インディーズバトルマガジン QBOOKS

第9回1000字小説バトル
Entry16

結論と結末

作者 : 工藤裕也
Website :
文字数 : 979
 「久しぶり」その日の夜、彼が私の部屋にやってきた。私は彼を
背中から押し、食卓のある部屋へ誘導した。
 テーブルの中央にはマリネとトマトグラタンを置き、二人向かい
合うように小鉢やフォークなどを並べておいた。
 彼を席に着かせると、私は台所から野菜とベーコンのスープが入
っている大きな両手鍋を持ってきた。
 「どうしたの、これ」彼は私の顔を見た。
 「気が向いたのよ」と私は笑った。
 気が向いたくらいで私はこれほどの料理を作らない。彼は鈍感な
人だったので、私の言葉以上の事を嗅ぎ取る事はなかった。私はそ
の事を彼の表情から改めて確信した。
 私は今日、この場で彼に「結婚しよう」という言葉を言わせるた
めに彼を呼んだのだ。これまでそういう話は殆どした事が無かった
が、それは私が会社での仕事を優先してそういう話を避けてきた為
だった。事あるごとに「まだ結婚はしない」というニュアンスの言
を彼に聞かせていたので、彼の方からもそういう話をしてくる事は
なかった。
 しかし状況は変わった。私が社会人になった頃に吹き始めた不況
風は今、私を捉えようとしていた。最近上役に肩を叩かれ、今度の
人事移動で聞いた事も無い土地へ転勤させられる事を聞かされた。
仕事に面白さを見失っていた時に飛び込んだその話は、私を主婦業
への転職へ駆り立てていった。
 私の口から「結婚して」と言うのは簡単だったが、それでは私が
納得できなかった。何としても彼に言わせたいという私の気位の表
われであった。
 「ねえ」
 私は彼の表情から機嫌のよさそうな瞬間を見計って話をはじめた。
 「私たち付き合ってから何年になるかしら」
 「三年、くらいかな」
 「三年、ね」私は両手を組み、その上に顎を乗せた。
 「うん、三年になる」
 「ねえ、そろそろ二人の関係にも何らかの結論を出したいと思わ
ない?」
 「結論?」彼は掬いかけたスープを器に戻した。
 「このままじゃ、駄目だと思うの。そろそろどうかな、と思って」
 彼は動きを止めて私の顔を見た。私は笑顔で彼の視線を迎えた。
額に手を当てうつむいた彼は、しばらく動かなくなった。
 私は彼の姿を笑顔のままで見つめていた。暫くの沈黙の後、彼は
再び私の顔を見るとゆっくりとその口を開いた。
 「じゃあ、別れようか・・・」
 私の見た彼の顔は真剣だった。私の作り笑顔は、まるでモナリザ
の肖像のように固まり続けた。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。