第9回1000字小説バトル
Entry23
私は阪大坂の入り口付近に立っていた。手にはあふれそうなくら いのバイト情報のチラシ。そこの木陰には、まだこの数倍のチラシ が袋に入っている。 ここに立ち始めたのは、二時間ぐらい前からだろうか。それから ずっとチラシ配りを続けていた。 やけに暑い。まだ五月だというのに、陽射しだけは夏のものと同 じだった。出来るだけ日陰に立つようにしているけど、それでも身 体のあちこちから汗が噴き出してくる。 これが嫌だった。 もちろん、UVカットの基礎化粧品や、日焼け止めクリーム、さ らには汗を抑えるスプレーまでつけるという、いわば完全武装でこ こには来ている。だがそれでも、流れ出てくる汗が化粧品をゆっく りと、しかし確実に流していく。 一日だけではそれほど変化はないが、三日ぐらい続けて仕事をす ると、クラスメートからあれこれと言われるはめになる。中には想 像をたくましくして、あらぬ噂を立てる子もいる。 それが一番嫌だった。 でも、このバイトの内容自体には文句はない。チラシを配る、た だそれだけだから、楽な仕事だと思う。特に取り柄がないから、こ のバイトは貴重な収入源の一つだった。 だから今日も八時半からここに立っていたのだ。今の時間はちょ うど一時限目の終わり当たりだから、そろそろ学生の数が増えてく る。私は気を引き締めた。 また一人、学生が近付いてきた。私は愛想笑いを浮かべて、「お ねがいしまーす」と言いながら、手に持っているチラシを一枚、そ の学生の胸元に近づけた。学生はその瞬間、少しだけ顔を上げ、手 を伸ばしてチラシを受け取った。いつもと同じ、見慣れた風景だっ た。 どうせ捨てられるのだろう。少し歩いたところにあるごみ箱から は、入りきらなくなったチラシが、辺りにこぼれていた。きっと学 生が受け取ったチラシは、ろくに目も通されずにごみ箱へ投げられ るか、紙飛行機に変えられてしまうのだ。 でもそれはどうでもよかった。私は与えられた仕事をこなすだけ。 また、下から学生が上がってくる。今度は仲の良さそうな三人組 だ。同じように愛想笑いを浮かべて、胸元にチラシを差し出す。し かし、その三人組は話に夢中なのか、そのまま通り過ぎていった。 これも見慣れた風景だ。 また一人歩いてくる。私は胸元にチラシを差し出す。全てがいつ もと同じだった。ただいつもと違う所があるとすれば…… 「おねがいしまーす」 あの人がチラシを受け取ってくれたこと。
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