インディーズバトルマガジン QBOOKS

第10回1000字小説バトル
Entry28

桜唄

作者 : 三月 [みつき]
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/2813
文字数 : 991
 酔った勢いで小学校に行った。加賀が来年に校舎を改築するらし
いと言ったことがきっかけだった。ここ数日、夜は冷え込んできて
いた。死に物狂いでフェンスをよじ登り、校庭をずるずるのし歩く。
俺たちは生き霊か何かとまったく同じだった。
 池のほとりで吐きそうになった赤木の襟首をつかんで近くにあっ
たバケツにつっこんだ。赤木がうめいているそばで池の表面に波が
立ち、鯉の白い背が見えた。礼でも言ってるのかと都合のよい考え
が差したが、鯉にとっては俺だって迷惑千万には違いない。
 校庭に寝そべった加賀が言った。そういや原始人みたいな先生、
いたよな。川本がはしゃいだ。いたいた、なんて名前だったっけ?
あー、出てこないなぁ。
 それにしても須永先生最高だったな、と神田がぼそっと言う。最
高ってほどじゃないけどストイックなところがよかったな、と加賀。
どこがストイックだったのよ、川本が言った。全然優しかったじゃ
ない。
「俺は!」突然赤木が飛び起き叫んだ。そこを神田が組み伏した。
馬鹿、うるさい。
 お、俺は……赤木はそれでも続けた。俺はデザイナーになる、建
築デザイナーになってやるんだからな。そしてそのままぐたりとし
た。
 なんだ誓いの言葉か? 加賀が言った。そして頬をかいた。じゃ、
俺も。ふらふらと立ち上がる。俺、加賀隆一は、絶対外食系企業に
就職して、その頂点狙う、狙うからな。川本が手を叩いて喜んだ。
いぇーい。
 俺はその場を離れた。昨日見たドキュメンタリー番組を思い出し
た。その子供はぼろきれを幾重にもまとって目だけが異常に大きか
った。
 レポーターが聞く。――将来の夢とかって、あるかな?
 ――生きて、生きてたい。
 校庭の端に、桜が植えてあった。遠目にはさほどわからなかった
が、近寄ってみると樹皮がぼろぼろになっていた。丸裸ではなく黄
色い葉がわりかしついていたが、逆に未練たらしいものがあった。
加賀が言うにはこの桜も改築と同時に伐り倒されるらしい。表面を
なでて感触を懐かしんだ。
 まだ登れるか試そうと思い、止した。代わりに両腕を開いて幹を
抱えてみた。
 まさか届こうとは思わなかった。指先がちょんとくっついた。か
さかさした樹皮は頬に暖かだった。
 もっと太かった、いや、小さくなった、小さいよな。……俺もお
前も、難民か。俺は飲みさしのビールを地面においてしばしぼうっ
としていた。
 そして、いまだ見ぬ春の夢に酔った。






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