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第8回1000字小説バトル
Entry31

訪問者

作者 : 夜啼き鳥
Website : http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/7854
文字数 : 1000
 なにもかもが新しい我が家の食卓に彼が現れたのは夏のことだっ
た。まだ明るい空が広がる夕刻で、キッチンから食器のぶつかり合
う音が聞こえてきていた。
「こんばんは」男は言った。応対に出たのは私だが、誰なのかさっ
ぱりわからない。そこへ妻が顔を出し、高い声をあげた。
「あら、珍しい。どうしてるかと思っていた」
 男は言われるままに上がり込んできた。知り合いなのだ。
 妻と私は見合い結婚で、お互いをあまり知らない。見ると男は、
飯茶碗と箸を持参している。
 三人で囲む食卓に私はなじめなかった。しかし妻は終始にこやか
に振る舞い、ご飯のお代わりを促している。
 男は食事が終わると、持参の茶碗と箸を流しで洗い、誰にともな
く頭を下げると、玄関から出て行った。
 二人になって私が妻に訊く。「誰なの?」「誰って、知り合いよ」
「それはわかっているさ。どういう知り合い?」「うーん、夜ご飯
を食べに来るくらいの知り合いよ」
 その通りではあるだろう。しかし、なにか違和感がある。生活習
慣の違う二人が一緒に暮らし、もちろん行き違いはあるだろう。し
かし、それとも違う。いや、私がこだわり過ぎなのだろうか。
 妻は夕食の片付けを終えると疲れたと言い、先に休んだ。私も程
なく床に就いたが、頭の中を様々に思いが駆け、寝付けないのだっ
た。
 男は不定期に現れるが、必ず、飯茶碗と箸を剥きだしで持ってい
る。バッグかなにかに入れるがいいし、そもそもそんなものを持っ
てくる必要などないのだ。
 食後に私は、男をブランデーに誘った。
「いかがです?」「いえ、けっこうです」「いいじゃないですか。
一人でやるのも寂しいものです」「それは夜ご飯ではないから」
「そんな固いことを言わずに」「そんなものを……あなた」
 最後の科白の時は、蔑みの表情さえうかがえる。男は気分を害し
たのか、そそくさと出て行った。
 ふとテーブルを見ると、彼が持ってきた飯茶碗と箸が残っていた。
 私は代わりにそれを流しで洗った。なんの変哲もない茶碗と箸で、
すぐに漱ぎ終わり、布巾で水気を取った。迷った末、家の食器とは
別に電子レンジの上に置いた。
 主人のいない茶碗は次の夜ごはんを静かに待つ。






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