第8回1000字小説バトル
Entry13
五月に入ったあたりから、伸二の家に度々悪戯電話がかかってく るようになった。無言のまま切れてしまう事がほとんどなので男女 の判断すら難しかったが、恐らくは誰か一人の人間の仕業だろうと 伸二は推測した。 「そのうち飽きて止めるだろう。放っておけばいいさ」 伸二は妻の薫にそう言った。 「気味が悪いわ。こう何度もかかってこられると」 薫は伸二の言葉にいい加減さを感じたのか、そこから強く伸二に 電話番号を替える事を訴えた。伸二は仕事で使っている番号をいち いち替えるわけにはいかない、と尤もらしい事を言って逃げようと したが、結局は薫に押されるようにその要求をのむ事になった。 手続きは全て薫が行なった。伸二は身内や仕事関係の人々に新し い番号の事を伝え、これで電話の事はひととおり落ち着いたと安堵 感を浮かべていた。 しかし番号を替えてから無言電話は無くなったものの、今度はこ ちらが受話器を取ったとたんにいきなり怒鳴り散らして切るという、 「有言電話」が頻繁にかかってくるようになった。 その声の主はまちまちであったが、しかし皆一様にこちらを罵倒 するような言葉を浴びせて切る所は同じであった。はじめは伸二も 薫も何がなんだか分からなかったが、電話の内容を少しずつ拾って いくうちに彼らが相場か何かで詐欺に遭い、かなりの金額を騙し取 られた事を理解した。 電話は昼夜を問わなかった。回線を外そうにも旧式のそれは道具 なしでは外れなかった。夜中にベルの鳴り続ける電話を前に、二人 は無言電話を懐かしく思った。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。