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第9回1000字小説バトル
Entry27

豚妻

作者 : 越冬こあら
Website :
文字数 : 998
 ネクタイを締めて振り向くと妻が豚になっていた。私はたいへん
驚いたが、遅刻しそうだったので、咳払いひとつに抑え、家を出た。
背後から聞こえるはずの「いってらっしゃーい」は、ブーブーブー
だった。
「過労で神経がまいってる」「飲み過ぎて酒が残っていた」等、幻
覚のたぐい、もしくは「妻のお茶目な冗談」「息子の仕組んだバー
チャルリアリティー」等、悪戯か何か。朝夕のラッシュと昼休みを
費やして、以上の点を軸に推理の展開を繰り返した。
 いずれにしても結論は、その日のうちに出るはずだったが、帰宅、
夕食、団らんと経過しても妻は豚のままだった。そして、不思議な
ことに私以外は息子も含め、妻が豚であることに何ら関心を示して
いなかった。息子は妻のブーブーを理解し、相づちを打ったり、文
句を言ったりさえしていた。
 翌日より三日間、事態の異常さに合わせて、SF的な拡がりも視
野に入れて論理の展開を試みた。「神がかり、魔法系」「動物霊祟
り系」「悪夢、深層心理系」等それなりの参考文献も参照したが、
私自身とんかつが異常に好きだとか、先祖が豚を大虐殺したとかい
うこともなく、夢に出てきた魔法使いに三つの願いを持ちかけられ
たり、怪しい取引もしていない。つまり、原因もきっかけも皆無で
ある。
 妻は、偶蹄目の前足を器用に操って、炊事や掃除、洗濯も普通に
こなしている。スーパーや銀行に行ったり、サークルやママさんバ
レーも何の問題もないようだ。つまり、妻はずっと以前から豚であ
ったようなそんなしっくり感をもって、淡々と生活しているのだっ
た。
 休日を待って、押し入れアルバムを引っ張り出して調べたが、ど
の写真を見ても妻は正真正銘の豚だった。花嫁衣裳は少し似合って
さえいた。これは一体どういう事なのか。

 論理的でない状況に身を置くことは耐えられないので、これまで
の科学的アプローチを多少逸脱するが、次の推論を持って最終的な
結論と決定する事にした。

「この問題は私の内部に発生し、私の内部に帰結するものであり、
目の前に白豚が立っていた瞬間に『妻と白豚が入れ代わった』とい
う科学的で健全な判断を怠り、『妻が豚になった』と考えた事が原
因である。世の既婚男性に共通する『妻なんか人間でも豚でもいい』
という潜在的な意識が、瞬間的に認識機能を狂わせ、目の前の白豚
イコール妻という判断に普遍性を与えた」

 ふと我に返ると、夕食が冷めると妻が、ブーブー騒いでいた。






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