第7回1000字小説バトル
Entry17
いつもの帰り道、私は、雨に降られた。 「傘、持ってこなかったからな」 恨めしげに、空に呟いてみるが、雨の方は、止む気配すら見せず、 勢いを更に強めた。 雨宿りをしている私に、「傘……持ってないんですか?」 声のしたほうを見ると、くたびれた感じの女性が、居た。 「ええ。今朝の天気予報をあてにしてしまって」 「よかったら、使ってください」 女性は、二本あるうちの一本の傘――青い傘を私に手渡した。 「いや、見ず知らずの人に……悪いですよ」 止みそうも無い雨の事を考えると、非常に魅力的な申し出ではあ ったが、私は、やんわりと断った。 「使ってください」 そう言うと、傘を置いて、雨の中へと消えて行った。「何だった んだ?」 奇妙な感じにとらわれながらも、私は、傘を手に取った。 青い、綺麗な傘だった。 一週間が過ぎても私の手元には、青い傘が残っていた。あれから、 雨は一度も降らなかった。 「今日こそは」 祈るような気持ちで、空を見上げる。が、祈りもむなしい。降り そうにない天気だ。 しかし雨の女神は、私を見捨てなかった。 昼から、バケツをひっくり返したような大雨となった。なんとな く会えそうな気がする。 予感は当たるもので、前に会ったときと同じ服装の彼女が居た。 私は、傘を返そうと駆け寄った。その足を陰口が止める。 「また、居るわよ。あの奥さん」 「かわいそうに……頭が、おかしくなったのかも……」 私は、二人に、「どうかしたんですか?あの奥さん」 最初は、いぶかしんで見ていたが、噂好きの典型らしい二人は、 話してくれた。 「あの、奥さん。今でも旦那の事を待っているんですよ」 「それが、変ですか?」 「そりゃ、変よ。旦那は、事故で亡くなってるんだから」 私は、ギョッとした。まるで、忠犬ハチ公じゃ、ないか! 「雨の日に、傘が無いご主人が、走って信号を渡ろうとしたのよ。 濡れたくなかったみたいで、赤信号を。それで、轢かれたらしいわ」 「誰か、あの奥さんに言ってあげないんですか?」 「無理よ。皆、厄介事に首を突っ込みたくないのよ」 「そうよ」 と、二人は言う。瞬間、ムッとしたが、怒りの感情もすぐに消え た。 私もこの二人の主婦と一緒なのだ。 二人に、お辞儀をすると私は、帰ることにした。手には、青い傘 があった。 家に戻ると、私は、ギンギンに冷やしてあったビールを空けた。 いつもなら、心地よく酔いが、五臓六腑に染み渡るのだが、今日は、 勝手が違う。 生れてこのかた、私は、普通の人間よりも敏感に他人を遠ざけて きた。 幸か不幸か、私には、現在親友と呼べる存在も恋人と呼べる存在 も居ない。 ともかく、私は、この年にして自分の過去を悔やんでいた。 何故、自分の殻を壊さなかったのだろう。しかし、悔いていても 始まらない。今、持っている青い傘。 これが、自分を変えてくれる気がした。
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