インディーズバトルマガジン QBOOKS

第9回1000字小説バトル
Entry11

失楽園

作者 : Momo
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/2767
文字数 : 975
 宗教学の教授が講義の後に私に声をかけてきた。
「ちょっと、君。後で私の部屋まで来てくれるかな」
「…はい。いつ頃伺えばよろしいでしょうか?」
「今日、あといくつ授業がある?」
「今のが最後でした」
 教授はちょっとあごひげをしごきながら考え込んだ。
「君さえよければこれから少し。お茶でも飲みながら話がしたいん
だが」
 この間のレポートのことだろうか、と私は少し思った。
「構いませんが」
 くだんのレポートの題は「『堕ちし者』の回帰本能」という。自
由課題であったとはいえ、既存の宗教概念に横やりを入れる内容が
「不真面目」だと取られたのだろうか。
 促されるままに歩き出す。私は先に立って歩くやせた教授につい
て、ほとんど何も知らなかった。本当にあのレポートが原因でお小
言を頂戴するのであれば、こちらもそれなりの弁明をしなければい
けない。もちろん純粋に興味から発展した視点である、という説明
を試みるより他に手はないのだが。
「腰掛けたまえ」
 部屋に入るとすぐ、私は椅子を勧められた。黙って腰を下ろすと、
「君のレポートだが…」
と、さっそく彼が口火を切った。だが意外にも彼の口調は好意的だ
った。
「実に興味深く読ませてもらったよ。着想はどこで得たんだね?」
「昔から気になっていたことなんです」
「ふむ。『悪魔は神の側近く使える天使であったが、自分より後に
創造された人間が神の寵愛をえるのに嫉妬し、その憎悪ゆえに天界
を追放された』だったかな?」
「その部分はミルトンの『失楽園』を下敷きにしています」
「悪魔が人間に害をなすのは全て神への盲目的な愛から出たもので
ある、というあの一文。実に気に入ったね」
「神の愛する人類が堕落すれば彼がまた神の寵を手にできる…」
「共感してくれる人がいるというのは実にいいものだ」
 私は教授に目をやって、一瞬息が詰まった。黒い服、黒いあごひ
げ、目に宿る強い光…今の発言とあいまって、彼は悪魔その人にし
か見えなかった。
「どうかしたのかね?」
「いえ。少し……。すみません、あまり気分が優れないのでまた今
度……」
「そうか。大事がないといいが」
 私は部屋を退出した。

 部屋の中では教授が満足そうにうなずいていた。
「間違いない、彼女の中に悪魔が眠っている。もう少し揺さぶって
やれば、覚醒するに違いない…」






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