第9回1000字小説バトル
Entry12
十二階建てマンションの屋上に私は立っていた。それも高い金網 を乗り越えた向こう側に。一歩でも足を踏み出せば命を失う場所に。 眼下には集まってきた野次馬が見える。私が落ちてきても巻き添え をくわないように予想落下地点を避けて並んでいた。どうせ落ちて くるのを待っているのだろう。くだらないおしゃべりの一つのネタ を得るために。背後では中年の警官がしきりにマニュアル通りの説 得を繰り返していた。 「よく考えてみるんだ。死んでどうなる。解決できない悩みなんて ないはずだ。私に話してみてくれないか。自殺しようと考えた原因 を」 「……全てがいやになった。何がいやなんだって聞かれても答えら れない。そうだな。強いて言えば思い悩むことから解放されたいか らかな」 「人間、誰だって悩みを抱えてる。それは当り前のことなんだよ」 「いや、違う。気が付くか、付かないか、だ。人間は自由意志で何 でも決められると思っているが、違うんだ。世間の目や良識、宗教、 学歴、いろいろな要素に束縛され、進むべき道もほとんど決められ ているんだ。何本かのレールから選ぶに過ぎない。矛盾を感じても 周りの人間と同じように生きていかなきゃならないんだ。そんなの は耐えられない」 「君は少し感受性が強いだけだ。落ち着いて考えてみてくれ」 「もう考え悩むのはいやなんだ。いくら考えたって何も変わらない 余計、苦しむだけだ。自由になりたいんだ。束縛されたくないんだ。 何からも」 私は飛び立った。落ちるのではなく。自由に向かって飛び立った ……はずだった。 病室のうす汚れた天井を見つめていた。私は命を取りとめた。思 い切り飛んだため、体が少し離れた場所にあった木に引っかかり、 クッションとなった。それが幸い、いや、禍したのだった。生きて はいるが体は全く動かなかった。脳の一部がやられたようだった。 植物人間になった今、出来ることは考え、悩むことしかなかった。 皮肉にも私が最も嫌っていたことしか出来ないのだった。もう死ぬ こともできない。しばらくの間、こうしている内に一つだけ気づい たことがあった。私を束縛していたものの正体が。最も欲していた もの、自由。それが私を束縛するものだった。自由なんて本当は存 在しないものなのかもしれない。それを悟ったが今となってはどう でもいいことだった。考え悩むこと以外、全てを束縛された私にと っては。
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