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第7回1000字小説バトル
Entry14

大指物

作者 : 太郎
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文字数 : 632
  徳川頼宣は家康の第十男、紀伊徳川の祖である。
大阪合戦の頃は駿河五十万石の大名であった。その分限に応じて兵
を出し、夏の陣では一万を率いて殿軍に属している。
  その旗下に矢部虎之助という男があった。
  まだ剃りの青い虎之助は「咲く頃は花の数にも足らざれど散るに
は洩れぬ矢部虎之助」と大書した長さ二間の大位牌を指物とした。
竹の張り子などではない、大人三人ほどが背中に覆い被さるような
重みがあった。
「功名も大事だが目立つのも肝心、大将の目に留まらねば出世もな
い」
  なるほど駿河宰相頼宣にはひときわ喜ばれた。何といっても宰相
頼宣は物事が嬉しい御歳十四である。「あれは誰じゃ」と、やや高
い口調で御下問あり、歳古びた家老が「矢部虎之助とありますな」
と苦い声でこれに答えた。
 「俺が名前は若君の御耳に達したぞ!」
  虎之助の喜びようはただごとではない。
  そびえる壁のような指物を背負った虎之助を周囲は邪魔に思った
が、若君のお声が掛かった今となっては小言も云えぬ。
  このまま何事もなければ、あるいは多少の取り立てはあったかも
しれない。ところが「いざ出陣」のその日、大号令と共に進み始め
た虎之助、大位牌に強い風が吹いて、ころりと馬から落ちてしまっ
た。
ぽきりと位牌も折れた。「やっ!」と一瞬周りは息を呑んだが、突
然弾けるような笑いが起き、波のように広がって、あろうことか駿
河軍勢が一時隘路に滞った。
「なるほど、散るには洩れぬ虎之助じゃ!」
  後、矢部虎之助は食を断って死んだ。






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