第9回1000字小説バトル
Entry7
歩美は、満員電車が嫌いだ。アスパラ農家の実家を飛び出して、 意気込んで東京に来たワリには、これだけは慣れない。 (もう、せっかく新しいスーツ着てきたのに……!) 淡いグリーンのスーツにしわをつけないように試行錯誤しながら、 今日も歩美は不満を山積みにして満員電車に揺られていた。 そんな歩美にお構いなく、満員電車はいつも通り新宿に向かって いく。歩美は何気なく車内を眺めていたが、ふとひとりのサラリー マンに目をとめた。 そのサラリーマンは、朝だというのに手すりにつかまって眠って いる。顔は青白いし、体はくったりと力無くたわみ、今にもばった りと崩れ落ちそうだ。 (やだ……これって……ホワイトアスパラ?) 実家で作っている缶詰を思い出して、歩美は思わず吹き出しそう になり、慌てて自分の向かいに立っているOLに視線を移した。 しかし、バッチリ化粧したそのOLの体もくったりしている。電 車のドアに体を預けて、今にもふにゃふにゃと倒れそうだ。 歩美はきょろきょろと車内を見渡した。あっちのおじさんも、こ の高校生も、そこのお姉さんも……みんな青白い顔で、くったりと 電車に揺られている。 そのうちに電車の屋根がぱっくり開いて、ひょいっと箸でつまま れちゃうんじゃないかしら、と考えると、もう歩美は我慢できない。 口を押さえてくすくす笑っていると、歩美の笑い声にあわせるよう に、電車もゴトン、と身震いした。 「しんじゅくー、しんじゅく、終点です。本日、傘の………」 次の休みには実家に帰ろうかな、と笑いながら、白いアスパラ ガスに混じって、一本のグリーン・アスパラガスが電車を降りた。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。