第9回1000字小説バトル
Entry26
濃い霧が視界を遮った。タクシーには、ここまでしか行けないと 山の麓で降ろされ、小一時間近く登ったろうか。途中の道は視界も 良く、道端の名も知らぬ花や遠くの鳥の声、水と木の香のする空気 が心を洗ったが、この霧では目的の旅館も判らない。 気がつくと、でこぼこだった道が、西洋風の石畳に変わっていた。 「どちらへ行かれるんですかいのぅ」 突然左の方から声が聞こえたが、姿はぼんやりとしか見えない。 「○○旅館へいきたいんですが…」 道端に座り込んでいるらしい声の主へ返答すると、もう少し行っ た右手にあるという。礼をいって云われた方へ向かうと、なるほど 旅館の看板が見えてきた。 その旅館は良くある和風の造りとは違い、古い西洋風の感じだっ た。ヨーロッパに行った事はなかったが、映画などで見るレンガと 重そうなドアだった。 ドア脇の【引いて】と書かれた紙のついた紐を引くと、奥でベル がなり、字は【待って】に変わった。しばらく待つとドアが開き、 2メートルほどの熊がのっそと現れた。 「いあっはいまへ」 く・熊が喋った。…よく出来た着ぐるみの様だ。その所為だろう 声が変だ。 「あぁ、驚いた。いつもそんな格好してるんですか?」 私が名乗ると、熊のボーイ?はカギと一緒に動物仮装カーニバル と書かれた紙を差し出した。ふーん。それでか。こんな山の中でも 人を集める為に、イベントをやるらしい。 小奇麗な部屋の窓を開けると霧もはれ、動物に扮そうした子供達 が四つ足で走り廻っていた。随分徹底している様だ。だいぶ前から 練習しているのだろう。こんな山の中なのに象やきりんまでいた。 一体どうやっているのか、小さいのから大きいのまで色々な動物 が滑らかに動き廻っているのには驚かされた。 その晩は月と道々に灯された松明の灯かりで、石畳を思い思いの 格好をした動物達が練り歩いた。私もふらりと最後尾から付いてい くと、観客達は一斉に吠えたてた。私も雰囲気に呑まれ、ウォー等 と声を上げ興奮していた。 祭りの最後は、仮装大賞の発表だという。あの大きな象か、いや 小さなウサギが受賞するのだろうかと考えていると、「人間」との アナウンスが聞こえ、後押しの声に押され私は壇上に上がらされた。 不思議な気分で、優勝記念の大きな木の実を受け取った。 帰ったらこれを庭へ埋めてみようか…。 宿泊したはずの宿から、キャンセル料の振込依頼があった日に、 庭に埋めた木の実に芽が出た。
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