第7回1000字小説バトル
Entry9
妻が子供を産んだ。西瓜の子であった。 生まれた西瓜を持ち帰ってはみたものの、どうすればよいのか私 にはわからなかった。 「近所の保育園で育児相談所をやっているらしいから、そこへ行っ てみてはどうかしら」 と妻が言うので、ではそうしてみるかと、二人で出かけた。 途中、八百屋の前を通りがかると、そこの奥さんが声をかけてき た。 「あら、若竹さん、お出かけですか?」 「ええ、ちょっと。今日、ご主人は?」 「ああ、あれは怠け者ですから。仕事の途中で抜け出しては、いつ もどこかを遊び歩いているんですよ」 「そうですか」 そう言って保育園に向かおうとしたのだが、妻はついてこなかっ た。夢見る目をして、店先の野菜や果物に見入っていた。 「おい、行くぞ」 妻の手をひき、私はふたたび歩きはじめた。 出産を終えてから後、妻はどことなく様子が変だった。人間の代 わりに西瓜が生まれたのだから、まあそれも当然なのだが、私にし てみれば、やはり心配であった。 八百屋の奥さんになるのが夢だったの、といつだったか、妻が私 に話したことがある。子供の頃だけどね。八百屋の奥さんになれば、 毎日がどんなに楽しいかしらって、そう思ってた。 そう話す妻は、ふだんよりも、どこか幸せそうだった。しかし妻 がどうしてそういう話をするのか、私には理由がわからなかった。 保育園に着き、育児相談に来たという旨をつたえると、しばらく 待たされ、やがてそれほど広くない一室へと通された。入ってきた のは八百屋の主人であった。 「どうもどうも。今日はどのようなご相談で?」 私は驚いた。「どうゆう相談っていっても。あなた、八百屋の主 人でしょ?」 「ええ、そうですよ。ですから、八百屋と兼ねて、こうして育児相 談もやっているんです」 「そうだったんですか」 私は妻の顔をみた。妻は、またうっとりとしていた。 「じつは」と私は言った。「西瓜の子が生まれたのです」 「すばらしい!」と八百屋は言った。「いいじゃないですか、西瓜 の子。西瓜はおいしいですからね。じつにうらやましい。いやあ、 私もほしいですよ、西瓜の子」 ばかばかしい、と私は思った。 「おい、帰るぞ」 「あら、若竹さん」顔を赤らめ、妻は八百屋の手を握った。「お買 い物ですか? 今日は人参がお安いですよ」 どうかしている、と私は思った。何もかも、どうかしているのだ。 妻を残して私は一人家へと帰った。その日、私は西瓜を食べるこ とにした。
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