インディーズバトルマガジン QBOOKS

第10回1000字小説バトル
Entry39

時計蒐集者

作者 : 藤次 [とうじ]
Website :
文字数 : 986
「珍しいコレクションが増えたので見に来て下さい」
 口調は丁寧だったが、有無を言わせぬ響きがあった。早野とは、
うちの雑誌で彼の時計コレクションを取材したとき、何度か顔を合
わせただけのつき合いだった。断ろうと思えば断ることも出来たが、
何かを匂わせるような彼の口振りに引かれ、訪問の約束をした。
 早野は笑顔で私を迎えた。通された居間で、挨拶もそこそこに私
は切り出した。
「で、珍しいものとは?」
 部屋のドアがノックされ、トレイにカップを載せた女性が入って
きた。それは、私の妻だった。
「絶対音感というのをご存知でしょう」
 早野が唐突に口を開いた。面食らいながら、妻から彼に視線を移
す。早野は傍らに立つ妻を愛おしそうに見つめながら続けた。
「それと同じように時間についても、生まれながらに絶対的な感覚
を持っているひとがいるのです。絶対時感とでも呼べばいいのです
かね。原稿を持ってあなたの家にお邪魔したとき、奥さんの話に私
は驚かされました。時計がなくても時間が分かりますから、私には
早野さんのように沢山の時計は必要ないんですよ、奥さんは笑いな
がらそうおっしゃいました。それから何度か奥さんを試させてもら
いました。間違いなく彼女は絶対時感の持ち主です」早野は一旦言
葉を切り、私の顔を真っ直ぐ見た。「私は奥さんをコレクションに
加えることに決めました」
「馬鹿な」私はソファーを立ち、妻に言った。「帰るぞ」
彼女は首を横に振った。
「私はここに残ります」
「何を言ってるんだ。こいつはお前をコレクションにするといって
るんだぞ。お前をもの扱いしてるんだぞ」
 彼女の頬に冷たい笑いが浮かぶ。
「私をもの扱いをするのは、あなたも一緒よ」
「何を言うんだ。私がいつお前を……」
「いつもよ。それに彼は私を愛してくれているわ。――たとえそれ
が時計としてででも」
 言葉に詰まる。その瞬間に私と早野の勝負は着いた。私には黙っ
て部屋を出て行くしか術がなかった。
 駅へ帰る道すがら、未練がましくも妻との想い出が蘇る。結婚式
のときベールをケーキで汚し泣きかけていた顔。初めての結婚記念
日に贈ったバラに埋もれ輝いていた顔。そして、バラの匂いをかぎ
ながら呟いた言葉……。
 駅前の花屋で私は店中のバラを買い占めた。早野の家へ、妻宛に
して送る。あの日、バラに囲まれた彼女が、うっとりと呟いた言葉
を頼りに。
「ねえ、こうしていると時の流れが止まったみたい」






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