第8回1000字小説バトル
Entry9
今日は雨。誰か来る。喪服を着た三十代くらいの男の人と女の人。 幼稚園にあがったかくらいの女の子。その子の横には白髪の女の人。 顔つきから見て、喪服の女の母親だろう。傘をさしてまで、ご苦労 なことだ。 そういえば昨日はあいつが来た。四十代半ばくらいのおっさんだ よ。あいつは車でこの墓地まで来る。この辺では見たことのないナ ンバー。ずいぶんと遠いところから来るようだけど、ひと月に一度 はやってくる。 昨日は赤い箱を持って来ていた。ランドセルってやつだ。ここの 境内に遊びに来るガキがよく背負っていたっけ。 赤いランドセルを抱えながら寺の住職と話すあいつはすごく笑顔 で、そのときだけは、年齢よりもずっと若く見えた。 注意深くあいつの持ち物を見てみる。あいつは俺に煮干だとか、 魚の缶詰を持ってくることがある。一度、カツオブシを持ってきて くれたことがあったが、俺は好きではない。少し舐めてやめた。今 日は何もないのか。まぁいいさ。俺は飼い猫ではないが、俺にえさ を与えてくれるやつは腐るほどいる。俺はたくさんの名前を持って いる。別にえさをくれるのはあいつだけではない。 あいつがお参りする墓は、墓地のちょうど中央にある。他の墓と 一緒に並んでいるごく普通の墓だ。でもその墓石は俺の特等席。こ こからなら墓地をぐるっと見渡すことができる。そしてなによりも、 そこに座ると、気持ちがいい。墓地を治めている主みたいだろ。 その日も墓石の上で寝ていたのだけれど、あいつはいつも何も言 わない。それよりも、歓迎しているみたいに笑顔でこっちを見てく る。 目を閉じている間、俺はあいつの顔をジット見つめた。白髪はあ るけどまだまだ豊かな髪。四角い輪郭に、少し薄い眉。鼻は通って いて、唇はかさかさしている。若いときはもてたんじゃないか。い やもてるわけないか。 帰り際、あいつは俺を見て「久美」って呼んだ。あいつは誤解し ているみたいだけど俺はオスだ。失礼なやつだから返事はしてやら ない。 車の音がどんどん遠ざかる。住職と話しているとき、当分来られ ないと言っていた。北海道に転勤だって。 今日は雨。雨の日は、軒下で眠る。濡れるのは嫌なんでね。
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