第7回1000字小説バトル
Entry5
それは、泡沫の夢のように、たよりないほどちいさな物語……。 まもなく約束の時間だ。 時計を見てから、いつものように窓際の席に座り、紅茶を注文す る。 眺めの良い、二階の喫茶店。 眼下を流れる人々の姿を、わたしはぼんやりと見つめた。 通りの向こう。 駅の構内から出てくる人。 構内へと消えていく人。 男と、女と、いろいろな、顔。 まだこない、あのひとを想いながら、わたしは紅茶一杯分の時を 過ごす。 テーブルにはティーカップ。 砂糖が二杯の、甘い紅茶。 たゆたう湯気が、初恋のように儚く、霞んでは消えていく。 待つのはキライじゃない。 だけど待たせるのはキライ。不安になるから。 だから、賭けてみる。 紅茶一杯分の時を、 待たせるだけの、わたしの価値を。 いつもの時間、いつもの場所。 湯気の向こう、窓の向こう、通りの向こうに、忙しなく時計を覗 く姿を見つけた。 はやる気持ちを抑えながら、琥珀色の液体を呑みこむ。 早く、行きたい──。 あふれてくる気持ちの奔流。 過ぎるほどに焦がれる想い。 高鳴る鼓動。 紅茶一杯分の幸せに、わたしの体温が上がる。 待つひとがいる喜びを感じながら、わたしは走りだす。 そして、いつものように遅刻するわたしに、微笑むあのひとの胸 へと、両手を広げて飛び込む。 壊れないように、無くさないように、大切な想いを詰め込んで、 ちいさな、ちいさな物語は、今日もどこかで語られている……。
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