インディーズバトルマガジン QBOOKS

第9回1000字小説バトル
Entry25

翔ける

作者 : 三月
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/2813/
文字数 : 998
  ――違う、と怒鳴られて平手打ちを食った。宗助の小さな体がこ
ろんと転げた。拍子におが屑を吸い込んで思い切りむせた。
 ――よく見ろ。襟首をつかまれた。父の指先が角材の上にあった。
――こんなに曲がっている。駄目にしようとしてやったのか。いい
か、木はな――
(一度失敗したら二度とは治らない)
 その先まで宗助は知っていた。――人間の傷は放っておけばすぐ
に治る、だが、木は治らん、お前はこの木を駄目にした、この木は
無駄に生きて無駄に死んだことになる。
 宗助はよほど違うと言いたかった。痛いよ。癒らない、僕はいつ
までたっても痛いままだ。癒らない、癒らないんだ――宗助は泣い
てしまいたかった。けれど絶対に泣くまいと決めていた。滑らかな
木目だけを見ていた。
 昂奮冷めぬ父の声がした。――顔と手を洗ってこい。木を汚すわ
けにはいかん。

 流れ出した井戸水は、はっとする冷たさだった。顔にかけると頬
と唇が痛んだ。よく晴れた日だった。すぐには作業場に戻れず裏手
にある白樺の木の下に行った。
 大工が嫌になったのはいつからだったか。腰を下ろして宗助は思
った。前は楽しかった。鉋の刃を調整できるようになっては褒めら
れ、うまく鑿を砥げては褒められた。
 宗助はじっとこらえた。大工仕事は確かにもう嫌だが、泣いてし
まうのも嫌だった。なぜ父はこんなにも辛くあたるのか。前みたい
に楽しくやらせてはくれないのか。少し鋸がずれれば殴られ、鉋で
ささくれができれば殴られ――。
 もう止めよう。大工になろうなんて考えるのは止そう。父みたい
な宮大工になりたい、そんな夢は捨てよう――
 その時宗助の真横に何かが落ちて、悲鳴をあげた。びくりとして
目をやると、雀だった。小さな雀だ。雀は羽をバタつかせよろよろ
と起き上がった。この木に巣があったのだ。枝に十分な大きさの雀
がとまっている。親のようだった。
 落ちた雀は二三度羽を振って飛び上がり、また墜ちた。それを何
度か繰り返した。細かい塵が体中にくっついた。宗助は親雀を見上
げた。が、無関心に枝にとまっている。墜ちた雀は羽を振り続ける。
見ていられずに、宗助は手を差し伸ばした。
 瞬間、舞い立った。
 宗助は呆気にとられた。雀はぐんぐん小さくなり、空を翔けた。
 しばらくはそうしていたか。宗助は生暖かいものを頬に感じた。
いつの間にか泣いていた。
 歪む視界の中に、真っ青な空があった。そして二つの鳥影が、映
っていた。






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