第8回1000字小説バトル
Entry20
駅前での待ち合わせの時刻はとっくに過ぎているのに、友人が現 れる気配はない。今までこんなことは一度もなかった。むしろ私が 彼を待たせる方が多かったようにも思う。仕方なく暇な私は目の前 の光景をぼんやりと眺めていた。 九月も半ばを過ぎたというのに、頭上から降り注いでいる太陽の 光は一向にその強さが衰えようとする兆しを見せずに、容赦なくア スファルトに照りつけている。その上昨日降っていた雨が足下やそ こかしこに水溜りを作っていて、その蒸発する熱気がそよとも吹か ない風のためにあちらこちらで留まっていて、道を歩く人の胸の中 にむっと入り込んでくる。湿度だけはやたらと高く、夏の盛りより もむしろ不快なぐらいだった。天気予報では今日も雨が降り続くと 言っていたが、空には昨日までの黒雲とはうってかわって強い光を 放っている太陽と、その周りに申し訳程度にぽっかりと浮いている 小さな白い積雲、そして見るものを圧倒させるほどに抜けるような 青。それだけしかなかった。 目の前の信号が点滅を始めた。皆一様に早足になり、ゼブラゾー ンを踏みつけて行く。やがて信号が赤に変わる。人が渡り終わるの を待っていた軽自動車の群れが、やはりゼブラゾーンを踏みつける。 その真ん中に一人老婆が取り残されていた。もう渡るのを諦めたの か、車の来ない位置で腰を下ろそうとする。一台の車がクラクショ ンを鳴らす。老婆は慣れているのか気にする様子もなく、懐からハ ンカチを取り出して額の汗をぬぐった。 今度は直角方向の信号が青に変わった。またゼブラゾーンを人は 過ぎて行く。先程の老婆はただ待っている。その横をバイクやトラ ックが通り過ぎて行く。青から黄、そして赤。目の前の信号が青に なり、老婆は立ち上がって、ゆっくりとした歩調でゼブラゾーンを 渡り終えた。また点滅、赤、青、赤。繰り返される時間の流れの中 で、この老婆はいったいどれほどの意味があったのだろう。 足下にあった水溜りは強い陽射しのせいでいつの間にか涸れてし まっていた。また老婆が額の汗をぬぐう。その一滴がアスファルト に落ちて、黒い染みを作り出したがすぐに乾いてしまった。 彼はまだ来ない。いつまで私を待たせる気だろう。私が老婆にな るまでだろうか。そしてあのゼブラゾーンを渡り終えるまでだろう か。 額にじっとりと汗が滲み出してくる。ハンカチで額をぬぐった時 …… 「待たせたね」 それでもまだ、空は青いままだった。
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