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第9回1000字小説バトル
Entry30

深く考える男

作者 : じろう
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文字数 :
 「がたたん、ごととん」
 電車は、都心から郊外の住宅地に向け、仕事帰りのOLや会社員、
学生を乗せて走っている。ピークの時間は過ぎているとしても、そ
の電車はまだまだ混んでいた。

 その男は、吊り輪に両手をかけて立っている。その姿には、実は
理由があるのだ。

 「うぅ、かゆい!太腿を蚊に刺されたかなぁ?でも、今もし、太
腿かいている時にこの女性に痴漢と間違えられたら、言い訳しよう
が無いなぁ」
 そう考えながら隣の女性をちらっと見た。

 そう、男は痴漢と間違われないように両手を上に挙げているのだ
った。
 男は、人一倍小心者の上に、深読みしすぎるところがあった。今
までもこの性格が邪魔をして、人生のチャンスを棒に振ることが何
度もあったのだ。

 電車は駅に停まり、そして、また動き出す。

 ふと、前方の座席の下にある紙袋が目に入った。その紙袋には小
さな穴が空いており、そこから透明な液体が流れ出ていて、つつつ
と床に垂れている。
 最初、誰かの飲み残しのジュースが入っていて、それが流れ出た
のだろうと思った。

 「うん?もしかしてあれは、誰かが食べ残しを入れた紙袋を捨て
ていったのではなくて、どこかの宗教集団がこの電車の乗客を殺そ
うと、サリンを入れた袋に穴を空けて放置したのではないか?」

 そんな到底ありえそうも無いことを考えてしまったときには、男
はすでに誰にも気づかれず息を止めていた。
 周りを見渡すと、初秋のこの時期、寒くはないが窓は全部完全に
閉まっている。ゆっくり誰にも怪しまれないように窓に近づき誰に
も迷惑のかからないように窓を少し開けた。そして口をそのあいた
窓に近づけて大きく深呼吸をした。
 そして、すぐ口をまた固く結び、くるりと向きを変え紙袋に近づ
いていった。

 もう次の駅が近づいている。

 男はポケットからハンカチを取り出して右手を覆った。そして、
電車のドアが開くと同時にその紙袋を外へ大きく放り投げた。
 その紙袋は大きな弧を描いてホームの柱に叩き付けられて、中か
ら赤い紙コップやくしゃくしゃに丸められたケチャップまみれの紙
などが飛び出した。
 男は、注目する乗客が、いったい何が起こったのか認識するより
前にホームに降り立ち、せっせとその紙袋の残骸を片づけ始めた。

 そして電車が行き過ぎた後、ふふと笑いながら顔を上げて、何事
も無かったかのように次発の電車の時間に目をやった。






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