第8回1000字小説バトル
Entry22
涙が止まらず、夜中に目が覚めた。 女に振られたわけでもないし、就寝前にホロリと泣かせる本やテ レビの類を見た覚えもない。悲しい夢を見たわけでもない。それに もう、女やテレビや夢物語に涙を流す歳でもない。しかし、涙はポ ロポロと止め度なく溢れ続けた。 そうこうしているうちに、タラタラ鼻水が出た。ティッシュをと ろうと横を向くと、口の端から大量の唾液がドロドロ流れ出してき た。何が何だか解らないまま、スタンドの電気を付けてみると、爪 の間から血がジンジンと滲んでた。痛みも伴わず滲み出す血はたい そう奇妙なものだった。 ポロポロ、タラタラ、ドロドロ、ジンジンと流れ出す涙、鼻水、 唾液、血液の異様なぬくもりに包まれて、ずいぶんと汗もかいてい た。「このまま行くと、鼻血の方も漫画みたいにブーと噴き出すん じゃないかなあ」と、この状況に似合わない楽観的な想いが浮かぶ やいなや、鼻血がブーと噴き出した。押さえることも何かを詰める ことも拭うことすら出来ないまま、やっと上半身を起こしてみると カーテンと壁に鮮血の染みがついていた。声を出そうと思ったが、 唾液の止まらぬ口からはゴボゴボと泡が出るだけで、少し力むと今 度はウェーとゲロ吐いた。 悪い予感がまた走り、血だらけの手を胸にあて、パジャマのボタ ンを外してみると、胸部は心なしか膨らんでおり、乳首から母乳が タラリタラリと白い筋を作り、たれているのが涙越しに見てとれた。 「俺は男だぜ」と思うやいなや、爪の出血が勢いを増し、ピューッ と見事な放物線を描いて飛んだ。「人体の何割が液体で出来ている のか知らないが、こんな調子で吹き出しつづけたらそのうち死んで しまうんじゃあないか」と漸くこの状況にふさわしい考察が浮かび 始めたというのに、うまく論理が展開出来ないのは、そろそろ耳の あたりから脳味噌がダラダラこぼれ始めているからかもしれない。 どのくらい時間がたっただろう。全身から噴出する液体の数々に 精気を奪われ、朦朧とした意識のもと、残り少ない思考力でやっと 展開した推理の結果を見届けようとパジャマのズボンをずらしてみ ると、ピュッ、ピュッ、ピュッと、こちらの液体も勢いよく吹き上 り、男子の本懐ここに有りと、遠ざかっていく意識はもう、気持ち が良いのか悪いのか、とりあえず、ゲロと唾液の口許を少しだけホ コロバシ、涙の溜った目全体を出来うる限り細めてみた。 だっから夢精じゃ嫌だって。
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