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第10回1000字小説バトル
Entry16

価値なき存在価値

作者 : Default [でふぁると]
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文字数 : 984
「お茶がはいったよ、おまえ」
 おじいさんはお盆の上の茶碗を手にとって、ベッドの上で身を起
こしているおばあさんの手に持たせました。透明感のある若葉色の
お茶の表面から、うっすらと湯気がたち登ってます。
 おじいさんの声が聞こえたのか、聞こえなかったのか、おばあさ
んはひざの上で茶椀をもったままお茶を飲もうともせず、じっとし
ていました。ただぼんやりと、開かれた障子の向こうにひろがる枯
れ葉の散らばった庭をみています。
 そんなおばあさんの様子を気にしたふうでもなく、おじいさんは
ベッド脇の椅子に腰をおろし、お盆の上のもう一つの茶碗を手にし
ました。おばあさんとお揃いの二匹の海老をあしらった茶碗です。
そして、おじいさんは、あたたかさを確かめるように手ですこし茶
碗をまわして、おばあさんに倣うように庭に目をむけました。
「こうやって、一緒に庭を見てると昔を思い出すなあ。あのころは
枯れ葉を集めてよく焚火したねえ。おいもを焼いて……」
 小さく笑って、おじいさんはお茶を一口啜りました。すこしぬる
めに入れたお茶のさわやかな渋みが、舌の奥の方にひろがります。
おじいさんはふうと一息いれました。
 そして、思いだしたように言いました。
「そうだ。今日はお隣さんから秋刀魚をいただいたんだよ。久しぶ
りだし、ちょうど冷蔵庫に大根があるから、今晩は焼き魚にしよう
と思ってね。柚子は後で……」
 突然、隣の部屋から電話の呼び出し音が聞こえてきました。
「おや? だれだろう。電話がかかってくるなんて、めずらしいこ
ともあるもんだ」
「すこし、待っててくれよ」
 おばあさんにほほえんで、おじいさんは立ちあがりました。
 おばあさんは、ただぼんやりと枯れ葉の散らばった庭を見つめて
いました。

「ふう、やれやれ」
 四十がらみの男が受話器を置いた。
「どうでした? お客さんの様子は」
 隣の机で何やら書類を書いていた若い男が、ボールペンを持つ手
をとめて男にたずねた。
「ああ、上々だよ。ばあさんが生きているかのような口調だったな。
あの精巧さじゃ無理もないがね」
 若い男は少し眉をひそめた。
「大丈夫なんですかね?」
「じいさんにとって、ばあさんはまだ生きているのさ。それであの
じいさんが幸せで、我々にお金が入ってくるなら言うことないじゃ
ないか。それにウチの製品は本物のばあさんと違って、介護の必要
もないし、お金もかからない。何より、もう死なないのだから……」






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