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第7回1000字小説バトル
Entry21

悠久堂リング

作者 : ヒロト
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文字数 : 998
 「受け取れないって……冗談だろ」
 ゼロ彦の太い指では投げ返された給料三ヶ月分をうまく掴めない。
ベッドの上で跳躍する、濃緑色の給料三ヶ月分。窓から射し込む強
い西日が零子の茶色い瞳を金色に見せていた。
「だからさ、これ、悠久堂の指輪だよ?」
「違うの、首輪」
「え?」
「ユビワじゃなくて、ク・ビ・ワ。まるっきりアンタの聞き違いよ。
バァカ」
「それってネックレスとかチョーカーのことかな」
「首輪ったら首輪。同じことなんべん言わせんのよ、この甲斐性ゼ
ロ彦」

 投げつけられた枕に背中を押されてゼロ彦は部屋を出た。零子に
罵られるのは快感ではない。習慣だった。安月給で悪かったな、で
もまるっきり平気ってわけでもないんだぜと肩をすぼめて歩いてい
るうちゼロ彦は、今日も今日とて悠久堂の、蔦の絡まる古びた扉を
ぎぎぎいっと押し開ける。こんなしょぼくれた骨董屋のどこがいい
のかな零子は。
「……いらっしゃいませ」
「うわっ。店主、脅かさないでよ」
 暗がりからぬっと現れた悠久堂店主の顔が、昔お化け屋敷で見た
年老いたドラキュラによく似ており、ゼロ彦のノミの心臓は危うく
口から飛び出すところだった。まんざら知らぬ仲じゃない。が、何
度会っても慣れない顔だ。
「あのう、クビワって、あるかな?」
 ゼロ彦のとぼけた問いにふふふと薄く笑い、まあ奥へどうぞと誘
うドラキュラ。壁に並ぶ蝋燭の炎が濃密なムスクの香りを攪拌して
いる。奥といっても十歩も歩けばもう店の奥にぶち当たるのだから
たいした奥行きではない。ショーケースの向こうでドラキュラの店
主に似た若い女が額縁の中から笑いかけてくる。遠い未来を覗きこ
むような悲しい瞳。あの瞳にアレキサンドライトが埋め込まれてる
って噂は本当なのかなあとゼロ彦はぼんやり考える。
「それにしても今度はクビワ、でございますか。ええと初めがデン
ワで次が……」
「シメナワ。正月だったからね。で、ドライフラワー、ハニワ、ユ
ビワ」
「ユビワで決まりかと思ったのですが」といわくありげににやつく
ドラキュラ。「返品なさいますか?いつものように」
「いや、やめとくよ」とゼロ彦は即答し、今は赤紫色に揺らぐ石を
見つめる。こいつは切り札なのだから。勝気な零子が連想ゲームに
ギブアップするその時のための。……とりあえず待ってみようかな。
ウチワくらいまで。
 悠久の美という名の肖像画。額縁の中で片目の女も微笑んでいた。






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