。 水泳部に入ろうかと見学しに行くと、彼女が既にそこに来ていた。 プールにいる彼女は水を得た魚だ。彼女が五十メートルを潜水で 泳ぐと皆驚く。僕は隣のコースでぽかりと浮きつつ、やっぱり魚顔 だ、と思う。「さっさと泳げ」と先輩がどなる。 この間撮ったクラスの集合写真を見ると、上段右隅にいた筈の彼 女は魚顔ではなく人の顔だった。なるほど皆には彼女がこう見える のか、と納得した。写真の彼女は心持ち目と目の間が離れているが 可愛らしい顔だ。魚に喩えればグッピーか。 しかし実際の彼女はフナ顔なのだった。僕の魚顔→人顔変換式に は狂いがある。 ある日、部活が終わって部員達と下校していると、一人が捨て猫 を見つけた。皆でぞろぞろと見に行く。 「可愛い」彼女が真っ先に猫に手を出して抱き上げた。かなりの猫 好きのようだ。だがそれを見て、なぜか僕は不安な気持ちになった。 猫の目を見た時にその理由が分かった。あの目は確かに『獲物を 狙う目』だったのだ。抱かれた猫は彼女の顔をペロペロペロと舐め 出した。彼女は笑い、皆もそれを微笑みつつ眺めている。僕だけが 必死に動揺を押し隠していた。 「この猫飼おうかな」と彼女が言った時には僕は思わず猫をひった くり、理由をでっち上げて強引に家へ連れ帰った。惨事は回避され たが、それでも時々彼女はその猫に会いたいなどと言い出し、本当 に会いに来るので全く油断できないのだ。 彼女はよく教室で居眠りする。たまに苦しそうにうなされている 事がある。 そういう時に揺り起こすと、彼女は教室の外へと走り出す。顔を 洗いに行ってるのだろうと思う。戻ってきた時の彼女の顔は実に爽 快そうだから。 そんな彼女のちょっと開いた鰓(えら)に、僕は見とれる。■
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