インディーズバトルマガジン QBOOKS

第9回1000字小説バトル
Entry1

母娘

作者 : 岡嶋一人
Website : http://www.bekkoame.ne.jp/ha/nmatsuda/
文字数 : 980
 母親と1週間というもの口をきいていなかった。つまらない事で
言い争いになりそのままだった。私にも悪い所はあったとは思うけ
ど、母親と娘というものは女の戦いになるから恐ろしい。後を引く
のだ。こんな時、男同士なら翌日には仲直りしてるんだろうな。

 つまらない事と言うのはテレビゲームの事だった。セーブしてあ
ったゲームのデータが消えていたのだ。

「ねえ、これいじった?」
「いじるわけないでしょ」
「だって、データが消えてるのよ」
「知りません。そんな大事なものだったら自分でしっかり管理しな
さいよ」
「してるわよ。本当に消してない?」
「そんな事知らないわよ」

 まったく、今考えれば実につまらない原因だ。でも、売り言葉に
買い言葉とはよくいったもので、次第にエスカレートしてしまう。
日頃父は、私達二人の間には入ってこない。口では二人に負けてし
まうからだ。でも、この時ばかりはよほど頭に来たのだろう。そん
な父が怒鳴ったのだ。

「いい加減にしろ。みっともない」

 この一言でその場はお開き。休戦状態に入ったと云うわけだ。何
もテレビゲームでと思うかもしれないが、世の中にはピアノの音が
五月蝿いと言って殺人まで犯す人間もいるのだ。周りから見れば父
の言うように「みっともない」ことでも当人にしてみればとても大
事なことなのだ。

 父に言わせれば母も65歳にもなってまるで子供のようにむきに
なる事はないのだ。
「お前もだぞ」
と私に言う。
「お前も、もう少し母さんに優しくしろ」
そう言われても、ついつい反抗してしまう。それが親子というもの
じゃないかな。

 先日、居間で私に向けられた母の背中を見て、随分小さくなった
なと、ちょっと感傷的になったけど面と向かってそんなこと言えな
い。照れもあるし、返ってくる言葉は
「ああ、どうせ私は年寄りですよ」
ぐらいなもんだ。人間年を取ると段々子供に帰っていくと言うけど、
母はその典型だ。人の話をどうすればあんな風に歪曲できるのか不
思議に思うくらいだ。

 そんな母が突然、死んだ。急性心不全。極度の興奮状態に身体が
耐えられなかったのでしょうと医者は言った。別に私とまた喧嘩し
たわけではなかった。実にあっけない最後だった。

 葬儀の祭壇の前にはたくさんの花と共に、生前母がとても愛した
テレビゲーム機がそっと、置かれた。

 私は母の遺影につぶやいた。
「母さん、データ消したの私じゃないからね」






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