インディーズバトルマガジン QBOOKS

第7回1000字小説バトル
Entry16

雪玉彗星

作者 : 邯鄲虫
Website : http://plaza19.mbn.or.jp/~souroku
文字数 : 約1000字
「おじさん、大変だよ!」
 眠ったはずの甥が、突然ドアを開けるなり叫んだ。振り向いた私
はその真剣で蒼白な顔つきに只事ではないと直感した。真夜中であ
る。今夜は集中豪雨でこの付近一帯も停電となり、先刻から私は蝋
燭の光の中、締め切り迫った作品の為に、アイデアの絞り出しと胃
の絞られるような痛みに苦しんでいた。こんな状態がもう二週間も
続いている。おまけにこの夏は姉夫婦の都合で小学生の甥の面倒を
むりやり引き受けさせられていた。

「大変だよ! 今ラジオで言ってた、もうすぐ雪玉彗星が落ちてくる
って!」
 突然の話に唖然としていると、甥は信じられないという目で言っ
た。
「おじさんが教えてくれたんじゃないか! 地球の水の起源は宇宙か
らの雪玉彗星だってこと。46億年も昔からずっと…今も一日に何
千個も地球に落ちてきてるって……」
 そこまで聞いて私はハッと思い当たった。「え? だってそれは…
…」
「そうだよ! 今までは地球圏に突入しても太陽の熱で水蒸気になっ
てたけど、今度のは溶けないで落ちてくるんだって!」
「そんな!」と私は思わず叫んだ。慌てて棚の上のラジオに目をや
ったが、それはとうに電池が切れていた。
「だけど…そんなバカな…なぜ蒸発もしないで…おい!彗星は一個
がこの家くらいあるんだよ!…何十トンもの水の塊…一日に何千個
も落ちてくる…そうだ! ラジオを持っといで!」
「ボクのラジオも途中で切れた。電池が無いみたい……」不安げに
私を見つめながら甥はヘタヘタとその場に座り込んだ。

 微かに揺れる蝋燭の灯が大小二つの影をぼんやりと壁に映してい
る。雨戸を通して激しい雨の音がことさら耳につく。
「大丈夫だ、心配しなくていい。おじさんがいるからな」とは言っ
てみたが、このとてつもない天変地異から甥を護る自信などある訳
がない。たとえ雨のような状態でも、巨大な雪玉の落下が何日も続
いたとしたらこの地球上に洪水から逃れられる場所などあるだろう
か。
 私は甥がラジオで聞いた数少ない情報から考えられる限りの対策
を口にしては自ら(或いは甥の生意気だが当を得た反論から)否定
するという繰り返しだった。かれこれ4時間は経っていた。もう明
け方である。

 突然部屋が明るくなった。同時に、スイッチを入れたままにして
あったテレビから気象図の静止画面とともに静かな音楽が流れ出し
た。それを横目で見ながら甥は大きく伸びをすると、大口をあけて
欠伸をした。
「おじさん、まだ胃が痛い?」
「え? いや……」
「よかったね。じゃあボク、もう寝るよ。あれは冗談だから安心し
て。おじさん、たまには仕事のことも忘れないとね」






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