第10回1000字小説バトル
Entry23
何がきっかけで彼がヒーローになろうと思ったのかは分からない。 けれど最近の彼は何だか生きる意味を見失っているようだったし、 ヒーローになることに彼が生きがいを見出してくれるのなら、それ はそれでとても素敵なことだった。 ヒーローになるということは自我を捨てるということなんだ、と 彼は言った。けれど古今東西のヒーローを見まわしてみても、彼ら が自我を捨てているとはどうしても思えなかった。妙に奇抜な格好 をして、時には自ら正義の味方を名乗る彼らは、どう見たって自我 のかたまりだった。 そのことを彼に告げると、彼は大きく首を振って右手の人差し指 を立ててこれまた振った。 「本当のことを言うとね、彼らはヒーローじゃないんだよ」 実は彼らは世間の目を欺くためのカモフラージュに過ぎなくて、 本物のヒーローが見えないところで頑張っているのだ、本物のヒー ローは今もあくせく働いて、縁の下で地球を支えているんだよ、と 彼は自慢げに説明してくれた。 「そんなヒーローに、僕はなるんだ」 そう言ってぐっと拳を握り締める彼の姿は本当に力強くて輝いて いて、こんなに素敵な彼を見るのはいつ以来だろう、と心地よい感 慨に浸ってみたりした。 あれから3ヶ月。風の便りはまだ聞かない。彼はいったいどこで 何をしているんだろう。もしかしたらもうすでに縁の下で地球を支 えてくれているのかもしれない。本当のヒーローになれたんだとし たら、風の便りも聞かないのはしごく当然のことだった。そう考え ると何だかワクワクしてきて、ヒーローばりに思いっきり、前方に パンチを繰り出してみた。繰り出したその先には何だか鈍い感触が あって、視線を上げると十字傷とサングラスと剃り込みが見えた。 サングラスの奥にのぞく男の目には殺意が見え見えで、謝って許 してくれる人じゃないことはすぐに分かった。彼が右腕を振り上げ たそのとき、「待て!」という声と共に新進気鋭のマスクマン、ス ーパー牛が現れた。 「カルシウム不足は諸悪の根源。正義の乳牛、スーパー牛、ここに 参上!」 スーパー牛は何個もついてるおっぱいを悪党に向け、牛乳みたい なものを発射した。牛乳まみれになった悪党の最期を見届けると、 スーパー牛は素早く走り去っていった。 陰なるヒーローの存在を知ってはいたけれど、スーパー牛の勇姿 が頭にちらついて離れなくて、世の中って難しいわね、と縁の下の 彼に語りかけてみた。
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