第10回1000字小説バトル
Entry2
平凡な空間に泡だった粒子が、ふつふつと浮き出してくるように 喋りだした佐藤氏のおかげで、これからも、そして,これまでの平 坦なグラフみたいな、鈴木氏の、のっぺりとした人生に、べつにど うでもいいような事故をめぐり合わせた。 佐藤氏の超能力は、たいしたものでもなんでもない。特別じゃな い超能力は、きちんと存在している。佐藤氏の中に、ただ存在して いる。まるで触れられるのを避けるように。 原色のライトのもと,4WDの窓に映る歪んだ光のために誰が乗 っているのかなんてわからないし,知りたくもなかったけれども、 鈴木氏は,さっさと行ってしまった事故相手の4WDの後部を目で 追いつつ吐き捨てた。 〈度胸のないやつ〉 ラブホテルの前だからって遠慮することはないんだ。こちらがぶ つけたわけだからな。 鈴木氏が、ホテル『カリフォルニア』のネオンを見上げながら、 鳥の名(つまりイーグルス)を思い出そうとしている時に、佐藤氏 といえば、重症をおった熊のような車の側でうずくまり、ゲーゲー やっていた。 やれやれ、ここで一晩やっかいにならなきゃならないのかと、鈴 木氏はネオンに照らされた汚物を避け、佐藤氏の、背骨の突き出し た背中をさすってやった。その生温かさに、殺されるかもしれない 妻を想った。 佐藤氏の視線は、天使が舞い降りてきたわけでもないのに、泡だ った空間に釘付けにっていた。彼の発した言葉がそこにある。 「ぼくはね、三四歳で死んでしまいたい。ぼくには、そうとしか ぼくの命を考えられないんだ。わかるかい?」(分かるわけないだ ろ! お前は泡を吹き出す穴を塞いでいればいいんだ。ゲロが溢れ ないようにな) 発作を起こした佐藤氏は、ホテルの真っ暗な浴室の中、ゆっくり と浴槽に横になる。プラネタリウムみたいだ、と想像する。何かを 追っていた。そうに違いないのだけれども、僕達は、一体何を追っ ているのだろう? 夏の星座が浴室の壁から沈み、反対の壁からは冬の星座が昇り始 めている。まるで果てしなく続けられる追いかけっこだ。佐藤氏は、 胸が痛み、哀しみに打ちひしがれそうになる。星座は回り続ける。 壁の向こう側からは、鈴木氏の点けたテレビの音が聞こえる。しば らく後に、鈴木氏が浴室を訪れ、佐藤氏の癒しを受けるのだろう。 佐藤氏の超能力はたいしたものでも、特別でもないのだけれど。
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