第10回1000字小説バトル
Entry8
砂漠の戦場.私は敗残部隊にいるらしかった.周りの兵士は皆う つむいている.言葉は一切口にしない.ぼろぼろの軍服から覗くあ ばらの凹凸と腕の細さが痛々しい.見れば私以外,中東系の年寄り ばかり.彼らに混じって私は列に並んでいたのである. 列の先頭では食糧のパンが支給されていた.パンは拳ほどの大き さだったが,蓄えの残りが少ないのかひとりその半分である.どの 人間も表情ひとつ変えずそれを受取ると,支給済みの仲間のところ へ行ってあぐらをかいていく.が,やはりそこでも言葉が交わされ ることはなく,誰もが思い思いにしかし同じように,陽炎の上る地 平線に遠い眼を遣りながらパンをちぎっていくのだった. 私の番が来た.すると支給係が日本人かと尋ねる.そうだと答え ると例のパンが五つばかり両手に渡った.一瞬,緊張が走った.全 兵士の視線を浴びた気がした.私はいちばん端の老兵の隣に座った. 微笑みかけるが返事なし.私はパンのひとつを半分にちぎり口の中 に突っ込むと,作り笑いを浮べもう半分を差出した.私はパンを持 て余していた.老人は震える手で受取ると,泣きながらちぎっては 食べちぎっては食べるのだった.そして一口にも満たないそのひと ちぎりごとに神に感謝を捧げるのだった.私はパンを噛みながらそ の姿を見ていた.何だかとても済まない気がした. 辺りを見回せば人間の数が少ないように感じた.変だと思ったの と同時だった.じいさんのひとりがパンを食べ終えたかと思うと, そのままぶるぶると身を震わせ始めたのだ.遠くを見つめたまま, 口もとには笑みさえ浮べていた.震えが激しくなるにつれじいさん は透明になり,最後にはすっかり蒸発してしまった.見れば同じ現 象があちこちで起きている.人影は次々と消滅し,私と目の前の老 人だけが残された.果たしてその老人も身を震わせ始めた.ただし 私を見ていた.少しずつ烈しさを増す体の震え.私は自分に微笑む 老人の顔が次第に霞んでいくのを見つめ続けるほかなかった. もう老人はいなかった.ついに私ひとりとなった.試しに体を震 わせてみるが何も起こらない.私は立ち上がり,余った四つのパン をかばんにしまった.オアシスが見える.私は灼けつく砂漠を歩き 出した.紺青の空には太陽がやけに明るく輝いていた.私はかつて ないほど太陽が眩しいと感じた.しかしそれは確かに今まで私が見 てきた太陽だった.
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