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第6回1000字小説バトル全作品・結果一覧


#題名作者文字数
1刻魔創伝hijiri−プロローグじーくふりど-
2蓄積撫子-
3シルバーシートK.TAMURA-
4アル中Bailey-
5リサイクルsakutaro-
6頼れる上司岡嶋一人-
7ライス・アンド・ミソスープ大森 柔-
8りょうが-
9楽園てつや-
10最近お腹が出てきたとお悩みの貴兄へTAKUTO-
11電話夜啼き鳥-
12博士の遺書3吉-
13カ・イ・ブ・ツ綾部正斗-
14瓜の花だと思っていたものはマリj71000
155年目の七夕小沢 純1000
16東京が遠ざかる小沢 純995
17暑中お見舞い申し上げます大森 柔883
18ロッカールーム竹原 秀995
19予期せぬ来訪者 (A Baby Beyond The Drain Pipe)竹原 秀940
20はなし声竹原 秀640
21暗明dipsy800
22宝くじ夜啼き鳥-
23サボテンとレモン色の思い出マリj71000
24魔法のランプけんけん996
25幸せの赤い風船よしよし999
26赤信号タケヤ-
27天狗の鼻岩三月996
28元気なおばあさん多田野英俊600
29恋情太郎930
30僕は正義のヒーローだよしよし993
31風船穂室たまお-
32本番いきまーす 岡嶋一人984
33境遇邯鄲虫800字以内
34リツコ930
35染黒の盟約じーくふりど374
36不細工の女のぞみ820
37足音イサム926
38構え雲竜952
39イントレランストク902
40宝くじTAKUTO999
41ひもリンゴ太郎622
42なんてこった。一之江1000
43優勝方法苦楽935
44ひろしくんのコロッケ野原たんぽぽ968
45えんどう野原たんぽぽ996
46あじさいの傘紅 樹950
47呼び出しHCE968
48それは先生HCE-
49世界の習れHCE-
50枕が大きくてトク920
51四角い父さん越冬こあら997
52子供の頃の夢こむこむ803
53コインランドリーヒイラギ カイ-
54海とロビン紺詠志1000
55逆転リツコ990
56少年瓜生瑠璃1000
57ノートルダム765
58光の射す方へアベタツヤ923
59ユウサクアベタツヤ976
60東京湾SOS塔 重五1000
61空想小説ヒョン695
62悩みどころおあしす約970
63鬼灯(ほおずき)鹿野まどか1000
64発明・発見のひみつカスタムヒモロギ997
65My best song根本智也999
66僕の拡張的人生蛮人S1000
67浮気は一度きりたみか約750
68チャイ屋にて鮭二991
69涙の止め方pavane954
70さかなの子北村曉1000
71唐蕃朱(とまと)海坂他人999
72月がとっても青いからzzz-
73読書好き君島恒星-
74暑い暑いくつの中川島圭995
75女神ろくなもん700くらい
76金魚の夏オザキトラ986
77Japanese Workerじろう-
78うらめしやー越冬こあら988
79地下室のメロディヒロト997

第6回1000字小説バトル
Entry1

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刻魔創伝hijiri−プロローグ

作者 : じーくふりど
Website :
文字数 :
最近また、あの時の夢を見るようになりました。
私はこの屋敷の主人である聖さまにお仕えするものです。

倒れている女性。

血に塗れたナイフを持ち、立っている男。

駆けつけた聖さま。

初めて見ました・・・冷たい瞳から流れる涙。
お顔は・・・例えるなら鬼のように。

揺らぐ聖さまの体。

その体は青白く燃えていました。

次の瞬間、男の背中から手が生えていました。
男の体は燃え上がり、一瞬で灰さえも消えてしまいました。

彼女をきれいにしておいてほしい・・・

それだけいうと聖様は二階に上がっていきました。

お顔は悲しそうに・・・涙はもう乾いていました。


・・・夢から醒めた私の横には、静かに笑う聖さまの写真があります。
私は、その写真に微笑みかけます。
今日も、その笑顔だけが見れるようにと。

第6回1000字小説バトル
Entry2

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蓄積

作者 : 撫子
Website : http://www2u.biglobe.ne.jp/~s_toshi/cgi-bin/mkboard.cgi?1023
文字数 :
大阪で二番目に長いとされる商店街のある町で生まれ育ちました。
暗くて、心持ち湿気を孕んでいる空気、市場や玩具屋や、豆腐屋、
うどん屋、妙にチグハグな具合で新しいスーパーマーケットが並び、
私は雨の降る日以外はその商店街を通る事もなくなりました。
雨の日はアーケードがあるので便利なのです。濡れずにすむ....。
遥か上の方で雨がパツパツと屋根を打ち付ける音だけが響いていて、
それが私のやる気を萎えさせますが、雨の中の商店街は何処か懐か
しさを伴う黴臭さが漂っています。そう、ここは生まれ育った所な
のです。

「あこその天ぷら屋の主人はなぁ、どうせ天ぷら屋を継がせる息子
にちょっとでも楽しい青春を送らせて遣りたい言うて、息子を大学
に出しよったんや。そんで今、天ぷら屋に立ってる息子、大学出て
すぐに天ぷら揚げ始めたんやで。死んだ主人もそりゃ、喜んでるや
ろうなぁ」

でも、彼はいつも渋い顔をしていた。卑屈そうな、不満が爆発しそ
うな顔と、この世に二つとない元気な太陽のような笑顔。


雨が降っても降らなくても、商店街は暗い。

第6回1000字小説バトル
Entry3

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シルバーシート

作者 : K.TAMURA
Website :
文字数 :
 シルバーシートに真っ赤なミニスカート&黒のロングブーツをは
いた女性が座っている。その正面に喪服姿のおばあちゃんが立って
いた。
 次の駅で女性は堂々と足を組み直した。こういう人種が視界に入
るのに耐えられない私が一歩踏み出そうとしたら、隣にいたニット
帽の男性に先を越されてしまった。 身長185cmはあろうか、 ジム
かなんかで鍛えていそうな体格の彼は女性の前に立ち、ゆっくりと
サングラスを外した。
 とたん「なによ、どけばいいんでしょ!」女性はものすごい剣幕
で立ち上がり電車を降りてしまった。おばあちゃんにはお礼を言わ
れていたが、彼は弱々しい声で「おれ、なにも言ってないのに」と
吊革にもたれかかってしまい。おかげで私は逆ギレという言葉が嫌
いになった。 

第6回1000字小説バトル
Entry4

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アル中

作者 : Bailey
Website : http://members.aol.com/Hiroem
文字数 :
’この酒を飲めば楽になる’

 俺はいつからこの厄介な麻薬にとりつかれたのだろう。   
 やつはコップにひたひたに溢れんばかりに注がれてこっちを見つ
める。

’こいつは俺をどうする気なんだ?’

 アルコールの匂いが木造の屋敷の隅々までほとばしる。

’飲んでくれよーたったの一杯じゃないか’

 透明の身体を光らせると、安っぽいセールスマンのように俺に問
いかける。やつは知らず知らずに身体の中に染み込んで、 細く白い
腕にうっすら緑に浮き出る血管さえもがこいつを恋しがる。
  
 ’何が楽になるんだ? 何から楽になりたいんだ?’
  
 さっぱりわからない。ただ人恋しくなる。人がそばにいても、女
と寝ていても。こいつらは俺が捨てた女の怨念なのか。彼女らの涙
を呑み干せといわんばかりに悪魔がささやく。

 俺がこいつを口にした瞬間、もう一人の俺が存在する世界へやっ
てくる。俺には女房と子供が二人いて、小さな一軒家に4人で暮ら
している。庭でバーベキューをやるんだと、芝生の上にピクニック
用のテーブルや椅子を並べ、女房は台所で野菜や肉の支度をしてい
る。小学校3年になる長男が肉の用意ができるまでキャッチボール
をしようとせがむ。しばらく子供の相手をした後、のどが渇き缶ビ
ールを手に取った。

「パパ、飲んじゃだめだよ。お願いだから飲まないで」

「なに言ってんだよ、これがパパの一番の楽しみさ」

 心配そうな顔で俺を見上げる長男に言い聞かせながら、再び缶ビ
ールに視線をやると、程よく冷えて汗をかいているやつは、俺を誘
うように銀色の身体をくねらせた。唇に近づけると、熱い吐息をも
らす。褐色の液体が俺の舌に絡み付く。 

 その瞬間、再び世界が変わった。

 転がった一升瓶と同様にそこいらに横たわる妻と子供。寝ている
のか? と一瞬思ったが、ほおや手足に紫色のあざがある。 所々に
は血がにじんでいる。妻を起こそうとした瞬間、彼女が冷たくなっ
ている事に気付いた。

’冗談だろ。 また別の世界に迷い込んだにちがいない’ 
  
 俺は苦笑して、 空になりかけている一升瓶のくちから酒を飲む。

第6回1000字小説バトル
Entry5

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リサイクル

作者 : sakutaro
Website : http://www.dandan.gr.jp/~sakutaro/
文字数 :
 今年の夏は極度の水不足だ。水が出るはずの蛇口はいくら捻って
も一滴の水も出てくる気配はない。
 店頭に並ぶミネラルウォーターの値段が急激値上がりし始めた。
自動販売機のジュースはすべて売り切れのランプがついている。
 あまりにも法外な値段をつける店に文句を言う客にと店主は嘲り
の笑みを浮かべつつ、ミネラルウォーターを飲み干した。
 客達が喉をならし、声を上げる。そして店主はビールのCMにで
も出れそうな至福の表情を見せる。
 その時、客の波をかきわけ一人の男が店主に詰め寄った。
「金ならいくらでもある。この店の水を全てよこせ」
 スーツ姿の男は財布から小切手を取り出す。店主はへいへい、と
愛想の良い顔でミネラルウォーターを差し出す。
 ミネラルウォーターを買い占めた男に客達が取り巻いた。
「おい、あんた、そんなにあるんだから、少しくれよ」
 客の一人が男ににじり寄る。男は鼻で笑った。
「これは全て俺のものだ。誰にも渡さん」
 その声に客達が暴れ出した。男に殴りかかり、水を奪おうと手を
伸ばす者もいる。
「待て、そんな愚行をするでない。水ならある」
 その声を発したのは白髪の老人だった。大きな袋を抱えている。
客達は男を殴る手を止め、老人を見た。
「おい、その袋に水が入ってるのか?」
 客の一人がよだれを垂らして言った。
「残念だが、これは私の発明品じゃ」
 老人はそう言うと袋を下ろし、中からストローを取り出した。
「これはどんな汚い水も一気に人間の飲める水に変えるストロー
じゃ。これがあればどんな液体でも飲むことができる」
 その新しい提案に誰かが答えた。
「そんな水がどこにある。川はすべて枯れ、ダムの水さえ…」
 老人はたくさんあるストローを悲しそうに眺めた。
 客達は男と殴り合いを始めた。体格の良い客が男を投げ飛ばす。
男は頭から地面に落ちた。頭から血が流れる。
 客達は男からミネラルウォーターを奪い、飲み干した。
 老人はこれを見、発明したストローを男の頭に突き刺した。
そして不浄な血を飲み始めた。客達もそれに習いストローを手にし
争うように男にストローを突き刺し始めた。

第6回1000字小説バトル
Entry6

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頼れる上司

作者 : 岡嶋一人
Website : http://www.geocities.co.jp/Hollywood/8616/
文字数 :
 最近やたらと左肩がこる。
原因を色々考えてみた。この会社に入って、すでに12年。
課長になって3年。40も過ぎれば当然どこかにがたは来るし、管
理職という仕事からのプレッシャーや、早出、残業の毎日。そして
何より、うちの若手が何かにつけて、私を頼ろうとする。少しは自
分で考えろとも思うが、口に出しては言えない。女子社員には面倒
見の良い人間で通っているが、かなり自分を殺して、無理をしてい
る。そんなこんなが集合して、左肩でおしくら饅頭でもしているよ
うだ。

 肩こりもひどくなると、頭が重くなり、吐き気さえもよおすよう
になる。仕方なく、病院に行って精密検査やらレントゲンやらCT
何とかやら、やってみたが、結局原因はわからず。整体師の所にも
かなり通って、マッサージを受けたが、効き目は無し。かえって、
症状はひどくなる一方である。それでも、肩こりごときで会社を休
む訳にもいかず、日々仕事に励んでいた。

 そんなある月曜日、営業会議の後に、田口という女子社員が、つ
かつかと私の所にきて、
「課長、これからもよろしく。」とたった一言だけ言って会議室を
出ていってしまった。一体、何をどうよろしくしたら良いのか、何
を期待しているのか判らないまま、私はその場に取り残された。

 火曜日の午後3時、牧恭子は女子トイレの個室の中にいた。
そして、自分の腹をさすりながらこう言った。
「ごめんね。産んであげられないの。明日でさようならよ。天国で
困ったことがあったら、課長に相談すれば良いよ。面倒見は良いん
だから。本当のお父さんじゃあないけどね。きっと、天国で田口さ
んの赤ちゃんとも会えると思うよ」

木曜の朝、私は目を覚ますと右肩もこり始めた事に気が付いた。

原因を色々考えてみた。この会社に入って、すでに12年…………。

女子社員には面倒見の良い人間で通っているが、かなり自分を殺し
て、無理をしている。

第6回1000字小説バトル
Entry7

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ライス・アンド・ミソスープ

作者 : 大森 柔
Website :
文字数 :
「私はですね、つまり、特別注文をしたいのです」
「はい、当店では特別注文を自慢の一つとしております、どうぞ御
遠慮なく」
「それはどうも、何、難しいことじゃありませんよ、私はですね、
つまり、ライス・アンド・ミソスープを食そうかと思っておるので
す」
「はぁ、つまり、御飯と味噌汁ということでございましょうか」
「いえいえ、つまりですね、日本語でいうところの、味噌汁ぶっか
け飯ですね、しかし、私はこの語をあまり好まんのです、何しろあ
まりに庶民的に過ぎますからなぁ、それはともかく、ミソスープの
具としてはですね、ワカメなどが良いのではないかと思うのです、
ワカメです、ワカメが最も素敵だと思いませんか、あなた。ひとま
ずそれでお願いしますよ」
「はい、その注文は可能だと思います。しかし、ライス・アンド・
ミソスープだけでよろしいのですか?、他にはいかがですか?」
「ほっほっほっ、ライス・アンド・ミソスープというのはですね、
つまり、それだけで食すものなのです、それは一つの完成された料
理なのです、だから、それのみで食さねばならんのです、それ以外
は邪道というものですよ」

僕は、妻と向かい合って座っている。僕は、味噌汁を御飯にぶっか
ける。
「まぁ、なあに」、妻が驚く。
僕は答える、
「今日はね、つまり、ライス・アンド・ミソスープを食そうかと思
ってね」

第6回1000字小説バトル
Entry8

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作者 : りょうが
Website :
文字数 :
 二人は抱きしめあっていた。二人には何も残されていなかった。
現実とゆう辛い事から逃げる事を選択した。ここが何処だか誰も知
らない。そこには二人だけの時間が流れていた。二人は選んだ全て
を無に帰する事を。すべてのしがらみから逃れ二人になる為に。
 その時、彼女はロスの青い空の下にいた。そして彼は、東京の重
い雲に覆われた空の下にいた。二人は空想の中で恋をしていた。そ
して、それがいつか現実に変わろうとしていた。二人はまだ、その
事実に気づかぬまま、二人の空間を旅していた。最後に訪れる結末
など考えた事の無い二人がいた。未だ始まっていないのだから終わ
りも無い。そう、終わりはないはずの恋だった。それが現実になる
までは・・・・・・。
 彼はその時知らされた。新しい命が誕生した事を。それがもう終
わった愛の一つの結末となった。彼は愕然とした気持ちの中で彼女
を思った。新しい暮らし、そして終わった愛の代償を彼は選んだ。
 彼女は幸せな気持ちとさわやかな空気の中で遠くにいる彼を思っ
た。彼女の恋人は仕事だった。異国でしかも一人でキャリアを積み
ビジネスと過ごしてきた。東京の辛い思い出を忘れる為仕事に打ち
込んだ。自分の信じた人に裏切られ捨てられ、人を信じる事を忘れ
た。そんな彼女の気持ち、心を開いたのが彼だった。彼女は知らな
い。彼もまた、彼女に同じ試練を与えようとしている事を。  
 それは一つのメールが始まりだった。「ソーシャンクの空に」二
人を結びつけた映画。二人が違う環境で何本も見た中で一番心に残
った映画。そこにあるのは「希望」。どんな状況でもあきらめない
気持ち。二人はそれを自分と照らし合わせ刑務所の壁と自分の心の
壁…これを打ち破る事の素晴らしさを知った。そして彼女の心は彼
に開かれた。
 彼は悩んだ。どうゆう形でこの恋を終わらせるのか。その時自問
したのがまだ始まっていないとゆう現実。始まりが無いのに終わり
など無いのだと…。彼は自分の中にこの事実を閉じ込め現実に眼を
向けた。彼の中では終わったのか・・・。
  彼女は彼の現実は知らない。自分の中の空想だけでしかなかった。
彼女の空想の恋は始まっていた。彼に対する信頼も生まれていた。
彼女は待っていた。彼の事を。
 そんな彼女を彼は裏切れなかった。彼は選んだ。全てを失っても
彼女を選んだ。そして彼女も全てを失ってでもかれといることを望
んだ。現実の中ではなく幻想の中で二人は幸せになる事を望んだ。
二人は抱きしめあいながら遠い空を見上げた。同じ空の下で。

第6回1000字小説バトル
Entry9

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楽園

作者 : てつや
Website :
文字数 :
 ザザー、ザザー……。
海の音が耳に心地良い。視線を上げれば、何処までも澄んだ青い空
が、視線を戻せば透けるような蒼い海が広がっている。
周りにはわたし以外の人間はいない。当然、ゴミなんて何処にもな
い。
残念なのは売店も無いことだが、別にお腹が空く事もないわけだか
ら気にはならない。

 でもね、一つだけ。

そう、たった一つだけ不満に思う事があるの。
ううん、不満と言うよりも疑問。
ここは良い所だって思うし、こんなに綺麗な海を一人占め出来るの
は正直な気持ち、とっても嬉しい。
 
 ……でもね、だからね、疑問が沸いてくるの。

 ねぇ、いつになったらわたしはココから出れるの?
すぐ目の前の透明な壁をわたしは力強く叩いた。
透明な壁――ブラウン管――の向う側には誰もいない部屋、昨日ま
でのわたしの日常が広がっている。
 でも、いまのわたしはTVの中。
気づいてくれる人は誰もいない。
ねぇ、いつになったら出られるの? 誰か、わたしをココから出し
てよ!

 誰もいない部屋にわたしの声と壁を叩く音だけが響く。
――ココは楽園。楽園と言う名前の牢獄。
そして、ベッドにはわたしの抜け殻が静かに眠っている……

第6回1000字小説バトル
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最近お腹が出てきたとお悩みの貴兄へ

作者 : TAKUTO
Website :
文字数 :
 残暑厳しいおり、いかがお過ごしでしょうか。突然のお便りにて
ご無礼申し上げます。
 さて、当社で開発いたしました新薬は、最近お腹が出てきたとお
悩みの皆様方に朗報を与えるものです。

 突然舞い込んだ手紙には、試供品と書かれた錠剤が入っていた。
 聞いた事のない製薬会社。悩む事はない。ゴミ箱へ直行だ。
 私は40に手が届こうというのに独身だった。ちびでぶに揃って
最近は頭も薄くなってきている。外見なんか気にはしないが、健康
の為にもLLサイズからは脱却したい。暑くなって食欲も増えてい
る。
 賞味期限切れの食べ物を食べる事もよくあるが、腹が痛くなった
事など記憶にない。身体はいたって丈夫だ。…よしっ。試しに思い
切って飲んでみよう。

 3日経ったが何ともない。効かなかったのかも知れないが、まぁ
身体は何ともないから大丈夫だろう。


 目が覚めるとお腹が変だった。ぷよぷよと心地良い軟らかさだっ
たのに、少し固くなっていた。
 柔らかいうちは痩せられるというけど、固くなってしまったら痩
せないかもしれない…。
 シャツを脱いで鏡を見ると、へその上当たりに赤い痣の様な模様
が浮かんでいた。痛くはない。勿論汗疹であるはずがない。
 あの薬のせいだろうか?注意書きを読まないで飲んでしまったが、
1錠しかなかったんだから、飲み方なんかある訳がない。…もう少
し様子を見てみよう。死にゃしない。

 翌日になると痣が大きくなっていた。じーっと見ていると痣が動
いた様な気がした。いやいや、め・目の錯覚だ。

 あぁ。どうしよう。こんなじゃ病院へも行けない。この痣はどう
見ても成長している。お腹一杯に広がってきた。しかも時々動いて
いて、それがはっきり感じられる。…あの手紙は捨ててしまって会
社の名前も覚えていない。…やっぱり病院へ行こう。このままじゃ
不安が増すばかりだ。

「大きな痣ですなぁ。レーザーで消せますが、これは時間が掛かり
ますよ」
「そういう事じゃなくて、この痣生きてるんですよ」
「え?ご冗談を。はっはっは」
 やぶ医者め。
 顔に見え始めた痣は『人面疽』という言葉を思い出させ、恐怖も
湧いていた。


 あれから一ヶ月。やっと落ち着いた。身体中の贅肉も落ち体型も
スッキリして、一躍有名人になってしまった。

「おぎゃぁ。おぎゃぁ」
 私のお腹を痛めて生まれた可愛い男の子が隣りで泣き出した。ミ
ルクの時間だ。
 この子の為にも結婚したいが、子連れじゃ若い娘は無理かな?

第6回1000字小説バトル
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電話

作者 : 夜啼き鳥
Website :
文字数 :
 ええと、そちらはどちら様でしょう。ええ、承知しております。
はい、そうです。私が掛けているんです。ええ、ですから、こうい
うことなんです。………。当然です。誰でも吃驚します。ご説明し
ます。
 私のところに電話の使用明細書が届いたんです。私はあまり電話
というものを使わないんで、どれも十円とか二十円とかそんなもの
なんです、はい。ところが先月の十二日、午前中にそちらへ一時間
も話し込んでいるんです。女子高生ならともかく私のようなおじさ
んは一時間も電話で話すなんて、拷問以外のなにものでもありませ
ん。しかも、午前中というのは私、勤めに出ておりますので家にい
るわけもありません。家人は、恥ずかしながら、現在ここには住ん
でおりません。いえ、とんでもない。商売だなんて。マルチ商法、
いえ、そんな知恵はありません。しがない勤め人です。………。宗
教の勧誘をするくらいなら残業でもします。
 うーん、どうしましょう。困ったな。いえ、独り言です。あなた
が困った人だなんてとんでもない。ですから単純な話なんです。違
います。単純な人だなんて言ってません。侮辱だなんて、悪意はさ
らさらございません。名前を言ってください。そうすれば気が済む
んです。二、三千円なんてものはどうでもいいんです。気になって
気になってどうしようもないんですよ。名前を……そんな危険はあ
りません。そんなことをして私になんのメリットがあるというんで
すか。いい加減にして下さい。いや、ああ、そんなつもりじゃあ…
…ええ、確かに、そうですね。よく言われます。性格的なものです
かねえ。はははは、おっしゃる通り。でもまあ、これでよしとしな
きゃあ……そうですかねえ、月々三千円、それが三万円、本当です
か、信じられないなあ、ええ、ええ、そうですね。お金のね、問題
じゃあね、はい、家族あってこその、ええ、娘が一人です。………。
救いですか。確かに癒しというのはね、あるでしょうね。毎月、第
二日曜日に、はい、そんなに盛況ですか。
 山田様……、住所が……、大丈夫です、メモってます。近くですよ。
電車で一本です。初回は五千円、いえ、当然です。はい、細かいこ
とは、お会いしたときに、そうですね。いやあ、結構なお話を伺い
ました。ありがとうございます。またお電話下さい。いえとんでも
ない。はい、ええ、ごめん下さい。失礼します。

第6回1000字小説バトル
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博士の遺書

作者 : 3吉
Website :
文字数 :
 新薬開発の世界的権威の蛇蠍博士が亡くなった。遺書は二通、一
通はもちろん家族に、もう一通はマスコミ宛てだった。表に「マス
コミ各位」と書かれたその遺書は日本中を驚愕させた。
「…さてここで私は皆さんに謝らなくてはなりません。私はある事
実を今まで隠していたのです。ポルターガイストと呼ばれる現象、
あれは私、正確には山田君の仕業なのです。
 私がまだ若かりし頃、当時は金も名声もありませんでした。私と
山田君はある企業から頼まれ、新薬を開発していました。期限が厳
しかったのですが、昼夜を問わぬ努力によってそれは八割方完成し
ました。しかし、期限前に依頼した企業がキャンセルしてきたので
す。その夜、私は一人研究室で酔い、多数の薬品を加え、新薬を目
茶苦茶にしました。
 次の日、山田君は誤ってその薬を飲みました。慌てた私は急いで
治療薬を作ろうとしましたが、所詮成分が不明になった薬、治療薬
の開発は一向に進みません。それどころか、次々と治療薬を飲んで
いた影響で山田君は声が出なくなってしまいました。
 山田君は失意のうちに研究室を出ました。そして、時に悲しみに
耐えられず、人の家で暴れまわったのだと思います。それが巷で言
われているポルターガイストの真相なのです。山田君など居なかっ
たと反論される方もいるでしょう。居たのです。山田君は成分不明
の薬を飲んで、光を完全に透過する身体、つまり透明人間になって
いたのですから…」
 この内容は週刊誌やテレビによってあっという間に日本中を駆け
巡った。気の早い週刊誌などは今後「ポルターガイスト」を「山田
君大暴れ」と表記すると発表した。

 その頃、蛇蠍家では一人息子の洋が父親の遺書を見ていた。
「…さて、今後の借金返済だが、洋、お前はいくつかの超常現象を
透明人間山田君と関連付けて話しなさい。それによってお前は超常
現象の番組でコメンテーターとなれるし、本も出版できるだろう。
 もちろん、透明人間山田君など存在しないので、お前は結果的に
嘘をつくことになる。しかし、その事で自分を必要以上に責めたり、
恥じたりすることはない。確かに真実を追究するのも大切だが、お
前の発言によって人々は未知の物に対する想像を楽しむことができ
るのだから…」
 窓から風が入り、開いていたドアが大きな音をたてて閉まった。
洋はそちらの方を向き、山田君、ドアは静かに閉めなさいと言って
カカカと笑った。

第6回1000字小説バトル
Entry13

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カ・イ・ブ・ツ

作者 : 綾部正斗
Website :
文字数 :
 右も左も分からない鬱葱と茂った森の中を、男はひたすらに走っ
ていた。
 後ろを振り向いている余裕は、ない。呼吸を整えて、走る。より
早く。
 男が、何かに追われているのは明らかだった。問題は、何に追わ
れているかである。
 一心不乱に走りつづける男の耳に、大げさ過ぎるほどの悲鳴が、
飛び込んできた。木が、震えるのではないか?とまで感じさせるよ
うな、絶望の声。断末魔。
 悲鳴が、届いたと同じに男は、走るのをやめた。
「かわいそうに……あいつの餌になったのか」
 そっと、胸の前で十字を切る。しかし、瞳には安堵の色は、伺え
ない。
「長居は、出来ないな」
 男は、また走り出した。よくみれば、身体中が、傷だらけだ。切
り傷や擦り傷、打ち身などなど。軽傷のオンパレードである。その
傷が、人間によってつけられたものではない、と言う事は、安易に
想像できた。なにせ、男は、惚れ惚れするほどの強靭な肉体を持っ
ていたからだ。
 身長は、2メートルを数え、丸太を思わせる腕。足にいたっては、
筋肉の塊とも言える。
 霊長類ヒト科では、強者であろうが、この世の中には、思っても
みないモノも存在している。男は、死の淵に追いやられて、その事
実を実感しているに違いない。
 走っていた。風前の灯ともいえる自分のか細き命の灯を消さない
為に必死に抗っていた。
 しかし……何処に行こうと言うのだろう。ニンゲンというのは、
目的もなく、ただ目の前に差し迫った恐怖から逃れようとする傾向
がある。
 この男にしてもそうだ。
 前は、己の肉体で、幾人かのひ弱な相手をいたぶっていた事だろ
う。
 それが、どうだ。 
 今にも、泣き出さんとする顔で、必死に何かから逃げている。笑
いを通り越して、侮蔑の感情しか、もはや感じなかった。
 退屈だ。お遊びは、止めよう。
 ワタシは、逃げ惑う男の前に立ちふさがった。
 「あっ……」
 これが、最後の言葉になった。全く、最後まで、つまらない。ニ
ンゲンっていうのは。

第6回1000字小説バトル
Entry14

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瓜の花だと思っていたものは

作者 : マリj7
Website : http://mx4.tiki.ne.jp
文字数 : 1000
 教室の窓から蜃気楼が見えた。もわもわした大きな島が突然僕た
ちの前に現れて、大きなヤドカリみたいだと思った。パーマ屋の娘
が水鳥みたいな靴屋の娘とおしゃべりをしながら帰っていった。僕
は一人でエリーゼというお菓子を食べながら山を越える道を歩き、
昨日見た洋画のことを考えていた。もしあのパーマ屋の娘が昨夜の
オードリーヘップバーンみたいな帽子を被ったとしたら? 案外よ
く似合うかもしれない。僕は海洋生物学者になって地中海からギリ
シャ時代のイルカに乗った少年の彫刻を発見する。細長くて丁度こ
こと同じような坂道を白い車に乗って右へ左へハンドルを切って、
いつの間にか淡いピンクのまるで桃の薄い皮みたいなスカーフを首
に巻いておしゃれなサングラスをした彼女が僕の頬にキスをする。
 「あり得ないことではない」
 誰かが背中でそうつぶやいた。
 シルクのスカート、まぶしい脚線美、プラチナの耳飾り、外国の
有名なファッションデザイナーの紙袋、食べかけの葡萄、開かれた
窓、日傘、ため息、夜明けに2人で聞く波の音。全部夢はない?
 「そう、夢ではない」
 僕はそう言ってもらいたかった。だけどなにも聞こえなかった。
 「生意気なのよ。あなたは」
 そう言って僕の腕をつねった彼女が実は瓜の花ではなくて、僕の
お姫様であったとは。
 地面では蟻たちが行列を作って僕のこぼしたお菓子や蝶の死骸を
せっせと運んでいた。

第6回1000字小説バトル
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5年目の七夕

作者 : 小沢 純
Website :
文字数 : 1000
 あの日。
彼女が戴帽式を終えて、正看護婦になった日。真紅の薔薇の花束を
差し出しながら、彼は言った。
「今、カリアダが近くに来てるんだ。俺、あっちへ渡って事業を始
めてみようと思うんだけど。」
言葉の表では、相談しているのだが、彼の決心が着いているのは、
彼女には解る。
 その日、彼女が待っていたのは、別の言葉だった。

 移動都市カリアダ、その移動性を生かした交易で栄えていると聞
く。移動しているためパケットメイルは届くが、電話は使えない。
彼がそこへ行ったら彼女と話すことは叶わなくなる。反対しても、
懇願しても無意味と知っているから、彼女は何も言わない。彼は、
いつも自分一人で決めてきた。
そして、次の日、彼はカリアダへ渡った。

 最初のうちは、思い出したように彼からのパケットメイルが彼女
のところに届いた。彼女は、看護婦として働きながら、不安定な
日々を過ごしていた。3年が過ぎてカリアダの消息も分からなく
なった頃、彼女にも別の恋人ができたりした。けれど、どの人も長
くは続かなかった。彼への気持ちが消えることがなかったからだろ
う。

 彼女の周りの友達は、みな幸せそうなカップルになってゆく。素
直におめでとうといえない自分に、彼女は自己嫌悪していた。
もう、彼の事は忘れよう、何度そう自分を納得させようとしただろ
う。

 ある日突然、彼女のメイルボックスに彼からのパケットメイルが
届いた。
それには、ただ一言「電話くれ」と電話番号が書かれていた。
すぐさま震える手でダイアルする。
呼びだし音、そして回線がつながった。

「友香ですが、」彼女が問いかける。
「俺だ、元気か ?」紛れもなく彼の声だった。
「うん。 」涙声になりそうなところをこらえて答える。
「友香をずいぶん待たせたけど、・」彼は、そこで言葉を切った。
意を決するような呼吸がひとつ、受話器を通して彼女に聞こえた。
彼は続けた。
「俺と来ないか? 一緒に暮らそう」彼は、言った。
「うん」涙が、ぼろぼろ流れた。
彼女が5年前に待っていた言葉だった。
せき止めていた思いが、一気に流れ出してきて、止まらない。
「これから、迎えに行く」彼は、そう言って電話を切った。

 受話器を持ったまま、彼女は現実を噛み砕いていた。既に言葉で
は言い表せな想いが、彼女を幸福に包んでいた。受話器を置いた
時、電話の横のカレンダーに気づいた。

「今日は、七夕だったんだね」

 涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、彼女が笑った。

第6回1000字小説バトル
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東京が遠ざかる

作者 : 小沢 純
Website :
文字数 : 995
 ちょっと、東京を離れることになった。三宅島の噴火が治まって、
その地形変化などの調査のバイトにありついた。

 このところ二人の関係、息が詰まりそうだったから、ちょうど良
いかもしれない。夜のバイトもうんざりしていたし、そう思ってひ
とりで応募した。

 日常が遠ざかってゆく。三宅島行きの船上から東京が遠ざかって
ゆくのを見ていたら、すごくほっとしてしまって、無理してた自分
に気づいた。


 昨日、二人で話し合った。それぞれのライフコストのこと、大学
のこと、私達の妊娠のこと。
昨日は初めて、あのひとにはっきりと言った。
「今のあなたは、私の生活の上に乗ってるだけ。そうじゃなくて、
あなたの生活基盤をきちんとと築いてほしいの。」
あのひとは、居心地悪そうだった。最近、私のバイトが二人の唯一
の収入源だってこと、分かってるから。それにあのひとは、私達の
生活にいくら掛かっているか、ライフコストを知らなかった。

私はあのひとに、 
「自分のライフコストは、自分で稼いでほしい」って言った。
そして、わたしの付けてた家計簿をあずけてきた。

 大学は、卒業するつもり。あのひとにも卒業してほしい。在学中
に子供が出来たら、産むつもり。毎月、生理のたんびに子供産んで
る訳にはいかないけど、自然体で生きていたいと思う。それに、生
まれて来た子供がやがて大きくなった時、
「君は、パパとママがすごく待ち望んで生まれて来たんだよ」って
聞かされたら、彼(彼女?)は、きっと喜ぶと思う。

「私の子供のうちの一人の父親が、あなたでも良いなって思う」っ
て、伝えた。あのひとも同じことを言った。でも、自分のライフコ
ストを稼ぎ出せない人のままだと、生れてくる子供に申し訳ない気
がする。

 私が居ない東京であのひと、仕事探すかな?。昨日の話し合い、
伝わったかな?。前に一週間私がいなかった時、あのひと、私がい
ないのが淋しいといって、酒飲んでパチンコだけして過ごしていた。

その町から今、遠ざかってゆく。

 今までと同じに一緒にいても、私達、籍は入れたりしないだろう。
10日して、私が戻ってきた時に、あのひとが前と同じだったら、
私、別れたくなると思う。


 海から見る東京って、私が知ってる東京と違ってみえる。
この船の上で私が見てる東京にあのひとと私達の生活とがあるんだっ
て、思った。なんだか、他人事みたいな気分になってきた。10日
後、私達は、どんな答を出すんだろう…。

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暑中お見舞い申し上げます

作者 : 大森 柔
Website :
文字数 : 883
(ここはアパートの一室)暑い、クソ暑い、今年の夏はエアコンが
必要だな、でもこう暑いとバイトする気も起きやしない、ぁー暑い、
(コンコン)おっ誰か来たな、あのノックの仕方からするとNHK
の集金屋といったところかな、とにかく余り良いことではなさそう
だ、無視、無視、あーなんでこんなに暑いのだクソっ!、とりあえ
ず水だ、水!、(ゴクッゴクッ)、ちくしょう、なんだってこんな
に生ぬるいんだ、そうだ、まだ氷が残っていたはずだ、ふっふっふ
っ、やはり俺の記憶に間違いはなかった、3個も残っているではな
いか、(氷水をつくる)、クーッ!夏はやっぱり氷水にかぎる、俺
って幸せ、おや、手紙が来てるぞ、(ビリビリ)、なになに、あな
たとはしばらく会うことが出来ません、???、なんだこりゃ?、
差出人は…、紺野景子?、知らないなー、(はっ!)、もしかして
ストーカーか?、(封筒を見る)、なんだ隣の奴宛てか、郵便屋の
野郎間違えやがったな、あーあ、開けちゃったじゃないか、いまさ
らどうしろっていうんだよ、まあいいか、とりあえず最後まで読ん
じゃおうかな。

『あなたとはしばらく会うことが出来ません。突然こんなこと言っ
てごめんなさい。でも今はあなたと会うことが出来ないのです。し
ばらくあなたから離れて暮そうと思います。これはお互いにとって
必要なことだと思うのです。心の整理がついたら連絡します。紺野
景子』

(コンコン)、(隣人現れる)、こんにちは、この手紙が間違って
僕のところに来たのですけれど、すみません僕への手紙かと思って
開けて読んじゃいました、(隣人、手紙に目を通す)、あっ、どう
なされたんです?、突然泣いたりなどして、やはりその景子さんと
いうのは恋人なのですか?よほど複雑な事情があるのでしょう、早
く忘れることです、時間が心を癒してくれます。

(電話で友人と)でさー、そいつが突然泣き出しちゃってさー、傑
作だったよ、俺、笑いこらえるの大変だったんだから、あっ、ちょ
っと待って、誰か来たから、(扉を開けるとそこには隣人が)

Q、なぜ隣人が来たのでしょう?
1.電話の声が筒抜けだったから
2.相談に来た
3.その他

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ロッカールーム

作者 : 竹原 秀
Website :
文字数 : 995
 土曜の夕刻、とある大学のラグビー部のロッカールームは、シャ
ワーによる蒸気と汗の臭いが充満し、多くの学生たちがその余熱か
ら逃れるように手早く身支度をしていた。
「ねぇ、トラオ、聞いてくれる?」
「なんだ」
「昨日の夜さ、ついにエミとセックスしたんだよ」
「おい、自慢話だったら聞いてらんねぇな」
「そんなんじゃないよ。おれってヘンなのかなと思って。トラオも
知ってると思うけど、エミってお嬢様なんだよ。昨日も、実はエミ
の家でだったんだけど、すごいお屋敷でさ」
「へぇ、お前もやるじゃねぇか。両親の目の前でハメたのか?」
「そんなワケないじゃない、夜中にコッソリ忍び込んだんだよ。ば
かでかいベッドの上で、シャンプーのいい匂いに夢中になって彼女
の服を脱がしてたんだ。ところがさ、気がついたら、いつの間にか
おれの方が素っ裸にされてて、エミがしゃぶりまくってるんだよ、
大っきな音たてて。それで、ろくにキスもしないうちに上に乗って、
バンバン腰振り始めるんだ。おれは同じ階に寝てるエミの両親にバ
レやしないかってビクビクしてるっていうのに、彼女はそんなこと
まるでお構いなしにキモチ良さそうなカオでおれのこと見下ろして
るんだよ。それってオカシクない?」
「そうか?」
「おれはヤだったね。エミの長い髪を引っ掴んでおれの下に組み敷
いてさ、三回くらい張ってやったよ、平手でね。それからメチャク
チャに腰を打ちつけてると、悲鳴みたいな声上げるからさ、枕でカ
オ押さえつけて、結局、思いっきり中で出しちゃったよ。でもしょ
うがないよね、エミがコンドーム着けるヒマくれなかったんだから」
「うーん、最後のところだけはいただけねぇな」
「確かにそうかもね。少し軽率だったかもしれないな。でもどう思
う? さっきミシマに同じこと話したら、おれのこと異常だって言
うんだよ。時代遅れだって。女性にはもっと優しく接するべきだし、
彼女たちにだってセックスを楽しむ権利はあるって言うんだよ。だ
けど、おれなりにエミのことは真剣に愛してるし、彼女だって感じ
てたと思うんだ。それに、昔だったら許されてたっていうのかなぁ」
「知るかよ。それよりもとっとと帰ろうぜ。今日は駐車禁止の場所
にしかクルマ停められなかったんだ」
「でも...」
 会話を断ち切るかのようにトラオはロッカーのドアを閉めた。そ
の音が二人きりになった部屋に響き渡り、しばらくすると汗の臭い
だけが、そこに留まっていた。

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予期せぬ来訪者 (A Baby Beyond The Drain Pipe)

作者 : 竹原 秀
Website :
文字数 : 940
  嘔吐の予感に眼を覚まし、便所へ駆け込んだ。しっとりと濡れた
陶器に鼻先を近づける。
 果てのない自身との戦い。おれは試されていた。どのタイミング
で顔を上げるかで、おれという男の価値が決まる。 
 おれは顔を上げた。喉の奥に、まだ何かが居座っていたが、立ち
上がって水洗レバーを捻った。間の抜けた屁の音を聴きながら下着
をおろし、今度は便器へ座った。 
「ひゃぁっっ」
 陶器の冷たい感触に驚いて立ち上がった。
 おぉ神よ、おれは便座をおろすのを忘れていたのです。
 狭いユニット式のバスルームの中で、おれは再び音無き屁の音を
聴いた。
 プラスティック製の便座を戻し、確認しながら、今度はゆっくり
と尻を乗せた。くいしばる歯の隙き間から、二〇〇〇年の呻きが漏
れ出る。またもやおれは、何者かに自身を試されるハメになった。
 力んで震える首筋に、ふと視線を感じた。振り返ると、バスタブ
の中に立つ『そいつ』が、おれを見つめていた。
 テレビで見た、胎児のような宇宙人。
 テレビで見た、宇宙人のような胎児。
 突然の来客に、おれは驚かなかった。心当たりは、ただ一つしか
なかったから。

 しかし、すでに愛はなく、銀行口座の残高も足りなかった。その
どちらも、誰かに借りることは出来なかった。おれには売れるほど
の『知』はなく、『血』を売ることしか出来なかった。

『そいつ』は、バスタブの縁に手をついて、一メートル足らずの虚
弱な躯を震えさせながら、黒目がちな瞳を瞬かせていた。
 そして、突然、口を開いた。
「こんちわ」 
 おれは答えずに、立ち上がって、尻を拭き、水を流した。蛇口を
捻り、適度な水温の湯をバスタブへ注いだ。 
 しばらくの間、おれは『そいつ』と見つめ合っていた。柔らかな
白い湯気が、二人を包み込み始める。
 湯が溜まったのを確認し、おれは『そいつ』の肩を掴んで沈めた。

『そいつ』は抵抗しなかった。
       (出来なかった)


 
 翌朝、今まで経験したことのないサイアクの二日酔いの中で、お
れは目覚めた。
 便所へ行くと、『そいつ』はいなくなっていた。バスタブの栓は
引き抜かれていた。
 おれは吐き気と戦いながら歯を磨き、手早く服を着替えて、ほん
の二ヶ月前まで恋人だった女と待ち合わせている産婦人科病院へ出
かけた。

 有史以来、最も獲得が困難とされている勇気を手にいれるために。
                  (非情)

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Entry20

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はなし声

作者 : 竹原 秀
Website :
文字数 : 640
 暗い部屋の中で一人、おれは薄い壁越しに声を聴いていた。

「ねぇあなた、今度はどんな子が生まれてくるかしら」
「どんな子だろうと構いやしないさ。男の子でも女の子でも、無事
に丈夫に生まれてくれれば、それでいい」
「そうよね。でも、前の子のことがあったから、私どうしても...」
「気にするなよ。もうすぐ、新しい子が生まれてくるんだから」
「でも」
「いいから」
「わかったわ...」

「仮に子供がいないにしたって、僕たちは充分幸せじゃないか」
「でも、いつもこのお腹をさする度に、心配になってしまうわ。無
事に生まれても、どんな子に成長して行くのかって」
「大丈夫だよ。僕と君の子供だよ、素直に育つさ」
「そうね、そうよね。あなたに言われたら、私もそんな気がしてき
たわ。私たちが育てるんだもの。すくすくと健康に成長してくれれ
ば、特別な才能なんて持っていなくたって構わないわよね」
「そのとおりさ。他人と違った才能なんて必要ないよ。そんなもの
が一体何になるっていうんだ? 他人からいじめられたり、疎外さ
れる理由になるだけさ。腐ったこの世の中ではね」
「そうよね、平凡がいちばんよね」
「ああ、平凡であることが何よりも難しい。しかし、最も幸せなこ
とでもあるんだ。僕と君のようにね」
「愛してるわ、あなた」

 二三度眼を瞬かせた後、さかさまの姿勢のまま、おれは臍の緒で
首を吊った。
 その日の夕方頃、精肉工場のフックのようなもので、おれは世界
へ掻き出された。
 おれは、また、誕生に失敗した。
 おれには、もう、チャンスはなかった。

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Entry21

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暗明

作者 : dipsy
Website : http://member.nifty.ne.jp/Colours/
文字数 : 800
とても暗い。

私の視覚は正常に機能しているのであろうか?感覚が異常に研ぎ澄
まされ、眼球の上を瞼が滑っていく触覚を感じている。目を開けて
いるのは間違い無いようだが、時折見える暖かい赤い色以外は何も
見えない。

耳を澄ますと、大量の水が流れる「ごーん…どーん…」という重低
音がどこか近くからどこか遠くから聞こえてくる。
辺りには生臭い匂いが漂い、ガン!とした息苦しさを感じる。ここ
は一体どこなのだろう?

不安と恐怖が渦巻いているが、体全体が大きな何かに委ねられ、体
全体がゆらゆらと揺れている、それが非常に心地良い。

そうだ!私は部屋で油絵を描いていたんだ。あの絵を描き終えたと
同時に私の記憶は遠のいて、側にひいてあった布団に倒れ込んだん
だ。それから!そうだ。それから…それから私はどうしたのだろう?
その後の記憶が思い出せない。油絵を描き終えて私は…。倒れたと
いう事は病院に運ばれたのだろうか?とその時

「痛い!うー…あー…っくぐぅ」

女の苦痛に歪む声が部屋いっぱいに響き渡った。やはりここは病院
なのだろうか?何かの手術をしているのかもしれない。いや待てよ、
病院でそのような声を出す事があるのだろうか?病院であれば麻酔
をかけるのだから、苦痛に歪んだ声が聞こえるとは考えにくい。

だとしたらここは一体どこなんだ。それよりも私はここで何をやっ
ているんだ。いや私は一体誰なのだろう。

「あああああああ!ふぅふぅ」

また同じ女の声が聞こえてきた。初めて聞く声にもかかわらず、
この声はどこかで聞いた事がある気がする。苦痛に歪む声なのに優
しさと暖かさを感じた。どこで聞いたのだろう。記憶ではなく感情
で聞いた覚えがある。生まれた時からこの声を聞いていた気がして
ならない。

彼は何気なく頭に手を持っていき鼻の頭を掻いた。

こ、この感触は。そうか思い出したよ。私は遠い昔ここに来た事が
あるんだ。この声が聞こえるという事はそろそろ時間なのかもしれ
ない。それならば私が誰であろうと、もう関係ないではないか。

彼は考える事をやめて、これから起こる事への心の準備を始めた。
そのうち彼を包み込んでいたものは、定期的に緩やかな運動を始め
る。そして部屋のドアは徐々に開かれ、ある時を境に一斉に開かれ
るだろう。彼を別の世界へと誘うために。

とても明るい

第6回1000字小説バトル
Entry22

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宝くじ

作者 : 夜啼き鳥
Website :
文字数 :
 周蔵は東京へ向かう新幹線のグリーン車で、流れる景色を見つめ
ていた。一つ息をつき、背広の胸を右手で押さえる。内ポケットに
宝くじが入っているのだ。
 周蔵は成功者だ。東京の下町で生まれ、中学を卒業した後、理髪
の職に就いた。腕がいいだけでなく、運気を掴むことにも長けてい
たらしく、それが親類の家のある関西で華開いた。新しく開く店に
失敗はなく、周蔵は客の髪を切っている暇がなくなった。妻も趣味
もなく、根っからの職人の周蔵に、店に立つなというのは酷であっ
た。整髪料の匂いや、鋏が髪を切る感触に離れがたいものを感じて
いた。会社にあてがわれた部屋にぽつねんと座っていると、思い出
すのは幼い日の初恋の相手、美津子のことであった。小学校で一つ
上だった美津子はなにくれとなく周蔵の面倒をみてくれた。お互い
貧しい者同士、引き合うものがあったのか、中学に進む頃から淡い
恋として進んでいった。
 別れから二十年、調査会社に依頼して、すぐに所在は知れた。夫
と死別し、貧窮しているらしいということも知ってしまった。昔懐
かしい校庭で会うことにした。
 校舎は様変わりしていたが、校庭は土のままだった。やけに小さ
い地べたに白線が斜めに走っていた。美津子は校舎側に立っていた。
「ご無沙汰しております。ご立派になられて」
 杓子定規な挨拶が周蔵には不満だった。既に知っている美津子の
近況を、殊勝気に周蔵は聞いた。
「ここに宝くじがある。当たっているかもしれないし、外れている
かもしれない。当たっていたら美っちゃんと半分こにしたい」
 美津子はしばらくして静かに首を振った。どうしてだよ、美っち
ゃん、あの頃二人、どんな物でも分け合ったじゃないか。今度は僕
の番だよ。美津子がかすかに微笑んだように周蔵には見えた。
 美津子が帰ると言う。周蔵はそれを引き止めることができなかっ
た。
 一人校庭の真ん中で、周蔵は夕陽に晒されていた。宝くじは壱千
万の当たりくじを壱千百万で買い取ったものだった。
 周蔵は不器用であった。宝くじを足元に埋めた。暖かい土が手に
心地よかった。

第6回1000字小説バトル
Entry23

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サボテンとレモン色の思い出

作者 : マリj7
Website : http://mx4.tiki.ne.jp
文字数 : 1000
「あなた、おさるさんじゃないんですから」
そう言って母は僕をたしなめた。
ギブスで固定した腕を首から包帯で吊して、もう片方の手を頭の上
に乗せ、客室の狭い通路を歩き回っていたから。 
 緑色の室内は、ザボン売りのおばさんや休日で真っ白なワイシャ
ツを着た漁師達でごったがえしていた。デッキに出ると重油と永い
間に機械室に溜まった埃の匂いがした。船が作り出した波を見てい
ると、泡の間にビニール袋みたいなクラゲが見え隠れしていた。

 港に着くとすぐにタクシーに乗って繁華街を走りすぎ、石畳の坂
を登り、小さな植物園みたいな病院に着いた。待合室の茶色い革の
ソファーに腰かけて「世界の園芸」という本を読んでいると、あの
女の子が僕と同じように母親に連れられてやってきた。初めてこの
病院に来た時、彼女を見た。真新しいランドセルをしょって苦しそ
うに咳をしていた様子を覚えていた。今日彼女はフェルメールの絵
の中の女性が着ていたようなレモン色のワンピースと花の飾りのつ
いたソックスをつけていた。僕がちらっと彼女の方を見ると、母親
が会釈してなにか言ったけど、僕にはよく聞き取れなかった。
 彼女は僕を見ると少し頬を染めて目つきを鋭くした。きっと同情
されるのが嫌いなのだ。しかたなく僕はまた本の中で咲き誇ってい
るバラやチューリップを眺めていた。
 しばらくして僕の名前が呼ばれた。診察室の窓辺に置かれた2鉢
のサボテンが目の覚めるように鮮やかな青空とよくマッチして見え
た。もうすぐ夏が来るんだ。先生に包帯を解いてもらいながらそう
思った。

第6回1000字小説バトル
Entry24

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魔法のランプ

作者 : けんけん
Website : http://www.sol.dti.ne.jp/~kenken/index.htm
文字数 : 996
 博士は、ひとり海岸を歩いていた。博士は、理論家で読書家な自
然愛好家として有名だった。散歩のときは、本を読みながら、海岸
のゴミを拾いながらだ。
 博士は、研究のための予算が削られることが、先週の会議で決ま
り、そのことを考えながら歩いていると、何かにつまずいて転んで
しまった。博士は、また、誰かがゴミを持って帰らなかったのだな、
けしからん、と思い、それを拾い上げた。
 それは、古いランプだった。
 読書家の博士は、昔読んだ、魔法のランプの話を思い出した。で
も、まさか、このランプから、大きな魔人が出てくるなど、物理的
にありえない。博士は、そう思いながらも、ランプを擦ってみた。
 すると、驚いたことに、ランプから煙がモクモクと出て来たでは
ないか。博士は、驚いて腰を抜かしてしまった。
 煙が波風に運ばれると、そこには小さな魔人が立っていた。ちょ
うど、ランプに入るくらいの大きさだ。手には、発煙筒を持ってい
る。
「我を呼び覚ましたのは、お前か?」と魔人が訊く。
「そうだ」博士は答える。
「ならば、3つの……」
「願いを叶えてくれるのか?」博士は、興奮している。
「そうだ。よく知っているな。」
「なんでも叶えてくれるのか?」
「私にできる事なら」
「ならば、金が欲しい」博士は、これで研究に没頭できると思った。
「たやすいご用」魔人は、そういうと走っていってしまった。
 博士は、走り去る魔人を不思議そうに見ていたが、腰を抜かして
動けなかったので、海岸でひとりじっとしていた。しばらくすると、
魔人が戻ってきた。息が切れている。
「ほら、金だ」魔人は、そう言って、博士に2千円渡した。
「これだけか? 魔法で金銀財宝を出してくれるんじゃないのか?」
博士は、腰をさすりながら怒る。
「魔法?」魔人は、首をかしげる。「金銀財宝を出すなんて、物理
的に言って不可能だ」
 博士は、ガッカリした。そして、自分が科学者であることを思い
出し、少し恥ずかしかった。

「二つ目の願いを言え」と魔人。
「じゃあ、腰をもんでくれ。3つ目の願いは、もういい!」博士は、
怒ってそう言った。恥ずかしさをごまかそうとしたのかもしれない。

 魔人は、10分ほど、博士の腰を揉むと、ランプをかついで行っ
てしまった。
 3つ目の願いで、大学まで運んでもらえよかったなぁ、と後悔す
る博士の目に、砂浜にころがる発煙筒が写った。
 博士は叫んだ。
「海を汚すな――!!」

第6回1000字小説バトル
Entry25

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幸せの赤い風船

作者 : よしよし
Website : http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoshi_s/yoshi.htm
文字数 : 999
 幸せの〜赤い風船は〜あなたと二人で膨らます〜♪ 昔覚えた歌
を口ずさみながら私は家族の帰りを待っている。時計は夜の11時
少し前。夫は今日も帰りが遅いだろう。長女はバイトバイトの毎日
だし、長男も塾通いに余念がない。只一人、私だけが家族の帰りを
待ちわびている。

 勉強嫌いの長男が塾に通いたいと言ったのはいつの事だったかし
ら。入会金に月謝参考書。今月もあの子にいくら渡したかしら?
10万?20万?子供って本当にお金がかかるわね。でも、やる気
になってくれてよかった。学校の成績は全く上らないがこの際その
ことは気にせずにいよう。
 テーブルに並んだ夕食を手際よくゴミ箱に放り込む。長男から勉
強友達の家に泊ると連絡があったから。その時、電話の向こうで女
の子の声がしたのは気のせいね。

 幸せの〜赤い風船を〜手放さないで〜♪ 12時を少し回ったこ
ろ、家の前に車が止まる。なかなか家に入ってこない長女を家の中
でじっと待つ。気になって外に出ると見てはいけないものを見る事
になる。表では若い男女の囁きあう声が続いている。

「おかえりなさい。食事は?お風呂は?」
「・・・」
待っていた私に長女は一瞥も与えず、足早に自分の部屋に向かう。
この子はこんなに冷たい目をしたかしら?最近、痩せてきたから面
差しも少しきつい見えるのだろう。口をきかないのも、ひどく疲れ
ているからに違いない。だってあの子は本当に優しい子なんだもの。

 幸せの〜赤い風船を〜銀の針で突つかぬように〜♪ 時計の針が
2時を指す。夫は帰らないかもしれない。会社が遠いので、遅くな
るとそのまま泊る事も多いのだ。
 手の中で小さなビニール袋を弄ぶ。「ポケットに入っていた」と
洗濯屋さんが渡してくれたガラクタだ。

 売上明細○○ストアー:缶ビール、まむしDX、パンティストッ
キング。
 お得意様カード★小猫の館★
 バーやスナックの名刺に領収書。

 幸せの〜赤い風船は〜私達の宝物〜♪ ダンナさまと〜私と〜可
愛い子供たち〜♪ ガラクタをスーツのポケットに放り込む。
 壊さぬように〜手放さぬように〜大切に〜大切に〜フンフフフン
フンフンフ〜ン♪ カリカリと爪を噛む。
 だけどどんなに大事にしたっても〜♪ 朝が来て〜空気も抜けて〜
しぼむのさ〜♪ 爪が噛み切れて、歯が指先に食い込む。
 幸せの〜赤い風船は〜自分が不幸だと気づかない〜♪
パラパラとテーブルに赤い粒が散る。
 気づかない〜♪ 気づかない〜♪

第6回1000字小説バトル
Entry26

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赤信号

作者 : タケヤ
Website :
文字数 :
 こっちに進んでいるのに前をさえぎる女性。思わず後ろ姿を観察す
る。彼女は横断歩道の前で止まり、うつむく。そのうち信号が青に変
わった。だけどぼんやりしたまま動かない。1、2、3・・12秒後、
ふと気が付き(今変わったと思って)歩き出す。歩きながら電話をか
けはじめた。1回(プルルル・・)2回(プルルル・・)(相手はな
かなか出ないようだ、彼女はたぶん10回で出なかったら切るつもり。
)10回(プルルル・・)11回(もう1回)・・12回(もう1回)
・・プルルル・・そんな後ろ姿の先には青が点滅。はやく渡らなきゃ。
ドンッ。ガシャ。慌てて携帯電話を拾おうとする彼女の手。同時に拾
う僕の手が重なる。ピタッ「ごめんなさい」、信号は赤に変わった。

第6回1000字小説バトル
Entry27

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天狗の鼻岩

作者 : 三月
Website :
文字数 : 996
 賀西川は細くまっすぐな川だが、一ヶ所だけ大きく歪むところが
ある。それが雄太たちの言う「ハナ岩」だった。角のとれた巨大な
岩が山肌からせり出し、賀西川はそれを取り囲むようにぐるりと回
る。かつてその岩はさらに長かったことから、大人たちは「天狗の
鼻岩」と呼んでいたが、今では短い。
 ハナ岩の上に立ち川面を見ると、さざなみに太陽がキラキラ照っ
た。そこでの飛び込みが夏の楽しみだった。
「なぁ、やめよう」幸二がそう言ったのは、ハナ岩に伝説があった
からだ。大昔、妖怪が飛び出てくるという穴があった。それを知っ
た神が大岩でふたをした。それがハナ岩だという。そして新月にな
ると妖怪たちが力を増し、近くにいる人間を岩の下に引きずり込む
という。
「妖怪なんて、信じんのかよ」今日は新月だった。いつもとは違い、
岩の上には幸二と諒子と雄太以外誰もいなかった。
「信じはしないけど……」
「やめたほうがいいんじゃない?」
 人一倍臆病な諒子も当然反対した。
(これだから)雄太はぼやいた。いつも威張り散らしてる中学の奴
らもいない。その中で今日飛び込みをやれば一目置かれるだろう。
それが、わからないのか。
「俺、やるから」
「雄ちゃん!」
「あっ!」
 それ以上は面倒だと雄太はジャンプした。途端、水面が一気に迫
り、冷たさが体を覆った。
 身体二つ分ほど沈み、雄太は水面に顔を向ける。ゆらゆら太陽が
踊っていた。何のことはない。いつもどおりの水、いつもどおりの
光景があった。雄太は鼻をつまんでいた手を離し、両手を上へ伸ば
した。
 しかし、
(――え?)
 足を誰かにつかまれた。両手をかくが不意に水面が遠ざかった。
 雄太の胸が大きく鼓動した。誰かがぐいぐい引っ張っている。足
が真冬の水のような冷たさに触れた瞬間、雄太は口内の空気を吐き
出してしまった。
(……! ……!!)
 飲み込んだ水は不思議と硬かった。身体中が鉛を打ち込んだかの
ように重くなった。
(――――)
 雄太の頭がぼうっとした。雄太はその勢いに流された。

「……ちゃん! 雄ちゃん!」
 目を開けると幸二がいた。ぐらぐらする頭に手をやり、雄太は体
を起こした。そこはハナ岩からさして遠くない川原だった。
「よかったぁ。今諒ちゃんがおじさん呼びに行ってる。……雄ちゃ
ん?」
 雄太は気づかずに立ちあがっていた。瞳がハナ岩に吸い寄せられ
て離れなかった。
 まるで天狗が、大きく笑っているかのように見えたのだ。

第6回1000字小説バトル
Entry28

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元気なおばあさん

作者 : 多田野英俊
Website :
文字数 : 600
 今日で何回目だろう、老人ホームにボケたお婆ちゃんのお見舞い
に行くのは。
 僕はその日、おかしなおばあさんに会った。おかしなというより、
その人は正常だった。元気で、背筋もピンと伸びてて、何よりボケ
ていなかった。僕はどうしてこんなまともなおばあさんが老人ホー
ムにいるのだろうかと思っていた。その人は本当にどこも悪くなか
ったのだ。その人は一度もベッドに座ろうともせず、何か仕事を見
つけてはせかせか動いていた。何かに向かって戦っているようにも
見えた。
 その人は僕と僕の姉にいろいろ話しかけた。とてもここにいる人
とは思えない軽快な話し振りで、時折冗談も交えて。
 そしてその人は花瓶の水を換えながら呟いた。
「これじゃ籠の鳥だ」
呆れたように、苦笑いを含めながら。
 この人はいつもどんな気持ちでここで生活しているのだろう。周
りには話の通じない人ばかり。この人はここにはいてはいけない人
だと思った。この人はこんなに元気で人の良いおばあさんなのに、
こんな所にいては気がおかしくなって本当にここにいる人達と同じ
になってしまうのではないかと思った。
 何も知らない僕の父親は、そのおばあさんにかわいそうな人を扱
うような口調で何か話し掛けていた。おばあさんは受け答えした後、
少し悲しそうな顔をしていた。

第6回1000字小説バトル
Entry29

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恋情

作者 : 太郎
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~gd2a-ngmt/index.htm
文字数 : 930
 萎びた婆の乳房を立てかけたような丘の上に座り、ゆっくりと暮
れ行く空模様を眺めた。
 草は少し枯れて、ねじれたその先端を黒い蟻が這いずっている。
「ねえ、どうする」
「どうするって、何をさ」
「産んでもいいの」
 僕は隣に座る遥子の横顔を盗み見た。
 お世辞にも美人とは思ったことのない顔だ。その低い鼻と、突き
出た歯茎を拳で叩き折り、滅茶苦茶にしてやりたい衝動を感じた。
 粉微塵に、跡形もなく。
「こんな女が俺の伴侶になるのか」
 巣を離れた幼い蜘蛛の糸が、ふと睫毛にかかり、世界にある何も
かもが吐き気を催す薄汚い臭いを放ち始めた。
「駄目だって言ったら、何か考えがあるの」
 遥子は黙って答えず、顔を伏せたまま茶色の草を一握り千切って
風にのせた。
「さあ、」
 こんな女を便利使いして、こんな出来損ないの身体の奥に、粘る
精を打ち込んだ自分が疎ましかった。
「どうする」
 ふいに空が赤く染まり、陽が西の地平線に達した事を知らせた。
 遥子の肌が染まり、柔らかい、吸い込むような匂いを発し始めた。
「どうにかなるわよ」
「そうかな」
 ふいに遥子の低い鼻も、突き出た歯茎も、丸く大きな額も、遥子
らしい塊にまとまり出した。
「うん、どうにかなるよな」
「そうよ」
 僕に子供が出来た。
 来年の今ごろは、その子を抱いてまたここに来る。
 小さな透明な蜘蛛が僕の頬を伝い、掌に落ちた。

第6回1000字小説バトル
Entry30

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僕は正義のヒーローだ

作者 : よしよし
Website : http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoshi_s/
文字数 : 993
「絨毯みたいに」と言う表現そのままに黄色い菜の花が緩やかな丘
の斜面を埋めつくしている。空は青く、風が若葉の香りを運んでく
る。
「おべんと食べましょ〜♪ みんなで食べましょ〜♪ 」
丘の中腹では近隣の幼稚園児たちが仲良くお弁当を広げていた。
「せんせー、つとむ君お花とってるよー」
いち早くお弁当をたいらげ、さっそく走り回っているのは腕白坊主
の「つとむ君」。
彼の手には引き抜かれた菜の花がブラブラと揺れている。
「こら! 」
先生の声に園児たちがワァーと歓声を上げる。つとむ君は怒られる
前にサッサと逃げ出した。
「待ちなさい」
しばらく続いた追い駆けっこも、先生がつとむくんの襟首を掴んで
終った。
「駄目じゃない、お花を採っちゃ」
先生は跪いて、つとむ君の目を覗き込む。
「なんで? 」
つとむ君はキョトンとして聞く。
「お花も生きてるんだから可哀相でしょ」
先生がため息を吐く。つとむ君は下を向いたきり黙り込んでしまっ
た。何気なくその視線を追って先生がギョッとなる。そこは小さな
スミレが咲いていたのだが、その茎と葉は先生の足の下敷きになっ
ていたのだ。


「おはようございまーす」
「おはよう」
腕白坊主のつとむ君も今年は6年生。ご近所の人にもチャント挨拶
できる、真面目で礼儀正しい優等生と評判だ。
 そのつとむ君が今日は重大な決意を固めて学校に向かっている。
彼に決意をさせたのは昨日の理科の時間だった。

 その日、教室はいつもより騒がしかった。何故なら今日の理科の
実験は蛙の解剖なのだ。
「先生、蛙が可哀相だよ! 」
つとむ君が持ち前の正義感を発揮した。
「大丈夫、この蛙は解剖される為に生まれてきたんです」
先生は蛙を掴み上げ、みんなを見渡した。
「この蛙もみんなの為に解剖されるのを喜んでいます」
そう言って先生は蛙のお腹にナイフをザクリと刺した。

 菜の花は採ちゃ駄目。でも雑草は採るんだ。
 牛や豚を食べるけど、クジラは可哀相。

 先生は人も花も同じように生きているから大切にしなさいと言っ
た。でも大切にされない花もある。それが何故なのか昨日わかった。
 みんなが大事にしているのもは、大事にしなきゃいけない。でも
嫌われているもの必要ないものは違う。それがみんなの為になるな
ら躊躇う必要なんかない。

 乱暴者のあいつ。あいつのせいで僕のクラスは目茶苦茶なんだ。
僕はポケットの中のカッターを握り締める。きっとみんなも喜んで
くれるはずなんだ。

第6回1000字小説バトル
Entry31

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風船

作者 : 穂室たまお
Website :
文字数 :
 夢の中の青雲は、その粒子粗く天空濃紺鮮やか、地平の霞白々と、
彼方まで澄み、やがてその粒子の一つより、出でたる一点、刻一刻
と像を増し、民の心中不安におののき、去れどもその一点、かよう
な地上を僅かにも知ることなく、ただ無垢に来て、いつまでも無垢
に来ていよいよ地上不安に満たし、やがて思いは質となり、質は針
という名を冠し、キーラキラキラ、キーラキラキラ地平の霞、白々
の高みにまで達したそれ、無数無限の針となり、キーラキラキラ、
キーラキラキラ、乱光、識高まり、やがて返しのついた針となり、
ギーラギラギラ、ギーラギラギラ、民触れえず針の返し、万民いよ
いよ不安の気満つるも、賢者、つと青雲天空指に指し、言葉ならぬ
言葉、空に放てば万民、一縷の希望を夢と宿し、天空を沈黙で仰げ
ど、先よりはるか近しに来たる一点、いよいよ姿悠を大となし、天
は影、血は暗の中に入れるような幻惑を覚え、万民、いよいよ気を
高めることとなり、臣は無能、王は無力の汚名にまみれることをや
むなしとし、その覚悟に万民皆落涙し、日に焼けた肌は冷め、口乾
き、今はもう言葉も無く、濃紺の粒子粗き天空に祈り、ただ最後の
時を覚えるも、いよいよ地平の霞、針、鋭さを増し、それだけなら
ず、光増し、いまでは熱さえも帯び、ギーラギラギラ、ギーラギラ
ギラ、神をも恐れぬ愚考と知れど、もはや、万民の民、納まりもつ
かず、ギーラギラギラ、ギーラギラギラ、刻一刻迫るその一点、今
では色も朱と解し、フーワフワフワ、フーワフワフワ、血にも似た
その一点、何を思うかその一点、フーワフワフワ、フーワフワフワ、
ついに気の針先端に触れるその瞬間、天空にわかに掻き曇り、にわ
かの風にその一点、はるか彼方に消えうせて、後にはただ、狂気の
民。

第6回1000字小説バトル
Entry32

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本番いきまーす

作者 : 岡嶋一人
Website : http://www.geocities.co.jp/Hollywood/8616/
文字数 : 984
「照明さん、美術さん、音声さん、特効さん、OK?」
 それぞれのポジションからOKの声が掛かる。
今日、最後のシーンだ。うちのチーフは昼過ぎから機嫌が悪い。
だから、OKの声にもどこか、苛立ち紛れの雰囲気がある。
「じゃあ、本番行きます」助監督の声が響く。一瞬静まり返る。
まるでスタートラインでスタートの合図を待つランナーとそれを
見つめる観客のように息を潜め、じっと、監督の声を待つ。
「よーい、『カメラ廻った(これはカメラマンの声だ)』はい」
いよいよスタートだ。
このシーンを撮る為に、うちのチームは4ヶ月も前から仕込みを
してきた。それなのに、今日の昼になって不具合が見つかったの
だ。それを知っているのはチーフと僕だけだ。だから、チーフの
機嫌が悪いんだ。直す時間もない。チーフは僕に言った。
「隆志、お前誰にも言うなよ」
そんな事言われなくたって、絶対誰にも言えない。
いよいよ、例のところだ。何とか旨くいってくれないかな。
 リハーサルの時は、何とか誤魔化せた。だいたい、最初から間
違っていたんだ。かなり古い資料まで置いてあるライブラリーに
も行ってみたがこれといって的確なものはなかったし、伝承者と
いう人物にも会ってみたが、記憶が曖昧だったのだ。そんな状態
でまともなものが出来るわけがない。
 とうとう、始まった。ああ、やっぱり変だ。まずいなこりゃ。
チーフのほうをちらっと見る。真剣に見つめてはいるものの、や
はりどこか不安げだ。チーフが監督の様子をうかがっている。僕
もつられて、監督を見る。気が付いていないようだ。大丈夫かな。
何とかやり過ごせそうだ。どんどん進行していく。
「カットーッ!」
監督から声が掛かる。次の言葉が問題だ。
「はい、OKです」
やった。ばれなかったんだ。
次の瞬間、監督が僕らのほうにすたすたやってきた。
「いやあ、ロボットの踊りよかったねえ。特効さん頑張ったねえ」
チーフもほっとしたようだ。
台本に目をやる。
 盆踊り 東京音頭を踊る人々
エキストラをロボットで代用するようになってかなりになるけど、
踊りを踊らせたのは始めてだ。盆踊りなんて100年も昔のこと
なんだ。本当の盆踊りを知ってるやつなんていない。
だから、僕らが、東京音頭じゃなく炭鉱節をプログラムしたとし
ても…。

第6回1000字小説バトル
Entry33

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境遇

作者 : 邯鄲虫
Website : http://plaza19.mbn.or.jp/~souroku/
文字数 : 800字以内
「この猫が喋れたら何て言うかなあ」
「そりゃあ決まってる。ご飯の時間だ。トイレが汚い。もっと静か
に話してくれ、オレは眠いんだ。なんてさ」
「いや、アタシたちの話に割って入ってくるかもよ。アンタの言う
ことはいつも理屈ばっかなんだよ、それじゃコイツが可哀相だ。な
んてね」
「お前はもう少し女ってものを研究したほうがいいな、それじゃ彼
女に逃げられるぜ。ってか」
「お前の秘密はぜんぶ握ってるぜ、気をつけな。ってさ」
「なんだよ、そりゃあ。」
「猫が言うことなんだからアタシは知らない」
「なんかへんだなあ」
「へんじゃないよ、猫はぜんぶ見てるんだから。たとえばアタシが
居なかったあのときだって、何をしてたかわかったもんじゃない」
「誰のことだよ。猫がかよ」
「バッカじゃないの。何をしてたかわかんない誰かの行動を、ぜん
ぶ見てたのが猫ってことよ」
「やめようぜ、こんな話」
「そうやっていつも逃げようとするんだから、卑怯だよね」
「なんだよ。猫の話じゃなかったのかよ」
「もう話は変わってるのよ、そんなこともわかんないわけ」

「またか・・・」
猫は呟き、いずれ怒鳴りあいか掴み合いに至る口論を避け、ひっそ
りと避難場所にしている押し入れのダンボール箱へと向かった。飼
い主である二人には、気づかれもせず気にもとめられなかった。

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Entry34

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作者 : リツコ
Website : http://www.sol.dti.ne.jp/~photo
文字数 : 930
 もうすぐ、トモコとあの人の結婚式がはじまる。

 いつもはラフな格好の私が、今日だけは違っていた。念入りに化
粧をし、一番カカトの高いヒールを履いている。仕立ての良さそう
なワインレッドのスーツも、この日のためにわざわざ買った。
 バックの中に入れてある包丁も、同じ日に買った。
 式場の庭を見ると、穏やかな風景が広がっている。萌える新緑。
キラキラと光る池の水面。礼服に身を包んだ人々の笑い声。空には
飛行機雲が南から北へと、一筋の鋭い線を描いていた。
 真っ青なキャンパスを切り裂いたようだわ。
 そう思うと、少し顔が綻んだ。

<結婚式、出てくれるでしょう?>
 トモコの声が、頭の中で蘇る。
<だって、ほら、あなたがいたから彼と知り合えたわけだし…。そ
れに、ねえ、彼の幸せそうな顔、見せてあげたいわ>
 笑いながら、勝ち誇ったようにまだ続く。
<あなたが堕した彼の子供、私が代りに生んであげるから、安心し
てね>
  
 手が震えてきた。
 怖れや迷いで、ではなかった。嬉しさのあまりに、身体が反応し
ている。きっと、今、私は穏やかな顔になっていることだろう。
 あの人への愛情がこうさせるのか、トモコへの憎しみがそうさせ
るのか、もう分からない。
 分かるのは、たった一つだけ。
 今日が、私の晴舞台になるということ。だからこそ、一番綺麗で
ありたかった。もう一度、化粧なおしをしてこようかしら。どうせ
なら、写真映りはよくありたいもの。

 あと、残り時間、十五分。

第6回1000字小説バトル
Entry35

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染黒の盟約

作者 : じーくふりど
Website :
文字数 : 374
 静かである。
一切音がしない。
風の音さえも。

二人の男が向かい合って立っている。
一人がナイフを取り出す。
細く、鈍く光っている。

男は自分の左手にナイフを突き刺す。
血が流れ出す。
男はナイフを置きグラスを手に取る。

血はグラスに注がれていく。
やがて、ガラスから血がこぼれそうになると男は傷口に腕輪をはめる。
血は止まる。

男は目の前の男にグラスをさしだす。
目の前の男はグラスを受け取り血を飲み干す。
・・・・・・音もなく・・・・・・静かに・・・・・・

「盟約は交わされた」
「死は共有される」
「目的が達成されるまでは」

・・・・・・無音の世界はやがて光に飲み込まれるように消え去る・・・・・・

彼は知っていた相手の自殺願望を・・・・・・
相手も知っているだろう私が死病に侵されていることを・・・・・・
私達は死を現実に見ることによって、死の恐怖をやわらげているのだろう・・・・・・

我等は裏切りと苦痛無き死を最上のものとして望み盟約を交わそう。

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Entry36

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不細工の女

作者 : のぞみ
Website :
文字数 : 820
  …あたし、ブスだし、髪だってこんなバサバサして、その上すっ
ごい曲毛。仕事だって見付かるわけないわよ。ほんと、駄目なの。
あーぁ、あたしだって小さな頃は可愛いっていわれてたのに。なん
でこんなにも不細工になっちゃったのかな。ほんと、駄目。何やっ
ても巧くいかないの。と、そう訴えた彼女は私の目から見れば充分
やっていける容姿だった。髪など手入れをすればどうとでもなる。
仕事など真剣に探せばどうとでもなる。そんな気がした。
 彼女はコーヒーカップを置くと鞄から煙草を取り出し、つい先ほ
ど私の前で塗り直していた紅色の唇へそれを落した。一息、大きな
白い煙を出し、また例のやや口篭った話し方で私に対した。
 …ねえ、知ってる? 煙草の煙ってさ、肌にとっても悪いんだっ
て。それに吸ってる本人よりも周りの人の方が害あるんだって。そ
りゃそうよね、こんな密室だったら、まるでサーモンの燻製つくっ
てるようなもんよね。そりゃそうよね。でも、いいんだ。あたし、
ブスだし、少々肌が悪くなったところで、ふふっ、ねえ、と彼女の
吐き出す煙はこの店内を漂い、白く濁った空気が覆い被さる。無論、
私もこの空間にいるのだ。
 私は疑問であった。彼女の中に燻る憂鬱がどこから産まれてきた
のかを。彼女の内なる悪はいつ産まれたのかを。なぜなら、カラン
ッと扉を開け入って来た客をちらりと見やるため振返った彼女のそ
の横顔は、決して充分にやっていけるどころではなく、はっと息を
呑むほどの美を備えていたのだから。恐らく、私ではない誰かの目
を通して彼女を見たとしてもその美しさは変わらないと思う。なら
ばいっそう疑問に思う、彼女のこの不満を。
 …あたし、世の中を変えてやりたい。人の価値を変えてやりたい。
そうすればもっと、あたしが受け入れられるのに。ねえ、どう思う?
 あたし、生きる時代を間違えっちゃたのかな。
 紅に染まった煙草、灰皿からこぼれた灰、抜け落ちた一本の髪、
私は白い煙の中に彼女をじっと見ていた。

第6回1000字小説バトル
Entry37

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足音

作者 : イサム
Website :
文字数 : 926
  暗い部屋の中で、1本のロウソクが母の遺影の横に置かれた靴を
照らしている。ゆらゆらと揺れる部屋の中で、その靴は確かな存在
感を持って、僕に何かを語りかけていた。その声を聞きもらさずに
済んだのは、以前にもロウソクの灯りの中で、靴を眺めるという経
験をしていたからだろう。
 どこの家庭にも子供の成長の足跡が残っている。それは写真であ
ったり、ビデオであったり、柱の傷であったりする。けれど家の場
合は、少し違っていた。靴が僕の成長の足跡だったのだ。母は毎年
僕の誕生日になると靴を買ってきて、1年毎の変化を眺めては喜び
を確かめていた。
「もう大きさは去年と変わらないわね」
 17歳になった僕は、身長も去年とほとんど変わらないと言った。
その言葉を聞くと、母はどういう訳かいつも以上にうれしそうな笑
顔を見せた。
「大きくなるはずだった部分は、どこへいったのかしら」
 僕には母が何を言っているのか分からなかった。僕はすでに17
0センチを越えていたし、体重だって70キロ近くあり、死んだ父
よりも大きくなっているのは確かだった。
「どんなふうにかたちを変えたのかしら」
 聞き返そうとする僕を制するかのように、母は靴に向けたのと同
じ笑みをこちらに向け、火を消しなさいとつぶやいた。
 あれから、もう3年が過ぎようとしている。病気がちだった母は
僕が高校を出た夏に、風邪をこじらせ肺炎を起こし、あっという間
に逝ってしまった。もうこんな儀式めいたことを続ける必要はなか
ったのだけれど、19年もの間続けてくれた、母なりの祝い方を途
切れさせるのはなんだか悪い気がして、僕は自分で20個目の靴を
買ってきた。いや、悪いという言い方は少し違うかもしれない。今
僕はこの靴に、全く違う意味を見ている。母の足跡を見ている。こ
の靴は僕の成長の証ではない、母が生きていた証なのだ。たとえ、
こうして靴を眺める意味を僕が塗り替えたとしても、母は怒りはし
ないだろう。むしろ喜んでいてくれるように思う。
 僕の成長を、靴の大きさで眺め続けた母は、その変化に何を見て
いたのだろう。僕に何を見せようとしていたのだろう。全ての答え
は、あの日見せた母の笑顔の中に隠されているような気がするけれ
ど、今の僕には何も分からない。
 僕はロウソクの火を消してみた。そして、もう1度点けてみた。
僕の微かな期待を裏切り、靴は歩き去ることもなく、静かにそこに
止まっていた。ゆらゆらと揺れるロウソクの炎は、照らし出された
靴を揺らし、額縁の中の母の笑顔をも揺らしてみせた。そしてその
揺らぎは次第に僕の中で、いつか耳にした穏やかな響きに近いもの
に変わっていった。

第6回1000字小説バトル
Entry38

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構え

作者 : 雲竜
Website :
文字数 : 952
 同級生の和田愛子に、「当たって砕けろ」の精神で告白した俺は、
ものの見事に砕け散ってしまったのだった。
 自分という人間が否定された気持ち。
 相手がいくら言葉を選ぼうとも、そんな気分は晴れる事はなかった。
 だが、俺には唯一の趣味、空手があった。
 憂さを晴らすように俺は稽古に励み、一念発起してオープントーナ
メントに出場する事にしたのだった。
 強い者、勝った者が絶対の世界だ。
 だから、俺は空手が好きだった。

 ルールは、中段はライトコンタクトで直接打撃可能、上段は寸止め。
 地方のオープントーナメントらしい、大雑把なルールだった。
 試合開始。
 相手は、上沼という同い年の高校生だった。
「おらぁっ!」
 俺は地面を蹴って飛びこみながら上段に突きをぶちこんだ。
 上沼は防具の上からとはいえ、モロに突きを受けてのけぞった。
「止め!白、反則注意!」
 これで上沼は戦意がなえるか、逆上して荒っぽい攻めをしてくるか
のどちらかだろう。
 俺の作戦だった。
 戦意がなえれば、追いこんで次々とポイントをとってやる。
 攻めてくるなら、カウンターをとってやる。
 ところが、上沼はどちらでもなかった。
 俺がどんなに荒い攻めをしても、直接顔面を叩いてこなかった。
 堂々とした構えは崩れる事は無く、的確に突きは寸止めをし、蹴り
は当たった事だけをこちらに伝えるライトコンタクトだった。
 ローキック気味の足払いを仕掛けても、それは変わらなかった。
 試合は僅差で俺が勝った。
 上沼は結局、一発も強打を当ててこなかった。

 俺は、礼の後、上沼を視線で追っていた。
 その視線は、やがて何と和田愛子をとらえたのだった。
 和田は、俺と目が逢うと小さく頭を下げ、そして、上沼にタオルと
一緒に、ぱちぱちとかわいい拍手を送ったのだった。
 そうか……
 俺は、今ごろになって、和田愛子が俺を振った理由がわかったよう
な気がした。
 上沼と付き合っていなかったとしても、和田は俺という人間を選ば
ないような気がした。
 和田は、上沼により沿うようにして、観客席に戻っていった。

 出なおしだな。
 二回戦のコートに向かいながら、俺は武道場の窓から見える青空に
目をやり、妙に力が抜けているのを実感し、上沼の、あの堂々とした
構えを思い出していた。
 和田愛子が選んだのは、あの構えに違いなかった。
 俺自身は、これからどんな構えを作っていけるのだろうか……

第6回1000字小説バトル
Entry39

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イントレランス

作者 : トク
Website :
文字数 : 902
 重力と呼ばれる刑罰により地に縛り付けられ、はいつくばり、こ
の俺が思うことはいつも白き輝きのもとに映し出されるきらめきの
支配者。なぜあなたはこの俺に無能というロゼリオを背負わせるの
か。弱さと、愚かさと、脆さと、拙さと。
 この身を、白き影のごとく取り巻く世の真実。黴により蝕まれ、
錆び付いた釘を打ち込まれ、無能という重たい鎖につながれ、一寸
たりとも伸ばすことが許されない手で少しでもそれに触れようとす
る。届かないことはわかっている、いや、わからされている。

 少し一人にしてくれないか、俺の側でいつもニヤついているもう
一人の俺よ。そう、貴様だ。

 俺は深く、永遠とも思われるほど長く、瞼を閉じ、心のうちに映
し出される古い人形を見つめる。そう、これが俺なんだ。たとえわ
ずかな振動でさえ崩れ去ってしまうほどに、時という冷酷な処刑者
により蝕まれた一体の人形。俺はその人形を、あたかも母親がその
胸に赤子を抱くかのように大切に抱えあげ、無明の闇の中にいる番
人どもにむかってこう叫ぶ。
「笑いたければ笑うがいいさ、どうせこれも本物じゃないんだろう」
 俺は走った。息が切れ、手足の力は抜け、血が体の中で固まり。
死体さながらに俺は走った。しかしすぐに孤独という番犬が追いつ
いてきて俺の喉元に食らいつき、俺はその場に倒れこみ、そして泣
いた。

 俺の涙は闇を穿ち、そこからは黒い血に染まった、一本の白い柱
が伸びてきた。

「さあこれを昇るがいい。そうすればその先には貴様の望んでいた
輝きの果実があるであろう」
 俺は一心不乱に昇った。手の爪は剥げ落ち、足の指は折れ、胸の
皮はむけ。全身が血の洗礼を受け、ようやく上にたどり着いた時に
は、その果実は既に輝きを失い、醜く朽ち果てていた。
 しかし俺はためらうことなくそれを口一杯にほおばる。それが俺
のとり得た果実であるからだ。すると全身の傷からたちまちのうち
に緑色の黴が湧き出し、俺の体を腐らせる。骨は砂のように脆く崩
れ去り、体はその自らの重みに耐え切れずにその場に崩れ落ち、瞳
は水分を失いしわだらけになり潰れる。それでも俺は生きていた。
そして、生きている以上は会わねばならなかった、そう、あの方に
である。

 きらめきの支配者よ、一体あなたはどこまで残酷なのか。この私
に、希望という毒までも盛ろうとは。

第6回1000字小説バトル
Entry40

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宝くじ

作者 : TAKUTO
Website :
文字数 : 999
 宝くじが当った。一億円。嬉しい。うれしい。すご〜く、嬉しい。
…嬉しい。
 この金を元手にやってみたい事があった。ひょっとしたらもっと
多くなるかも知れない。勿論無くなってしまうかも知れないが、く
じが外れたと思えば…。(ちょっと惜しい)

 私の欲しい物を商品化する。
 ウォークマンが出る前に、カセットを聞く携帯用の機械が欲しい
と思っていたのを始めとし、色々なヒット商品と呼ばれる機器を発
表前から欲しいと思う事が多かったのだ、馬鹿には出来ない。
 今回の商品は作るのが簡単だから、発売のスピードだけの問題に
なる。金額的にもラインに乗りさえすれば、充分採算が取れる。

 今欲しいのは、携帯に付けるストラップで、受信した時に録音し
ておいた音や声が流れる様になるものだ。簡単に言えば玩具につい
ている録音再生のチップを少し高性能にして、受信時の電波で自動
再生するという単純なものだ。勿論録音や再生のボタンは付ける。
 自分で録音するから、CDからの録音も可能だし、『電話だよ』
なんて声で着信を知る事も出来る。受信レベルの調整であらゆる携
帯PHSに使用可能だから、女子高生を中心にヒットするはずだ。
 彼女たちの事だから、携帯ストラップとしてではなく、違った使
い方を考え出すかも知れない。そう、インスタントカメラの次は、
録音再生のストラップさ。

 私は製造と発売をしてくれる会社を探した。素人の私が手を出し
て儲かる世界でない事は判っている。資金限度は一億円。儲けの何
割かを支払い、その会社に全て任せてしまうのだ。
 そして私は中堅どころではあるが、協力してくれる会社を探し当
て、商品化に漕ぎ着けた。
 しかし簡単にはいかなかった。私のアイデアは他社へ売り込まれ、
発売一週間前というところで、他社のTVCMが流れた。

 先行発売された他社製品は、操作性を重視し、熟年層の女性をも
ターゲットにしていた。録音機能を使って携帯のメモを撮るという。
操作が判らない又は覚えようとしない人達に、使い易いボタン操作
一つだけの録音機能を「ウリ」にしていた。「2個目もどうぞ」と
いう訳だ。
 しかも、アイドルの声を事前に録音してあるバージョンも同時発
売された。

 他社の発売先行で、頼んでいた会社は損をしないうちに手を退き、
資金回収も出来ず、一億円は消えた。


 宝くじを前に目が覚めた。良かった。夢だった。私はにこにこ顔
で、当りの確認をした。

 はずれていた。

第6回1000字小説バトル
Entry41

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ひも

作者 : リンゴ太郎
Website :
文字数 : 622
あなたにお金をどれだけ使っただろう
私は,あなたのためにお金を使っているの,
それとも私のために使ってるの? 

あなたのために買ったものはこの部屋にひとつもない
私はあなたのために買ったんじゃない
あなたの物を買ったのよ,
でもあなたはいつも黙ってる。
母はもうやめなさいという,
でも周りのみんなもやっている
それにあなたが今の私の生き甲斐,
何の見返りもない奉仕,それが私の生き甲斐

友達とあなたの話をする私
友達にあなたの事を自慢した。
あなたの趣味のスノボーも始めた、
すべてをあなたに合わせ
あなたの理想になろうとした。

部屋の明かりを付けるとあなたがこちらを向いていた,
あなたはなにもいわないし、私もなにも話さない、


私はあなたと話したい。

あなたの事をこれだけ好きなのに,どうしてわかってくれないの
私にばっかりにお金を使わせ,
いったいあなたは私の何なの

8時にセットしたビデオが録画を始め,
テレビの電源をいれるとブラウン管に写るあなたの姿
スピーカから聞こえてくる声を一語一句もらさず聴く私
9時になるとあなたの声はもう聞こえない
あした発売のCDを買うために,私は財布にお金を入れた

財布を閉じて見るあなたの顔はいつもより笑って見えた。

ビデオの巻き戻しが終わり
再生ボタンでブラウン管に写るあなたは,
私のことなど知らない,知る余地もない。
私はあなたのことを知りすぎた、
あなたの歌を聴きながら
壁に貼られたポスターの中のあなたを見つめる私
ブラウン管の中のあなたは輝きながら歌ってた。

第6回1000字小説バトル
Entry42

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なんてこった。

作者 : 一之江
Website : http://www05.u-page.so-net.ne.jp/qd5/s-kumiko/
文字数 : 1000
 冗談じゃないよ、まったく。馬鹿にするのもいい加減にしろ。あ
あ、もう随分乗ってくるなあ、大手町か。大体ねえ、あたしをおば
さんだと思ってなめきってるね。飲みに行こうだあ? 金も無いく
せに誘うんじゃないよ。あたしだって、これでもまだまだ男には不
自由してないんだから。電話一本で呼び出せると思ったら大間違い
だって言うの。断られて当然なんだよ。人の気も知らないで。
 何? 新お茶? 何が新お茶だよ。大体何なんだ、新お茶の水っ
て駅名は。「新」つけりゃいいってもんじゃないんだよ。「新」じ
ゃないんだからさあ、もう。それに何? 乗り換えられる駅の名前
がなんで「淡路町」と「小川町」なんだよ。何のつながりもないじ
ゃん。乗り換えられるって分からないじゃん、それじゃ全然さあ。
何考えてんだ、まったく。都営と営団の二人揃って、頭悪いんじゃ
ないのお?
 ああ、ちょっと押さないでよ。降りるよ、降りりゃいいんでしょ。
あ、降りちゃった。あ。もう。しょうがないなあ。ああ、ちょっと
邪魔邪魔。ちんたら歩かないでよ。ほら、歩かないなら左に寄って
よ。ああ、ああ、何なんだよ、このエスカレーターは。なんだなん
だなんだなんだ、なんでこんなに長いんだよお。はあっはあっ。な
んでこんなのが必要なんだよお。ああ、もう。何? まだあるのお?
 いい加減にしてよお。はあっはあっ。

 ああ、ちくしょう、いやがるじゃないか。はあっはあっ。
「遅いって、あなたねえ。はあっはあっ。断った筈よ。はあっ」
 なあにい? なんて言い種だこいつ。
「あのねえ、はあっ。おかしいと思わないの? 女房子供に金が掛
かるからって、はあっ、なんであたしが犠牲払わなきゃならないの?」
 そうよ、そうでしょ?
「酷いことしてるのよ、あなたは。女房にもあたしにも。心苦しい
と思ってるの? 少しは」
 そうよ。酷い。駄目だっていうのに。
「それでも会いたいのかっ。そうなのかっ」
 あ。
「よし、わかった」
 え。何あたし。
「二回いかせてもらうわよ」
 ちくしょう、笑いやがったよ。
「努力だあ?」
 馬鹿だ、あたしは。
「うーん、よし。じゃ待っとれ。こっちも手持ちがないんだから」

 なんだなんだなんだ、何をしてるんだあたしは。なんて女だ。いけ
ないっちゅうのに。なんでATMなんかに入ろうとしてるんだよ。キ
ャッシュカードなんか取り出してさあ。
 ああまったくもう、なんでこんな時間まで開いてるんだよ、住友銀
行っ。

第6回1000字小説バトル
Entry43

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優勝方法

作者 : 苦楽
Website : http://member.nifty.ne.jp/INU/
文字数 : 935
 O書房という掌編小説のコンテストを行うホームページがある。
毎月100人ほどの参加者がいて、人気投票により優勝者を決定す
る。優勝賞品は毎月かわり、前回は「沖縄産さとうきび」だったし、
その前は「鹿児島産さつまいも」だった。私は優勝賞品が特別欲し
い訳でも欲しくない訳でもなく、ただ人より誇れるものが欲しくて
はじめた。3回ほど参加したのだが、どうも納得がいかない。つま
らない作品ばかり優勝するし、私の作品にいたっては1票さえも入
らない。そこで私はいろいろ試行錯誤しながら、コンテストの歴代
の優勝者や準優勝者の作品を見て投票されやすそうな作品を投稿し
た。
 しばらくして全作品が公開された。115作品を3日かけて読ん
だ。なかなかの傑作揃いだ。私はすべての作品の感想を自分のホー
ムページに公開することにした。だが普通に感想を書きはしない。
感想は少なからずとも投票に影響を与えるからだ。優勝しそうな作
品は可もなく不可もない感想を述べておく。絶賛するとそれに影響
され投票してしまう人がいるし、ボロクソに貶せばそんなに悪くな
いのにと投票する天邪鬼がいるからだ。そして投票状況により僅差
で自作品が優勝を逃すことを考え、つまらない作品に投票した。
 とうとう優勝者が発表された。優勝作品を見て私は驚いた。優勝
作品は私の作品ではなかったのだが、そんなことは慣れたこと。驚
いたのは私の投票した作品だったことだ。納得がいかな過ぎる。か
といって私の投票した作品が優勝したのだから誰に文句を言える筈
もない。あんな駄作が優勝するなんて不思議でしょうがなかった。
参加者何人かで協力しあって、自分達の作品の中からひとつ選びだ
し投票しているとしか思えない。

 あっ――その手があったか。

 私がそれをやればいいのだ。とにかく一度優勝してみたい。実力
など後から付いてくるものだ。さっそく私はこの名案を実行するべ
く、ひとりの参加者に冗談っぽく「こんなこと考えた」とメールを
打って送ったみた。彼ならその内容の意味を理解してくれるだろう。
以下はそのメールの返信である。

 あなたならその内に気づくと思っていました。私の予想では、あ
なたは4回後の優勝者になるでしょう。次大会は○□△様が優勝さ
れると思います。その次の大会は……。

第6回1000字小説バトル
Entry44

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ひろしくんのコロッケ

作者 : 野原たんぽぽ
Website :
文字数 : 968
 クラスのいじめっこのだいちゃんに、「ひろしってさあ、いつもの
ろまでぐじぐじしてしててむかつくよなー。おまえもそうおもうだろ?
ひろしと口聞くんじゃねーぞ」て言われて、ぼくは「うん」てうなず
いた。だいちゃんはいつも子分みたいな仲間をつれて意地悪をするの
でいじめられたくなかった。

 その日の放課後ひろしくんは、僕の所へきて「一緒に帰ろう」と誘
ってきた。だいちゃんが見ているので僕はひろしくんを無視すること
にした。
 ひろしくんは寂しそうな顔をして1人で帰っていった。
帰り道だいちゃんたちがみんなで帽子を取り上げたりしてひろし君に
いやがらせをしていた。
 家に帰るとおかあさんにおつかいをたのまれた。おかあさんといっ
しょの工場で働いているひろしくんのおかあさんからきょう遅くなる
から晩御飯のおかずを預かってるということだった。
 おつかいの大きな包みは匂いでコロッケだって分かった。

 ひろしくんの家にいくと部屋の中が賑やかだった。ドアを開けると、
同じアパートの小さな子達がひろし君ちの部屋に集まっていた。そこ
でひろし君はみんなに絵本を読んで聞かせていた。黄色い電球の下で
上手に絵本を読んで聞かせるをひろし君はすごくかっこよくみえた。
反対にぼくは自分が恥ずかしかった。
思い切ってコロッケを渡すとき「今日のことごめんね」と謝った。
「ぜんぜん」といってひろしくんは笑ってくれた。
僕はもやもやしていた胸の中がすっきりした。
 ぼくが帰ろうとすると「とおるちゃんもいっしょにコロッケ食べよ
うよ」とさそってくれた。ひろし君の小さい仲間と食べたコロッケは
少しさめていたけどおいしかった。ぼくは明日だいちゃんにいじめら
れてもひろし君といっしょに帰ろうと思った。

 次の日の放課後ひろしくんが誘ってきてくれたときぼくは、勇気を
出して「いいよ」というとだいちゃんが「とおるの裏切り者」といっ
てつっかかってきた。
 僕は思い切って「だいちゃんが弱い者いじめやめるまでだいちゃん
と口聞かない」というとだいちゃんにシャツの胸を掴まれた。殴られ
ると思ったとき副委員長の青木さんが「止めなさいよ、わたしもだい
ちゃんともう口きかないから」といった。だいちゃんは「ちぇ」とい
うとみんなとつまらなそうに帰っていった。
 その日は青木さんとひろしくんと僕の三人で帰った。夕焼けがすご
くきれいだった。

第6回1000字小説バトル
Entry45

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えんどう

作者 : 野原たんぽぽ
Website :
文字数 : 996
  学校から帰ると、母から、晩のおかずにえんどうを摘んでくるよ
うにいわれた。ざるをもって畑まで出かける途中、かずちゃんが神
社の石段でおかっぱをセーラー服のスカートにうずめて泣いていた。
 かずちゃんは僕より三つ年上で中学に通っている。僕は近寄って
声をかけた。
「かずちゃん、どうしたの?おなかが痛いの?」
かずちゃんは涙でまだらになった顔を上げると「ううん」とかぶり
をふった。
僕は「学校でいじめられたの」
と聞くと今度は遠くを見たまま返事がない。
僕はかずちゃんのとなりにだまって腰をおろすとかずちゃんの視線
を追った。

 石の狛犬が宝珠を踏んで向こうを睨んでいる、その宝珠の下の方
に小さな穴が開いている。そこから蟻が這い出してくる、這い出し
た蟻はちりじりに広い世界に散って行く、またその穴に吸い込まれ
ていく行列がある。その行列は台座から石段の脇の大蛇のようにう
ねった榎の根っこの方から続いている。その行列の中程に揚羽蝶の
羽根が引かれている。
 僕は立ち上がると半ズボンのおしりをぱんぱんたたいて「かずち
ゃん一緒にえんどうとりに行こう」というとかずちゃんは、
「しんちゃんのあまえんぼう」といって立ち上がり、スカートにつ
いた土を払った。

 畑は神社の裏の桑畑の南にある。えんどうは、二人でつむとすぐ
にざるいっぱいになった。
かずちゃんが
「ちゃんとすじをとらんといかんよ」といって右手だけで器用にえ
んどうのすじを取りはじめた。
ぼくはしばらくその指の動きを見ていた。
「右手だけで上手やね」というと
かずちゃんの表情が急に曇った。

「わたし・・・こんな体やで、結婚できんのやよ。一生」

 僕はどうしていいか分からなかった。
 かずちゃんは赤ちゃんのとき病気になって左手が全然動かなくな
ってしまった。力を失った左手は只白く細く肩からぶらさがってい
る。

 僕はたまらなくなって
「そんなことない」というと
「だって料理ができんのやよ、包丁が上手に使えんの、お魚がおろ
せんの・・・」
ぼくは「だいじょうぶや、治るって、治る治る」といってかずちゃ
んの左うでを掌ををさすった。
 かずちゃんは目から涙をぽろぽろ流して「そんな、女ったらしみ
たいなこといって、汚い手でさわらんといて」というので僕も悲し
くなって涙がぽろぽろ出た。かずちゃんは「しんちゃんの泣き虫」
というと右手で僕を抱き寄せた。
僕は一生懸命にかずちゃんの手が早くよくなるように祈った。

第6回1000字小説バトル
Entry46

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あじさいの傘

作者 : 紅 樹
Website : http://www.lares.dti.ne.jp/~tathuki
文字数 : 950
 六月。
 雨の月。
 あじさいの月。
 天から流るる恵みの水は、すべてを静かに優しく包みこむ。
「あぁ、降りだしちゃったよ」
 クラスメートの良絵がぼやいた。
「今日は大丈夫かなーっと思ってたのに…」
「あら、私、雨は好きよ」
 私は、そう口に出した。
 静かに響く雨の音は、それ以外のすべてを覆い隠す。
「恵美が好きなのは木曜日の雨でしょ。木曜はバスケ部、休みだも
ん」
「えー、そんなことないよー」
 良絵がため息まじりでからかうのを、笑ってゴマかす。
「じゃ、今日は先に帰るから。がんばってねぇ」
 良絵は、バタバタと帰り支度を済ませてカバンと傘を抱えると早
々と教室を出て行った。それを見送ると頃合いを見て席を立つ。
「よしっ!」
 深呼吸をして気合を入れると、私は傘を手に下駄箱の方に向かっ
た。


 私が下りて行くと、下駄箱の前で空を見上げてはタメ息をついて
いる人影がいた。幼なじみの明弘だ。梅雨どきだというのにまた傘
を忘れたらしい。
 家が近所で小さいころからの付き合いなのだが、昔からのおっ
ちょこちょいは一向に直る気配はない。
「まいったなぁ」 
 外の雨はいよいよ本降りである。傘なしで帰るのは至難のワザだ。
「仕方ない、入れてってやるか」
 口の中で呟いた。つい、自分の顔がほころんでしまうのが分かる。
「まぁた傘忘れたのぉ、明弘」
 照れ隠しに、冗談めかして言う。
「うるさいな」
「仕方ない、また私が入れてってあげよう」
「いいよ、別に。走って帰るから」
「ほほう」
 私はニヤリと笑う。
「この雨の中を?家まで?風邪ひいちゃうよ」
「うっ」
「次の試合、いつだったっけ?風邪ひいたら試合に出れないよねぇ」
 バスケット部のレギュラーである明弘はこの言葉に弱い。
 しばらく口をぱくぱくしていたが、観念した様に言った。
「分かったよ。入れさせてくれよ・・・」
「よろしい」
 私は笑いながら傘を開いた。
 あじさいのちりばめられた、淡い紫色の傘。
 女の子が持つにしては少し大きめ。二人入っても濡れない様に。
「俺が持つ」
 明弘が傘を奪ってかかげた。
「俺の方が背が高いからな」
 言い訳がましく言う。
「ほいほい」
 私はおとなしく傘に入った。彼のとなり。
「行くぞ]
 二人で雨の中に踏み出した。
 まわりで水滴が踊る。


 六月。
 雨の月。
 あじさいの月。
 傘を忘れるおっちょこちょいの私の想い人。
 だから、私は、雨が大好き。

第6回1000字小説バトル
Entry47

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呼び出し

作者 : HCE
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~nv5y-mngs
文字数 : 968
 自室でキーを叩いていると電話が鳴った。理由もなしに無視する
事は出来ないので受話器を耳につける。女の声だ。間違い電話、と
言うことはなさそうなので、きっと何か俺と関係のある女なのだろ
う。話を聞いてみる。
「今、渋谷なんだけど、終電逃しちゃって。良かったらこれから来
ない」
 きっと俺は彼女に好感を持っていて彼女が終電に乗り遅れた時に
は自分に連絡する様に言っていたのだろう。そうか、もう夜中だも
のな。
 しかも、そう言っておけるという事はお互いの家が、さほど近所
ではないにせよそう遠くもない事にもなる。多分惚れた弱みって奴
か、急いで車に乗り込む。バックミラーに自嘲的に笑ってもみる。
 
 彼女を見付け車に乗せる。もうここは渋谷だ。助手席に乗ったそ
の顔を見て美しさをまた、再確認したりもする。始めて美しいもの
に出会った時さながらの動悸がいつまでも消えない。そうだ、俺は
この美しさに惹かれていたのだ。

「ごめんね、来てもらっちゃって。今日何してたの」と、彼女。彼
女から電話を受け取るまで何をしていたか、という意味だろうが
「キーを叩いている」という行為がPCを使っていたのか鍵盤楽器
を演奏していたのかは、その言葉だけでは確定できない。だから、
キーを叩いていた、とだけ答え誤魔化す事にした。そうだ。俺とし
ては電車に乗り遅れた理由くらいは聞かねばなるまいな。
 何でも会社の友人の関係で数人が集まり合コンのような事で飲ん
でいたという。「エミんちに行っても良かったんだけど」俺へ連絡
したらしい。

 電話が鳴った。彼女が出る。だから俺のではなかったのだ。つま
り彼女の電話という事になる。最初の言葉は「お疲れさまあ」それ
を聞いて俺も何故かどっと疲れてきた。「うん、そう。終電乗れな
くってねえ、今エミとぶらぶらしてるの」相手は男性で今日の合コ
ンに参加した奴なのだろう。何となく腹が立ったが、車が突然クレ
ーンで吊るされているかのごとくぶらぶら揺さぶられ始めてそれど
ころではない。この状況に驚いているのはどうやら俺だけみたいだ。
あれ、後部座席に知らない女がいる。きっとこの女がエミなのだろ
う。バックミラー越しにお互いが気まずく会釈をする。

「しばらくしてからタクシーでエミんちに行こうと思ってるんだけ
ど、え。居ないよ、そんな。迎えに来てくれる人なんてえ」
 俺は消えてしまって以降の事は判らない。

第6回1000字小説バトル
Entry48

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それは先生

作者 : HCE
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~nv5y-mngs
文字数 :
 赤ちゃんのオムツを交換していると年長の子供達が様子を見に来
て、汚あい、と囃し立てた。それをやんわりと諌める。
 うんちをいっぱいする赤ちゃんは、元気で偉いんだよ。皆だって
うんち、するでしょう?
「じゃ先生もうんち、するんだ」と子供達。先生はうんちしないの。
おしっこもしないし鼻水も出ない。こんな言葉にも目を白黒させる
から面白い。
「そんな筈はないでしょう。もう一回調べて下さい」
 残念ですが本当です。早くでオペをしなければそれこそ命に関わ
るかも知れません。
「先生。俺、死ぬんですか」
 そんな事は私がさせません。信用して下さい。
「でも奴等が毎日のように。地上げ屋なんて言ったって本来はやく
ざでしょう。 それにうちには年頃の娘だって」
 なんの為に法律があると思っているんですか。幾ら警察が民事に
介入出来ないとはいえ、私達みたいな法律のプロがいるんです。安
心して下さい。
「ありがとうございます、先生」
 そんな、礼を言われる程の事ではありませんよ。
「いやいや御謙遜を。市井の名士風情ではこうはいきますまい。す
べて先生のお力でうまく事が運びました。次の選挙でも私どものお
力になれる事があればなんなりと言って下さい」
 そういって応接室で頭を下げる。そして私の目を見て一言。
「先生、原稿まだですか」

第6回1000字小説バトル
Entry49

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世界の習れ

作者 : HCE
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~nv5y-mngs
文字数 :
 母趾を絡めながら駆け上がる。数秒で近付いた枝に手を掛け、勢
いをそのまま腕力に加えると軽い身ごなしでその太い枝にしゃがみ、
葉の間から遠くを眺める。
 銅鑼。ゆるやかな提琴は長い。
 向こう、歩く、人、食料、馬、食料、丘、人、人、食料。
 そこから彼は食べ物を連想する。正確には「食べる」という動詞
の概念しか想像はしていない。そのイメージに最も近い翻訳は「食
べたい」の一言になるだろうか。それらは彼にとって、その価値し
か無い。
 尻尾を使いぶら下がると、洋琴が乱れる。彼等が近付いてきたか
らか。篳篥。太鼓。
 一瞬の無重力。圧倒的に側頭部を掴まれ手綱を持っていられず落
馬。頭を岩に潰されながらもただ独り奇跡的に生き残った男の脳障
害による症状は治る事がなかった。
 倒れた男に振り返らず馬車へまろび込む。左の男、装飾の派手な
槍で咄嗟に突き刺す。その一撃を避けての擦れ違いの刹那、尻尾が
男の目を叩き付ける。右手は槍へ左手は髪へ、そして顎は頸動脈へ
正確に伸びる。襟の上からの血を味わうがこれでは空腹が満たされ
る事はありえず、彼にとっては自明だ。
 奪い取った槍は振り向きざまの狙いで刀をまさに打ち下ろさんと
する男の胸に螻蛄首まで吸い込まれる。
「クヌセクイノナレヤ」表情。
 帰り血が左頬に。別にどうという事はないのだが、少しむず痒い
ので片手でもって拭うと顔に一筋の赤が、一文字に走る。化粧は何
かを忘れる為や隠す為にするのではない。視野を変える為にするの
だ。
 銅鑼が大きく響く。

第6回1000字小説バトル
Entry50

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枕が大きくて

作者 : トク
Website :
文字数 : 920
「ちょっと、もっとあっち行ってよ!右半分は私のところでしょ」
「あーん? うるさいな」
「うるさいなじゃない、私の寝るところがないじゃないそれじゃあ」
「くそ、いちいち起こしやがって、むかつくなー」
「じゃあさっさともっと大きい枕買ってよ」
「おまえも半分金出せよ、おまえだって使うんだし」
「いやだぴょん、そんなの」


 こんな会話を交わしたほんの12時間後、直子は、死んだ。
付き合い始めてから約2年が過ぎたある日の昼の出来事だった。


 その日、俺は新しい枕を買って、家に向かっていた。あいつの好
きなトトロの絵が書いてあるやつだ。きっとやつも喜ぶだろう、俺
としてはちょっと買うのが恥ずかしかったが。
 家に着くとなぜか玄関のドアが開いていた。無用心なやつだ。そ
う思いながら家に入り、ドアが開いていたことに文句を言いながら
半分開いた部屋のふすまを開けた。
  
 そこに彼女の笑顔はなかった、あるのはただ変わり果てた彼女の
姿だった。信じられなかった、目の前に横たわっているのがあの直
子だとは。思わず俺は、情けない声で彼女を呼んだ。返事はなかっ
た、当たり前だった。しかし俺は何度も何度も彼女の名前を呼んで
みた、帰ってくるはずのないその返事を期待しながら。しかし明ら
かに彼女は死んでいた、それは俺の目にも明らかだった。しかし信
じたくなかった、信じればそれで終わりだという気がしてならなか
ったのだ。しかし現実は非情にも、俺のその期待を裏切ってくれた。
 警察の話では犯人は駐車場に面した部屋の窓から侵入し、直子の
寝込みを襲ったらしい。だから部屋の中もあまり乱れてないし、直
子自らが苦しさに耐えかねてつけた首の引っかき傷を除けば、あま
り体に外傷がないらしい。そして犯人は、彼女の首をしめて殺した
後その体を性欲の掃き溜めとし、その後俺の家を後にしたのだ。彼
女の膣内から犯人のものと思われる精液が見つかったらしい。
 そんなことは俺にとってどうでもよかった、もちろん犯人に対す
る憎しみで気が狂いそうになることもしばしばあるが、たとえ犯人
を殺したところで、もう彼女は戻っては来ない。
 警察で取調べを受けた後、俺は一人彼女のいない家に戻った。

 その日俺はわざと古い枕の真中に頭をうずめてねた。彼女により
ふたたび起こされることを期待しながら。しかし次の朝、誰にも起
こされることなく俺は目を覚ました。側には買ったばかりの新しい
枕がある。
 
 今日これを捨てよう、と思った。

第6回1000字小説バトル
Entry51

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四角い父さん

作者 : 越冬こあら
Website :
文字数 : 997
 四角い家には四角い父さんがいた。四角い父さんは昔、丸い母さ
んと結婚した。四角い父さんと丸い母さんの間には、隔世遺伝も手
伝って、三角長男、丸長女、四角い次女の三人の子供がいた。

 四角い父さんは、丸い母さんが自分と違うと分かっていながら結
婚したくせに、もっと言えば、自分と違う部分にひかれて結婚した
くせに、四角い床を丸く掃くような丸い母さんのやり方が、場合に
よっては気に触り、腹を立てては文句を言った。文句を言われた丸
い母さんは、「そう言われても丸い私は変わりません」と、口に出
したら喧嘩になるので、心の中でつぶやいて、丸く納めていたのだ
った。そうすることが常だった。

 四角い父さんは、丸い母さんも含めて、自分の周りの人間関係に
気を使っていた。そして、持ち前の厳格さで、自分をも客観的に判
断したつもりになって、人間関係がギクシャクしないよう、できれ
ば角を取りたいと努力を重ねた。しかし、四つの角を削るのはたい
そう骨が折れるのだった。そして、「俺は、毎日こんなに努力を重
ねているのに、おまえは、少しも努力をしない。お前は何にも分か
っちゃいない」と、丸い母さんにともすれば辛くあたるのだった。

 丸い母さんは「そういわれても、丸い私は削る角とて無い身だし」
と、口に出したら喧嘩になるので、心の中でつぶやいて我慢した。
丸は内圧にも外圧にもたいへん強い形状なので、じっと我慢が続く
のだった。

 四角い父さんもしかし、怒ってばかりいるわけではなく、昼間は
会社で働いた。四角い会社の四角い部屋で、四角い机上の四角い画
面を眺め、四角いキーを打ったりしていた。

 四角い父さんは、インテリゲンチャであったので、四角い会社が
集まって、四角い街を作り出し、四角いだけの考えが丸くなれずに
押し合いへし合い、収まりきれずにはみ出して、丸い地球を汚した
りしている由々しき現実も十分理解しているつもりでいた。

 大切なのは調和だと、四角い父さんは考えた。四角に丸の旗の下、
三角、四角、丸、五角、色んな人が集まって、みんな平和に生きる
には、理解と調和が大切と、四角い父さんは考えた。そして大いに
満足した。四角い窓からはもう、丸い月が覗いてた。

 蛇足だが、三人の子供は、上から三角、丸、四角で、チビタのお
でん三兄弟なのだった。

 丸い母さんは、うたた寝を始めた四角い父さんに四角い毛布を掛
けてから、丸い電燈の灯を消した。

 これでいいのだ。

第6回1000字小説バトル
Entry52

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子供の頃の夢

作者 : こむこむ
Website : http://ww2.tiki.ne.jp/~ikuta232/
文字数 : 803
「小学生の頃って何になりたかった?」
 前触れもなく圭太が言った。
「どうしたんだよ、こんな時に突然」
「お前ら、わかってんのか!」
 課長の声がそれを遮る。今月に入って何度目の説教だろうか。営
業成績が落ちているのは気合いがたらんからだと、いつもの決まり
文句が始まった。気合いで物が売れればそんなに苦労はしない。言
わせてもらえば、せめて売れそうなものを作ってくれ。全自動蒲団
叩き機なんて、どこの誰が買うんだ。
「俺、歌手になりたっかったんだ」
 圭太が呟くように言った。
「小学生でか? 普通は野球選手とか、学者とかだろ、それから金
持ちになりたいって奴も多いよな。女は花屋とケ−キ屋だな」
「いいか、必要があって商品があるんじゃない、商品があって必要
を作るんだ!」
 課長の声が大きくなる。後30分は終わらないな。
子供の頃の夢を叶えることのできる人間っていったい何人いると思
う?」
 それでも圭太は話をやめなっかった。
「なりたい職業となれる職業の区別がつくのが大人ってもんだろ」 
「俺達、いつから自分の能力や才能に見切りをつけるようになった
んだろう?」
「俺は高校の頃かな、期末試験で、すっげえ勉強したのに順番が20
番くらいしか上がらなったんだ。その時、俺は自分を諦めたね。夢
を見るってことは自分自身を諦めないことなのかもな」
「そこ、聞いてるか!」
 課長が僕らのほうを見る。
「はい、聞いてます」
「いいか、わしが新入社員の時は」  
 また課長の昔話が始まった。いつものパタ−ンだ。
「諦めないか、難しいな」
「そうだな」
「もう一度、夢を見る権利はあると思うか?」
「権利はあるさ…権利だけは」

 次の日、圭太は会社を辞めた。
 僕は相変わらず課長に怒鳴られながら、売れもしない商品の営業
に行っている。
 この間、小学生の頃の卒業アルバムを久しぶりに開いてみた。そ
こにはこう書いてあった。

 大きくなったらウルトラマンになりたいです。

 僕の夢は叶いそうにない。

第6回1000字小説バトル
Entry53

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コインランドリー

作者 : ヒイラギ カイ
Mail :
Website :
文字数 :
コインランドリー。
いつものように私はあそこに行く。歩いて5分ほどの、小さなコイ
ンランドリーだ。6時すぎは人がまばらで、どこか別の空間のよう
だ。
私は、まるい窓を開け、洗濯物を入れる。一つ、二つといれ、蓋
を閉め、コインを入れる。近くにあった雑誌をを手に、座ろうと
すると、ひとの気配を感じた。
彼だった。
彼は相変わらずシャツにジーンズという姿で現われた。彼は決ま
って、手前の窓を開ける。この日も同じ窓。
洗濯物が入れ終わると、いつものように煙草に火をつける。
しかし、いつもと違ったのは、彼女が現われたことだ。

彼女は険しい顔付きで、この空間に入ってきた。
「あなたは何を考えているの。わたしはどうでもいいわけ?」
彼は黙っていた。まるで苔の生えた岩のように。
彼女は一方的に声を荒げるだけで、彼はただ、床を見つめている。
ようやく口を閉ざした彼女は、彼の頬に自分の手をかざそうとし
た。しかし、それよりも先に、彼の手がきれいに弧を描いて、彼
女の手を捕らえた。
 そして彼女と彼は止まった。

私が我にかえったのは、けたたましいブザーのせいだった。
持ってきたバックに洗濯物をつめながら、ちらと彼を見る。
彼は子供をあやすように、彼女に寄り添う。
それは紛れも無く、あの二人の姿だった。
私は洗濯物を確認して、彼らの横をゆっくりと過ぎて行った。
少し歩いて、後ろを振り向いても、彼らの姿は二つ、くっきりと
影が伸びている。

帰りにコンビニに寄り、いつも飲まないビールを買った。
店を出て、空を見上げると、オレンジ色がまばらであることに気
がついた。
私は、家へ帰らず、近くの公園で足を止めた。
「彼は彼女が好き・・・なんだ。」
口にだしてもどうにもならない。分かっていたはずなのに、つい
口にしてしまう。言えば言うほど、下らない言い訳が聞えてくる。
彼ハ彼女ガ好キ。イイジャナイ。ドウセ話モシタコトモ無ンダカ
ラ。
ビールは相変わらず私には美味しくない。

第6回1000字小説バトル
Entry54

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海とロビン

作者 : 紺詠志
Website : http://www.geocities.co.jp/HeartLand/7945/
文字数 : 1000
 ギッチョンギッチョンと音がするので、僕は目をさました。どう
せロビンだろう。うるさいやつだ。
 居間へ向かうと、はたしてロビンだった。
「イヤー、スゲー、スゲー、海ッテスゲー!」
 ロビンがソファーの上で踊りながら、カタカナでわめいている。

 できそこないだった。生まれた時からポンコツだ。モノ好きな親
父が旧友のロボ屋から、不良品をタダでもらってきた。
 ポンコツとはいえ、ロボットだから、すこしは役にたつだろう。
そう親父は思ったのだが、ちっとも役にはたたない。朝刊をとって
こいといえば、ドアのノブをもいで持ってくる。それでも粗大ゴミ
に出すには気がヒけて、まあ動物を飼うより安上がりだろう、とい
うことで、電気代を食いながら僕の家に暮らしている。

 テレビには、怪物が出たとかいうワイドショーで、どっかの海が
うつっていた。ロビンはそれを指さして、表情はかわらないけど、
大きな動作で、さかんにスゲースゲーを連呼している。
「うるさいな。そんなにスゲーの? 海」
「スゲーヨ。ダッテ、青イ、広イ、シカモ全部ガ水ナンダ。青クテ
広イ水ナンテ、スゲーナー、海ッテ」
「そうか。見に行こうか? ホンモノの」
「ワー!」
 ちょうどバイトもクビになったところ、時間はクサるほどあった。

 原チャリのケツにロビンを積んで、僕らは海に向かった。しきり
に海ハマダカ海ハマダカと、バランスをくずそうとする。危ないか
ら黙ってろ、と注意しても、ロビンはポンコツだから、言うことを
聞かない。

 夏とはいえ、平日のせいか、浜辺はガラガラにすいていた。
「青クテ広イ水ダ! 海ダ! ワーワーワー!」
 ロビンは浜辺を走り回った。転んだりもした。それをバカバカし
く見ていた僕に、ロビンは言った。
「ナア、海ニハイッテイイカイ?」
「だめ。おまえ、防水じゃないじゃん」
 僕は靴とシャツを脱いで、海に入った。泳いだ。クロールとか、
バタフライとか。塩水をのんでウヘーとなったりしたあと、あおむ
けにプカプカと浮かんで、ロビンを気にした。浜辺でまだ、スゲー
スゲーとはしゃいでいる。早く海に入ってこい。ほんと、役にたた
ないロビンだ。電気クラゲぐらいじゃ、ヒトは死ねない。

「おい役タタズ、そろそろ帰ろうぜ」
 浜にあがって声をかけた。
「役たたずジャナイヨ。ろびんダヨ」
 ロビンの頭をひっぱたいたら、濡れた手からジュッと煙があがっ
た。照りつける太陽を見上げて、僕は太陽ってスゲーと思った。

第6回1000字小説バトル
Entry55

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逆転

作者 : リツコ
Website : http://www.sol.dti.ne.jp/~photo
文字数 : 990
 女に会いにいく。
 夫が、単身赴任先で、浮気をしている女だ。
 こともあろうに、私と別れて、その女とやり直したいと言ってき
た。あんな面白くもない夫に、よく女が作れたものだ。どうせ、大
したことのない女だろうと、自分に言い聞かせながら、駅を出た。
「…あの?」
 地味なパッとしない女が声をかけてきた。
 この女か。反射的に殴りそうになったが、みっともないまねはし
たくなかった。右手が動こうとするのを、ぐっと抑えた。
「ええ、あなたね。主人の…。ここではなんだから、お茶でも飲み
ながら、お話しましょう」
 頭を冷静にしなくては、そう思いながら、女をじっくりと観察し
てみた。髪を、茶色のバレッタで一つにまとめ、はれぼったいまぶ
たに、薄い唇。私よりも五歳若いらしいが、そうは見えない。
 なんだ、心配して損だったわ。
 夫も私を反省させるために、あんな事を言ってきたんだわ。
 きっと、そうだわ。熱い紅茶を飲みながら、私は焦りも怒りも消
そうとした。そして、それはうまくいきそうだった。
「ねえ、主人が何をいったかは知らないわ。でも、もう終わりにし
てくださらないかしら? 私にしても、遊びとはいえ、主人に女が
いるなんて、ねえ?」
 親しみを込めた微笑を作った。女の顔は、変らない。おだやかに
コーヒーを飲み、欠伸をひとつした。なんて女なの。人がこうして
下手に出ているというのに、反省の色も見えない。少しイライラし
てきた。私は、小切手の入った一枚の封筒を出した。
「どうかしら、これですっぱりと別れていただけるでしょう?」
 女の顔が、崩れた。泣くかと思いきや、笑いだした。
 やはり、ね。お金でカタがつくような女で良かったわ。そう安心
したとたん、女が口を開いた。
「その手切れ金は、奥様のものですわ。あの人から、そう伝えるよ
うに言われました。それと、奥様も遊びが過ぎますわ」
 そう言いながら、女は鞄から何枚かの写真を出した。
 そこには、私が何人もの男に抱かれている姿が写っていた。

第6回1000字小説バトル
Entry56

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少年

作者 : 瓜生瑠璃
Website : http://www.ky.xaxon.ne.jp/~sinta/
文字数 : 1000
 ネオンの明かりが伸びた先にある橋の袂から川辺リを眺めれば、
幼い頃の俺がそこに居た。あの少年の瞳が見つめる先にある川のせ
せらぎに幼き日の幻影を重ねあわせるように、俺は今まさに思い出
を取り戻そうとしていた。

 思い出は川の風景、にわかに声を掛けられて振り返ると少年が後
ろに立っていた。屈託のない笑顔が向日葵のようだった。ランニン
グシャツに半ズボンを履いていて、僕と同い年くらいだったその少
年は、ザリガニの穴に手を入れながら色んなことを考えている僕の
ことを気がかりになったんだろうか、蝉の音が耳障りなくらい泣い
ている中、横に座り一緒に穴を覗きこんでくれた。
 思い出は少年の一生懸命な姿、少年に「どうしたん?」と尋ねら
れて「とうちゃんに叱られて家から放り出させて家に返りそこねて
るんや」と言ったら、少年は自分の事のように悲しい顔をしてくれ
た。そんならザリガニを探したるわと力強く言って小さな背中を向
けて一生懸命になって二人して穴に手を入れた。
 日が差してきた頃、麦わら帽子を被るというと、少年は持ってな
いと言ったので貸してあげると言ったら照れて頭を掻いた。そして
少年は川向こうを指差した。青々とした緑の向こうに水色がせめぎ
あっているのを見て少し怖くなった。少年は「暑いやろ」といって
シャツを脱いで水の中に飛び込んだ。そして向こう岸めがけて泳ぎ
始めた。

 影が差して暗くなった部分に水に預けた少年の体が届くのを見て、
僕はその瞬間、暗闇に吸い込まれるような気がして、後を追うよう
に水に飛び込んだ。
 「どこなん?住んでいる家?」二人して向こう岸に渡り、お互い
の事を語った。少年は言いにくそうな顔をして、「あっちや」と指
差した。
「通天閣の方やな。そうやろ?」聞き返すがもうそれ以上少年は何
も答えなかった。
「あっちに住んでいる奴は、ガラが悪いから付き合ったらあかんて
とうちゃんがいうとったんや。麦わら帽子返してえや」僕がそう言
うと少年は何も言わず麦わら帽子を脱いで僕に手渡した。
「遅なったから家に戻るわ」僕は走って家に向かった。少年がいつ
までも僕の後ろ姿を見つめているような感じがして心が痛んだ。

 こんな川でも、今は泥に覆われていても思い出はある。ネオンに
色どられた夜の川を見つめる少年を見て不甲斐なくも30年前の夏
を思い出して胸がきしんだ。
「友達は大事にせえよ」俺は心の中で力一杯叫んでいた。

あの頃の二人はもう居ない。

第6回1000字小説バトル
Entry57

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ノートルダム

作者 : 狂
Website :
文字数 : 765
 「レギュラー満タン気味!」愛車のゴルフを軽快にスタンドにつ
けたノートルダムは、その言葉を残してスタンドを後にした。「あ
ばよ!九十九里で最後の一里を見つけな!」亜空間な口説き文句を
言い放ち、ノートルダムは自宅に行脚した。
 ノートルダムはホモなおかまちゃんであるためにコーヒーを好む
性質である。ブックマークなコーヒーはネスカフェであり、砂糖は
まごころで、ミルクは同情で入れる。実にファジーなレシピである。
「ニュースジャパンの木村太郎は早口だ。絶対。」ノートルダムは
入れたてのコーヒーをテレビにぶちまげた。普段から木村太郎の早
口には納得いかない彼はいつもそうである。
 携帯電話がリンリンした。ノートルダムは携帯のアンテナを六尺
半伸ばし携帯にでた「まにょまにょ!」ノートルダムの田舎ではも
しもしではない。まにょまにょ。語源は真野響子らしいが坂田とし
夫ではない。「お客様のお出になった電話番号はデタラメです。イ
タズラ電話に注意して、またマナーも携帯してお話ください」どう
やら、携帯のサービス電話らしい。このサービスの目的は高くなっ
た鼻を折ること。一服の清涼剤といったところか。ノートルダムは
調子にのった心を冷静たもつことができた。「危ない。危ない。危
うく印鑑証明を47通もとるところだった」 ノートルダムの暴走は
印鑑証明の乱取りから始まり、毎日床屋ラッシュ、 晩飯3回とエス
カレート、いやエスカレーションしてしまうのである。
 気分をフラットに保ったノートルダムは執筆作業を始めた。「処
性器」という題名のこの本は俗に言う予言書であり、なかには世界
を震撼させる内容をも含んでいる。的中率は定かではないが、やぶ
さかではない。トランス状態に入ったノートルダムは予言している。
「恐怖の大王とは意外とシャイな感じでガングロっぽくてザクより
グフでしょう。」

第6回1000字小説バトル
Entry58

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光の射す方へ

作者 : アベタツヤ
Website :
文字数 : 923
 いくら考えても解らない。なぜ自分がこんな所にいるのか、どう
してこんなことになっているのか。まるで異次元の世界に突然飛び
込んだように、僕は何もかも理解することが出来なかった。
 辺りは真暗で、どんな格好をしているのかさえ解らなかった。但
し、遙か彼方に少しだけと言ったらオーバーになるくらいの微かな
光源があった。気が付いたらその方向へ歩いている、そんな状況だ
った。真暗では何をすることも出来ないし、理解できない状況や思
い出せないついさっきまでのことなど、何か解るのではないか。そ
んな思いで、光の射す方へ……
 体中が痛かった。筋肉痛? いや打撲のような痛みがあちこちに
あった。歩くにも呼吸をするにも、あちこちでズキンズキンと響い
ていく。かなり辛かったが、この異次元空間から脱出する以外道は
ない、いやその道しか残されていない。僕は黙々と歩き続けた。
 光の射す方へまっすぐ歩いた。真暗闇の中、穴があったり恐ろし
い獣がいたりしたらといった恐怖感もあったはずだが、その時の僕
はそんな考えなど浮かびもしなかった。頭は少しクラクラしていた。
 歩くにつれ、どうやらここは洞窟のような所だと解った。足下は
デコボコ、左右は広かったが、時々頭に何か当たり天井は低かった。
 1時間か2時間は歩いただろうか。単調な行動の繰り返しと何も
見えなかったせいもあり、時間の感覚は麻痺していたが、かなり歩
いたことだけは解った。
 光はだんだん大きくなり明るくなり、目がようやく使えるように
なった。僕はブーツを履き帽子をかぶりかなりの重装備で、そのあ
ちこちに血がにじんでいた。まだ肝心の、歩いている前のことは思
い出せなかった。
 やっとの思いで洞窟を抜け出ると突然「発見しました」という声
が聞こえ、声の主とさらに2人が僕に近寄り「大丈夫ですか」と尋
ねてきた。そしてさらに10人くらい集まり、彼らに連れられさら
に歩いた。まだ解らない……
 少し歩いた所にテントがあって大勢の人がいた。歓声が上がって
「ヨシヒコ」と泣きながら母親が近寄ってきた。僕は自分の名前さ
え忘れていたことに気付き、と同時に何もかもを思い出した。

 登山をしていた、岩肌を滑り落ちた、遭難したんだ……

 恐怖感と安堵感が交錯し、腰が抜けて動けなくなった。

第6回1000字小説バトル
Entry59

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ユウサク

作者 : アベタツヤ
Website :
文字数 : 976
 薬を貰いお金を払うまでの間待合室で待っていると、さっきの痛
みなんてもう忘れたよと言わんばかりにマサルは走り回っていた。
そして突然私の前に来て
「パパの友達」
と言って指さした。その先にはユウサクが帽子を目深にかぶりサン
グラスをして、数名の連れとともに歩いていた。

 ユウサクは本名、芸名はサオトメアキラ。今をときめく男性俳優
であり、映画・CMを中心に活躍している。
 ユウサクとは小中学校時代の親友だった。何をするにも一緒で、
川で泳いだり、カブトムシを捕りに行ったりしたことは今でも鮮明
に思い出せる。
 「オレは俳優になるんだ」と彼はいつも夢を語った。私には語れ
る夢が無かったが、それは今でも変わらない。サラリーマンで結婚
をし家庭を持ち、ごく一般的な生活をしている。私とは正反対の、
いつでも情熱的で一途な彼が私は大好きだった。友人であったこと
が誇りに思えた。
 中学を卒業と同時に彼は東京へ出ていった。別れ際私たちはいつ
までも友達であることを約束しあい、離れ離れになっても手紙でや
りとりをしていた。しかし別れてから1年後、ぷっつりと連絡が途
切れた。返事は全く来なくなった。

 マサルを連れユウサクを追いかけた。
「ユウサク」
と声をかけると彼は振り向いたが、私が連れの人に
「どちら様ですか?」
と声をかけられると、ユウサクは踵を返してまた歩き始めた。そし
てそのまま10Mくらい先の病室に1人で入っていった。
「パパ嫌われてるの?」
とマサルが聞き
「いや彼は変わったんだ」
とだけ言うと呼び出しの声がかかり、薬を貰いお金を払って病院を
後にした。
 離れ離れになって18年の歳月が流れ、その間彼は誰もが知って
いる有名俳優となり、私は一ファンになっていた。
 
 マサルとユウサクの映画を見に行った。ユウサクは体当たりの演
技だった。アクション映画にマサルは大興奮ではしゃいでいたのに
対し、私には自然と涙が溢れた。彼の演技は絶賛された。しかし彼
は公開直前に逝き、この映画が遺作となっていた。
 誰もがその姿を目に焼き付けたことだろう。サオトメアキラはス
クリーンに残った。私はユウサクをひっそりと心にしまった。

第6回1000字小説バトル
Entry60

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東京湾SOS

作者 : 塔 重五
Website :
文字数 : 1000
 科学警備隊のミーティングルームは珍しくも『会議中』だった。

「昨夜、小笠原海域に現れた怪獣について、防衛庁からその対策を
依頼された」
 日本地図を背に網島キャップの眉根が歪む。東京湾を指さした。
「現在、怪獣は東京に向かっている」
 日吉隊員は光線銃を握る。反町隊員は胸元に手を忍ばせ、何やら
探しはじめる。菊名隊員は「熱いうちに」と特製スープをふるまっ
た。
「そこで科警隊の任務だが」
 網島キャップは咳払いを挟んだ。
「まずこの怪獣に名前をつけることになった」
 隊員たちは立ち上がって「ラジャ!」と声を揃えた。

 議論は三時間に及んだ。
 海上自衛隊が撮影した怪獣の姿が、スクリーンに映し出されてい
る。『怪獣対応マニュアル』を片手に、網島キャップが五十個めの
案を出した。
「チヨギンザンって、どうかな?」
「シコ名じゃないんですから」
 日吉隊員がつっこむ。
 ――嗚呼、うちの孫がいてくれたら……。
 あと半年で定年を迎える網島キャップにとって、怪獣出現ははじ
めての経験だ。怪獣世代でないだけに、ネーミングなど浮かぶはず
もなかった。
「ツノがあるから、ツノゴン」
「それって、さっき言いましたけど」
 菊名隊員が油取紙で顔を押さえながら、舌打ちした。忘れ物を取
りに家へ帰っていた反町隊員が戻ってくる。
「オガサワラー」「ツノゲルゲ」「ペギラU世」など、その後も網
島キャップの提案は却下された。
 突然、内線電話が鳴る。受話器をとる網島キャップが目をつむっ
た。
「まだ決まらんのか!」と防衛庁長官の罵声が轟く。
 結局、四時間に渡る討議の末、怪獣の名は「ツノーラ」で落ち着
いた。姓名判断の『人に迷惑をかけないタイプ』という画数が決め
手になった。
「さぁ、現場へ急行するぞ」
 威勢良くジェットビートルに乗り込んだ網島キャップは、スリッ
パ履きだ。そのお約束ぶりに隊員たちの心が和む。

 竹芝桟橋から覗く東京湾は荒れ狂っていた。黒々と波打つ海面が
膨らみだす。並ぶミサイルがそれへ向けられた。
 ガオーン。
 しぶきを上げながら、ツノーラの巨体が現れた。全長五十メート
ルはある。
「攻撃用意」
 双眼鏡を胸に指揮官が声をあげた。
「待ってくれ!」
 ミサイルの前方に立ちはだかる人物がいた。
「殺すなんて、可哀想じゃないか」
 それは目を真っ赤に腫らした網島キャップだった。
「名付け親の私に免じて……」
 両手を広げるその姿をひと踏みに、ツノーラは東京上陸を果たし
た。


第6回1000字小説バトル
Entry61

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空想小説

作者 : ヒョン
Website : http://cc.utsunomiya-u.ac.jp/~k950141
文字数 : 695
 ジュール・ヴェルヌの描いた空想の世界のように、空は青かった。
 そして夏は当たり前に暑かった。
 僕はきみを、待つわけでもなく待たないわけでもなく、一人街を
歩いていた。
 人々の吹く口笛が、なぜか僕には新しかった。
 シロナガスクジラとその息子が、空に浮かんでいて高笑いをして
いるらしかった。
 僕は若かった。
 青かった。
 黄色いカモフラージュが、信号のむこう側でまりつきをしている
子供に、おいでおいでと言っていた。
 見えるバリアも見えないバリアも、すべてが自分に誇りをもって
いた。
 気になるそのマリッジ・ブルーの女の子は、だからではないけれ
ども青い指輪が好きだった。
 僕はまた、むかし駄菓子屋で買った白いワンピースのことを思い
だしていた。
 それは駄菓子屋の婆さんが、まだ二十才だった頃に、楽しみに着
ていたという服だった。
 きっと彼女になら、あのワンピースも似合うのではないかと思っ
た。
 場違いな寂しさが、ふと頭の上をよぎった。
 消えるようなヒコーキ雲が、自分の空に設計図の線を引いていた。
 僕は知りたかった。
 どうしてあの時、あの人間模様のにじみは、しつこくもしつこく
も洗濯機をまどわせていたのか。
 その気になれば世はひっくり返せるように思えた。
 僕は僕として、また一つ渇いた笑いを浮かべた。
 事実は時として、一風変わった曲線の姿態を表わしてみせる。
 僕はそれが気に入っていた。
 彼女もそれが気に入っていた。
 誰かが再び、緑色のパラグライダーを人々に贈った。
 自由の自由たるべき昆虫の姿がそこにはあった。
 セミが鳴いていた。
 きみは笑っていた。
 僕も笑っていたかった。
 できれば一緒にいたかった。

第6回1000字小説バトル
Entry62

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悩みどころ

作者 : おあしす
Website :
文字数 : 約970
 『その時僕は海辺にいた。
 この世に存在するあらゆるモノを溶かし尽くしてしまおうとする
太陽がホンの少しだけその力を隠しはじめた季節の、そして砂浜が
その温もりを少しずつ失っていく時間に、僕は確かに海辺にいた。
 
 その時女も海辺にいた。
 遙か彼方の地平線から吹いてくる風を細身の体で重たそうに受け
止めながら、空からの光を浴びて輝く波のように白いワンピースを
着た女もその時確かに海辺にいた。

 もちろん僕はその女と今までに出会ったことはないし、遠目から
見て一目惚れを僕に引き起こすような姿形を女がしているわけでも
なかった。ただその時、女は僕の中に存在していて、けれどもたぶ
ん、僕は女の中には存在していない感じがした。
 
 僕はそれが悔しかった。

 単に僕の位置から彼女が見えて、彼女の位置からは僕が見えなか
ったからそう思ったのかもしれない。
 だけど僕は悔しかった。
 僕は何とかしてその女の中に存在したかった。僕は彼女の中に存
在することができる方法、それも後々この場面を振り返って思わず
赤面してしまうような強引なる方法では決してなくて、人間が生ま
れて大人になって恋人を見つけてセックスして子供を作って死んで
いくのと同じくらい自然で矛盾のない方法を捜した。
 
 結局正解は見つからなかった。

 僕は彼女に抱いたある種の親近感を心にそっとしまい込み、静か
に海辺に背を向けようとした。
 その時突然、女は僕の知っている常識の法則からはみ出す行為に
出た。女は海へ向かってゆっくりと歩き始めた。そして少しずつ体
を沈めていった。
 
 僕は頭の中を真っ白にして女の下に走った。僕の進行を妨げる波
をモノともせず女に近づきそして後ろから抱きしめた。振り向いた
女も虚ろな目をしながら僕に抱きついた。
 僕と女は唇を重ねた。
 僕は女の顔を見た。「醜い顔だね。」と僕は言った。女も僕の顔
を見た。「汚い顔ね。」と女は言った。
 そして僕と女はもう一度唇を重ねた。


 とここまで書いて僕はこの小説には落ちが存在しないということ
に気づいた。
 僕は己の計画性の無さに嘆き途方に暮れた・・・。』


 
 という落ちを何とか考えた私は文字数を確認して送信ボタンにカ
ーソルを合わせマウスのボタンを押し床についた。

 
 今夜の布団は妙に平べったいような感じがして少し寝心地が悪か
った。

第6回1000字小説バトル
Entry63

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鬼灯(ほおずき)

作者 : 鹿野まどか
Website :
文字数 : 1000
「ほおずきって、鬼灯(おにび)と書くのだって」
 勇次を玄関で見送る母が、庭で揺れるみかん色のほおずきを見て
小さく呟いた。
「あれがなると、鬼が来るのよ」
 それまで早くなさい、遅刻しますよと追い立てていた母が急にぽ
つりとそう言ったので、勇次は興味なさそうに靴を履きながらも、
そっと母を盗み見た。
 引戸に手を添え、ほおずきを見つめる母の姿は、静かに水を湛え
る湖面のようで、いつもと違うその様子に、勇次の胸は細波たった。

 夕方、友人達の誘いも断り、荒い息を吐きながら勇次は玄関の戸
を開いた。
「……お母ちゃん?」
 板の間に吸い込まれて行く声を見送ると、勇次は慌てて靴を脱ぎ、
居間に入った。
 母の姿はなかった。
 震え出した足を廊下に向けた途端、勇次の体は宙に浮いた。勇次
は声を上げてもがいたが、丸太のように抱えられ、口を塞がれると、
頬が冷たく引きつった。
「静かにして、鬼が来るのよ」
 聞き覚えのある声に勇次は目だけで主を探す。そうして、体の自
由を奪っているのが母だと分かるまで、幾度も幾度も瞬きした。
 結った髪は乱れ、音のしそうな程きりりと着ていた着物もだらり
と伸び切り、化粧の落ちた青白い頬が、深くなり始めた闇にぼうっ
と浮かび上がる。
「……お母ちゃん?」
 声が震えた。
 そんな勇次にふっと笑顔を送ると、母は我が子を抱いたまま玄関
の引戸に鍵をかけた。
「お父ちゃんが帰って来るよ?」
 勇次の言葉に、母は表情を急変させてぴしゃりと言った。
「いいこと、勇次。絶対開けては駄目」
 母の言葉が終わるか否かで、戸が鳴った。
 父だった。
 戸惑って母を見上げた勇次は息を飲んだ。白く結んだ唇をさらに
白く噛んで、母は荒々しく勇次を奥の間に連れて行く。
「俺だ、開けろ!」
 父は苛立ち、扉を蹴り始める。母は耳元であれは鬼よ、鬼よと繰
り返す。
 乱暴な父の言葉と共に、薄い引戸のガラスが儚い悲鳴を上げて割
れた。勇次は耳を塞いだ。生温かい母の息に救いを求め、瞬きする。
母の姿で鬼が笑い、父の声で勇次を呼んでいた。

 以来父を見ることはない。女の鬼に食べられたのだと母は言う。
 今日も行ってらっしゃいと尻を叩かれ、無言で飛び出そうとした
勇次の先に、しなびた鬼灯が揺れていた。
 今夏最後となった鬼灯の前で勇次は止まると、かさかさと鳴る鬼
灯を引き千切り、玄関で見送る母に高く掲げた。
 母が静かに笑うのを確認して、勇次は「行ってきます」と駆け出
した。

第6回1000字小説バトル
Entry64

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発明・発見のひみつカスタム

作者 : ヒモロギ
Website : http://home4.highway.ne.jp/deadsoul/
文字数 : 997
「来週から冷蔵庫の下限保冷温は15℃となります。違反すると厳し
く罰せられますのでご注意下さい。繰り返します、来週から……」

 政府の広報車が流すアナウンスは道路から校庭を隔てた英一の教
室にも達し、生徒たちをどよめかせた。
「冷えたコーラとか飲めなくなっちゃうぞ」
「氷も作れなくなるね」
「あと、フルーチェも」
「そうか、フルーチェもだ。大変だ!」

「ハイハイみなさん静粛に。今のも発明放棄政策の一つです。私た
ち人間は発明に頼りすぎた結果、自然を傷つけ、人間自身をも傷つ
けてきました。ですから、これからは私たちの生活から発明を少し
ずつ取り除いていかなければなりません。自然に帰らなければなり
ません。わかりますね?」
「ハ――イ」
 皆が無邪気に声を揃えるなか、英一だけは一人うつむいて口を尖
らせていた。
「それでは授業に戻ります。さて、『二十世紀の発明三悪人』は誰
でしたっけ? さん、ハイ」
「エジソン、中松、アインシュタイン!」
 先生は聡明な教え子たちに目を細めた後、黙りこくった英一の陰
気な顔と彼の上履きのフライングシューズにそれぞれ一瞥をくれた。
英一は顔を真っ赤にしてますますうつむくしかなかった。


 英一は家に帰るなり冷蔵庫を物置に運び込み、なにやらいじくり
まわし始めた。不審に思った母親が物置を覗いた時、英一は既にチ
ルド室の中に閉じ篭ってしまっていた。青ざめた母親は学校や警察
に通報し、冷蔵庫のまわりは人だかりとなった。
「英一、開けなさい。なんで冷蔵庫の中なんかに?」
「これは僕の発明した簡易冷凍カプセルだよ、ママ。外からは開か
ないし、何をしても絶対壊れないよ」
「英一くん、これは立派な犯罪ですよ。発明罪なのですよ」
「うるさい! 発明ができない発明少年の気持ちは先生にはわから
ないよ! 僕はこの中で百年ほど冬眠するのさ。その頃には人間な
んかすっかり退化しておサルになっているだろうから、誰はばかる
ことなく発明を決めこめるのさ。ははははは」
 発明少年の冷たく乾いた笑い声はやがて凍りつき、あたりにはコ
ンプレッサーの重低音のみが響き渡る。


 しかし、ヴヴヴと唸る重低音も程なく止んだ。電源コードが引き
抜かれたのだ。


「どっちにしろ、その七年後には電力供給が完全にストップしたわ
けだけどね、へへへ」
 日なた水のように生ぬるいビールに酔うたび、英一は当時の話を
さも武勇伝の如く語り出す。
「キテレツな話だろ、へへへへへ」

第6回1000字小説バトル
Entry65

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My best song

作者 : 根本智也
Website : http://ha3.seikyou.ne.jp/home/tomoya/index.html
文字数 : 999
 冷えたグラスに付着している水滴が、造り付けのテーブルの上に
丸い染みを作っている。頭上からは単調なドラムとベースギターの
音とが交じり合って降ってくる。
 ページを繰るパラパラという音が聞こえる。
 部屋の薄暗い明かりの中、マイクを持っている人物がゆっくりと
立ち上がるが、誰も彼の方を見てはいない。
 横の男が私の肩を叩いた。顔を向けると、彼はさっきまで自分が
読んでいた曲のリストの上にリモコンをのせて、私の前に差し出し
ていた。
「まだ一曲も歌ってないだろ。そろそろ何か歌えよ」
 見ると機械の中には一曲も予約されていない。歌はサビの部分へ
と入っている。気持ちよさそうな彼の声とは裏腹に、待っている人
は次にどの曲を歌おうかと悩んでいる。私の目の前の女性もさっき
からせわしなくページを繰っている。
「歌、下手だから……」
 横の男にそういった。歌はもっぱら聞いてばかりで、自分で歌う
ことはあまり考えてはいなかった。
 目の前の女性がリモコンを取り上げ、五桁の数字を入力する。機
械の電光掲示が1を描き出した。その女性も私に歌を歌うように勧
める。
「下手だって良いのよ。歌うことが楽しいんだから」
 流れている曲は終わりに近づいて、そして終了した。横の男も前
の女性も、そして私もお決まりの拍手をした。
 新しい曲が流れ出す。ゆっくりとしたリズムの音楽だ。男から目
の前の女性にマイクが手渡される。そのまま男は隣に座り、次の曲
を入れようと、すぐさま曲のリストを繰り出す。隣の男も、私が歌
を歌うつもりがないことを知ると、次の曲を探し始めた。
 歌っている女性の美声は誰の耳にも入っていないようだ。私以外
の人は皆ページを繰っている。曲の催促はもう始まっているのだ。
曲が終わる。またお決まりの拍手。誰も聞いてはいなかったのに。
いつまでこれが繰り返されるのだろう。
 やがてカラオケがお開きになった。私は皆とすぐに別れて一人で
家路についた。
 私はお気に入りの歌を口ずさんだ。題名も歌手も知らない。でも
私が一番好きな歌だ。歌えといったら歌えるし、むしろ歌いたいと
さえ思っている。でもカラオケでは歌わない。あの膨大なリストで、
題と歌手を知らずに曲を調べることは不可能だ。たとえわかったと
しても、やはりカラオケでは歌わないだろう。誰も知らない古い曲。
周りから白い目で見られるのがおちだ。
 だから私はいつも一人、カラオケからの帰り道でこの歌を口ずさ
む。

第6回1000字小説バトル
Entry66

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僕の拡張的人生

作者 : 蛮人S
Website : http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3057/
文字数 : 1000
★入社早々派閥争いに巻き込まれ、僕はいきなり遊星ξに左遷され
た。ξは毒粉塵と毒光線渦巻く人外な星で、気力喪失目的の前時代
的労働が用意されていた。ここに僕の拡張は始まる!

★肺の触媒と網膜フィルターが赴任当初の標準仕様だった。三日目
には事故で失った両腕を機械に換え、腹背筋も強化してやった。胃
と肝臓は、事故ではないが半月で潰れた。やがて荷重に耐えぬ足腰
をキャタピラに換装、念のため心臓も換えた。この時点で私の活動
源は電力の占める割合が上回り、代謝系が簡略できた。自重1トン
のお陰かゼロ近い体脂肪率を自慢するも周囲の反応は冷淡だった!
「お前バカ?」

★常に僕は前進を好む。他の連中は概ね働かない事で劣悪な境遇の
慰めとしていて当然停滞していた。だが僕は拡張の道を選んだ。こ
こまでの改造費は殆ど自腹を切ったが、自己投資というものだ。こ
れを会社が評価したのか否か、僕は昇進を許された。風向きの変化
を感じた僕は、次いで頭脳容量の増強に着手した。正確で忠実な拡
張記憶の使い心地は、仕事を一変させ僕を驚かせた。内部増設も限
界に達すると僕は全社通信網へと進出した!

★そこで僕は便利なエージェントの存在を知った。それは知覚情報
を僕に送る小型感覚器で、無人ロケット便で飛ばせば遠方の星でも
居ながらに迅速に出張でき、そのまま駐在もできる。さらに、機構
装置を全く伴わない仮想エージェントがあり、これは回線内を自在
に移動し、仕事もある程度自身で処理してくれる電子の部下とも言
えるプログラムだが、肝心の僕の処理能力が見合ってなければ持ち
腐れだ。新たな限界を感じた僕は迷わず脳神経網を光結晶化し、意
識を回線内に移行展開させた。これで機械の体は意味を失い、殆ど
が廃棄された!

★業務拡大に伴い僕はエージェントを追加していった。それが数百
に達する頃には、僕は個人名よりは「第28調達部」と集合的に呼
ばれていた。「第41事業部」という女性を知ったのもその頃だ。
彼女も広範に部下を展開していて、氷の星やら砂漠の星、宇宙船操
作卓、カードの中なぞで1ピコ秒に2メガ回ほど互いに接触した末
に、僕らはすっかり恋に落ちている事に気付いたのだった!

 という事で。
 今、花束に囲まれた50センチ四方の新居では、僕の唯一残った肉
体が、――勃起してます(^^;)
 そこへ億万の電子喝采の中、彼女自身は入場するのです。白いベ
ールのウェディングパッケージに包まれて。

第6回1000字小説バトル
Entry67

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浮気は一度きり

作者 : たみか
Website : http://www4.justnet.ne.jp
文字数 : 約750
「いってらっしゃーい」
 元気な久子の声に見送られて、今日もボクと淳は会社へ向かう。
久子は毎日同じ時間にボクらを玄関で見送り、そして出迎える。ボ
クの方も「いってきます」と「ただいま」のキスは欠かさない。ず
いぶん長い間、そう、淳がこの家にやってきてからずっと続いてい
るボクらの習慣だ。
 まるで新婚だな、とある友人に言われたことがある。そいつは、
相棒が忙しくてなかなか家に帰れなかった。そしてある日久しぶり
に帰ってみたら、妻は寝取られていて家の中は空っぽ。相棒からの
信用も失って、失意の底に沈んで失踪してしまった。その話を聞い
たときは、まぁ他人事だな、と聞き流していたんだが……

 ここ最近、急に相棒の仕事が忙しくなってきた。当然、淳といっ
しょに行動しているボクの帰宅も遅くなる。午前様は当たり前、会
社に泊まり込むこともあった。それでも久子は、文句ひとつ言わな
い。できた女房だ、とは思ったけれど、何となく、友人の話がひっ
かかっていた。

 そして心配は現実になる。3日ぶりにボクと相棒が帰宅すると、
久子の様子がおかしい。ただいまのキスもしていないのに、玄関の
ドアが開いている。
 淳が慌てて部屋を覗くと、部屋の中はぐちゃぐちゃに荒らされて
いた。泥棒に、入られたんだ!
「だって、淋しかったんだもの」
 か細い久子の声が聞こえる。久子がボク以外のヤツに体を許すな
んて。呆然とするボクに、淳が恐ろしい形相でつかみかかってきた。
「信用してたのに、こんなカギ、役に立たないじゃないか」
 それはボクが久子に言う台詞だろ、と言う間もなく、ボクは床に
たたきつけられた。そのままちゃりん、と跳ね上がって……
 すっぽり、ゴミ箱に入ってしまった。

第6回1000字小説バトル
Entry68

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チャイ屋にて

作者 : 鮭二
Website : http://members.aol.com/Shakeji/papyrus.htm
文字数 : 991
 まるで佐川急便みたいだった。
  いや別に、そんなこと、どうでもいいじゃないかと頭の半分では
思う。実際、どうでもいいのだ。道行くインド人のひとりが、例の
横縞のポロシャツに紺色のスラックスを穿いていたというだけなの
だ。だから何だ、佐川急便の制服みたいだから何だっていうんだ。
  しかし、追い払おうとするほどに佐川急便が頭にこびりつく。ふ
ん、馬鹿馬鹿しい。私はチャイをすする。煙草を吸う、足を組む、
目がとろんとしてくる。
  そうだ、本物の制服なら、胸に飛脚のマークが付いているはずだ。
さっきのポロシャツには、何も付いていなかったじゃないか。なん
だ、ただ似てるだけなんだよ。なんだ。
  私はくすんだテーブルに小銭を置き、通りに出る。ごくゆっくり
歩いても、バザールは程なく行き止りになる。仕方なく同じ道をだ
らだら引き返す。2週間も居れば、たいがい飽きてくる。牛の臭い
にも馴れてくる。
  しかし、チャイ屋の手前まで来て、思わず私は足を止める。雑貨
屋から男が出てくる。佐川急便の男だ。私はすかさず、ポロシャツ
の胸を確かめる。飛脚のマークはない。だがしかし、うっすらと、
何かを剥がした跡がある。私はじっくりその跡をなぞる。飛脚。確
かにそれは、飛脚だった。
  男が私の顔を見ている。もしその時、私が「クロネコヤマト」の
制服を着ていたならば、話の種にはなったかもしれないが、そうは
問屋が卸さない。別に卸さなくても構わない。私は話の種を探しに
インドへ来たのではない。だいたい「問屋」ってのはどこの問屋だ。
「現金問屋二木の菓子」か。ふん、馬鹿馬鹿しい。「二木の菓子」
にそんな気の利いた話が転がっていれば、林屋こぶ平だって父親並
みに出世できたはずだ。私は男の視線を避け、チャイ屋に入った。
  私はチャイをすすりながら通りを眺める。追い払おうとすると暑
苦しいので、積極的且つぼんやりと佐川急便の男について考える。
佐川急便はニューデリーでも配達しているのか?  じゃあ、あいつ
はセールスドライバーなのか?  じゃあ、なぜ飛脚をはがしたりす
る?  それに歩いてたじゃないか。セールスドライバーはたいがい
走っているもんだ。じゃあ、盗んだのか?  どこから?  営業所か
ら?  佐川急便はニューデリーでも配達しているのか?  じゃあ…
…。
  私はチャイをすする。煙草を吸う、足を組む、目がとろんとして
くる。太陽はなかなか沈まない。

第6回1000字小説バトル
Entry69

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涙の止め方

作者 : pavane
Website : http://www.ne.jp/asahi/my/pavane/
文字数 : 954
「お父さん」
  娘の顔が、扉の隙間からのぞいた。ちびりちびりとやっていたウ
イスキーのグラスをおいて、私は娘を部屋に入れた。娘は恥ずかし
そうに、頬を赤らめている。
「明日は大変だぞ。早く寝といたほうがいい」
「うん」
  娘はうなずいたものの、立ち上がろうとはしなかった。私のほう
に顔を向けないまま、娘は囁くように私に問いかけた。
「お父さん、一人にしちゃうね。だいじょうぶ?  寂しくない? 
わたしがいなくなってもだいじょうぶ?  ごはんも、洗濯も、掃除
も、ちゃんとできる?」
  言葉は少しずつ激しさを増し、娘は顔を上げて私のほうを向いた。
瞳から涙があふれ、頬をつたい落ちていくのを見ながら、私は初め
て、妻を責めている自分に気づいた。
「ばかだな。だいじょうぶだよ。ほら、先週の日曜につくったパス
タはおまえもおいしいって言ってたじゃないか。それに、お父さん
が奇麗好きだってことは知ってるはずだぞ。母さんといっしょにな
る前はちゃんと洗濯もやってたんだ。掃除だって、うん、まあ、今
日は埃がたまってるかもしれないが、いつもは奇麗にしてるんだぞ。
だいたい、おまえがすぐになんでもやっちゃうから、お父さんは…」
  娘は、泣きながら笑って、私を見ている。娘は、穏やかな愛情と、
そして幸せの感じ方を知っている。泣き笑いでくしゃくしゃの顔を
見ながら、私は実感した。
「母さんが死んで、もう五年も経つよ。五年。お父さんはおまえの
おかげで、母さんをなくしてからも、うん、とっても楽しかったよ。
それはな、おまえがいつも、お父さんに心を向けていてくれたから
だ。そう。おまえを通して、お父さんは母さんの心もまだここに向
いているんだって感じることができたんだ。だからな、寂しくはな
いよ。うん。そうだ、日曜日には公園のベンチでおまえに手紙でも
書こう。ああ、母さんにも書いてみるかな」
  娘が泣いている。私はもう、何をしゃべっているのかさえ、分か
らなかった。
「ああ、そうだ。明日の打ち合わせでもやるか?  教会で、おまえ
の手を引いていかなくちゃいけないんだろう?  あれは緊張するな
あ」
  小さな部屋に、娘の泣き声はいつまでも響いていた。
  娘の流す涙を止める方法を知っている父親なんて、いはしない。
私は後悔した。亡き妻に、娘の涙の止め方だけは、聞いておくべき
だったと。

第6回1000字小説バトル
Entry70

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さかなの子

作者 : 北村曉
Website : http://www.kinet.or.jp/kits/
文字数 : 1000
 教室に入って席に座り、ふと隣を見ると女の子が魚顔だったので
驚いた。魚に似ているというのではなく、正に魚そのものの顔なの
だ。被り物かと思ったほどだ。それで思わず「すごい魚顔だなあ」
と呟いてしまった。そしたら彼女は魚の目を潤ませ、周りにいた女
子達からは「何てひどい事を」と非難の嵐。僕は平謝りに謝った。
新学期早々えらい事をしでかしたものだ。
 以来、彼女の魚顔には頭が上がらない。

 なぜか他の男子達から羨ましがられた。皆が「お前いいな、あん
な子の隣で」などと言う。その度に「でも魚顔だぜ」と言い返して
みたが、十九人に「意味が分からん」という顔をされ、それ以上主
張するのをやめた。

 水泳部に入ろうかと見学しに行くと、彼女が既にそこに来ていた。
 プールにいる彼女は水を得た魚だ。彼女が五十メートルを潜水で
泳ぐと皆驚く。僕は隣のコースでぽかりと浮きつつ、やっぱり魚顔
だ、と思う。「さっさと泳げ」と先輩がどなる。

 この間撮ったクラスの集合写真を見ると、上段右隅にいた筈の彼
女は魚顔ではなく人の顔だった。なるほど皆には彼女がこう見える
のか、と納得した。写真の彼女は心持ち目と目の間が離れているが
可愛らしい顔だ。魚に喩えればグッピーか。
 しかし実際の彼女はフナ顔なのだった。僕の魚顔→人顔変換式に
は狂いがある。

 ある日、部活が終わって部員達と下校していると、一人が捨て猫
を見つけた。皆でぞろぞろと見に行く。
「可愛い」彼女が真っ先に猫に手を出して抱き上げた。かなりの猫
好きのようだ。だがそれを見て、なぜか僕は不安な気持ちになった。
 猫の目を見た時にその理由が分かった。あの目は確かに『獲物を
狙う目』だったのだ。抱かれた猫は彼女の顔をペロペロペロと舐め
出した。彼女は笑い、皆もそれを微笑みつつ眺めている。僕だけが
必死に動揺を押し隠していた。
「この猫飼おうかな」と彼女が言った時には僕は思わず猫をひった
くり、理由をでっち上げて強引に家へ連れ帰った。惨事は回避され
たが、それでも時々彼女はその猫に会いたいなどと言い出し、本当
に会いに来るので全く油断できないのだ。

 彼女はよく教室で居眠りする。たまに苦しそうにうなされている
事がある。
 そういう時に揺り起こすと、彼女は教室の外へと走り出す。顔を
洗いに行ってるのだろうと思う。戻ってきた時の彼女の顔は実に爽
快そうだから。
 そんな彼女のちょっと開いた鰓(えら)に、僕は見とれる。■

第6回1000字小説バトル
Entry71

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唐蕃朱(とまと)

作者 : 海坂他人
Website : http://www3.justnet.ne.jp/~yoshka/
文字数 : 999
 夕方、そろそろ帰ろうと思っていると、向いの机から知美先生が、
――はい、
と何やらまるいものを、僕にくれた。掌に包み込めるほどの、小ぶ
りの唐蕃朱だった。
――どうしたんですか、これ。
と思わず聞き返したら、
――しようがないなあ、それじゃ、
と微笑って、なぜかもう一つくれた。生徒の親が差し入れてくれた
のだそうだ。
 バスの時刻が迫っていたので、僕はそれをそのまま二つとも、苔
緑の夏背広の内ポケットにしのばせて、校門を出た。
 僕はその二三日前から、人と不毛な言い争いを続けて、疲れてい
た。争い自体は他愛のないものだったが、それとは全く関係のない
ところから来た、鬱屈した気分の中で争わねばならなかったので、
疲れていた。
 そんな疲れが、懐の二個の果実から溶けていって、僕の心はまた
活き活きと動きだすのだった。まるでその生命力が胸から流れ込む
ように。

 僕の気持ちを沈ませていたのは、書くわざに関することだった。
ある雑誌に送った作品に、書いている間は気づかなかった読み抜け
が、天啓のように見えたのである。
 発表直前だったが、無理を言って掲載を取りやめてもらい、結局、
雑誌に穴を明ける羽目になってしまった。
 元々のミスが、客観的に見てどれほど重大なものかは、僕には判
らない。
 ただ、経験のあるなしにかかわらず、教壇に立つ以上はプロでな
くてはならず、誤りは絶対に許されない教師という職が、書くわざ
にまで重圧をかけていたことは、確かである。勤めて三ヶ月、僕は
どこかで常にこれらの「職業倫理」に怯えていたのだ。

 いつもの混んだバスに揺られながら、僕は何回か、懐にそっと手
を入れて、
――要するにこの、
と考えた。爆弾のようなスリルが良いのだな。
 僕の胸板は人並み外れて薄いので、背広のシルエットは全く変わ
らない。誰も、僕の胸にこんな危険なものが入っているとは知らな
い。
 いつか僕は、
――なぜ知美先生は、僕にだけ二つ呉れたのだろう……
という空想とじゃれていた。彼女は僕より四つ年上で、すでに家庭
を持っている。
 もし今バスが揺れて、激しく圧されても、この柔らかさが破裂し
なかったら……何かある証拠だ。
 しかし何事もなく、僕はバスを降りた。明日学校で僕は、昨日は
ご馳走様でした、と知美先生に囁き、彼女は他に言うことも無いよ
うに、生徒の親が呉れたんですよ、と繰り返すだろう。
 そしてまた淡々と日常が続いてゆく。「小説」を遠く離れた日常
が。

第6回1000字小説バトル
Entry72

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月がとっても青いから

作者 : zzz
Website :
文字数 :
 近道して帰ろう。なぜなら、
1)月が青い夜には良くない事が起きると言われている。
2)しかも満月。なぜか犯罪率が高いらしい。
3)ちょっと嫌な予感がしてきた。
 だからひたすら家に早く着ける様考えていた。早足になりそうだ
ったが、そうするともっと心臓がドキドキするので止めた。いつも
の様に焦らず急がず何となく家へ着く、そんな考えが頭からぶっ飛
んでいかない様逆にゆっくり歩いていた。様な気がする。
「金」
遭っちゃったよ。ほーら遭っちゃったよ。
「ここ」
財布の入っている胸のポケットを指差した。こういう時自分から財
布を抜こうとすると、拳銃を抜くのと間違われて反対に撃たれてし
まうらしい。アメリカでは。ここ日本だけど。
「カードと免許証だけは何とか」
頑張って言ってみた。ちゃんとゆっくり言えた。たまーに返してく
れる事があるらしい。アメリカでは。ほんとここ日本なんだけど。
「どうも」
返してくれたので一応御礼を言ってみた。
「俺の事、警察に言うつもり?」
「いやー」
ちょっとの間にすごく考えた。
「金そんなに入ってなかったし、カードも返してくれたから。ハハ」
最後のツメで刺されたくないので、とにかくこの世で一番人畜無害
な男のフリをしてみた。
「サンキュー」
この言葉にさらに御愛想笑いをした自分は、世界選抜パープリン大
会で総合優勝間違いないと思った。

 ダイニングの扉を開けるとかみさんが寝間着姿でテレビを見てい
た。
「おかえり」
「ただいま」
背広とネクタイをテーブルの上に置いて椅子に座った。
「今日、月が青いの知ってた?」
かみさんが夕食の冷めたオカズをレンジに入れながら聞いてきた。
「う、うん。それで少し遠回りして帰ってきた」
かみさんが壁掛時計を見て言った。
「そうね。いつもより少し帰り遅かったみたいだから」

怖くなって近道したけど逆に強盗に遭って時間くった上にお礼まで
言っちゃった事、言えないっしょ、やっぱ。

第6回1000字小説バトル
Entry73

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読書好き

作者 : 君島恒星
Website :
文字数 :
 僕たちのデートは、こうして始まる。
 場所は彼女のマンション。
 今日のデート道具は僕が用意する番だった。昨日、本屋で出版さ
れたばかりの直木賞作家の本を2冊買った。
 これならば、満足するだろう。
 ページをめくりたい欲望を、一晩おさえて彼女のところへ急いだ。
「おはよう」
 彼女の笑顔がそこにあった。彼女は、僕の買ってきた本を手にと
って言った。
「やったー! これ読んでみたかったのよ」
 テーブルには紅茶のセットとクッキーが用意してあった。
「食事は?」
「朝食は食べたよ」
「そう、今10時だから、この本を読み終わってからの遅いお昼で
いいかしら?」
「もちろん、望むところだよ」
 彼女は紅茶を入れ始める。ふたりで並んでソファーに座った。
「いい?」
「ああ」
 ふたりそろって本の表紙をめくった。
 僕の目は活字を追う。イメージが頭の中で映像になり刺激した。
導入部分に引き込まれる。片手を紅茶に伸ばし、口元まで持ってく
ると紅茶の香りが漂った。
 彼女を覗いてみると、夢中で活字を追っている。
 僕たちはいつも読書デートをする。
 読書後は食事をしながら、本の感想を話し合ったりして、本を2
度楽しむのだ。1時間半後に彼女は本を閉じた。それに遅れること
5分後に僕も読み終えた。
 彼女は本を投げ出して言った。
「最低!」
「最悪」
 僕も呟いた。
 実は、ここ9回の読書デートがこのような結果で終わっているの
だ。つまり、選択した本がつまらないのだ。読んでも気持ち良くな
らないのだ。
「有名な作家だったのに…」
「そういうものに限って面白くないのよ! まだわからないの?」
「この本、読みたかったって、さっき言ったじゃないか」
「新人を発掘しなくっちゃ!」
 今回も本を選択した僕が悪いことになった。
 でも次は彼女が本を選ぶ番だ。つまらなかったら、ただじゃおか
ない。
 何でふたりで本を選ばないかって? 
 だってふたりで選んだ本がつまらなかったら、怒りのやり場がな
いじゃないですか。

第6回1000字小説バトル
Entry74

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暑い暑いくつの中

作者 : 川島圭
Website : http://www03.u-page.so-net.ne.jp/yb3/k-k/
文字数 : 995
 どこもかしこも夏真っ盛りなので、ひろし君のくつの中もやっぱ
り夏真っ盛りでした。
「うわ、あちい。どうにかなんねえのかよ、この暑さ」
 あまりに真っ盛りな暑さに、親指のリチャードは思わずうめいて
しまいました。
「しかもくせえ。くせえくせえ。どうにもこうにもくせえ。あちい
だけなら何とかなるがくせえとなると我慢の堪忍袋の尾が切れる。
おい、中指、おめえだろ、くせえのは」
 あらぬ疑いをかけられた中指の中村は、いつもながらのリチャー
ドの自分勝手な物言いに、落ち着き払った物言いで答えました。
「嫌だなあ、僕が臭いわけないだろう。僕はね、愛ちゃんの右足の
小指のさやちゃんが気になって、臭くなっている暇なんてないんだ。
君じゃないか、臭いのは?いっつも興奮してるから、たぶん君だけ
余計に汗が出て臭いんだよ」
「何だと!」
 おこったリチャードは中村に必殺のヘッド頭突きを食らわせて痛
い目見させてやろうと試みましたが、いかんせんたっぱが足りずに
苦い思いを味わいました。
「ちょっと待ちなさいよ、うっとうしいのよ、ばかリチャード。ね、
中村君、大丈夫だった?もうやんなっちゃうわよね、あいつ」
 人差し指のフミエは、私は中村君が好きなのよ、暑苦しいリチャ
ードなんてうんざりだわ、ね、中村君、とでも言いたげにリチャー
ドをきっとにらんで中村を心配そうに見つめましたが、さやちゃん
が好きな中村にはきっとフミエの思いは届きません。
 3本のそんな騒がしいやり取りをよそに、薬指のMASAと小指
のパウロ3世は一発当てて一儲けしてやろうとたくらんで、みんな
でバンドとしてデビューすべくバンド名を考えていました。
「なあ爺さん、フィンガー5なんてどうよ?」
 MASAがパウロ3世に練りに練ってひねり出したバンド名を提
案すると、パウロ3世はあきれ果てて言いました。
「おいMASAや、フィンガー5というのはもうすでにおるぞ。た
とえいなかったとしても、あまりにもストレートすぎてワシは好か
んな。そうじゃな、モスクワ虫なんてどうじゃ?」
「・・・・・・グッと来るね」
 5本はそんな思い思いの思いを胸に、今日もまたサッカー好きな
ひろし君のトーキックに悩まされつつ、あついあついとうめいたり
中村君中村君と言い寄ったりさやちゃんさやちゃんとのぼせたりバ
ンドバンドと興奮したり生い先短い短いとせっぱ詰まったりしなが
ら、けっこう楽しく過ごしています。
 おしまい。

第6回1000字小説バトル
Entry75

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女神

作者 : ろくなもん
Website : http://www.rokudemo.com/
文字数 : 700くらい
 とあるボロアパートで、老夫婦が激しく悲しみの涙を流していた。
 そこへ見るに見かねた女神が、老夫婦の前に降り立った。
「これこれ、どうなされたのでしょうか?」
「め、女神様。いえ、実は私のせがれのことなのです。せがれの奴
ときたら美少年なのをいいことに、職にも就かずに毎日違う女と一
緒に遊び回っておりまして、小遣いまでもらっている始末で…情け
ないったらありゃしません。女神様、どうかせがれの根性を叩き直
してはもらえないでしょうか?」
「分かりました」
 女神はニッコリと微笑むと、早速せがれの所に飛んでいった。
 せがれは二人の女とくんづほぐれつの真っ最中だった。
「これこれ」
「…ん?なんだ女神様か」
「お前に話したいことがあるのです」
「後にしてくれ。今忙しいんだよ」
 せがれは女神をほっといて、またコチョコチョし始めた。
「いやーん、もう…」
「な、ここがな?いいだろ?」
「あん、あたしにも!」
 しばらくの間、女神は黙って待っていたが、なかなか終わりそう
にもなかった。
「あの…まだ終わりませんか?」
「…まだまだだよ!…でな、ここらへんがまた…」
「ああん」
「はああん」
 女神はブスッとした表情で座り込んだ。そして、床の木目を数え
たりして時間をつぶした。
「あの…そろそろ終わってもらえないでしょうか?」
「うるさいな。これからなんだよ」
「そーよ、まだまだよ」
「もっともっとたっぷりなんだから、ねー?」
 女神は無言で俯いたままになった。
 そしてフッとため息をついた。

(彼氏ほしいな…)

第6回1000字小説バトル
Entry76

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金魚の夏

作者 : オザキトラ
Website :
文字数 : 986
 Rは私を金魚のようだと言う。
透き通ったガラスの向こうで、プクプク小さい泡を吐いて、遠い世
界に目を凝らす。赤い尻尾をひるがえし、生ぬるい水の中でぐるぐ
ると泳ぐばかりの、退屈な金魚。
 
『金魚はね。ガラスの鉢の中で、ひとりぼっちで、食って、糞して、
泳いで眠る。そんな毎日は苦しくないだろうか?』
『金魚は外の世界に憧れているのかな?何処かに行きたいと思うだ
ろうか?』

 Rはとてもお喋りで、Rの言葉は尖って痛い。Rは私の身体を痩
せた指で辿りながら、曖昧な物語を綴って行く。私は空ろに笑いな
がら、だらしなく流れ出す自分の欲望の行く先を見ている。

『下水道の果てには金魚の王国があるらしい。捨てられた金魚たち
が、汚水の中でぶくぶく太って大きくなって、群れをなして暮らし
ている』

 朝。目覚めるとRは居ない。
私はマンションの高い窓から、喧騒にざわめいている筈の町を見下
ろす。部屋はしんと静かで、何事からも取り残されている。ガラス
の向こうの騒々しい世界を思うと心が痛む。あらゆる時から遠く離
れて、金魚の一日が又始まる。

『2000年には、人間は皆金魚のように生きることが義務づけられ
るらしい。ただ黙々と、何も傷つけず、誰も殺さず』

 目を閉じて、息を潜めて、時間の流れに耳を澄ます。じくじくと
音を立てて、夏が熟れてゆくのが分かる。今年の夏はとても暑くて、
アスファルトから立ち上る陽炎が苦しい妄想を作り出す。知らない
間に私たちは行き詰まり、途方に暮れて傷つけあう。汚れた水が纏
わりついて、私は上手に泳げない。
 Rは私が逃げているのだという。何も考えない振りをして、ガラ
スの中に心を閉ざす、そんなやり方は卑怯だと責める。私は沈黙し
てRの顔を見ない。
 Rは金魚が欲しかった。ガラスの鉢に水草を飾り、青く光る石を
敷き詰めて、時々見つめていたかった。だけど金魚は歌いもしない
し、鳴きもしない。Rの心は癒されずカラカラ乾いて、尖ったささ
くれがチクチク痛い。もしも私が子犬だったら、お喋りな尻尾を優
しく揺らし、Rの心に寄り添うことも出来ただろう。もしも、私が
カナリアならば?
 
『金魚の目は哀しいけれど、とても恐いよ。考える事を止めてしま
うと、あんな瞳を持てるのだろうか』

 やがて忘れられた金魚は、白い腹を見せて汚れた水に浮かぶだろ
う。叫ぶ言葉も持たないで。哀しい目玉を閉ざす事も出来ないまま
に。
そして金魚の夏が終わる。

第6回1000字小説バトル
Entry77

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Japanese Worker

作者 : じろう
Website :
文字数 :
 右手で流れる汗をぬぐいながら、時計に目をやると3時半だった。
 予定より早く着いてしまったようだ。
 今日は、街外れの喫茶店で今度出版する暴露本の打ち合わせをす
る予定になっている。
 (今回は、いいネタをつかんだので、政界には大打撃だな)
 そんなことを考えながら、ぶらぶら歩いていた。

 ふと右に目をやると、1人の男性がうずくまっている。
 人通りが多いわけではなかったが、この通りにその男性を気遣う
者は誰もいなかった。
 私はなんて冷たい人ばかりなんだと小さく舌打ちをして、その人
に駆け寄り、彼をのぞき込んで声をかけた。
 彼は、何も言わず私をはねのけ歩き出したのだが、私は彼の歩く
様が明らかにおかしいことに気付いて、再び駆け寄り彼に断りなく
肩をかした。
 私の目を見ようとしない彼は私の好意をあからさまに嫌っている。
 それでも彼の体が心配な私は、病院へ行くように促した。

 「仕事があるんです」

 彼は私に後ろめたいことでもあるかのように、うつむいたままで
そう言った。
 不似合いの銀縁眼鏡にスーツ姿で右手に大きなかばんを持ってい
る彼は、私が、何度仕事よりも体が大切だと問いても首を横に振る
だけだった。
 私は、彼に嫌気が差して彼の肩からするりと抜けると、何も言わ
ずに彼の後ろ姿を見送った。
 見送りながら私は、日本人というものは何よりも仕事を優先する
人種なんだと妙に納得していた。

 彼のことは忘れようと少し歩いたが、頭の中からこの一件がはな
れることはなかった。
 (彼を待ってる仕事っていったい何なんだろう?)
 そんな意味もないことが頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。
  
 待ち合わせの時間が来たので、喫茶店へと向けて歩いて行った。
 少し歩くと喫茶店に着き、気持ちを入れ替えて喫茶店のドアに手
をかけた瞬間

 キュン

 何かが体を通り抜ける。
 胸から血があふれ出る。
 崩れ落ちながら、偶然目に入ったものは、喫茶店の向かいに建つ
ビルの屋上で、大きなかばんをライフルに持ち替えた彼だった。
  
 彼は、自分の仕事をやり遂げた。
 真っ赤な海に顔を埋めながら、胸につっかえていたものが取れた
気がして、薄れていく意識の中、私は微笑んでいた…

第6回1000字小説バトル
Entry78

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うらめしやー

作者 : 越冬こあら
Website :
文字数 : 988
「うらめしやー」
「え?」と振り返ったら、俺がいた。
「うらめしやー」
「あんた誰?」
「私はあなたの幽霊ですよ」
「俺の幽霊?俺まだ死んでないんだけど……」
「いずれは死にますでしょう」
「そりゃあまあそうかも知れないが……」
「私は、あなたの幽霊です。未来の国からやって来ました。うらめ
しやー」
「ちょっと待ってよ。あんたが俺の幽霊だったとしたら、俺っても
うすぐ死んじゃうわけ?あんた俺とトシがそんなにかわんないでし
ょ?」
「ご安心を。あなたは長寿を全うされます。人間死んだらみんな
26歳に戻るんです」
「あっそう。長寿を全うねえ。まあ、それを聞いてひと安心だ。で
も、あんた未来からきたってことは、これから先の俺の運命を全部
知ってるってこと?」
「はい、そうです。それについて申し上げたいことがあってやって
まいりました。」
「ねえねえ、俺って誰と結婚するのよ?やっぱり、よし子と身を固
めることになるってわけ?」
「タイムトラベラーの規則で、未来のことは具体的には申し上げら
れないのです。」
「言い渋ったってことは……よし子との結婚はないってことだね。
するってえと誰だい?」
「ですから規則で申し上げられないのですが……まあヒントくらい
ならいいでしょう。エキゾチックな外見の人と規則正しい人とお二
方です。」
「えっ?二人。二回も結婚できるの。外国人と大和撫子が相手かい。
なかなかうれしいなあ」
「まあちょっと違っていますが、くれぐれも気をつけて下さいね。
さようなら」
「さようならって、ちょっと待てよ。あんたなんか言いたくて出て
きたんでしょ?まだ聞きたいこともいろいろあるんだし」
「うらめしやーさようならー」
「おいおい」
と、突然頭上から強い光が降り注いできた。

……UFOに拉致され、彼らの星に連行されて、研究対象にされて
いるうちに彼らの星で革命が勃発、開放されて市民権を与えられ、
妙に目鼻立ちのはっきりした宇宙人やメイド型サイボーグとの結婚
を経て、老化防止対策としてサイボーグ化され、その頃やっと彼ら
の星と地球との交流が始まり、その一助として地球への帰還が許さ
れ、帰省したのもつかの間、宇宙環境への対応の研究材料としてク
ローン化され、その一体がタイムトラベラーとして時間を逆行し、
事件の発端となった今夜に帰ってくるまで、約250年の私的時間
が費やされることになることは、やはり、言いだせなかった。

「うらめしやー」

第6回1000字小説バトル
Entry79

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地下室のメロディ

作者 : ヒロト
Website :
文字数 : 997
「そして運転手が振り返ると、後部座席に女の姿はなく、」
「水たまりが、でしょ?はい次、えっと、十八話目いきましょう」
「あ、次オレね。これは怖いぞう」
「いいから早くしてよ。私明日仕事なんだから」
「それもある意味怪談だよね。カウントする?」
「しない」
 百物語連盟。そこはカナ子にぴったりのコミュニティであったの
かもしれない。今夜が初参加というだけあって、いささか緊張した
面持ちで臨んだのだが、そのおどろおどろしい名前や内容とは裏腹
の賑やかさに、カナ子は笑いをこらえるのが精一杯だった。嫌な事
はみんな吹き飛んでしまう。最近流暢に話し始めた息子の生意気さ
も、息子を殴る事でしか無能な自分を正当化できない夫の事も。
「ちょっとカナ子、笑っちゃ駄目よ」と肘で小突いたのは、カナ子
をこの会員制秘密クラブに誘いこんだ友人のクミ。順番通りに進む
とクミは三十三話と六十六話と九十九話を担当しなければならない
ので、少し気が立っているようだ。何せ内容が重複してはいけない
という、厳正なるルールがある。
「カナ子がいいよね、初参加者はオブザーバー扱いだもの」
「あら、オリジナル怪談のひとつやふたつ、私用意してるわよ。あ
なた言ってたでしょ?オリジナル怪談なきもの参加するべからず、
って」
 オリジナル怪談とは、その語り手自身の実体験や創作によるもの
で、新しい怪談を生産する行為として高く評価され、連盟の財産と
なる。大抵の場合、広く一般に知られた話から語られる事が多く、
八十一話以降は必ずオリジナル怪談でなければならない。
「それは素晴らしい」と横から口を出したのは、クミの隣りに座っ
ていた会長の鳥越クロウ。黒いマントで怪人ぶりを演出している妙
な男だ。
「じゃあ百話目はカナ子さんにお任せしますよ」
 とんでもない名誉。カナ子は踊り出したい気分になった。だって
百物語は、百話目こそが華なのだから。
 進行するにつれ次々と消されてゆくロウソクの炎が、カナ子には
夜空の星の瞬きにさえ感じられ、湿っぽい地下室はおもちゃ箱のよ
うに見えた。ちょっと練習しておこうかな。
 えーと、いつものように夫が息子に暴行を加えていると今までさ
れるがままだった息子が台所から包丁を持ち出し夫の胸を一突き。
それを見た私が息子から包丁を奪ってこれまた胸を一突き。
 あれ?私を刺したのは誰なのかしら?

バトル結果

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作品受け付け───7月15日〜7月31日迄(終了しました)
作品発表─────8月1日〜
人気投票受け付け─8月1日〜30日迄(終了しました)
結果発表─────8月31日



第6回1000字チャンピオン決定!!
岡嶋一人さん作『本番いきまーす』に決定!!。
岡嶋一人さん、おめでとう。
心より感動の拍手を贈ります。



作品
本番いきまーす(岡嶋一人)5
鬼灯(ほおずき)(鹿野まどか)4
海とロビン(紺詠志)3
さかなの子(北村曉)3
天狗の鼻岩(三月)2
なんてこった。(一之江)2
5年目の七夕(小沢 純)2
足音(イサム)2
東京湾SOS(塔 重五)1
博士の遺書(3吉)1
僕は正義のヒーローだ(よしよし)1
あじさいの傘(紅 樹)1
Japanese Worker(じろう)1
ノートルダム(狂)1
四角い父さん(越冬こあら)1
僕の拡張的人生(蛮人S)1
唐蕃朱(とまと)(海坂他人)1
元気なおばあさん(多田野英俊)1
ライス・アンド・ミソスープ(大森 柔)1
金魚の夏(オザキトラ)1
無し1


本番いきまーす(岡嶋一人)

鬼灯(ほおずき)(鹿野まどか)

海とロビン(紺詠志)

さかなの子(北村曉)

天狗の鼻岩(三月)

なんてこった。(一之江)

5年目の七夕(小沢 純)

足音(イサム)

東京湾SOS(塔 重五)

博士の遺書(3吉)

僕は正義のヒーローだ(よしよし)

あじさいの傘(紅 樹)

Japanese Worker(じろう)

ノートルダム(狂)

四角いお父さん(越冬こあら)

僕の拡張的人生(蛮人S)

唐蕃朱(とまと)(海坂他人)

元気なおばあさん(多田野英俊)

ライス・アンド・ミソスープ(大森 柔)

金魚の夏(オザキトラ)

●無し







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