第10回1000字小説バトル
Entry27
「ポトリ。」 水道の蛇口からしずくが落ちる。その音が真夜中の台所にひどく静 かに響く。もうどのぐらい見ているのだろう。こうこうと電気のつ いた夜中の台所に男はしゃがんだまま水道の蛇口から落ちる水を見 ている。ほら、また。水を落とした蛇口の先からだんだん水が膨ら んで、重さに耐え切れずまた落ちる。 「ポトリ。」 パッキンが緩んでいるのだろう。結構早い速度で蛇口の先がまた膨 らんでくる。だんだん膨らんで、よく見れば膨れた水滴の表面には それを見ている彼の顔がいびつな形で写っている。 「ねえ。私、月のものが来ないの。できちゃったみたい。」 確かに女はそう言ったのだ。まるで来るべきものが来ないのがそれ ほど嬉しいことは無い、と言わんばかりに。嬉しそうに薄笑いまで 浮かべながら。 一体何を考えればそんなことが言えるのだ。来るべきものが来な くて嬉しいなどということは聞いたことがない。友達と会う約束を したって、本を注文したって、来るべきものが時間どおりに来ない のが嬉しいなぞというのは聞いたことはない。遅れることは嬉しい ことではないはずだ。ところが、女はそんなことは知らんという顔 をして、 「私、絶対生むからね。」と続けた。まるで、女王が何かを宣言す るかのように。 遊びではなかったのか。私はどうする。私の妻にはどう言えばい い。子供にはどう言い訳をすればいい。 そんなことを男は考えている。女のことは考えていない。どうす ればいい? 「ポトリ。」しずくがまた落ちる。それを見ている男の顔に一つ の決心が浮かんでいる。
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