第7回1000字小説バトル
Entry34
今日、関東がついに大坂攻めの軍令を発したという報せが入った。 世間では、関東に対抗して一歩も引かぬお袋さまは、猛々しい生 命力を持つ女性であり、余はその母公の言うなりの操り人形と見て いるが、それは間違いである。 たとえば、高台院さまはどうであろうか……。あの関ヶ原の折、 あっさりと三の丸を出られて京の三本木に隠棲なされ、以来今日ま で世に顕れず、ひっそりと暮らしている。これを見て、誰もが、淡 泊な方と申し上げるが、余に言わせれば逆なのである。あのお方が あっさり豊家を見切られたのは、自らが生きんとする、その強い意 志を持たれていたからに他ならぬ。 福島、加藤、浅野などの大名にしても同じことである。彼らがい かに豊家を大事に思うとしても、あの関ヶ原で徳川内府に合力した 段階で、彼らは新しい歴史の流れを作り、それに自ら乗ったのであ る。 しかし余は、決して彼らを悪む気は起こらない。むしろ、世の流 れが如何になろうとも、自らの進むべき道を見つけて生き抜いてゆ く人々が羨ましくてならぬのである。 恐らく、余が本当に生きるつもりならば、この城を出て、徳川家 によって大和のどこかに五万石ほどで封じられればよいのであろう。 現に伊達侯などは、常高院どのを通じてそのような策を献じてきた という。 しかし余はどうしても、そんな小城で領国経営に心を砕いている 自分を想像できなかった。これまた世上の取沙汰では、この城から の退去を頑強に拒んだのはお袋さまであるとされているが、お袋さ まにしても、亡き太閤殿下の一の側室であった以外の自分を考える ことができぬだけである。 人は愚かな意地と言うであろうが、実際はそうではない。この天 地の間に自らの生きるべき道を見つけられぬ、生命力の無さがすべ ていけないのである。自分ばかりではない、この城へ集まってきた 牢人たちから見れば、余は死神の如き者であるかも知れない。 しかし、本当に余を「死」の中に閉じ込めているのは、この城で ある。暮夜、お袋さまに当てがわれた、これから起こることなど何 も知らぬ伊勢の方を横に臥せさせている一刻など、この城全体がぎ しぎしと音を立てて、余を締めつけようとしているのをすら感じる のだ。 余の祖父に当たる、浅井長政という武将のことが、この頃では懐 かしく想われる。彼が信長公に最後まで楯を突いて、討死した城は、 いかなる所であったろうか。
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