第10回1000字小説バトル
Entry36
いつも朝になるとどうしてもぎりぎりに飛び出すはめになってしま う。駅までの道をずっと小走りで通り過ぎる。 おかげでまだ一度も声を掛けたことがない。お嬢さん… いつもお嬢さんは庭で日光浴をしている。体が弱いのかも知れない。 低い植え込みの垣根から、ちらりとそのくるくる巻き毛の白い横顔 を覗くことができた。いつもおばあさんらしき人と一緒で、見咎め られそうで足をとめたことさえない。 だが、わたしがお嬢さんに近づくのをためらってしまうのは他にも 理由がある。 お嬢さんのそばには、いつも色黒く精悍な表情をしたナイトが居る のだ。 ナイトというのは勿論お嬢さんと同様、その風貌からわたしがつけ た呼び名である。 お嬢さんとどういう関係かは分からない。おばあさんとお嬢さんを 守るように、ひっそりと側に居る。。 わたしはもともとお嬢さんタイプは苦手というか嫌いだ。自己顕示 が強くてちやほやされてといったイメージがある。 しかしお嬢さんは一目見たときから違っていた。儚げで可憐で、守 ってあげたくなるようなお嬢さんの細い、小さい背中。 季節が移り、冷え込む日が多くなると、お嬢さんを庭先で見かける ことがめっきり減った。 ナイトだけ居ることもあったが、快晴による放射冷却で冷え切った 晩秋のある日を境に、お嬢さんもナイトも全く姿を見せなくなった。 2ヶ月、3ヶ月経ってもお嬢さんはいない。寒いから出てこないだ けだろうか。それとも…。 ごくたまに、おばあさんだけみかけることもあったが、とてものこ とに尋ねてみる勇気はなかった。 さらに1ヶ月ほど経ち、少しずつ暖かい日が増えてきても、わたし の目の前にお嬢さんは現れなかった。 お嬢さん。 その日、目が覚めると大遅刻だった。いつもの庭先も大急ぎで駆け 抜けようとした…その時、わたしは驚愕の光景を目の当たりにして、 思わず立ち止まった。 ナイトがいる。おじょうさんはいない。しかしいるのはナイトだけ ではない。 ナイトは横ずわりをして、ナイトにそっくりな子供たちに授乳して いた。 「ナ、ナイト!」 ナイトは、女性だったのか。しかも、おかあさんになって。 父親はだれだろう? そう思ったとき、二匹のうち一匹はナイトと同じ全身黒だがもう一 匹は、首のまわりに白い、くるくるした毛が生えているのに気が付 いた。最初は首輪かと思ったが、目をこらしてみる。 やっぱり毛である。マルチーズ犬のお嬢さんのに、そっくりな毛で ある。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。