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第9回1000字小説バトル全作品・結果一覧


#題名作者文字数
1母娘岡嶋一人980
2ババの遺言状大森 柔604
3煙夏蜜柑993
4英文学史講義初日冬至1000
5さまよえる地球人てつや926
6喰う埜間夏太986
7グリーン・アスパラガスたみか約850字
8雨上がりの寒空にDIPSY約803字
9契約はお急ぎで茗荷丸1000
10あの頃の夢君島恒星1000
11失楽園Momo975
12自由という名の束縛J・E973
13感想文 ★しょーじ961
14かっぱの河流れ逢澤透明1000
15おいでakoh996
16結論と結末工藤裕也979
17グリーンカードBailey-
18黒い街の記憶河村純989
19次の話題林 忠由650
20遊びSagi994
21ペチカ鮭二1000
22ある晴れた朝紺詠志998
23チラシ配り根本智也999
24ダルダ幻想千秋 桜968
25翔ける三月998
26賞品TAKUTO1000
27豚妻越冬こあら998
28(作者希望により削除)--
29月夜のマキビシヒモロギ1000
30深く考える男じろう-
31タイムスリップサトコフ987
32山から帰る家族一之江1000
33宝者へアベタツヤ993

第9回1000字小説バトル
Entry1

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母娘

作者 : 岡嶋一人
Website : http://www.bekkoame.ne.jp/ha/nmatsuda/
文字数 : 980
 母親と1週間というもの口をきいていなかった。つまらない事で
言い争いになりそのままだった。私にも悪い所はあったとは思うけ
ど、母親と娘というものは女の戦いになるから恐ろしい。後を引く
のだ。こんな時、男同士なら翌日には仲直りしてるんだろうな。

 つまらない事と言うのはテレビゲームの事だった。セーブしてあ
ったゲームのデータが消えていたのだ。

「ねえ、これいじった?」
「いじるわけないでしょ」
「だって、データが消えてるのよ」
「知りません。そんな大事なものだったら自分でしっかり管理しな
さいよ」
「してるわよ。本当に消してない?」
「そんな事知らないわよ」

 まったく、今考えれば実につまらない原因だ。でも、売り言葉に
買い言葉とはよくいったもので、次第にエスカレートしてしまう。
日頃父は、私達二人の間には入ってこない。口では二人に負けてし
まうからだ。でも、この時ばかりはよほど頭に来たのだろう。そん
な父が怒鳴ったのだ。

「いい加減にしろ。みっともない」

 この一言でその場はお開き。休戦状態に入ったと云うわけだ。何
もテレビゲームでと思うかもしれないが、世の中にはピアノの音が
五月蝿いと言って殺人まで犯す人間もいるのだ。周りから見れば父
の言うように「みっともない」ことでも当人にしてみればとても大
事なことなのだ。

 父に言わせれば母も65歳にもなってまるで子供のようにむきに
なる事はないのだ。
「お前もだぞ」
と私に言う。
「お前も、もう少し母さんに優しくしろ」
そう言われても、ついつい反抗してしまう。それが親子というもの
じゃないかな。

 先日、居間で私に向けられた母の背中を見て、随分小さくなった
なと、ちょっと感傷的になったけど面と向かってそんなこと言えな
い。照れもあるし、返ってくる言葉は
「ああ、どうせ私は年寄りですよ」
ぐらいなもんだ。人間年を取ると段々子供に帰っていくと言うけど、
母はその典型だ。人の話をどうすればあんな風に歪曲できるのか不
思議に思うくらいだ。

 そんな母が突然、死んだ。急性心不全。極度の興奮状態に身体が
耐えられなかったのでしょうと医者は言った。別に私とまた喧嘩し
たわけではなかった。実にあっけない最後だった。

 葬儀の祭壇の前にはたくさんの花と共に、生前母がとても愛した
テレビゲーム機がそっと、置かれた。

 私は母の遺影につぶやいた。
「母さん、データ消したの私じゃないからね」

第9回1000字小説バトル
Entry2

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ババの遺言状

作者 : 大森 柔
Website :
文字数 : 604
   ババの遺言状には、「来世で会いませう」と書いてあるだけで、
僕への言葉は一つも見当たらなかった。―――ばぁちゃん、そりゃ
ないよ。
 ババの自殺の原因は、持病のリウマチに嫌気がさしたことが原因
だとも、愛犬コロの死が、周囲の考えている以上にショックだった
とも言われている。少なくとも僕の両親にとってそれはどうでもよ
いことらしく、関心は遺産をどう分け合うかにあるようだった。―
――そりゃないよな、ばぁちゃん。
 お葬式はババの自宅で行われた。皆一様に悲し気な表情をしてい
る。僕の両親もだ。僕は何だか胸くそが悪くなり、坊さんの読経に
集中することにした。
 ポク、ポク、ポク、坊さんが経を読み上げる。ポク、ポク、ポク、
ポク……いつしか僕は、睡魔に襲われた。

 顔を上げると、ババがご飯を食べていた。膝元にはコロ。
「ばぁちゃん」僕はその次に発しようとした言葉、<死んだんじゃ
なかったの>という言葉をのみ込んだ。―――なるほど、これは夢
なんだ。だとしたら「死」なんて言葉を使うのは野暮ってもんだよ
な。そうだろ、ばぁちゃん。
 僕は目の前の茶碗に盛られたご飯を食べることにした。僕らは、
つまり僕とババは、一言も喋らなかった。コロさえ一言も発しなか
った。僕はご飯を口に放り込んだ。―――なぁんだ、やっぱり夢な
んだ。だってこのご飯、味が全然しないんだぜ。確かに元々ご飯に
味なんてないけどさ、ご飯には『ご飯の味』ってものがあるじゃな
いか。でもそれが全くないんだ、このご飯には。実は少しだけ期待
してたんだな、夢じゃないってことをさ。でもやっぱり死んだんだ
ね、ばぁちゃん。

「……帰るぞ」父の声で僕は目を覚ました。体にお葬式の匂いがし
みついていた。

第9回1000字小説バトル
Entry3

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煙

作者 : 夏蜜柑
Website : http://y7.net/u/natsumikan.html
文字数 : 993
 「また来てるんですか?」
 店に入るなり私がしかめ面をしたので、マスターがきょとんとし
ている。
 今日も客は少ない。ぼさぼさの髪に無精ひげ、見るからに不潔そ
うな年齢不詳の男が一人、こちらに背を向けて座っている。
「ひえーっ、何よあの灰皿。見てるだけで気持ち悪くなりそう」
「綾ちゃん、驚いてないで換えてあげたら」
 カウンターの中から、マスターが苦笑いを浮かべていう。
「嫌ですよ。むこうからいってくるまで、ほっとけばいいんです」
 店の奥の暗がりに位置する場所。そこが「アイツ」の指定席だっ
た。「アイツ」は私が近づいたって見向きもしない。野球帽の庇の
下の「アイツ」の目は、いつだってテーブルの上に注がれたままな
のだ。そして、途切れることのない煙草。
「ヘビースモーカーって、大っ嫌い」
 私は小声でいった。
「ほかにすることないのかしら。毎日毎日うちの店に入り浸って煙
草吸ってさあ」
 実家からの仕送りとバイト代を合わせても、生活費はかつかつ。
やりたいことは山ほどあるのに時間もお金もない貧乏学生の気持ち
なんか、「アイツ」にはわかんないだろう。
「もう1か月くらいになるかな」
 突然マスターがいった。「よく続くよね、ほんと」
 人のいいマスターは、ニコニコしながら頓珍漢なことをいった。
「昨日、綾ちゃんが帰った後でね」
 エプロンで濡れた手をふき、マスターがレジの下の引き出しから
封筒を取り出した。
「彼が、これを売りつけていったんだ」
 私はおもわず眉をつり上げていた。
「信じられない、マスターってば。いったい何を買わされたんです?」
 マスターはにっこりして、封筒から二枚の紙切れを取り出し、私
の前に差し出した。
「〈劇団アホウドリ〉? 何これ」
「芝居のチケットだよ」
 私はわけがわからず、マスターの顔を見た。
「はじめて役を貰ったといってたよ。いったいどんな役なんだろう
ねえ」
 そういって、マスターはそっと奥の席に視線を移した。「アイツ」
はさっきと同じだらしない姿勢で、煙草を咥えては煙を吐いている。
マスターが思い出したようにいった。
「彼、1か月前まで煙草を吸ったことがなかったんだってさ」
 数秒の沈黙の後で、私は大きく溜息をついた。そしてカウンター
の上に積んであった灰皿を乱暴に掴んだ。
「しょうがないな、もう」
 マスターが密かに笑いを噛み殺していたが、私は無視して、紫色
の煙が渦巻く「アイツ」の指定席へと向かった。

第9回1000字小説バトル
Entry4

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英文学史講義初日

作者 : 冬至
Website :
文字数 : 1000
 午前九時ピッタリ、教授が教壇にあがる。窓の外は晴れわたり、
数羽のスズメが松の枝間をぬって、音もなく飛び去る。
「私は根暗なんですよ」
 肘かけ付きの椅子に座った教授は、手にした杖を見つめながら呟
く。学生たちの冷静な反応に動じる様子もない。
「スポーツなんて嫌いですし、とくにそれらしいこともしなかった
ですね」
 チラホラと出席票に書き込む音が聞こえ始める。僕は軽く鼻をす
すってみたりする。
「私の若い頃は、なんといっても戦争につきますね。スポーツどこ
ろじゃなかった」
 時折、教授は杖から顔をあげる。が、最前列に座っている女子学
生と目が合いそうになると、またすぐにうつむく。
「野球のバットを持つ代わりに、銃を持ちましたよ」
 僕の横に座った女の子が、笑いながら「先生、かわいいよね」と
ささやく。「そお?」と僕は答える。椅子の上の教授は、自分の足
もとの鳩にエサでも与えているような姿勢で、杖の握りをさすり続
ける。こんな老人が?
「もちろんスポーツをしていた物好きも確かにいましたよ」不意に
口をひらく教授。「でもね、みんな死んじゃいました。みんな、年
くってね。私のまわりに戦争で死んだやつなんて一人もいなかった
んですよ」

 十時をまわり、僕の横から女の子の小さな寝息が聞こえる。教授
は傍らの机の上に載ったままのテキストを、無関心な様子でめくっ
ている。パラパラパラッ……ピタッ、そしてパラパラパラッ……ピ
タッ。
「あっ」と、教授。「安心してくださいね、私はきみたちのうちの
三分の一しか落としませんから」
 瞬間、教室内に小さなどよめきが上がる。しかし、教授は何も言
わずテキストを閉じると、今度は窓の外を眺めはじめる。案外、抜
け目のない人間なのかもしれない。僕は女の子を突ついて起こす。
「去年もおなじこと言ってたぜ」と、後ろから声。
「何が三分の一だよ、落とされたの俺達だけじゃねえか」と、もう
一人の声。
 僕は振り返って、「この講義、厳しいの?」と訊ねる。
「んっ?」一人が答える。「大丈夫だよ、出席さえしてれば」
 女の子も振り返る。
「テストもないし」
「そっ、出席だけだよ」
 いつのまにか、彼らは僕の横の女の子に話し掛けている。事情の
よく分からない寝起きの彼女は、ただ笑っている。
「まあ、今日は最初の講義だからね」
 教授はそう呟くなり、終業のチャイムが鳴るまで、窓の外に広が

る青い空を眺めていた。窓の外は雲ひとつない快晴。四月の空。

第9回1000字小説バトル
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さまよえる地球人

作者 : てつや
Website :
文字数 : 926
 吸いこまれそうな暗闇をクリスはじっと見つめていた。
窓の外には広大な宇宙が広がっており、彼女はじっと一点だけを見
つめ続けている。
多分、彼女の視線の先には地球があるのだろう。いや、この言い方
は正しくない。
正確に言うのなら、地球があった場所を見ているのだ。もう、銀河
の何処にも存在しない星を探して。
二日間何もせず、ただ宇宙だけを見つめるその後姿をそっと見守り
ながら、僕は一つの決意を固めていた。

「星にも寿命がある。そして、寿命が尽きれば死んでしまう」
 僕の言葉を聞いているのかいないのか、クリスはじっと窓の外を
見つめたまま動かない。だが、僕は気にせず話を続けた。
「当然、地球にも終わりの日が来る事は分かっていた。脱出の準備
も出来ており、後は宇宙を放浪しながら第二の地球となる星を探す
だけだった。まだ移住可能な星は見つかってないけど、宇宙は広い。
広さの分だけ可能性があり、それは決して0じゃない。希望はあっ
た。だけど、地球が消滅した時、地球脱出船団の母船で事故――本
当は地球のあった場所から離れる事を嫌った人達による集団自殺だ
けど――が起こった。そして、運良く脱出できたのはこの一隻だけ」
「私達だけが生き残った……多分、人類の最後の生き残り」
 窓に映ったクリスの目が僕を見つめながら、そう呟いた。僕はそ
の言葉に頷いて、
「そう、多分僕達が最後の人類。二人だけど、幸い男と女。そう、
神は再びアダムとイブを遣わしたんだ」
「……アダムとイブ?」
「そう、アダムとイブ。僕達が始まりとなって、人類を復興させよ
う」
「なんの為に?」
「人類の為に」
「人類なんて、私達二人しかいないじゃないの」
 苦笑気味にクリスが呟く。
「それはプロポーズ、かしら?」
「うん。そうとってもらってもいいよ」
 少しだけ、明るさの戻った声に僕は顔を赤くしながら、大きく頷
いて返事を返した。なんといっても、プロポーズなんて初めてだし、
クリスみたいな美人にするんだから仕方がない。
僕の言葉にクリスは少し考えてから、
「……そうね。貴方がそれを望むなら……」
「本当に?」
「ええ、もちろん。……ただし」
 言葉を切ると、クリスはゆっくりと振りかえった。
「私……いや、俺が男でもいいのなら」
 久々に見たクリスの顔には、うっすらと髭が生えていた。

第9回1000字小説バトル
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喰う

作者 : 埜間夏太
Website :
文字数 : 986
男は向かいの席に座ってすぐ、弁当をつかいはじめた。見ないよう
にしていても匂いは流れてきて、意識が弁当に集中してしまう。私
は苦痛に耐えかねて、腕を組んで目をつぶった。
鼻まで塞ぐ訳にもいかず、すぐと落着かない目を開けて、窓外に顔
をねじ向けた。
車窓に写る、通路を挟んだ隣のボックス席の老人がそんな私を凝視
しているようだが、それは気にしすぎかも知れない。
「学生さん」男が唐突に言った。「食べさるかね」
「頂きます」即答したことを恥じて、私は口を結んだ。男は弁当で
はなく、飴玉を幾つか載せた手の平を私に向かって突き出していた。
男の手は膏でくろぐろと汚れていたが、私は仕方なく一つとって口
に入れた。微かにたばこの匂いがした。複雑な思いで飴玉を口中に
転がしている私を男は何事か考え込むように眺めていた。
「なあ、あんたさん」
「はい」
「わしらは在所のもんだけをの」
「はい」
「あすこら辺のもんは大概今頃は町の工場まで出稼ぎにいくもんだ
をの」
「はあ」
「あすこはひとづかいがきつい荒くでわしらみたような歳のもんで
も若い衆と同じにや らされる」
「はあ」
「今日は半年振りに休みがとれた。女房の葬式なのさ」
男は湿った咳を二つ三つした。私は話の唐突さに黙り込んだ。男は
続けた。
「女房は死産で死んだ。・・女房が死んだのに、弁当が旨い。本当
なら、飯も喉を通らんというとこじゃないのか」
私を見ていた男の視線は段々下がり、今では自分の膝に向かって話
をしてる。
「考えてみれば、飯を食う為にだけ、ずっと生きてきたんだからな。
女房が死んでも飯を喰う、親が死んでも喰う、子供が死んでも、…
ひょっとしたら俺自身が死んでも、どこかで相変わらず飯を食い続
けていくような気がする。」
いつのまにか、男の言葉から訛りが消えていた。
私は、自分の今の激烈ともいいたい空腹を考えた。口中の飴玉は噛
み砕かれて消滅していた。
私は口を開こうとした。
「そうとも。人間は他人の屍肉を喰らって永らえているのだからね」
しわがれた声。振返らずとも、窓に先刻の老人が立ち上がり、ゆっ
くり歩み去るのが写って見える。私は開きかけた口をそのままに、
茫然とそれを眺めていた。
私は男と顔を見合わせた。そして、もう一度自分の空腹に思いを馳
せた。
「そうです。僕は死にそうに腹が減っています。」父母を殺して以
来、誰かに自分の空腹を打ち明けたのは、初めてだった。
静かに涙が流れた。

第9回1000字小説バトル
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グリーン・アスパラガス

作者 : たみか
Website : http://www4.justnet.ne.jp/~tamika/
文字数 : 約850字
 歩美は、満員電車が嫌いだ。アスパラ農家の実家を飛び出して、
意気込んで東京に来たワリには、これだけは慣れない。
(もう、せっかく新しいスーツ着てきたのに……!)
 淡いグリーンのスーツにしわをつけないように試行錯誤しながら、
今日も歩美は不満を山積みにして満員電車に揺られていた。
 そんな歩美にお構いなく、満員電車はいつも通り新宿に向かって
いく。歩美は何気なく車内を眺めていたが、ふとひとりのサラリー
マンに目をとめた。
 そのサラリーマンは、朝だというのに手すりにつかまって眠って
いる。顔は青白いし、体はくったりと力無くたわみ、今にもばった
りと崩れ落ちそうだ。
(やだ……これって……ホワイトアスパラ?)
 実家で作っている缶詰を思い出して、歩美は思わず吹き出しそう
になり、慌てて自分の向かいに立っているOLに視線を移した。
 しかし、バッチリ化粧したそのOLの体もくったりしている。電
車のドアに体を預けて、今にもふにゃふにゃと倒れそうだ。
 歩美はきょろきょろと車内を見渡した。あっちのおじさんも、こ
の高校生も、そこのお姉さんも……みんな青白い顔で、くったりと
電車に揺られている。
 そのうちに電車の屋根がぱっくり開いて、ひょいっと箸でつまま
れちゃうんじゃないかしら、と考えると、もう歩美は我慢できない。
口を押さえてくすくす笑っていると、歩美の笑い声にあわせるよう
に、電車もゴトン、と身震いした。

「しんじゅくー、しんじゅく、終点です。本日、傘の………」
 次の休みには実家に帰ろうかな、と笑いながら、白いアスパラ
ガスに混じって、一本のグリーン・アスパラガスが電車を降りた。

第9回1000字小説バトル
Entry8

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雨上がりの寒空に

作者 : DIPSY
Website : http://member.nifty.ne.jp/Colours/
文字数 : 約803字
 私が小雨の降りしきる寒空の中、傘を差して国道246号線沿い
の道を歩いていると、御下げ髪の女性に目がとまりました。彼女は
ミニスカートを履き、傘も差さずに小さな歩幅でてくてくと、私の
前を非常にゆっくりと歩いていました。私の目が彼女にとまったの
は、何も傘を差していなかったからではありません。まして寒空の
下で露わになっている2本の足に見とれていた訳でもありません。
彼女は裸足だったのです。
 私は彼女の事を不憫に感じたので、傘に入れて上げようと若干歩
幅を大きくとりました。(私にはいくらかの下心があったのかもし
れません)

「濡れますよ」
 私が声を掛けると、彼女は非常にゆっくりと顔をこちらに向けま
した。するとどうでしょう。その女性は私の頭の中で描いてた、若
くて清楚な女性とは程遠く、孤独な中年女性でしかありませんでし
た。
 彼女は私の方に顔を向けてはいるものの視線は定まらず、私をす
り抜けて遠くの方を見ているようでした。私の事に気が付いていな
かったのかもしれません。
 私は更に大きく歩幅をとり、早足で彼女を追い抜いていきました。
私は見てはいけない者を見たような気がしてしまい、酷く落ち込ん
でしまいました。
 真っ直ぐに伸びた道をどれくらいかは覚えていませんが、しばら
く歩いた時です。私は彼女の事が気になり、後ろを振り返りました。
 しかし彼女は同じ場所に立ち、遠くの方を見つめているだけでし
た。私はかなりの距離を歩いていたらしく、彼女は小さくしか見え
ませんでしたが、笑っているように見えました。
 私は彼女の事を少しの間見つめていました。
 小雨が止んだ時、彼女はまた非常にゆっくりと歩き始めました。
それを見て私も歩き始めましたが、傘はその場所に置いていきまし
た。私が少し歩いてから振り替えると、彼女は私の傘を差して笑い
ながらてくてくと歩いていました。
 それを見て私は、非常に良い事をした気持ちになってしまい、濡
れた路地を駆けていきました。

第9回1000字小説バトル
Entry9

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契約はお急ぎで

作者 : 茗荷丸
Website :
文字数 : 1000
「はい、もしもし?」
「あ、やっとつながった。もしもし、ちなみ? 俺だ。一宏だ」
「あ、一宏くんか。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないだろ。さっきから何度もかけてたのに、ち
っともつながらないじゃないか」
「しょうがないでしょ。だって携帯、充電してたんだもん。それよ
り、まだ家帰ってないの? これ、公衆電話からでしょ?」
「ああ、そうだよ。言わなきゃいけないことがあったのを、思い出
したんだ」
「言わなきゃいけないこと?」
「そうだ」
「ねえ、それって明日じゃダメ? あたし、明日も仕事だから、そ
ろそろ寝ようとしてたんだけど。あ、明日仕事なのは一宏くんもか」
「今、聞いて欲しい。これは俺の、一世一代の勇気を振り絞っての
電話なんだから」
「……もしかして、酔ってる? 一宏くん」
「まさか。酔ってない酔ってない。酔っぱらってなんか、いないぞ
ぉ!」
「嘘。そうやってムキになるのが、絶対にべろべろになってる証拠。
飲んだんでしょ」
「飲んでない」
「嘘」
「……す、少しだけだって。ちなみと別れたあと、カクテルを二杯。
それだけだって」
「やっぱり飲んでたんじゃない。本当はもっと飲んでるでしょう」
「飲んでないって。神に誓って、二杯だけ」
「じゃあなんで、こんな時間になってから電話してくるのよ。あれ
から二時間は経ってるわよ」
「踏ん切りがつかなかったんだよ。酒を飲んだのだって、そのせい
だ」
「大げさねえ。で、何なのよ、用件は」
「……なあ、俺たちって、つき合いだしてから随分になるよな」
「何よ突然。でもそうね、二年以上にはなるわね」
「二年と七ヶ月十四日六時間二十三分だ。さっき計算した」
「暇人。ねぇ、話ってそれだけ? じゃあ切るわよ」
「おい、ま、待てよ。本題はこれからだ。本当は、今日、直接言お
うと思ったんだ。だけど、切り出すきっかけがなくて」
「そういえば一宏くん、落ち着きなかったよね。あれは、あたしに
何か話があったのね。今更そんな気を遣う仲じゃないでしょうに。
言いたいことあるんならさっさとどうぞ」
「あのな、レストランでちなみの鞄の中に……」
「あたしの鞄の中? ……何もないわよ」
「入れておこうと思ったんだが、化粧室に持ってっちゃっただろ」
「もう、一体何なのよ。あたしの気が長くないの、知ってるでしょ
?」
「だから、モノは今度渡す。いいか、言うぞ……あっ!」
「どうしたの?」
「カードがもうない! だから携帯は嫌いなんだ! ちなみ! 俺
と結

第9回1000字小説バトル
Entry10

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あの頃の夢

作者 : 君島恒星
Website : http://www.hello.co.jp/~kimi3
文字数 : 1000
 卒業した専門学校から、毎年送られてくる校友誌に目を奪われて
いた。
 僕らのクラスで一番のアイドルだった洋子の近況報告が載ってい
たのだ。
「最近離婚しました。卒業してから10年近く立ち寄ってもいなか
ったキャンパスに足を踏み入れました。あの頃抱いていた夢が、ふ
たたびわたしを襲ったのです。子供ともども第2の夢に向かってス
タートです」
 その洋子のコメントにつられるように、専門学校のキャンパスに
寄ってみることにした。駅は新しく改装されている。駅前のパチン
コ店では、昔はカレンダーの番号台がよく出たが、今はどうだろう
か? 弓道場はまだ残っていた。スマートボール店もあったと思っ
たが…
 キャンパスの中に入ると、あの頃の思い出が心のどこからか湧き
だしてきた。僕は洋子と少しの間付き合ったことがあった。校門の
ところでみんなで集まっては遊びに行き、みんなと別れた後でふた
りだけで逢っていた。その関係は僕に新しい女ができるまで続いた
っけ…
 急に肩を叩かれた。
 当時の同級生の信夫だった。
「もしかしたら校友誌の洋子のコメントを見て?」
 それは図星だった。
 そのままあの頃よく行っていた「ラセーヌ」へ行くことになった。
 そこではまた、懐かしい顔に逢った。洋子と結婚をした柴田だっ
た。あのコメントでは離婚したとなっている。
「よう! 元気そうだな!」
「お互いにな!」
 柴田の手前、洋子の話はしずらかったが、柴田自身から話し始め
た。
「洋子とは離婚したんだ。子供はひとり、一輝っていうんだ。僕が
引き取ることになった」
 コメントと違う。
「そうだったのか? 洋子は放棄したのか?」
「いや、死んだ。自殺したんだよ。それも僕らの教室だったところ
で薬を飲んで…弱い女だよ。何かといえば昔話を持ち出しやがって」
「なんでまた」
 僕と信夫は顔を見合わせた。
「学生の時の夢を思い出したらしいんだ」
「夢?」
「どんな?」
「あのころのグループの中に、みんなには黙って付き合っていた奴
がいたんだ。洋子の夢はそいつと結婚することだった」
「いったい誰だったんだ?」
 信夫が言う。
「離婚も洋子の中にいた、そいつのせいなんだよ」
 柴田の目はしだいに充血してきた。そして僕の瞳を見続けていた。

第9回1000字小説バトル
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失楽園

作者 : Momo
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/2767
文字数 : 975
 宗教学の教授が講義の後に私に声をかけてきた。
「ちょっと、君。後で私の部屋まで来てくれるかな」
「…はい。いつ頃伺えばよろしいでしょうか?」
「今日、あといくつ授業がある?」
「今のが最後でした」
 教授はちょっとあごひげをしごきながら考え込んだ。
「君さえよければこれから少し。お茶でも飲みながら話がしたいん
だが」
 この間のレポートのことだろうか、と私は少し思った。
「構いませんが」
 くだんのレポートの題は「『堕ちし者』の回帰本能」という。自
由課題であったとはいえ、既存の宗教概念に横やりを入れる内容が
「不真面目」だと取られたのだろうか。
 促されるままに歩き出す。私は先に立って歩くやせた教授につい
て、ほとんど何も知らなかった。本当にあのレポートが原因でお小
言を頂戴するのであれば、こちらもそれなりの弁明をしなければい
けない。もちろん純粋に興味から発展した視点である、という説明
を試みるより他に手はないのだが。
「腰掛けたまえ」
 部屋に入るとすぐ、私は椅子を勧められた。黙って腰を下ろすと、
「君のレポートだが…」
と、さっそく彼が口火を切った。だが意外にも彼の口調は好意的だ
った。
「実に興味深く読ませてもらったよ。着想はどこで得たんだね?」
「昔から気になっていたことなんです」
「ふむ。『悪魔は神の側近く使える天使であったが、自分より後に
創造された人間が神の寵愛をえるのに嫉妬し、その憎悪ゆえに天界
を追放された』だったかな?」
「その部分はミルトンの『失楽園』を下敷きにしています」
「悪魔が人間に害をなすのは全て神への盲目的な愛から出たもので
ある、というあの一文。実に気に入ったね」
「神の愛する人類が堕落すれば彼がまた神の寵を手にできる…」
「共感してくれる人がいるというのは実にいいものだ」
 私は教授に目をやって、一瞬息が詰まった。黒い服、黒いあごひ
げ、目に宿る強い光…今の発言とあいまって、彼は悪魔その人にし
か見えなかった。
「どうかしたのかね?」
「いえ。少し……。すみません、あまり気分が優れないのでまた今
度……」
「そうか。大事がないといいが」
 私は部屋を退出した。

 部屋の中では教授が満足そうにうなずいていた。
「間違いない、彼女の中に悪魔が眠っている。もう少し揺さぶって
やれば、覚醒するに違いない…」

第9回1000字小説バトル
Entry12

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自由という名の束縛

作者 : J・E
Website :
文字数 : 973
 十二階建てマンションの屋上に私は立っていた。それも高い金網
を乗り越えた向こう側に。一歩でも足を踏み出せば命を失う場所に。
眼下には集まってきた野次馬が見える。私が落ちてきても巻き添え
をくわないように予想落下地点を避けて並んでいた。どうせ落ちて
くるのを待っているのだろう。くだらないおしゃべりの一つのネタ
を得るために。背後では中年の警官がしきりにマニュアル通りの説
得を繰り返していた。
「よく考えてみるんだ。死んでどうなる。解決できない悩みなんて
ないはずだ。私に話してみてくれないか。自殺しようと考えた原因
を」
「……全てがいやになった。何がいやなんだって聞かれても答えら
れない。そうだな。強いて言えば思い悩むことから解放されたいか
らかな」
「人間、誰だって悩みを抱えてる。それは当り前のことなんだよ」
「いや、違う。気が付くか、付かないか、だ。人間は自由意志で何
でも決められると思っているが、違うんだ。世間の目や良識、宗教、
学歴、いろいろな要素に束縛され、進むべき道もほとんど決められ
ているんだ。何本かのレールから選ぶに過ぎない。矛盾を感じても
周りの人間と同じように生きていかなきゃならないんだ。そんなの
は耐えられない」
「君は少し感受性が強いだけだ。落ち着いて考えてみてくれ」
「もう考え悩むのはいやなんだ。いくら考えたって何も変わらない
余計、苦しむだけだ。自由になりたいんだ。束縛されたくないんだ。
何からも」
  私は飛び立った。落ちるのではなく。自由に向かって飛び立った
……はずだった。

 病室のうす汚れた天井を見つめていた。私は命を取りとめた。思
い切り飛んだため、体が少し離れた場所にあった木に引っかかり、
クッションとなった。それが幸い、いや、禍したのだった。生きて
はいるが体は全く動かなかった。脳の一部がやられたようだった。
植物人間になった今、出来ることは考え、悩むことしかなかった。
皮肉にも私が最も嫌っていたことしか出来ないのだった。もう死ぬ
こともできない。しばらくの間、こうしている内に一つだけ気づい
たことがあった。私を束縛していたものの正体が。最も欲していた
もの、自由。それが私を束縛するものだった。自由なんて本当は存
在しないものなのかもしれない。それを悟ったが今となってはどう
でもいいことだった。考え悩むこと以外、全てを束縛された私にと
っては。

第9回1000字小説バトル
Entry13

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感想文

作者 : しょーじ
Website :
文字数 : 961
 はじめまして。新作『粉雪の舞う街で』拝見させていただきまし
た。僭越ながら感想を述べさせていただきたいと思います。

 雪国の城下町でのせつない恋の物語が、なめらかな文体で美しく
繊細に描かれています。主人公しおりのそそとした和服姿が目に見
えるようですね。純粋に感動いたしました。素敵な作品、本当にあ
りがとうございました。
 ひとつ気になったのは、想いを寄せている幼馴染みの健治との駅
での別れのシーンです。「しおりは健治の右の鼻の穴に小指を突っ
込み、サヨナラとつぶやいた」とありますが、僕は「左の鼻の穴に
親指をねじ込み〜」の方が好きです。でもこれは個人的な好みです
からね。
 たんが切れずに悩んでいるしおりのもどかしさが、
「か〜っ、か〜っ、ぺっ」を連発する事で、非常によく伝わってき
たと思います。
 真犯人の正体には本当に驚きました。鏡を使ったトリックもあり
がちかとは思いましたが、まさかあのようなどんでん返しが待って
いるとは。久しぶりに本格的推理小説に出会えた感じがします。幼
い頃、片足を失ったしおりという設定もちゃんと伏線になっていた
のですね。ただ、しおりの義足にマシンガンが仕込まれているとい
うのが、少し安易な気がしました。
 後半から登場する、パプアニューギニア人の文雄がいい味を出し
ていますね。大富豪の御曹司でありながら、超能力を持て余す文雄。
その彼が大工修行を経て、現在の職業、NASAの宇宙パイロットに至
るまでの描写は秀逸でした。「昔、甲子園にいけなかったのは自分
のエラーのせいだ!」という台詞には泣けてしまいました。
 物心ついた時から鉄仮面を被せられて育ったしおりは、じつはニ
ューハーフ。しかもその正体はクローン人間だったということは納
得できます。悪の化身、向島博士がヒーロー扱いされるのもいいで
しょう。でも地底怪獣ドミラスを殺してしまうというのは、いかが
なものでしょうか。
 大挙して飛来してきたスメポターナ星人の目的が、地球侵略じゃ
なかった事には救われた思いです。
 けっきょく最後、人類は滅びてしまうわけですが、この作品には
やさしさが満ちあふれています。作者の生きる姿勢に大きな感銘を
受けました。僕もいつかこんな作品が書けたらな、と思いました。

 では、デビュー目指してお互いがんばりましょうね。ありがとう
ございました。

第9回1000字小説バトル
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かっぱの河流れ

作者 : 逢澤透明
Website : http://www.geocities.co.jp/Berkeley/2435/
文字数 : 1000
 河でボートを漕いでいると突然流れが速くなり、人が流されてき
た。
 慌てて捕まえ助けあげる。
 だが、よく見るとそれは人ではなく、かっぱで、かっぱはぴゅー
と口から水を吹き出し、
「ああ、助かっぱ」
 と言って、ぜーぜー肩で息をしている。
 所詮かっぱもかっぱだな、と僕は思う。「かっぱが溺れるなんて
ね」と僕は言ってみる。
 すると、かっぱは僕を見て「わかっぱない、わかっぱない、あん
たわかっぱないね、これには理由があるだよ」と話はじめる。

 かっぱ、かっぱ、かっぱ。
 ある少年が石を投げた。コツン、とオイラに当った。
 かっぱ、かっぱ、かっぱ。
 コツンとまた石を当てられたんでオイラはそいつに言ってやっ
た。
「かっぱ、かっぱ、かっぱ。
 そこのぼく、ぼく。石をなげちゃいけないな。河になげちゃいけ
ないな。人生なげちゃいけないな。いいかい、いいかい? そんな
ことしたら、かっぱに当るだろう? 痛いだろう? 怪我するだろ
う? かっぱ、かっぱ、かっぱ、痛かっぱじゃないか。わかっぱか
い? わかっぱないかい? いやいやいやいや、返事はハイだよ。
ハイと言ったらハイだよ。 ウンと言わずにハイだよ。イヤと言って
もダメだよ。おいおいおいおい。おいと言っているだろう。あっ!
 痛い」
 そいつ、かっぱの言うこと聞かずにまた石投げたんで、かっと頭
の皿にきて、そいつの手を齧ってやった。
 そしたら、「うええええん」てそりゃあもう凄い量の涙。
 プールひっくり返したぐらいの量がどどどどどっとそいつの目か
ら流れるは流れるはオイラも流されるは。きっとあいつ、少年のコ
スプレしてたけど妖怪だったんだな。ちくしょーめ。
 お?
 おいおいおいおい。ここはどこだい。もしかして海かい? そり
ゃ困った。
 かっぱ、かっぱ、かっぱ。
 ちょっと兄さん、河まで戻ってくれかっぱ?

 激流に流され、いつのまにかボートは海に出ていた。
 かっぱは塩水が苦手なのだ。「シメタ! これでかっぱを生け捕
りにできる、生け捕りにして見せ物にして、大金持ちだ!」と僕は
喜んだ。
 ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい。
 思わず万歳なんかしちゃったりして。
 ん?
 なんか手が変だ。あ! 手がない!
「かっぱ、かっぱ、かっぱ、兄さん、ばかだね。かっぱなめたら
汚いよ不味いよ恐いよ。手は齧らせてもらったよ。もっと喰うよ。
かっぱ、かっぱ、ぱくぱくぱくっ!」
 そうして僕は食べられてしまったのでした。

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おいで

作者 : akoh
Website : http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/8896
文字数 : 996
 大きくて丸くて白いマシュマロのようなものがあった。その前に
一人の男が立っていた。周りはどこだか分からない。林か、海か、
街中か。あるいは、真っ白い箱の中。
 マシュマロが男に言った。
「腹が減った。おまえを食わせろ」
男は当然、首を振った。
「いやだ。なぜおまえのような変なのに食われねばならんのだ」
「そう言うな。一度食われてみるのも悪くはないと思うが」
「馬鹿な。食われて再びここに戻ることが出来るとでも言うのか」
マシュマロは大きな口をあけて笑った。口の中は真っ赤だった。原
色の赤。その奥もどこまでいっても真っ赤で、まったく終わりがな
い。どこか恐ろしいのだが、反対に言いようのない美しさも持って
いる。さらには、懐の深さ、温かさ。男は密かに、この中で静かに
眠りたいなどと思ってしまったのである。
「がっはっは。確かに戻れんよ。だがおまえは、いまちらと私の中
に入りたいと思ったろう」
すべて見透かされているのであった。
「うるさい。単なる気の迷いだ。もうそんなことは思っていない。
おまえになど食われてたまるか」
気の迷い。そう、男には今自分が足をつけている大地に対する未練
があった。マシュマロの魅力的なはらわたよりも、男はこのなんだ
か実態すら分からないこの大地を愛してしまっていたのだ。
「足が動かぬ」
「ん?今何と言った」
マシュマロに指摘されるまで気づかぬほど、自然に漏れた声だった。
急所をさらしてしまったようで、顔がカアッと赤くなるのが分かっ
た。
「恥ずかしがることはない。当然なのだ。おまえの今いる場所は針
のむしろ。それに対して、私の腹の中は、入るのこそ躊躇するよう
な場所だが、一度入ってしまえばここほど居心地の言い場所はない
のだから」
それでも男はまだ首を振った。愛する大地を捨てることは出来ない。
「詭弁だな」
ああ、言われてしまった。男の心にぐさりと突き刺さる。
「愛するだと?いつおまえがそこを愛した」
ほろりと涙、地に落ちて、ああ、足が自由になった。動ける。動け
る。動いてしまう。
 男はそのままマシュマロに飲みこまれた。上からかぶりついてく
るマシュマロに、男は顔に一杯の無念の表情を浮かべていたが、だ
が一歩たりともよけようとはしなかった。
 すっかり男を飲みこんでから、マシュマロが満足そうに言った。
「ああ、なんてすがすがしい気分なんだ」
その声は、まぎれもなくさっきまでマシュマロの目前に立っていた
男のものだった。

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結論と結末

作者 : 工藤裕也
Website :
文字数 : 979
 「久しぶり」その日の夜、彼が私の部屋にやってきた。私は彼を
背中から押し、食卓のある部屋へ誘導した。
 テーブルの中央にはマリネとトマトグラタンを置き、二人向かい
合うように小鉢やフォークなどを並べておいた。
 彼を席に着かせると、私は台所から野菜とベーコンのスープが入
っている大きな両手鍋を持ってきた。
 「どうしたの、これ」彼は私の顔を見た。
 「気が向いたのよ」と私は笑った。
 気が向いたくらいで私はこれほどの料理を作らない。彼は鈍感な
人だったので、私の言葉以上の事を嗅ぎ取る事はなかった。私はそ
の事を彼の表情から改めて確信した。
 私は今日、この場で彼に「結婚しよう」という言葉を言わせるた
めに彼を呼んだのだ。これまでそういう話は殆どした事が無かった
が、それは私が会社での仕事を優先してそういう話を避けてきた為
だった。事あるごとに「まだ結婚はしない」というニュアンスの言
を彼に聞かせていたので、彼の方からもそういう話をしてくる事は
なかった。
 しかし状況は変わった。私が社会人になった頃に吹き始めた不況
風は今、私を捉えようとしていた。最近上役に肩を叩かれ、今度の
人事移動で聞いた事も無い土地へ転勤させられる事を聞かされた。
仕事に面白さを見失っていた時に飛び込んだその話は、私を主婦業
への転職へ駆り立てていった。
 私の口から「結婚して」と言うのは簡単だったが、それでは私が
納得できなかった。何としても彼に言わせたいという私の気位の表
われであった。
 「ねえ」
 私は彼の表情から機嫌のよさそうな瞬間を見計って話をはじめた。
 「私たち付き合ってから何年になるかしら」
 「三年、くらいかな」
 「三年、ね」私は両手を組み、その上に顎を乗せた。
 「うん、三年になる」
 「ねえ、そろそろ二人の関係にも何らかの結論を出したいと思わ
ない?」
 「結論?」彼は掬いかけたスープを器に戻した。
 「このままじゃ、駄目だと思うの。そろそろどうかな、と思って」
 彼は動きを止めて私の顔を見た。私は笑顔で彼の視線を迎えた。
額に手を当てうつむいた彼は、しばらく動かなくなった。
 私は彼の姿を笑顔のままで見つめていた。暫くの沈黙の後、彼は
再び私の顔を見るとゆっくりとその口を開いた。
 「じゃあ、別れようか・・・」
 私の見た彼の顔は真剣だった。私の作り笑顔は、まるでモナリザ
の肖像のように固まり続けた。

第9回1000字小説バトル
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グリーンカード

作者 : Bailey
Website : http://members.aol.com/hiroem/
文字数 :
「もうNYの暮らしなんてたくさんだ。」

ある日、キリンはNYのブルックリン動物園の空を見上げてつぶや
いた。
そら高く飛び回るカモメは、都会の灰色に濁った空ではあるが、自
由を満喫していた。

グリーンカードさえあれば、自由にこの国を出ることができる。
デルタに電話さえすれば、アフリカ行きのエアーチケットなんかす
ぐに取れる。
そうキリンはいつも夢見ていた。

でも、なんだかキリンはやるせなかった。
毎日、子供たちの騒がしい声を聞きながら、人間に決められたスケ
ジュール通りの生活。

隣に住まいのあるラクダは、仕事のストレスで、禿げた背中が更に
薄くなっていた。

「あんたもいい加減にしないと、働きすぎだよ。」
キリンはラクダにつぶやいた。

「よけいなお世話さ。こうやってせっせと人間の相手をして能力を
認めてもらえれば、グリーンカードだってきっともらえる。
エジプトの熱い太陽の照りつける砂の上を、いつの日か歩くことが
できるんだ。」
ラクダはぶっきらぼうに言った。

ラクダは愛想の良い笑いを浮かべて、人間の子供たちを背中にのせ
て、せっせと歩いた。
たまに背中を揺すって、乗ってる子供たちを驚かしたりしてサービ
スした。

その数日後、ラクダは突然ばったりと倒れた。

「ほら、言わんこっちゃない。あんまり無理するからだよ。」
キリンは優しくいたわるようにささやいた。

「もう、だめかもしれない。」
ラクダは、か細い声を出して、目をつぶった。

「君は、絶対グリーンカード取って、自由にアフリカとNYを渡り
歩けるようになるんだよ。」
ラクダは最後の力をふりしぼって、キリンにそう言ったあと、黄色
い歯をみせて微笑んだ。

キリンは深いため息をついた。

寒さに震えながらも空を飛び回るカモメや鳩、人間をよけながら公
園をうろうろするリス、食べ残しのマックのバーガーばかり食べて
ちょっとオデブなすずめは、どうしてこんなゴミゴミしたNYにい
るのだろう?
グリーンカードなんか持ってても、俺はここで過ごせそうにない。

「NYしか知らない奴らって俺から言わせれば、かわいそうな奴さ。
俺達は熱い太陽を知っている。空は青いんだって知っている。なー
そうだろ?」
キリンは冷たくなったラクダに問いかけた。

キリンの大きなひとみには大粒の涙があふれだし、まばたきした瞬
間に長いまつげを伝って遠い地面にぽたりと落ちた。

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黒い街の記憶

作者 : 河村純
Website :
文字数 : 989
 八歳になったばかりの頃、母に連れられて汽車に乗った。
 父は一緒ではなかった。母と二人だけで出かけたことは、それま
での私の記憶には無い。
 母は終始、無言で切符を買い、空いている席を見つけて私を窓際
に座らせた。どこか物憂い、操り人形のようなぎこちない動作で、
やり残した仕事を片付けているようだった。
“何処へ行くの?”という私の問いかけが、宙に浮かんで、やがて
消えた。私は汽車の窓を開け、風が上半身を叩いて行く微かな痛み
を、何故か寂しく感じながら、外の景色を楽しんでいるふりを装っ
ていた。
 なんだか、理由の分からない涙が私の頬を伝った。

 不意に、後ろの方で、男の野太い声が響いた。
「奥さん。この席に座らせてもらってもいいですかね。へへへ」
 その粗暴な男は、母に猥雑な言葉を浴びせ続けた。かなり酒に酔
っているようだった。母が、我慢しているのは解かった。その時突
然に、
「迷惑です。あっちに行ってください」
 母は、毅然としてそう言い放ち、男を見据えた。私は驚いて母を
見た。今まで見たことのない、私の知らない母の姿がそこにあった。 

 終着駅で汽車を降りた。街の風景が異様だった。目の前に広がる
建物が、みなどす黒く汚れている。この街には、たくさんの工場が
あって、人々はそこで生活の糧を得ているのだと母は言った。陽は
西に傾いていて、駅前に佇んでいる私たちの影が、駅舎の壁に吸い
込まれて消えた。
「映画を見ようか」
 母は独り言のように呟いた。
「うん!」
 私はその場に不似合いなほど元気よく返事をした。駅前の映画館
に、古めかしいフランス映画の看板がかかっていた。
 つまらない映画だった。しかし母は、涙ぐんだり、ときにはのけ
ぞったりしながら、最後まで夢中でスクリーンに見入った。その姿
態からは、一人のあどけない少女のような愛らしさが、艶やかに匂
い立っていた。
 映画館を出て、すでに薄暗くなったこの黒い街を母と二人で歩い
た。
「立木のおじさんのうちへ行こうね」
 恋人にささやくように、母は媚態を含んだ声で、私に行き先を告
げた。冷たい風のせいか、私の身体は小刻みに震えていた。
 明日から、父と別れて、この街で母と二人きりで暮らすことにな
るのだということ。そのことをぼんやりとではあったが、しかし重
々しく私の運命として受け入れざるを得ないのだと、私は思った…。

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次の話題

作者 : 林 忠由
Website :
文字数 : 650
 君が、テーブルに頬杖をついて、少し顎をひいた顔を斜めにして、
ミルクをたっぷり入れたコーヒーカップをゆっくりとかき混ぜて、
スプーンをソーサーにそっと置いて、眉を上げて、目を見開いて、
微笑みながら頷いた時は、僕の話を信じていない時だ。
「こんなこと嘘ついたってしょうがないだろ?」
「でもこの間もねえ……、グレープフルーツが葡萄みたいに木にな
るって」
「それはほんとだったじゃないか。あ、いや、今の話も本当だけど」
 カップに口を付けたまま、君は目許だけで謝った。
「なんか、嘘ばっかり言ってるみたいじゃないか。本当だって」
 銀杏の木に性別があるという話を、君は信じてくれなかった。
「じゃあ実がなるのは雌の木ってこと?」
「葉っぱも違うんだよ。真ん中に切れ込みがあるだろ? あれが雌
の木のほうが深いんだ」
 手振りを交えて必死に話す僕を、まだ君は信じてくれない。
「こうなったら、百聞は一見にしかずだ。見に行こう」
 君は、呆れた風に首を横に振って、コーヒーを飲み干した。
 その喫茶店から二筋ほど西に、ターミナルから真っすぐ南に伸び
ている大通りがある。そこには、左右の歩道に沿って銀杏の木が植
えられていた。
「うわ、すごい」
 通りに出た途端、君の顔は急に明るくなって弾むような声をあげ
た。
「そっか、ここ全部銀杏の木だったんだ」
 鮮やかなまでに延々と続く黄色い帯を、君は信号待ちの間、右に
左に頭を振って眺めていた。
「陽が暮れるとライトアップされるんだ」
「ほんと? 見たいな」
 まだ日没まで二時間もある。今度は嘘でもいいから、次の話題を
探さないと。

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Entry20

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遊び

作者 : Sagi
Website : http://member.nifty.ne.jp/~SAGI/
文字数 : 994
 「やめて!助けてっ!」
 女の絶叫がこだまする。超高層ビルの屋上。進入を禁止されてい
るその端に一人の女が必死でしがみ付いていた。
 伸びきった両腕とそのか細い十指が、彼女の身体をかろうじて保
っている。だがその状態を保ち続けることの困難さを、その青白い
表情が物語っていた。
「お願い、助けて!」
 屋上には一人の男が立っていた。必死にしがみ付く彼女を見下ろ
し、男は小さな笑みを浮かべている。瞳の奥が怪しげに輝く。
「あんた遊びだって言ったじゃない!シャレになんないわよ!」
 悲痛な叫びが響く。生への執着こそが今の彼女の全てだった。
 男は小首を傾げるような素振りを見せると、膝を折り、彼女の指
先に優しく触れた。もはや色を失った指先は、とても人のものとは
思えないくらい透き通って見えた。
「そう、これはゲームなんだよ」
 言って男は口の端を歪めた。心の底からこの状況を楽しんでいる
ようだ。
 男の手が動く。
「!」
 彼女の顔がいっそう険しくなる。男は彼女の左小指をまず外した
のだった。そして彼女の驚きの収まる前に、今度は薬指をむりやり
引き剥がした。
 ひとつ。またひとつ。
 男は名残を惜しむように――そして楽しむように――彼女の指を
解き放っていく。まさに彼女の命は風前の灯火。声を出したい衝動
に駆られても、その反動で墜ちてゆきそうな気がして、彼女はただ
耐えるしかなかった。
 しかし彼女の力の限界はとうに過ぎていた。身体を支える右手が、
小さく小刻みに震えだすと、瞬間、彼女の全ては開放された――。

「で、どうだった」
 優しい笑顔で男は尋ねた。彼女は呼吸をゆっくり落ち着かせる。
 あの瞬間、支えを失った彼女の右手を男はすばやく掴み、逞しい
その両腕で彼女を引き上げていたのだ。そう、全ては決まっていた。
 最近、世間で流行しているのがこのゲームだった。生と死の一瞬
に何が見えるのか、そんな哲学的な理由から考えだされたのだが、
今では単にスリルを味わうゲームとして定着していた。実際に死者
も多数出ており、ゲームを規制する法案まで議会で可決されるに至
った。まあ、禁断のゲームに魅せられた若者たちにとっては、無関
係なものに違いなかったが。
 落ち着きを取り戻した彼女は、彼女なりの言葉でその一瞬の不思
議な感覚を語った。言葉を紡いで行くなかで、少しずつその感覚が
蘇っているようだった。
「そっか」
 男は満足気に頷いた。
「じゃ、今度オレな」

第9回1000字小説バトル
Entry21

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ペチカ

作者 : 鮭二
Website : members.aol.com/Shakeji/papyrus.htm
文字数 : 1000
 この炎が発する音はいったいどこから来ているのだろう? ショ
スタコビッチ伯爵は考えあぐねて顔を上げ、ポケットから小さなほ
ら貝を取り出した。
 ぷおおお。ぷおおぷおおおお。
 そらいそげ、気難しい伯爵さまのお呼びだぞ。そらいそげ、うん
とこさっとこどっこいしょ。
 3万人の小人の召し使いが、伯爵の部屋に整列した。
「これはお呼びで、伯爵さま。いかがでげすか、ちかごろは」と黄
色い小人が3万人を代表して挨拶すると、「いかがでげすか、ちか
ごろは」と残りの小人が声を合わせた。
「まあまあだよ」と伯爵は答えた。
「それで、いかがいたしましょう、伯爵さま」と緑の小人が言った。
「部屋中のダニを全員で退治いたしましょうか」と赤の小人が言っ
た。
「3万人を半分に分けて、ムカデ競走をお見せいたしましょうか」
と青の小人が言った。
 伯爵は力なく首を振った。しかし、それではまるで気まぐれな暴
君みたいなので、
「とりあえず、フローズンヨーグルト」と言った。
「かしこまりました、フローズンヨーグルト!」と黄色い小人が繰
り返した。そして、小人たちはがやがやと囁き始めた。おい、フロ
ーズンヨーグルトってなんだ? あれじゃないの、ほら、メス鮭の
腸に詰まってるやつさ。ちがうよちがうよ、アイスホッケーの得点
王の名前さ。ちがうったら、新しく発売された避妊薬のことだよ。
がやがやがや。
 それから約半年、伯爵は炎を眺め続けた。シベリアに短い春が訪
れようとしていた。

「お待たせしました」と緑の小人が、大きなつづらと小さなつづら
を伯爵の前に並べた。「どうぞ、お好きな方をお選びください」
「うむ、ごくろうだった。もう下がってよいぞ」
 伯爵はつづらには一瞥もくれず、じっと炎を眺めている。
「伯爵さま、恐れ多くも申し上げます。じつは手前ども、この半年
あまり不眠不休の作業態勢でございまして、3万人いた仲間も、今
ではこの15人に減ってしまいました。いえ、家来が主人に命を捧
げるは世のならい。死んでいった者どもも、決して後悔なんぞして
はおりますまい。しかし恐れながら伯爵さま、せめて我らが成果、
少しばかりでも見てはいただけませんか」
 伯爵はそれでも炎から目を離さなかった。この音、なんだ。なん
だ、この音。
 するとその時、背後に控えていたオレンジ色の小人が、突然えい
やっと、炎の中に身を投じた。小人は炎の塊となって燃え上がり、
ごうっと凄まじい音を立ててその姿を消した。

第9回1000字小説バトル
Entry22

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ある晴れた朝

作者 : 紺詠志
Website : http://www.geocities.co.jp/HeartLand/7945/
文字数 : 998
 カレのアタマから流れるアラームで、わたしは目を覚ました。パ
ジャマごしにウデの感触、ほんとうは冷たいはずなのに、なんとな
く、あたたかく思えるのは、どうしてだろう。わかっているけど、
わからないフリをしていよう。足元にシーツの乱れを感じて、そう
決めた。
 カレのセナカに手を回して、セボネのあたりに指紋を押しつけた。
コトンと音がして、カレのメが開き、アラームがやんだ。「おはよ
うございます」とカレ。おはよう。
 カレは、わたしがムネから離れるのを待って、ベッドから出た。
カレがカーテンを開ければ、おだやかな朝日が、部屋の中を象牙色
に染め、窓の外に、向かいの高層マンションが、かすんで見えた。
「今日はスモッグが薄いようです」。そう、いい朝ね。
 カレはキッチンに消えた。やがてコーヒーのかおりがただよって
きて、わたしもベッドを出る。窓をのぞいて、はるか地上の道路を
見おろし、車がまばらなのを知って、日曜日の朝だと気づいた。
 カレがコトコトと、カップとトーストの乗った皿をゆらし、ト
レーからテーブルに並べた。「朝食の準備ができました」。見れば
わかるわ、ありがとう。

 カレは細かな筋肉の動きや、体温をのぞいて、人間そのもの、中
性的で、きれいな顔だち。わたしの好きなように、つくられていて、
わたしの望むように、ふるまってくれる。
 カレを買ったとき、店の主人は、いやらしい顔をして、夜の方も
すばらしいですよ、と言った。わたしは、なんだかむなしいから、
夜の機能なんて、ためす気がしなかった。おとといの、わたしの誕
生日に、友人からあのカプセルをもらうまでは。

 カレは昨夜、わたしの命じるままに、自分でそのカプセルを取り
付けて、わたしの希望どおりに、部屋の明りを消してくれた。

 カレのメは、その時と変わらない無表情で、わたしのつけたテレ
ビから、くだらないモーニングショーのデータをインプットしてい
た。くだらないから、テレビを消すと、「もし受精に成功していた
ら」ふいにコマンドを求めてきた。「どんな名前をつけましょう
か」。わたしは少しおどろいて、そしてクスリと笑ってから、こた
えた。その前に、あなたにナマエをつけてあげる。
 カレのホオが、少しゆるんだように見えたのは、きっと気のせい。
今日はなにをしよう。なにもする気にならないから、カレのナマエ
を考えながら、ずっとここでこうしている、そんな日曜日も、わる
くないかもしれない。

第9回1000字小説バトル
Entry23

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チラシ配り

作者 : 根本智也
Website : http://ha3.seikyou.ne.jp/home/tomoya/
文字数 : 999
 私は阪大坂の入り口付近に立っていた。手にはあふれそうなくら
いのバイト情報のチラシ。そこの木陰には、まだこの数倍のチラシ
が袋に入っている。
 ここに立ち始めたのは、二時間ぐらい前からだろうか。それから
ずっとチラシ配りを続けていた。
 やけに暑い。まだ五月だというのに、陽射しだけは夏のものと同
じだった。出来るだけ日陰に立つようにしているけど、それでも身
体のあちこちから汗が噴き出してくる。
 これが嫌だった。
 もちろん、UVカットの基礎化粧品や、日焼け止めクリーム、さ
らには汗を抑えるスプレーまでつけるという、いわば完全武装でこ
こには来ている。だがそれでも、流れ出てくる汗が化粧品をゆっく
りと、しかし確実に流していく。
 一日だけではそれほど変化はないが、三日ぐらい続けて仕事をす
ると、クラスメートからあれこれと言われるはめになる。中には想
像をたくましくして、あらぬ噂を立てる子もいる。
 それが一番嫌だった。
 でも、このバイトの内容自体には文句はない。チラシを配る、た
だそれだけだから、楽な仕事だと思う。特に取り柄がないから、こ
のバイトは貴重な収入源の一つだった。
 だから今日も八時半からここに立っていたのだ。今の時間はちょ
うど一時限目の終わり当たりだから、そろそろ学生の数が増えてく
る。私は気を引き締めた。
 また一人、学生が近付いてきた。私は愛想笑いを浮かべて、「お
ねがいしまーす」と言いながら、手に持っているチラシを一枚、そ
の学生の胸元に近づけた。学生はその瞬間、少しだけ顔を上げ、手
を伸ばしてチラシを受け取った。いつもと同じ、見慣れた風景だっ
た。
 どうせ捨てられるのだろう。少し歩いたところにあるごみ箱から
は、入りきらなくなったチラシが、辺りにこぼれていた。きっと学
生が受け取ったチラシは、ろくに目も通されずにごみ箱へ投げられ
るか、紙飛行機に変えられてしまうのだ。
 でもそれはどうでもよかった。私は与えられた仕事をこなすだけ。
 また、下から学生が上がってくる。今度は仲の良さそうな三人組
だ。同じように愛想笑いを浮かべて、胸元にチラシを差し出す。し
かし、その三人組は話に夢中なのか、そのまま通り過ぎていった。
これも見慣れた風景だ。
 また一人歩いてくる。私は胸元にチラシを差し出す。全てがいつ
もと同じだった。ただいつもと違う所があるとすれば……
「おねがいしまーす」
 あの人がチラシを受け取ってくれたこと。

第9回1000字小説バトル
Entry24

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ダルダ幻想

作者 : 千秋 桜
Website : http://village.infoweb.ne.jp/~fwgc6069/players/
文字数 : 968
 ねえ、母さん。わたしのこと、許してくれた?
 八年ぶりね。笑顔で会えるかしら、ねえ母さん。明日、国に帰る
わ。
 ダルダ。わたしの故郷。神の子である国王が全権を持ち、神官が
国を統制する。高い高い山々に囲まれた閉鎖的な土地。国境にはつ
ねに兵士たちの目が光っている……そんな国。
 ええ、母さん。わたしは恵まれていたわね。国を出て、ここで学
ぶことを許してくれた王に、そして神に感謝しなければ。ダルダの
ためにならないという理由で、学べるものは限られていたけれど。
年月に区切りはついていたけれど。感謝している。嘘じゃないわ。
……泣いてなんかいない。ほんとうよ。感謝している。だってわた
しはここで、あの国とはちがう自由を知ったもの。心からの喜びも、
恋も、ここに来てから初めて知ったものばかり。けれど明日、国に
帰るわ。……当然よね。わたしのいままでの教育はすべてダルダの
神、王に捧げられる
 ダルダ。神への生け贄という名のもとに、十二歳の少女が毎年殺
害される国。王の命令がなによりもまさる、そんな国。だからこそ
明日、わたしは命令どおり国に帰るわ。母さん、あなたや、そして
妹たちのために。
 誤解しないで。王を、神を責めたりなんかしていない。神を称え
なくてはならないのだもの。神はそれだけのことをわたしたちにし
てくれるのだもの。生け贄を差し出すのはあたりまえのことよね。
……わかってる。皮肉なんかじゃないわ。
 ねえ、おぼえてる? かつて、わたしが生け贄に選ばれなかった
と知ったとき、母さん、あなたはわたしを責めたわね。娘の命がた
すかったことを喜ぶのではなく。親不孝な、どうしようもない娘だ
とののしった。だからわたしはこれまで、生け贄に選ばれなかった
ことを生涯の恥辱だと感じていたのよ。でも、いまならあなたと笑
顔で会えそうだわ。だってわたしはここで、あの国の持たない自由
を、生きることの喜びを知ったもの。いまなら、生け贄に選ばれな
かった自分を、うれしく思うもの。母さん。あなたもこの国に来ら
れればよかったのに。
 母さん。それとも、いまでもわたしのこと、愛してくれている?
わたしが生きていること、もう許してくれた?

第9回1000字小説バトル
Entry25

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翔ける

作者 : 三月
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/2813/
文字数 : 998
  ――違う、と怒鳴られて平手打ちを食った。宗助の小さな体がこ
ろんと転げた。拍子におが屑を吸い込んで思い切りむせた。
 ――よく見ろ。襟首をつかまれた。父の指先が角材の上にあった。
――こんなに曲がっている。駄目にしようとしてやったのか。いい
か、木はな――
(一度失敗したら二度とは治らない)
 その先まで宗助は知っていた。――人間の傷は放っておけばすぐ
に治る、だが、木は治らん、お前はこの木を駄目にした、この木は
無駄に生きて無駄に死んだことになる。
 宗助はよほど違うと言いたかった。痛いよ。癒らない、僕はいつ
までたっても痛いままだ。癒らない、癒らないんだ――宗助は泣い
てしまいたかった。けれど絶対に泣くまいと決めていた。滑らかな
木目だけを見ていた。
 昂奮冷めぬ父の声がした。――顔と手を洗ってこい。木を汚すわ
けにはいかん。

 流れ出した井戸水は、はっとする冷たさだった。顔にかけると頬
と唇が痛んだ。よく晴れた日だった。すぐには作業場に戻れず裏手
にある白樺の木の下に行った。
 大工が嫌になったのはいつからだったか。腰を下ろして宗助は思
った。前は楽しかった。鉋の刃を調整できるようになっては褒めら
れ、うまく鑿を砥げては褒められた。
 宗助はじっとこらえた。大工仕事は確かにもう嫌だが、泣いてし
まうのも嫌だった。なぜ父はこんなにも辛くあたるのか。前みたい
に楽しくやらせてはくれないのか。少し鋸がずれれば殴られ、鉋で
ささくれができれば殴られ――。
 もう止めよう。大工になろうなんて考えるのは止そう。父みたい
な宮大工になりたい、そんな夢は捨てよう――
 その時宗助の真横に何かが落ちて、悲鳴をあげた。びくりとして
目をやると、雀だった。小さな雀だ。雀は羽をバタつかせよろよろ
と起き上がった。この木に巣があったのだ。枝に十分な大きさの雀
がとまっている。親のようだった。
 落ちた雀は二三度羽を振って飛び上がり、また墜ちた。それを何
度か繰り返した。細かい塵が体中にくっついた。宗助は親雀を見上
げた。が、無関心に枝にとまっている。墜ちた雀は羽を振り続ける。
見ていられずに、宗助は手を差し伸ばした。
 瞬間、舞い立った。
 宗助は呆気にとられた。雀はぐんぐん小さくなり、空を翔けた。
 しばらくはそうしていたか。宗助は生暖かいものを頬に感じた。
いつの間にか泣いていた。
 歪む視界の中に、真っ青な空があった。そして二つの鳥影が、映
っていた。

第9回1000字小説バトル
Entry26

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賞品

作者 : TAKUTO
Website :
文字数 : 1000
 濃い霧が視界を遮った。タクシーには、ここまでしか行けないと
山の麓で降ろされ、小一時間近く登ったろうか。途中の道は視界も
良く、道端の名も知らぬ花や遠くの鳥の声、水と木の香のする空気
が心を洗ったが、この霧では目的の旅館も判らない。
 気がつくと、でこぼこだった道が、西洋風の石畳に変わっていた。
「どちらへ行かれるんですかいのぅ」
 突然左の方から声が聞こえたが、姿はぼんやりとしか見えない。
「○○旅館へいきたいんですが…」
 道端に座り込んでいるらしい声の主へ返答すると、もう少し行っ
た右手にあるという。礼をいって云われた方へ向かうと、なるほど
旅館の看板が見えてきた。
 その旅館は良くある和風の造りとは違い、古い西洋風の感じだっ
た。ヨーロッパに行った事はなかったが、映画などで見るレンガと
重そうなドアだった。
 ドア脇の【引いて】と書かれた紙のついた紐を引くと、奥でベル
がなり、字は【待って】に変わった。しばらく待つとドアが開き、
2メートルほどの熊がのっそと現れた。
「いあっはいまへ」
 く・熊が喋った。…よく出来た着ぐるみの様だ。その所為だろう
声が変だ。
「あぁ、驚いた。いつもそんな格好してるんですか?」
 私が名乗ると、熊のボーイ?はカギと一緒に動物仮装カーニバル
と書かれた紙を差し出した。ふーん。それでか。こんな山の中でも
人を集める為に、イベントをやるらしい。

 小奇麗な部屋の窓を開けると霧もはれ、動物に扮そうした子供達
が四つ足で走り廻っていた。随分徹底している様だ。だいぶ前から
練習しているのだろう。こんな山の中なのに象やきりんまでいた。
 一体どうやっているのか、小さいのから大きいのまで色々な動物
が滑らかに動き廻っているのには驚かされた。

 その晩は月と道々に灯された松明の灯かりで、石畳を思い思いの
格好をした動物達が練り歩いた。私もふらりと最後尾から付いてい
くと、観客達は一斉に吠えたてた。私も雰囲気に呑まれ、ウォー等
と声を上げ興奮していた。

 祭りの最後は、仮装大賞の発表だという。あの大きな象か、いや
小さなウサギが受賞するのだろうかと考えていると、「人間」との
アナウンスが聞こえ、後押しの声に押され私は壇上に上がらされた。
 不思議な気分で、優勝記念の大きな木の実を受け取った。
 帰ったらこれを庭へ埋めてみようか…。

 宿泊したはずの宿から、キャンセル料の振込依頼があった日に、
庭に埋めた木の実に芽が出た。

第9回1000字小説バトル
Entry27

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豚妻

作者 : 越冬こあら
Website :
文字数 : 998
 ネクタイを締めて振り向くと妻が豚になっていた。私はたいへん
驚いたが、遅刻しそうだったので、咳払いひとつに抑え、家を出た。
背後から聞こえるはずの「いってらっしゃーい」は、ブーブーブー
だった。
「過労で神経がまいってる」「飲み過ぎて酒が残っていた」等、幻
覚のたぐい、もしくは「妻のお茶目な冗談」「息子の仕組んだバー
チャルリアリティー」等、悪戯か何か。朝夕のラッシュと昼休みを
費やして、以上の点を軸に推理の展開を繰り返した。
 いずれにしても結論は、その日のうちに出るはずだったが、帰宅、
夕食、団らんと経過しても妻は豚のままだった。そして、不思議な
ことに私以外は息子も含め、妻が豚であることに何ら関心を示して
いなかった。息子は妻のブーブーを理解し、相づちを打ったり、文
句を言ったりさえしていた。
 翌日より三日間、事態の異常さに合わせて、SF的な拡がりも視
野に入れて論理の展開を試みた。「神がかり、魔法系」「動物霊祟
り系」「悪夢、深層心理系」等それなりの参考文献も参照したが、
私自身とんかつが異常に好きだとか、先祖が豚を大虐殺したとかい
うこともなく、夢に出てきた魔法使いに三つの願いを持ちかけられ
たり、怪しい取引もしていない。つまり、原因もきっかけも皆無で
ある。
 妻は、偶蹄目の前足を器用に操って、炊事や掃除、洗濯も普通に
こなしている。スーパーや銀行に行ったり、サークルやママさんバ
レーも何の問題もないようだ。つまり、妻はずっと以前から豚であ
ったようなそんなしっくり感をもって、淡々と生活しているのだっ
た。
 休日を待って、押し入れアルバムを引っ張り出して調べたが、ど
の写真を見ても妻は正真正銘の豚だった。花嫁衣裳は少し似合って
さえいた。これは一体どういう事なのか。

 論理的でない状況に身を置くことは耐えられないので、これまで
の科学的アプローチを多少逸脱するが、次の推論を持って最終的な
結論と決定する事にした。

「この問題は私の内部に発生し、私の内部に帰結するものであり、
目の前に白豚が立っていた瞬間に『妻と白豚が入れ代わった』とい
う科学的で健全な判断を怠り、『妻が豚になった』と考えた事が原
因である。世の既婚男性に共通する『妻なんか人間でも豚でもいい』
という潜在的な意識が、瞬間的に認識機能を狂わせ、目の前の白豚
イコール妻という判断に普遍性を与えた」

 ふと我に返ると、夕食が冷めると妻が、ブーブー騒いでいた。

第9回1000字小説バトル
Entry28

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(作者希望により削除)


第9回1000字小説バトル
Entry29

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月夜のマキビシ

作者 : ヒモロギ
Website : http://home4.highway.ne.jp/deadsoul/
文字数 : 1000
 姉さんは、髪が黒くて色は白くてすらりと細くて、まるで狐のよ
うに綺麗だったけど、失恋してからなんだかちょっと崩れちゃって、
日がな一日部屋に閉じこもっては立川文庫の忍者小説ばかり読んで
いる。

「さっちゃん、ちょっといらっしゃい」
「なあに姉さん。わたし今、遅刻しそうなんだけど」
「あのね、今夜は中秋の名月なの。だから撒き菱に気をつけなさい」
 崩れた姉さんは崩れたコトを言い放ち、そのくせ端正な顔つきで
ふふふと笑った。
「忍者に化かされないように、下を向いて歩くのよ。撒き菱を撒か
れるから」
「よくわからないけど、月が出てるならきっと大丈夫よ。明るいも
の」
「月夜の撒き菱、よ」
「え?」
「昔の諺よ。忍者は月明かりの晩にあえて撒き菱を撒くって意味。
追手が綺麗な月に見惚れている間にパラパラ撒くのよ」
 奇妙な話だったけど、崩れていたけど、遅刻しそうだったけど、
私にはなんとなく意味がわかった。

 塾の帰りは独りの夜道。電灯のまばらな路では言われるまでもな
く足元に注意が向く。
「月夜の撒き菱、月夜の撒き菱」
 念仏のように唱えながら歩を速めた。いまだ見上げていない空の
上、名月は本当に私を照らしているのだろうか。

「月夜のマキビシ、月夜のマキビシ」

 後ろから誰かがついて来るような気がしたけれど、うつむいた私
の頬を手裏剣がかすっていったかもしれなかったけれど、姉さんを
ふった男が黒装束で印を結んで立っているかもしれなかったけれど、
私はひたすら下を向いて歩いた。べつに涙をこぼしたかったからじ
ゃない。マキビシを見つけたらひらりと身をかわせるように。マキ
ビシの毒がまわって崩れてしまわないように。

「ツキヨノマキビシツキヨノマキビシ」

 そのうち、綺麗なパンプスや可愛いサンダルが大して綺麗でも可
愛くもない足とセットで視界に入ってくるようになった。賑やかな
商店街の通りに出たらしい。
 濁ったネオンの明かりの下、市松模様のタイルの上、マキビシの
代わりに千円札が落ちていた。他の通行人は気づいていない。厚底
のソールを踏み台にすれば地面から飛び立てると信じている人達に
見えるわけがない。

 私にしか見えない千円で、姉さんにケーキのお土産を買った。

 嬉しそうにショートケーキをつつく姉さんの白い頬はとてもよく
月に映える。
「上にのっかってる尖った赤いやつ、血だらけの撒き菱みたいなの、
あなたにあげる」
 白い姉さんが苺をくれた。私は一口に頬張ってみせた。

第9回1000字小説バトル
Entry30

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深く考える男

作者 : じろう
Website :
文字数 :
 「がたたん、ごととん」
 電車は、都心から郊外の住宅地に向け、仕事帰りのOLや会社員、
学生を乗せて走っている。ピークの時間は過ぎているとしても、そ
の電車はまだまだ混んでいた。

 その男は、吊り輪に両手をかけて立っている。その姿には、実は
理由があるのだ。

 「うぅ、かゆい!太腿を蚊に刺されたかなぁ?でも、今もし、太
腿かいている時にこの女性に痴漢と間違えられたら、言い訳しよう
が無いなぁ」
 そう考えながら隣の女性をちらっと見た。

 そう、男は痴漢と間違われないように両手を上に挙げているのだ
った。
 男は、人一倍小心者の上に、深読みしすぎるところがあった。今
までもこの性格が邪魔をして、人生のチャンスを棒に振ることが何
度もあったのだ。

 電車は駅に停まり、そして、また動き出す。

 ふと、前方の座席の下にある紙袋が目に入った。その紙袋には小
さな穴が空いており、そこから透明な液体が流れ出ていて、つつつ
と床に垂れている。
 最初、誰かの飲み残しのジュースが入っていて、それが流れ出た
のだろうと思った。

 「うん?もしかしてあれは、誰かが食べ残しを入れた紙袋を捨て
ていったのではなくて、どこかの宗教集団がこの電車の乗客を殺そ
うと、サリンを入れた袋に穴を空けて放置したのではないか?」

 そんな到底ありえそうも無いことを考えてしまったときには、男
はすでに誰にも気づかれず息を止めていた。
 周りを見渡すと、初秋のこの時期、寒くはないが窓は全部完全に
閉まっている。ゆっくり誰にも怪しまれないように窓に近づき誰に
も迷惑のかからないように窓を少し開けた。そして口をそのあいた
窓に近づけて大きく深呼吸をした。
 そして、すぐ口をまた固く結び、くるりと向きを変え紙袋に近づ
いていった。

 もう次の駅が近づいている。

 男はポケットからハンカチを取り出して右手を覆った。そして、
電車のドアが開くと同時にその紙袋を外へ大きく放り投げた。
 その紙袋は大きな弧を描いてホームの柱に叩き付けられて、中か
ら赤い紙コップやくしゃくしゃに丸められたケチャップまみれの紙
などが飛び出した。
 男は、注目する乗客が、いったい何が起こったのか認識するより
前にホームに降り立ち、せっせとその紙袋の残骸を片づけ始めた。

 そして電車が行き過ぎた後、ふふと笑いながら顔を上げて、何事
も無かったかのように次発の電車の時間に目をやった。

第9回1000字小説バトル
Entry31

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タイムスリップ

作者 : サトコフ
Website : http://www.aaw.mtci.ne.jp/~satokov/
文字数 : 987
 ジョーイは単細胞だったがここぞという時の集中力には恐ろしい
ものを持っていた。
 ある日ジョーイは競馬でしこたま負け、憤慨して家に帰ってきた。
「畜生、過去に行ければ、競馬に一泡ふかせられるのに」

 その日からジョーイのタイムマシーン作りが始まった。ジョーイ
は一心不乱に研究を続けた結果、一週間後、、遂にタイムスリップ
する錠剤を完成させた。最初にイメージしていたのは乗り物だった
が、過去に戻れるのならノープロブレムだ。

 ジョーイは家中の金をかき集めて競馬場に向かった。全部で60
0ポンドあった。錠剤は3錠だけだ。
 ジョーイは早速レースの検討をして、7番の馬に600ポンドを
注ぎ込むことにした。窓口に並んでいると、近所のウィルモアじい
さんが近付いてきて、
「おおジョーイじゃないか。今度のレースは9番じゃぞ、9番」
と言ってきたので、
「参考にするよじいさん」
と答えて実際には7番を買った。なあに、もしも9番が来たときに
は過去に戻って買い直せばいいんだ。

 レースははたしてじいさんのすすめていた9番が圧勝、7番は終
始ビリケツだった。いつものジョーイならここで憤慨し、騎手に罵
声の一つでも浴びせに行くのだが、今日のジョーイは落ち着いてポ
ケットの中から錠剤を1粒飲んだ。1粒飲んで30分前にタイムス
リップ。

 30分前に居た場所、すなわち馬の彫像の前に現れたジョーイは、
よしとばかりに時計を見た。ちゃんと30分前だった。

「おおジョーイじゃないか。今度のレースは9番じゃぞ、9番」
「本当かい!今回はじいさんを信じてみるよ!」
ジョーイは600ポンドを9番に注ぎ込み、それからオッズを見た。
18倍、と画面には映っていた。ジョーイは何度もにやにやしてい
た。

 レースは僅差で6番の勝利。当の9番はまるでスキップでも踊っ
ているかのように断然のビリケツを歩いていた。ジョーイは少し混
乱してきたが、頭をブンブン振ってからまた錠剤を飲んだ。

 馬の彫像→じいさんの声→6番に全部。
 ジョーイの願いもむなしく、またもや6番は逆立ちして走ってい
るかのようにビリケツだった。ジョーイはイライラして、騎手にで
はなく空に向かって罵声を浴びせた。それからジョーイは最後の1
錠を飲んだ。

 雲の上では白い髭と杖を持ったじいさんが、ウヒヒと笑っていた。
ジョーイが最後に買った7番は、後ろ向きに走っているようにビリ
ケツだった。ウヒヒ。

第9回1000字小説バトル
Entry32

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山から帰る家族

作者 : 一之江
Website : http://www05.u-page.so-net.ne.jp/qd5/s-kumiko/
文字数 : 1000
 琥珀色にまばらに輝く雲海が目の前に広がる。薄藍の大気に反照
してうねる月白の毛氈を、直也は目を細めて眺めていた。
 下界はどうしているかな。もう少しで帰れるというこの頃に、最
も家族を懐かしく思う。妻の顔を眺めながら、子供のたどたどしい
喋りを聞きながら、温かい味噌汁をずるずる音を立てて飲みたくな
る。雲海の琥珀が深みを増す。背後に足音が聞こえた。
「おい。飯だぞ」
 大岡が人なつこそうな笑顔で言った。
「ああ、そうか」
「なんだ、ホームシックか」
 直也は苦笑して俯く。二人は並んで、白亜に輝く丸いドームを中
空に掲げる建物に入る。
 暗い廊下に靴音が響く。食堂へ向かうのかと大岡の後をついてい
た直也は、彼が、そうではなく違う部屋へ行こうとしているのに気
づいた。俯いたまま微笑んで後に従う。
 計器群に占められたその部屋には先客があった。
「なんだ、やっぱりここか」
 照れたように笑って振り向く清水に、直也は口元を綻ばせて黙っ
たまま何度も軽く頷く。
「なんかやっぱりなあ、気になっちゃって」
 宿題を忘れた言いわけをする少年のように視線をわずかに逸らし
ながら答える清水の背中を、ものわかりのいい兄貴さながら大岡は
小突く。
 三人は暗い円形の中を走る光線を見つめる。漆黒のステージの上
を回転するコバルトグリーンの筋を、何か肅然とした面持ちで見守
る。
 これが世界一高いところにある観測レーダーさ。自慢話のような
口調でそう説明された日を、直也は思い出す。世界一ですか。そう、
設置されたのは昭和三十九年。じゃ、僕の生まれた年ですよ。その
ときも、この規則正しく旋回する緑色の線を慈しむような思いで見
た気がする。
「おお、何だよ」
 少ししゃがれた大きな声が響いた。三人は振り返る。
「飯だって言ってるのに、しょうがねえなあ」
 竹原が大げさに呆れ返ったような顔を作って、ゆっくりと近づい
てきた。
「まだ時間はあるんだから。飯ぐらい食っちゃえよ」
「そうだな」
 言いながらも、大岡は動く気配を見せない。竹原は鼻で笑うと直
也の肩ごしから、レーダーの丸く黒い窓を覗き込む。
「光栄だと思わなくちゃな」
 竹原は呟く。
「俺達みんなで、見届けてやれるのを」
 直也は頷く。
「明日、下りるのか」
「そうですね」
「そろそろ恋しくなった頃だろう。俺もだ」
 にやりと笑いながらも、竹原はレーダーから目を逸らさない。
 背後からまた、いい加減にしろよ、と笑いを含んだ声が響いた。

第9回1000字小説バトル
Entry33

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宝者へ

作者 : アベタツヤ
Website :
文字数 : 993
 僕は大学を辞めませんでした。
何でかって? 一応のゴールが欲しかったからです。
でも彼は辞めました。彼にはゴールなんて無かったからです。

 「山下、就職どう?どっかいけそう?」
そう彼が話し掛けてきたのが辞める三日くらい前でした。
「んー、ボチボチやな。人見は?」
「俺決まった……」
「マジで?」
「ンー、でもあんま行きたくないけどな。でも就職活動ももういい
かな。疲れた。自分じゃないみたいなのもいややし……」
「でもいいやん。とりあえず決まった訳やし。進路が決まると取り
敢えず安心するやん。俺もうちょっと続けんといけん訳やで」

 特に変わったことはありませんでした。いつもの友達といつもの
会話をしているだけでした。只僕達は
「大学なんて来ても来んでも変わらんよな」
いつもそう話していました。特に就職活動時期はその思いが一気に
高まった感がありました。自分を見つめ直す良い機会だったと思い
ます。

 「大学って自分次第。でも俺社会に出たくなかった、親に進めら
れた。勉強する気なんてさらさら無かったけんな。社会勉強ってい
う意味では、確かにそうなんやけど……」
 
 悩み抜いたと思います。そして
「俺学校辞めるわ。四年まで来て勿体無いかもしれんけど、今辞め
るのも卒業するのも、俺の中では一緒やけんな。」

 彼の判断は正しかったと信じます。僕もそうしたかったけど勇気
が全然足りません。そんな判断が下せるようになった彼の三年半が
後に貴重なものとなってくれているのを、僕は信じきります。

 いまだ「大卒」の肩書きに振り回される親達に僕達は翻弄されま
した。「甘い」といった批判は「全くそのとおり」受付けます、ご
めんなさい。それでも「甘ちゃん」の僕だけでも、そう声を発しな
ければならないと思いました。
 
 「誰かを認めるときって資格や肩書きやない。そいつの心に触れ
たときに、本物やと感じれるかやで、なー!?でも取り敢えず俺、
天の邪鬼やけん。はっはっ」

 人見君、今どこで何をしているでしょうか?君が大学を辞めても
う二年が経ちました。本物のあなたに心配は無用なのかもしれませ
んが、周りの人達が色眼鏡で君を見ていないか、それだけが心配な
んです。
 俺、今でもお前の親友やと思っとるけんな。

バトル結果

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作品発表────────11月1日〜
人気投票受付け─────11月1日〜28日迄
結果発表────────11月30日



第9回1000字チャンピオンは
しょーじさん作『感想文』
に決定しました!!。
しょーじさん、おめでとう。
心より感動の拍手を贈ります。



作品票
感想文(しょーじ)4
かっぱの河流れ(逢澤透明)3
グリーンカード(Bailey)3
賞品(TAKUTO)3
契約はお急ぎで(茗荷丸)2
母娘(岡嶋一人)1
豚妻(越冬こあら)1
月夜のマキビシ(ヒモロギ)1
山から帰る家族(一之江)1
宝者へ(アベタツヤ)1
なし1


感想票

●感想文(しょーじ)

●かっぱの河流れ(逢澤透明)

●グリーンカード(Bailey)

●賞品(TAKUTO)

●契約はお急ぎで(茗荷丸)

●母娘(岡嶋一人)

●豚妻(越冬こあら)

●月夜のマキビシ(ヒモロギ)

●山から帰る家族(一之江)

●宝者へ(アベタツヤ)

●なし







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