第7回1000字小説バトル
Entry33
ある意味に於いて森の中で熊に出くわすことは必然であろう。森 の入り口には「熊出没注意」の看板が掲げられていたし、森の小径 にも同様の看板がいたるところに掲げられていたのは十分に承知し ていた。だが、熊といえば、もちろんその存在は十分に心得てはい たものの、欺瞞に満ちた映像の中かあるいは檻の中に在るべきもの であって決して森の中で出くわすものではないという潜在的な考え があっても然るべきであろう。 もちろん、おれが熊より先に熊に気付いていたならば踵を返し死 に物狂いで走り出すことも可能であったかも知れない。あるいは、 出くわした熊が親熊とはぐれた生まれたばかりの小熊であったなら ば殊更考える必要もなかったであろう。 思考能力が弱まってきたのかもしれない。熊に横っ面を張り倒さ れたおれは空中を吹っ飛びながら考え続けていた。 これで気が済んだのなら熊は立ち去るであろう。森でたまたま出 くわしただけで何の罪もないであろうおれの横っ面を思いっきり張 り飛ばして気が済んだのなら熊は立ち去るであろう。その可能性は 否定できないはずだ。これは確信に近いものがある。もちろん熊が 立ち去るという確信ではなく、熊が立ち去るという可能性を誰も否 定できないという確信である。 地面に叩きつけられたおれは霞み始めた視界の中で熊を捜した。 捜す必要もないくらいに熊はおれの目の前に存在していた。牙を剥 きだし唾液を垂らした熊は今まさにおれの頭にかぶりつこうとして いた。 ある意味に於いて森の中で熊に出くわすことが必然であったとし ても、熊が出くわした相手がおれである必然はなかろう。何も、極 めて酷似した時に、極めて酷似した場所におれと熊が存在する必然 など無いのではないか。あるいはおれが森の中で出くわしたのが熊 ではなく人であったならば「こんにちは」という一言で済んだので はないか。人であれば森の中で出くわした相手の横っ面をいきなり 張り倒したり、頭にかぶりつこうとはしないのではないか。 思考を続行することが困難になってきたのかもしれないような気 がするし、ミシミシって音は、おれの頭蓋骨がミシミシと音を立て ているのかもしれないからもう助からないかもしれないし、森の中 で出くわしたのが人ではなく熊であっていきなり横っ面を張り倒さ れて頭にかぶりつかれたのがおれであるということは決して否定で きないということかもしれないし、これは限りなく確信に近いかも しれない。
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