第10回1000字小説バトル
Entry3
つまり、鼻孔の奥に詰まった米粒が、取れないのである。片小鼻 を人差し指で押さえ、フンッと空気を押し出すも、取れそうにない。 こういった事態に直面した時に重要なのは、テレビでも見ながら、 のんびりと、米粒と格闘することである。 そんなわけで、テレビをつける。人気沸騰中のアイドルグループ が、一糸乱れぬダンスで、流行歌を熱唱している。このような激し いテンポの曲は、米粒が鼻に詰まるといった緊急事態に直面した時 には、そぐはない。事態の解決を遅らせるだけだ。 そこで、チャンネルを、NHKに切り替える。ビンゴ! 演歌番 組だ。男性歌手の、りりしいまでの横分けが、僕に勇気を与え、女 性歌手の、一分の隙も無い化粧が、僕の気持ちを引き締める。 僕は、やや爪の伸びた小指を、鼻の奥に差し込む。演歌にテンポ を合わせつつ、ゆっくり鼻をほじる。静かに、優しく。 それでも米粒は、鼻の奥にへばりつく。 やがて、演歌番組が終了する。いまだ、米粒は、取れない。 アパートの隣人が帰宅し、常軌を逸した音量で、作り笑顔が素敵 なB級アイドルの、バブリーな曲を聞き始める。 『オーケー、今夜だけは勘弁してやる、俺も自身の背負った問題で 忙しいからな』 テレビでは、女子アナがプロ野球速報を伝えている。女子アナの 横の解説者が、「気持ちの勝利です」と解説する。『そんな解説が あるか』と心の中で舌打ちしながら、今日も巨人は負けたのかと、 アンチ巨人であるにもかかわらず、少しがっかりした気持ちになる。 ふと、『我が巨人軍は永久に不潔です』というコテコテのギャグが 頭に浮かぶも、声には出さない。 今の僕にとって最も重要なことはだ、このいまいましい米粒を取 り去ることだ。そしてそれが完了した時、僕には未来永劫不変とも 思われる幸せが訪れるのだ。 僕はテレビの上のティッシュに目をやる。案の定、僕はティッシ ュを細長く丸め、鼻に差し込み、優しく優しく上下に動かす。 日本を、少なくともこのアパートを崩壊できるのではないかと思 われるほどのエネルギーが、鼻を中心に集まり、凝縮され、やがて 頂点に達す。 昇天! クシャミとともに、米粒が畳の上に吹き出された。
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