第10回1000字小説バトル
Entry5
大手自動車メーカーの部品下請会社である藤原製作所、敏宏がそ こに勤務してからもう十年が経っていた。 「おい、こんな所で一体何してんだ」 たった五十分しかない休憩時間、工場横の駐車場で作業服のまま 寝転んでぼうと空を眺めている敏宏に、同じ製造班の青木が問いか ける。 「相変わらず飛んでいないなと思って」 呟くような敏宏の返答に、青木は訝しげな顔を浮かべ首をひねる。 「空飛ぶ車ですよ」 笑顔でそう答える事によって青木の顔が一層渋る。 「ほら、小さい時によく本とかで見ませんでしたか。『これが僕ら の未来だ』って感じで、まるでこけしのような建物が立ち並んで、 その間を流線形をした空飛ぶ車が飛びまわってるっていうイラスト」 「さあ、うちは貧乏だったからな」 「俺、あの空飛ぶ車に乗る事に憧れてたんですよ」 そう言って再び視線をよく晴れた空に戻す。絵の具で描かれた空 よりも青く澄み切った空の海に、雲という名の白い大陸がぷかぷか と浮かぶ。その上を数羽の鳥が飛び去って行くが、やはり空飛ぶ車 はどこにも見当たらなかった。 「青木さん、俺、自分が大人になったらきっと空飛ぶ車ができてて、 自分はそれに乗ってあの鳥のように空を駆け回る事ができるだろう って思ってたんですよ。もうすぐ21世紀になるっていうのに。な かなか乗れませんね、空飛ぶ車」 相変わらず空を見上げて空飛ぶ車を探す敏宏の横に青木は腰を下 ろし、購買で買ったばかりのパンをおもむろに食べ始めた。 「うちのせがれの健太な」 パンを食べ終え、食後の一服を済ませた青木があぐらをかいたま ま首だけを倒し、敏宏と同じ空を見上げた。 「やっと就職が決まってな。高校の先生のコネで近くの小さな町工 場で来年から働く事になった」 「おめでとうございます」 「ばか、ただの工員だぞ」 青木その空を眺めるしぼんだ瞳にも、やはり空飛ぶ車は映らなか った。 「子供、生まれたらしいな」 「はい、おかげ様で。先日無事元気に」 「名前はもう決めたのか」 「はい、『来夢』って名前にしようかと思っています」 まったく、最近の奴はへんちくりんな名前を平気で付けやがる。 最近増え始めた顔の皺がより一層深く刻まれる。 構内に休憩時間の終わりを告げるサイレンが鳴り響く。二人の工 員はその重い腰を上げ作業場に向かった。 「ライムちゃん、空飛ぶ車に乗れるといいな」 別れ際、青木は敏宏の背中にそう言って自分の持ち場へと戻った。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。